無能王子の冒険譚
9 暗殺者との戦い
結論から言えばリールラ達の目論みはすぐに外れた。
最大の理由はベラ達はアンデットのようであってアンデットでは無かったということにある。
アンデットであれば音や刺激に反応して近くにいる動くものを優先的に襲う。
その習性を利用してリールラ達は三人の中で一番手強そうなモルドーを真っ先に排除しようとした。
だが、それは叶わなかった。ダークエルフのベラがリールラとディッツの動きを無視してフィアに突進してきたからだ。
魔導士は近接戦闘は得意ではない。接近されればあっという間に無力となる。
そのベラをリールラが抑える。
続いてモルドーも戦斧を構えて突進してくる。
狙いはやはりフィアだった。
様相や動きはアンデットであっても、彼らは死霊使いが操る屍なのだ。
その動きには死霊使いの意図がこめられていた。アンデットの様に本能で動いているわけではなかったのだ。
リールラ達が一番厄介な相手から倒そうとしたように、死霊使いも、火力があり遠距離から攻撃できるフィアを一番に邪魔な存在だと判断して最初に排除しようとしたのだ。
こちらも素手で戦闘力に劣るビリーを最初に狙えば、あるいはこの形にならなかったかもしれないが、アンデットを相手にするつもりで戦闘を始めてしまったリールラ達は後手に回り、リールラがベラ、ディッツがモルドーを一対一で相手にすることになった。
フィアは二人が接近戦を始めてしまったので、様子を見るだけになる。迂闊に魔法を放てば巻き込んでしまう。
ならばとビリーを攻撃しようと思ったが、ビリーはフィアから見てモルドーの後ろに隠れて動かない。
フィアが右へ移動すれば左へ、左に移動すれば右へと動き、常にモルドーを中心に対角線に位置を変えてフィアに姿を見せないようにする。
離れていながらもフィアを牽制している。
リールラとディッツの目論みは外れた。だが、それで思考が停止するほどリールラとディッツは戦いに不慣れでもなかった。
もし、一対一で戦うならどのみちこの組み合わせだとすぐさま割りきる。
普段であれば互角の実力の彼らを倒すのは容易ではない。
しかし、死霊使いの術がどれ程かはわからないが、三人を同時に細かく操つりその実力を発揮させられるのだろうか?
よしんばそれが可能だとしても、死人となったベラとビリーに精霊が応えることは絶対にない。
モルドーはともかく、二人はその力を十全に発揮することは叶わないはずで、付け入る隙はある。
「姐さん! こいつは俺がぶっ倒しますんで、ベラの姐さんを任せていいですか?」
ディッツの叫びにリールラが答える。
「わかったわ」
リールラは長剣をベラに打ち付ける。ベラは細剣で受けるが、ジリジリと押される。
二人の武器の違いは種族の差であった。
純粋なダークエルフのベラは敏捷性と速さに優れていた。
ハーフエルフで人間の血が混じったリールラはベラよりもその点では劣っている。
しかし身体能力と筋力では人の血が入ってるリールラに一日の長があった。
ましてや今の彼女は精霊を使えない。リールラの方が有利と言えた。
ベラをすぐに無力化してディッツに加勢する…!
リールラは長剣で細剣を弾き上げ、がら空きになった腹に剣を突き刺した。
剣を抜きベラを見る。致命傷のはずだったが、ベラは何もなかったかのように細剣を降り下ろしてきた。
危うく斬られようになるのを慌てて後ろに跳んでかわす。
ベラは死体だ。致命傷などというのは無かった。頭では理解していても、普段の感覚は抜けない。
人の形で動いているとどうしても、急所をつくと相手の動きが止まると思い込んでしまう。
首を撥ね飛ばすしかないか…?
しかし、それで止まるのだろうか。どういう術の仕組みで死体が動いているのかわからない。もしかしたら首が無くなっても死霊使いが動かそうとする限り、動かせるのかもしれない。
どうすればよいかと思案した瞬間が隙となった。
ベラが生前の素早さを活かして細剣を振るってくる。
先程までは力でリールラが圧倒したが、今度は防戦一方となった。
ディッツとモルドーの戦いは異様な様相を呈してきた。
大柄な体と怪力で戦斧を振り回すモルドーを徒手空拳のディッツはそれを身軽にかわし攻撃を叩き込んでいく。
鋼の手甲と鉄靴に包まれた拳と蹴りが、モルドーの顔面に、腹に、脚に打ち据えられる。
一方的に攻撃しているのはディッツの方だったが、モルドーは全く動きを止めなかった。
ディッツの攻撃の後には唸るような風切り音と共に戦斧がディッツに向けられた。
ディッツの何度目かもわからなくなった蹴りがモルドーの胸を打つ。
モルドーは後ろに倒れるが、すぐにむくりと起きると戦斧を構える。
消耗した様子はない。
対してディッツは肩で息をしていた。
体力が無いわけではないが延々と攻撃し続けるのも辛いのだ。
しかも、相手はどれ程の攻撃をしても文字通り痛みも感じていない様子で向かってくる。
精神的にもきついものがあった。
手応えは完璧なものがある。恐らくモルドーは肋も足も骨が折れている。
顔面は腫れこそしてはいないが折れた歯が何本も口から飛び出すのを見た。
「全く嫌になるぜ」
ディッツは防具のない肩で、頭から目に流れてくる汗を拭った。
金属の額当てが蒸れて不快に感じる。
その時、モルドーの右目がぽとりと地面に落ちた。
目の下の骨が砕け、眼球を支えていられなくなったのだろう。
だが、勿論モルドーはそんなことは意に介せずこちらに向かってくる。
ぐじゃり、と音を立てて己の右目を踏み潰しながらモルドーが迫ってくる。
その光景に戦き動きを止めたディッツに戦斧が降り下ろされる。
当たればそのまま頭から両断されかねない一撃を、ディッツはかろうじてかわし、体を回転させると回し蹴りを腹に叩き込む。
骨が砕け、内臓がつぶれる感触が鉄靴を通しても感じられた。
ディッツの渾身の一撃を受けてモルドーは吹き飛んだ。
どすん、と大きな音と共に仰向きに倒れる。
だが、これで終わるわけはない。とどめとなるかはわからないが、追撃をしようとディッツが身構えた。
「ディッツさん! そのまま動かないで!」
一瞬、らしからぬ大音声に誰かわからなかったが、それは後ろにいるフィアだった。
振り返り目を見張る。
掲げられたフィアの杖の先に巨大な火球が浮かんでいる。
「おお………!」
ディッツは感嘆の声を上げる。見るとフィアはいつもの泣きそうな顔とは違い、凛々しくキリッとしている。
この巨大な火球を見る限り彼女の実力はかなりものらしい。
盗賊団を壊滅させたというのは伊達ではないとディッツが感心していると、フィアはふにゃっといつもの泣きそうな顔に戻った。
「やっぱりしゃがんでくださぁい……」
ちっとも気合いの入っていない声でえいやっ、と杖を降り下ろすと、人を二、三人は余裕で飲み込んでしまいそうな火球がディッツに飛んできた。
「うおおおっ……!?」
必死に屈み込むディッツの頭上を凄まじい熱波を放ちながら火球が通りすぎていく。
戦闘が始まってから一番恐怖と命の危険を感じた瞬間に、心臓がばくばくと音と立てて跳ね上がり、全身から汗が吹き出した。
殺す気か、と文句を言おうと体を起こすと同時に背後で爆発が起こった。
ディッツは顔を庇うようにごろごろと転がり、仰向けに大の字になった。
そこにはやはり泣きそうな顔をしたフィアがいた。
体を起こし、フィアの視線を追うと、火柱の中で燃えるモルドーの姿があった。
驚いた事に凄まじい炎に焼かれながらモルドーは少しつずつ歩いている。
だが、火柱から出る頃には足が炭のようになり彼の巨体を支えきれず崩れ転倒する。
次に戦斧を持っていた両腕がその衝撃で外れる。
更には首ももげ、炎に焼かれながらごろごろと転がった。
凄惨極まりない光景だった。
ディッツもそれを成したフィア自身も顔を青ざめさせた。
死んでいた相手とはいえ気分が良いわけもない。
が、戦いは終わっていない。
消えゆく火柱を掻き分けるように、ビリーが二人に向かってきた。
素手かと思われた彼の右手には短剣が握られていた。
すぐさま気を取り直したディッツがビリーに向かう。
降り下ろされた短剣を手甲で受け止め、正拳突きを胸にお見舞いする。
ビリーの胸から何やら紫色の尖った石が落ちた。
ディッツは何かと、訝ったが、それに構うことはなかった。
ビリーにダメージはない。すぐに反撃してくる。
しかし、ビリーは動かなかった。ふらふら、よろよろと足元が覚束なくなりやがて地面にうつ伏せに倒れ動かなくなる。
「……………?」
ディッツは不信と警戒を露に構えたままビリーを見つめるが、立ち上がってこない。
「石です……」後ろのフィアが囁いた「死霊使いが死体を操るために埋め込んだ石が外れたんです、こうなればただの死体に戻って死霊使いは死体を動けなくなるんでしょう」
フィアの言葉は知識から来る予測だったが、動かなくなったところを見ると当たりらしかった。
ディッツは未だ戦闘を続けるリールラに叫ぶ。
「姐さん!胸の石だ!そいつを外せば動かなくなる!」
そして加勢するべく、フィアと二人でリールラの元へと向かう。
リールラはベラと対峙しながらその言葉を聞いた。
横目で上がった巨大な火柱と焼けたモルドーも、ディッツに倒され動かなくなったビリーの様子も確認していた。
戦いながらでも、それだけの余裕が彼女にはあった。最初に考えた通り精霊を使えないベラの力をリールラは凌駕していた。
例え痛みを感じずに、左手を切り落とされても向かってくる相手だとしても、それほどの危険は感じなかった。
無かったのは戦いを終わらせる決め手だった。先程のディッツと同様に精神的な消耗は激しかった。
いずれ体力が尽きればどうなるかはわからない状態だった。
そこへディッツの助言が耳に入る。
ベラの胸の谷間の上に紫の石が見えた。その石目掛けて長剣で突きを放った。
ぞぶり、とベラの褐色の肌に長剣が沈み込む。紫の石の真横を射抜くように刺さったそれは、石と肉の間に隙間を作り、石を体から離れさせた。
ぴたりとベラの動きが止まる。焦点の定まらぬ同僚の瞳をリールラは見つめた。
ハーフエルフとダークエルフ。
種族同士は仲が悪かったが、二人は国王と王妃を守る同士として気心の知れた仲だった。
酒を酌み交わしたことも、惚れた男の話で花を咲かせたこともある。
だが、もう彼女と話すことは出来ない。死霊使いの楔から解き放ったとして、動く死体から動かない死体に戻っただけでその口が言葉を紡ぐことはないのだ。
ベラは虚ろな顔のまま、リールラを掠めるように倒れた。
剣を鞘に収めると、丁度二人がやって来た。
向かってくる二人は笑顔だったが、リールラの表情は引き締まっていた。ベラの死を悼んでいたというのもあるが、それだけではない。
倒したのはベラ達であって操っていた死霊使いはまだいるのだ。
風の精霊を飛ばし周囲を探らせる。鬱蒼とした林の中、目視で探すのは無理かあるし、闇雲に探し回るのは危険だ。
程なくして精霊がリールラ達から離れていく人間を確認した。
「ディッツ。死霊使いらしき人間を見つけた、追って始末する」
生かして逃がせばまた来るかもしれない。それに出来れば何が目的だったのかも聞き出したい。
リールラは相手が自分達が何者かをわかった上で襲撃してきたと確信していた。背後関係をはっきりさせなければいけなかった。
ディッツはリールラに頷き返すとウィルに振り返り言った。
「ウィルさん達はここにいてください。俺と姐さんで死霊使いを追いますんで」
「気を付けて二人とも」
心配そうなウィルに会釈を返すと、二人は林の中に入っていった。
ウィル達はそれを見送ると誰ともなくため息をついた。
「それにしても、貴方の魔法凄いわね」
レナがフィアに話しかける。レナは危険が無くなったことに安堵している。これで金儲けもやめなくてすみそうだと内心喜んでいた。
「確かに」ウィルが同意した「こんな林の中であんな魔法使ったのに、周りは全然燃えていないなんて」
周囲を見渡しても樹木どころか葉っぱにすら焦げ一つない。
熱も衝撃も伝わってきたのに不思議な現象だった。
「師匠が編み出したんです……狭いところでも使えるようにって」
その説明にウィルは納得した。大魔導士と言われたレイチェルなら出来ても何も不思議ではない。
事情を知らないレナは感心しきりだったが。
それにしても、ウィルは近くに倒れているベラを見ながら思った。
一体、何故三人がこんな風に死霊使いに使役され、自分達を襲ったのだろう。
たまたまなのだろうか。それともウィル達だと相手はわかっていて攻撃してきたのか……。
そのどちらだとしてもベラ達が報われないと思った。
母の部下である彼女たちとはよく顔を合わせたし、ウィルにも善くしてくれた。
自分を「無能王子」と蔑むこと無かった数少ない存在だった。
そんな彼女達が、顔見知りが殺されてしまった喪失感と悲しみがウィルの胸を締め付ける。
はた、と思い付く。
せめて手厚く葬ってあげよう。野晒しでは忍びない。
ベラ、モルドー、そして………
「ビリー?」
側に倒れているベラ、黒こげでバラバラになってしまったモルドー。
しかし、ビリーの死体が消えていた。
どこに?
そう疑問に思って、キョロキョロと姿を探す。
その時、前にいたフィアの体がびくんと震えた。信じられないと言った様子で目を見開いている。
何事かと声をかけようとすると、フィアは口から大量の血を吐いた。
「フィア!」
ウィルの叫びにフィアは答えようとしたが、それは叶わずにただ、ごぼごぼと口から血を溢れさせ、横に倒れていった。
倒れたフィアの影から現れたのはビリーだった。陰鬱な表情で倒れゆくフィアを見送っている。手には短剣が握られており、刃にはベッタリと赤い血が付いており、ポタポタと地面に赤い水滴を落としている。
フィアを刺したのはビリーだった。
その胸に紫の石は無かった。
最大の理由はベラ達はアンデットのようであってアンデットでは無かったということにある。
アンデットであれば音や刺激に反応して近くにいる動くものを優先的に襲う。
その習性を利用してリールラ達は三人の中で一番手強そうなモルドーを真っ先に排除しようとした。
だが、それは叶わなかった。ダークエルフのベラがリールラとディッツの動きを無視してフィアに突進してきたからだ。
魔導士は近接戦闘は得意ではない。接近されればあっという間に無力となる。
そのベラをリールラが抑える。
続いてモルドーも戦斧を構えて突進してくる。
狙いはやはりフィアだった。
様相や動きはアンデットであっても、彼らは死霊使いが操る屍なのだ。
その動きには死霊使いの意図がこめられていた。アンデットの様に本能で動いているわけではなかったのだ。
リールラ達が一番厄介な相手から倒そうとしたように、死霊使いも、火力があり遠距離から攻撃できるフィアを一番に邪魔な存在だと判断して最初に排除しようとしたのだ。
こちらも素手で戦闘力に劣るビリーを最初に狙えば、あるいはこの形にならなかったかもしれないが、アンデットを相手にするつもりで戦闘を始めてしまったリールラ達は後手に回り、リールラがベラ、ディッツがモルドーを一対一で相手にすることになった。
フィアは二人が接近戦を始めてしまったので、様子を見るだけになる。迂闊に魔法を放てば巻き込んでしまう。
ならばとビリーを攻撃しようと思ったが、ビリーはフィアから見てモルドーの後ろに隠れて動かない。
フィアが右へ移動すれば左へ、左に移動すれば右へと動き、常にモルドーを中心に対角線に位置を変えてフィアに姿を見せないようにする。
離れていながらもフィアを牽制している。
リールラとディッツの目論みは外れた。だが、それで思考が停止するほどリールラとディッツは戦いに不慣れでもなかった。
もし、一対一で戦うならどのみちこの組み合わせだとすぐさま割りきる。
普段であれば互角の実力の彼らを倒すのは容易ではない。
しかし、死霊使いの術がどれ程かはわからないが、三人を同時に細かく操つりその実力を発揮させられるのだろうか?
よしんばそれが可能だとしても、死人となったベラとビリーに精霊が応えることは絶対にない。
モルドーはともかく、二人はその力を十全に発揮することは叶わないはずで、付け入る隙はある。
「姐さん! こいつは俺がぶっ倒しますんで、ベラの姐さんを任せていいですか?」
ディッツの叫びにリールラが答える。
「わかったわ」
リールラは長剣をベラに打ち付ける。ベラは細剣で受けるが、ジリジリと押される。
二人の武器の違いは種族の差であった。
純粋なダークエルフのベラは敏捷性と速さに優れていた。
ハーフエルフで人間の血が混じったリールラはベラよりもその点では劣っている。
しかし身体能力と筋力では人の血が入ってるリールラに一日の長があった。
ましてや今の彼女は精霊を使えない。リールラの方が有利と言えた。
ベラをすぐに無力化してディッツに加勢する…!
リールラは長剣で細剣を弾き上げ、がら空きになった腹に剣を突き刺した。
剣を抜きベラを見る。致命傷のはずだったが、ベラは何もなかったかのように細剣を降り下ろしてきた。
危うく斬られようになるのを慌てて後ろに跳んでかわす。
ベラは死体だ。致命傷などというのは無かった。頭では理解していても、普段の感覚は抜けない。
人の形で動いているとどうしても、急所をつくと相手の動きが止まると思い込んでしまう。
首を撥ね飛ばすしかないか…?
しかし、それで止まるのだろうか。どういう術の仕組みで死体が動いているのかわからない。もしかしたら首が無くなっても死霊使いが動かそうとする限り、動かせるのかもしれない。
どうすればよいかと思案した瞬間が隙となった。
ベラが生前の素早さを活かして細剣を振るってくる。
先程までは力でリールラが圧倒したが、今度は防戦一方となった。
ディッツとモルドーの戦いは異様な様相を呈してきた。
大柄な体と怪力で戦斧を振り回すモルドーを徒手空拳のディッツはそれを身軽にかわし攻撃を叩き込んでいく。
鋼の手甲と鉄靴に包まれた拳と蹴りが、モルドーの顔面に、腹に、脚に打ち据えられる。
一方的に攻撃しているのはディッツの方だったが、モルドーは全く動きを止めなかった。
ディッツの攻撃の後には唸るような風切り音と共に戦斧がディッツに向けられた。
ディッツの何度目かもわからなくなった蹴りがモルドーの胸を打つ。
モルドーは後ろに倒れるが、すぐにむくりと起きると戦斧を構える。
消耗した様子はない。
対してディッツは肩で息をしていた。
体力が無いわけではないが延々と攻撃し続けるのも辛いのだ。
しかも、相手はどれ程の攻撃をしても文字通り痛みも感じていない様子で向かってくる。
精神的にもきついものがあった。
手応えは完璧なものがある。恐らくモルドーは肋も足も骨が折れている。
顔面は腫れこそしてはいないが折れた歯が何本も口から飛び出すのを見た。
「全く嫌になるぜ」
ディッツは防具のない肩で、頭から目に流れてくる汗を拭った。
金属の額当てが蒸れて不快に感じる。
その時、モルドーの右目がぽとりと地面に落ちた。
目の下の骨が砕け、眼球を支えていられなくなったのだろう。
だが、勿論モルドーはそんなことは意に介せずこちらに向かってくる。
ぐじゃり、と音を立てて己の右目を踏み潰しながらモルドーが迫ってくる。
その光景に戦き動きを止めたディッツに戦斧が降り下ろされる。
当たればそのまま頭から両断されかねない一撃を、ディッツはかろうじてかわし、体を回転させると回し蹴りを腹に叩き込む。
骨が砕け、内臓がつぶれる感触が鉄靴を通しても感じられた。
ディッツの渾身の一撃を受けてモルドーは吹き飛んだ。
どすん、と大きな音と共に仰向きに倒れる。
だが、これで終わるわけはない。とどめとなるかはわからないが、追撃をしようとディッツが身構えた。
「ディッツさん! そのまま動かないで!」
一瞬、らしからぬ大音声に誰かわからなかったが、それは後ろにいるフィアだった。
振り返り目を見張る。
掲げられたフィアの杖の先に巨大な火球が浮かんでいる。
「おお………!」
ディッツは感嘆の声を上げる。見るとフィアはいつもの泣きそうな顔とは違い、凛々しくキリッとしている。
この巨大な火球を見る限り彼女の実力はかなりものらしい。
盗賊団を壊滅させたというのは伊達ではないとディッツが感心していると、フィアはふにゃっといつもの泣きそうな顔に戻った。
「やっぱりしゃがんでくださぁい……」
ちっとも気合いの入っていない声でえいやっ、と杖を降り下ろすと、人を二、三人は余裕で飲み込んでしまいそうな火球がディッツに飛んできた。
「うおおおっ……!?」
必死に屈み込むディッツの頭上を凄まじい熱波を放ちながら火球が通りすぎていく。
戦闘が始まってから一番恐怖と命の危険を感じた瞬間に、心臓がばくばくと音と立てて跳ね上がり、全身から汗が吹き出した。
殺す気か、と文句を言おうと体を起こすと同時に背後で爆発が起こった。
ディッツは顔を庇うようにごろごろと転がり、仰向けに大の字になった。
そこにはやはり泣きそうな顔をしたフィアがいた。
体を起こし、フィアの視線を追うと、火柱の中で燃えるモルドーの姿があった。
驚いた事に凄まじい炎に焼かれながらモルドーは少しつずつ歩いている。
だが、火柱から出る頃には足が炭のようになり彼の巨体を支えきれず崩れ転倒する。
次に戦斧を持っていた両腕がその衝撃で外れる。
更には首ももげ、炎に焼かれながらごろごろと転がった。
凄惨極まりない光景だった。
ディッツもそれを成したフィア自身も顔を青ざめさせた。
死んでいた相手とはいえ気分が良いわけもない。
が、戦いは終わっていない。
消えゆく火柱を掻き分けるように、ビリーが二人に向かってきた。
素手かと思われた彼の右手には短剣が握られていた。
すぐさま気を取り直したディッツがビリーに向かう。
降り下ろされた短剣を手甲で受け止め、正拳突きを胸にお見舞いする。
ビリーの胸から何やら紫色の尖った石が落ちた。
ディッツは何かと、訝ったが、それに構うことはなかった。
ビリーにダメージはない。すぐに反撃してくる。
しかし、ビリーは動かなかった。ふらふら、よろよろと足元が覚束なくなりやがて地面にうつ伏せに倒れ動かなくなる。
「……………?」
ディッツは不信と警戒を露に構えたままビリーを見つめるが、立ち上がってこない。
「石です……」後ろのフィアが囁いた「死霊使いが死体を操るために埋め込んだ石が外れたんです、こうなればただの死体に戻って死霊使いは死体を動けなくなるんでしょう」
フィアの言葉は知識から来る予測だったが、動かなくなったところを見ると当たりらしかった。
ディッツは未だ戦闘を続けるリールラに叫ぶ。
「姐さん!胸の石だ!そいつを外せば動かなくなる!」
そして加勢するべく、フィアと二人でリールラの元へと向かう。
リールラはベラと対峙しながらその言葉を聞いた。
横目で上がった巨大な火柱と焼けたモルドーも、ディッツに倒され動かなくなったビリーの様子も確認していた。
戦いながらでも、それだけの余裕が彼女にはあった。最初に考えた通り精霊を使えないベラの力をリールラは凌駕していた。
例え痛みを感じずに、左手を切り落とされても向かってくる相手だとしても、それほどの危険は感じなかった。
無かったのは戦いを終わらせる決め手だった。先程のディッツと同様に精神的な消耗は激しかった。
いずれ体力が尽きればどうなるかはわからない状態だった。
そこへディッツの助言が耳に入る。
ベラの胸の谷間の上に紫の石が見えた。その石目掛けて長剣で突きを放った。
ぞぶり、とベラの褐色の肌に長剣が沈み込む。紫の石の真横を射抜くように刺さったそれは、石と肉の間に隙間を作り、石を体から離れさせた。
ぴたりとベラの動きが止まる。焦点の定まらぬ同僚の瞳をリールラは見つめた。
ハーフエルフとダークエルフ。
種族同士は仲が悪かったが、二人は国王と王妃を守る同士として気心の知れた仲だった。
酒を酌み交わしたことも、惚れた男の話で花を咲かせたこともある。
だが、もう彼女と話すことは出来ない。死霊使いの楔から解き放ったとして、動く死体から動かない死体に戻っただけでその口が言葉を紡ぐことはないのだ。
ベラは虚ろな顔のまま、リールラを掠めるように倒れた。
剣を鞘に収めると、丁度二人がやって来た。
向かってくる二人は笑顔だったが、リールラの表情は引き締まっていた。ベラの死を悼んでいたというのもあるが、それだけではない。
倒したのはベラ達であって操っていた死霊使いはまだいるのだ。
風の精霊を飛ばし周囲を探らせる。鬱蒼とした林の中、目視で探すのは無理かあるし、闇雲に探し回るのは危険だ。
程なくして精霊がリールラ達から離れていく人間を確認した。
「ディッツ。死霊使いらしき人間を見つけた、追って始末する」
生かして逃がせばまた来るかもしれない。それに出来れば何が目的だったのかも聞き出したい。
リールラは相手が自分達が何者かをわかった上で襲撃してきたと確信していた。背後関係をはっきりさせなければいけなかった。
ディッツはリールラに頷き返すとウィルに振り返り言った。
「ウィルさん達はここにいてください。俺と姐さんで死霊使いを追いますんで」
「気を付けて二人とも」
心配そうなウィルに会釈を返すと、二人は林の中に入っていった。
ウィル達はそれを見送ると誰ともなくため息をついた。
「それにしても、貴方の魔法凄いわね」
レナがフィアに話しかける。レナは危険が無くなったことに安堵している。これで金儲けもやめなくてすみそうだと内心喜んでいた。
「確かに」ウィルが同意した「こんな林の中であんな魔法使ったのに、周りは全然燃えていないなんて」
周囲を見渡しても樹木どころか葉っぱにすら焦げ一つない。
熱も衝撃も伝わってきたのに不思議な現象だった。
「師匠が編み出したんです……狭いところでも使えるようにって」
その説明にウィルは納得した。大魔導士と言われたレイチェルなら出来ても何も不思議ではない。
事情を知らないレナは感心しきりだったが。
それにしても、ウィルは近くに倒れているベラを見ながら思った。
一体、何故三人がこんな風に死霊使いに使役され、自分達を襲ったのだろう。
たまたまなのだろうか。それともウィル達だと相手はわかっていて攻撃してきたのか……。
そのどちらだとしてもベラ達が報われないと思った。
母の部下である彼女たちとはよく顔を合わせたし、ウィルにも善くしてくれた。
自分を「無能王子」と蔑むこと無かった数少ない存在だった。
そんな彼女達が、顔見知りが殺されてしまった喪失感と悲しみがウィルの胸を締め付ける。
はた、と思い付く。
せめて手厚く葬ってあげよう。野晒しでは忍びない。
ベラ、モルドー、そして………
「ビリー?」
側に倒れているベラ、黒こげでバラバラになってしまったモルドー。
しかし、ビリーの死体が消えていた。
どこに?
そう疑問に思って、キョロキョロと姿を探す。
その時、前にいたフィアの体がびくんと震えた。信じられないと言った様子で目を見開いている。
何事かと声をかけようとすると、フィアは口から大量の血を吐いた。
「フィア!」
ウィルの叫びにフィアは答えようとしたが、それは叶わずにただ、ごぼごぼと口から血を溢れさせ、横に倒れていった。
倒れたフィアの影から現れたのはビリーだった。陰鬱な表情で倒れゆくフィアを見送っている。手には短剣が握られており、刃にはベッタリと赤い血が付いており、ポタポタと地面に赤い水滴を落としている。
フィアを刺したのはビリーだった。
その胸に紫の石は無かった。
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