クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

77 キミは赤也くんと踊りたかったの?

私は彼の気持ちを知っている。

彼が誰を好きなのか、知っているのだ。

その上で、彼からの誘いを受けた。

──私はどうしても、ベストカップルになりたかったから。



***



「やりましたわね!」
「当然の結果でしょ~? オレたちがペアでベストカップルが取れないわけないよねえ」


偉そうなことを言っているけれど、本番で1回リードをミスしたあなたのフォローをしたのは誰だと思っているんですか? ……まあ、このネックレスが手に入ったからいいとしよう。

私達はこの前行われた3・4年合同で開かれる麗氷のダンスパーティーでベストカップルに選ばれた。それを祝して、冬休みの今一条家でプチお疲れ会をしている。


それにしても、このネックレス……。


「……ほんっっとうに、綺麗ですわねえ」
「なるほどね~、ベストカップルを狙ってたのは賞品のためってことね。まあ、確かに可愛いよね、そのネックレス。ククッ、ネックレスのために張り切るとか、瑠璃も案外可愛いとこあるんだね~」


今は機嫌がいいので、「可愛いのは顔だけかと思ってたよ~」という黄泉様の暴言は聞き流して差し上げた。

3・4年合同で開かれる麗氷のダンスパーティーで、ベストカップルに選ばれると、学園公認になる以外にも特典がある。それがこれ、賞品だ。

毎年デザインは違えど、令嬢にはネックレスを、子息にはカフスボタンを贈与される。ネックレスとカフスボタンのデザインは同じ宝石を用いており、身につける者はひと目でペアだとわかる仕様だ。

そう、私はこれが欲しかったのだ。


「……でも、残念でしたね。わたくしが赤也を誘ってペアを組んでいれば、黄泉様はお姉様とペアを組めたかもしれませんのに」


笑顔だった黄泉様の表情がどんどんと抜け落ち、最終的に無表情になった。


「……何、キミは赤也くんと踊りたかったの?」


笑顔から無表情の落差に、思わず私はビクッとしてしまう。


「あなたが……黄泉様が、お姉様と踊りたかったんでしょう?」


『……てっきり2人がペアを組むとばかり……だから今年は雅を誘わなかったのに~!』


ぐるぐると、以前黄泉様に言われた言葉が頭の中を駆け巡る。


つまり、黄泉様は2人の邪魔をしたくなくて。

……──2人のために・・・・・・、身を引いた。と、そういうことだ。そして、お姉様の代わりに私を誘った。


『なら、オレと組もうよ』


どうやら、あの時の言葉が、思ってたよりも私は嬉しかったみたい。……代わり、とかじゃなくて、まるで私と……私自身と組みたいって言われたようで。少しだけ、ううん、かなり嬉しかった。

でも、違った。お姉様がダメとなると他を探さなきゃいけない。その相手が私だったのだ。

多分、本当は親衛隊の子でも良かったんだけど。もしその中から誰かを選んでしまえば、選ばれなかった方からその方が反感をかってしまうかもしれないから。

だから、反感をかっても気にしなそうな図太い令嬢か、虐められることのないくらい強い権力のある家柄の令嬢をパートナーに欲しかったのでしょう。

……私の場合、どちらだろう? きっと両方ね。

何か言われても気にしないくらいには神経は細くないつもりだし、私だって一応あの『一条家』の端くれだ。嫉妬にかられた令嬢たちに何かされることは、まずないでしょう。


つまり黄泉様にとって私は、これほどないくらいに都合が良かったんだ。


……でもね、黄泉様。あなたは私を利用したつもりなんでしょうけど、あなたの提案は私にとっても都合がいいものだったんですよ。と、心の中でぽつりと呟く。


「……あのさあ、この前からずっと思ってたんだけど、瑠璃何か勘違いしてない?」
「勘違い、ですか? していませんよ、全く。だって、黄泉様は本当はお姉様とペアを組みたくて、だけどお兄様がいらっしゃるから仕方なくわたくしを誘ったんですよね?」
「……はあ~? この前機嫌悪かったのって、それが原因? まさかそんなことずっと気にしてたわけぇ?」


……そ、そんなことってっ!!

黄泉様にとってはそんなことでも、私にとっては重大な問題なのに。

誰かの『代わり』って言葉が、私は昔から嫌いだった。

例えそれが大好きなお姉様の『代わり』であったとしても、もう誰かの『代わり』は懲り懲りだった。


「オレは別に1度も雅とペアを組みたかったなんて言ってないでしょ~……」
「ですが、お兄様とペアを組むと思ったからお姉様を誘わなかったと……!」
「そ~だねぇ、確かにそう言ったね。去年のダンスパーティーの時、一緒に踊ってる2人を見て、なんとな~くそうなる気がしてたからね……まあ、そうはならなかったみたいだけど」


「なら、やっぱり……」と結論付ける私に、黄泉様は「あのねぇ……」と呆れた様子で答える。


「オレにだって選ぶ権利はあるわけ。雅ってオレと踊る時すっごく必死でさあ~、もうヒイヒイ言いながら踊ってるんだよ? ステップ間違えるし、足は何度も踏むし……正直もうペアはゴメンだね。青葉とはあんなに楽しそうにリラックスしながら踊ってたのにさあ……」


意外な返答に思わず私は目を見開く。そうだったのか。正直とても意外だ。

残念ながらお2人が踊っている所を私は見たことがないが、黄泉様はお2人のことをそんなふうに思っていたのか。

私は彼の気持ちを知っていると思っていたけれど、どうやら全てではなかったらしい。


「去年は青葉にぎゃふんと言わせるためにペアを組んだけど、どうせ誰かと組むのならオレとのダンスを好きだと言ってくれる人と踊りたいとよね~」
「それって……」
「多分ね、オレは嬉しかったんだ。オレのことを好きだとか、オレのダンスを上手いと言ってくれる人は今までたくさんいたけれど、オレと一緒に踊るのが好きだと言ってくれたのは、瑠璃──キミだけだったから」


……なんだかそれって、私だから誘ったって言われてるみたいだ。って、多分、そう言ってくださってるのよね? これは勘違いなんかじゃないわよね?

……変なの。その言葉が貰えただけで、胸の中のモヤモヤが解消されていくのがわかる。

黄泉様がお姉様の『代わり』ではなく、私を必要としてくれた。その事実がただ嬉しい。


「この分だと、オレが雅のこと好きとか勘違いされてそうだよね~」
「いいえ、それは勘違いしてしません。ちゃんとわかってますわ、黄泉様が誰をお慕いしているのか」


先程の前科があるせいか、そう言い切る私を黄泉様は全く信用してないらしく、瞳が雄弁に「絶対また勘違いしてるだろ」と物語っていた。

いいえ、黄泉様。その点においては勘違いなんてしておりません。私は、全てではないにしても、あなたの気持ちを知っているのです。


「いや、俺が雅のことを好きだって思ってるでしょ~。雅はただの友達で──」
「──お兄様ですよね」
「……えっ」


凍りついたように固まる彼にもう1度告げる。


「青葉お兄様ですよね、黄泉様の好きな人」


私は彼の気持ちを知っている。

彼が誰を好きなのか、知っているのだ。

その上で、彼からの誘いを受けた。

──私はどうしても、ベストカップルになりたかったから。

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