クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

70 嘘も方便って言うだろ?


「……ん? おい待てよ、今の話のどこら辺に悩む要素なんてあった? 良かったじゃねえか、楽しく一緒にケーキが食べられて」
「僕が食べたのはコーヒーゼリーだけどね」
「いいんだよそこは、どうでも!」


あの日の彼女の食べっぷりは見事だったなあ。彼女すごく美味しそうにスイーツを食べるんだよね。見ていてこっちも満足してしまったよ。

そのせいで食べ終わってから、多分余計なこと? を言ってしまったみたいなんだけど……。

何が原因かはわからないけど、彼女すごく悲しそうにしてたし……。

その事をシローくんに伝えると、彼は察しがついたのか納得がいった顔をしている。


「……完全に最後の一言は余計だったな」
「そう? でも、彼女いっつも体重の増加について気にしていたから、こんなに食べてよかったのかなって心配になっただけだったんだけど……」


言い訳じゃないけど、僕なりの配慮のつもりで、彼女の気分を害するつもりなんてなかったんだ。


「……つまりお前の悩みって、立花につい余計なこと言っちゃうってことか? それも無意識で」
「うーん、それもそうなんだけどね。……少し、違うかな。僕はね、怖いんだ。……また振られるのが。シローくんや立花雅さんは僕なら相手に困らないって言ってくれるけど、僕はこれまで振られっぱなしだ」
「……青葉」
「彼女と出会ってから、時々感情が抑えきれなくなるんだ。僕はこれでも理性的な人間だと自負しているし、大人びているともよく言われるんだ。……なのに、彼女の前ではいつもの自分でいられない。他の子息と楽しげにしないで欲しいとか、僕以外の誰かと踊っている所を見たくないとか……そんなこと考えて、気がつけば酷い言葉を言ってしまったりするんだ。……まるでわがままな子どもみたいだ。自分が嫌になる」


彼女と出会ってすぐに婚約を提案した。けれどもその気はないと振られてしまった。その後もダンスパーティーのパートナーに誘おうとするも、もうパートナーがいると言われてしまった。この後に及んで、1曲躍ることさえも断られたらと思うととても恐ろしくて、勇気が出ない。


自信あるようにみえるみたいだけど、そうでもないんだ。


「自分がここまで臆病だったなんて。……彼女と出会って初めて知った。これが他人事ならば、さっさと誘うべきだと提案するし、断られた場合を考えて早い方がいいって、そう言うだろう」
「おおっ、さすが、正論の申し子」
「茶化さないでくれよ」
「悪い、つい」
「はあ…………誰かを誘うのは勇気がいるね」


そう告げると、何がおかしいのか、真剣な僕の悩みに彼は腹を抱えて大笑いを始めた。


「……フハハ、何悩んでるのかと思えば」
「今の話の何処に笑う要素あったかな?」
「そういうとこだよ。ハハ、そんなことをこんな本気で悩むなんて……お前って結構愉快なやつだなあ」
「……真剣に悩んでるんだけど」
「だから、そんなこと真剣に悩んでるのが面白いんだよ! 感情がコントロールできないなんてそんな当たり前のことも知らなかったなんて……しかもあの天下の一条青葉がだぜ?」


天下って……過大評価すぎないかい?

馬鹿にされたのだと思い席を立とうとする僕を、「悪かったって! だからそんな怒んなよ」という彼の言葉が静止させる。


「仕方ねぇな。とりあえず、令嬢への接し方を俺がレクチャーしてやるよ」



***



「レクチャー? 君が僕に?」
「おう。他に誰がいるんだ。……なんだよ。俺じゃ不満か? お前や黄泉ほどじゃないにしても、こう見えて俺ってクラスじゃ割と人気あるんだぜ?」


あ、それは知ってる。前に立花雅さんがシローくんのことをそう言っていた記憶があるから。


「立花とだってすぐに親しくなれたしな。知ってっか? 立花の初めての親しい男友達って俺なんだよ」
「え、そうなの!?」


それは初耳だった。今思えば、僕ら婚約者候補以外で彼女のそばにいる子息ってシローくんだけじゃないか? しかも、彼女は彼に相当気を許しているようにみえた。


……彼女の──立花雅さんの初めての親しい男友達か。その肩書きに急にシローくんが偉大な人に感じる。……こ、これが、権威効果というものかっ! 僕はごくりと唾を飲み込んでから彼にレクチャーをお願いする。


「いいか、令嬢と上手くコミュニケーションをとる秘訣は『嫌われない』ようにすることだ」
「……ん? うん……そうだね?」
「あ、お前今何を当たり前のことをって思っただろ。別に好かれようとなんかしなくていいんだよ。ただ『嫌われない』ように言葉を選んで接するんだ。お前みたいにデリカシーのない発言は御法度な」


デリカシー。そういえば以前彼女からもそんな指摘を受けたな。彼女に言わせれば僕はデリカシーがないらしい。……でも、具体的に自分のどのような発言が、デリカシーがないのかよくわからないんだよね……。

そうシローくんに伝えるとそのレクチャーもしてくれるらしい。……なんて頼もしいんだ!! さすが立花雅さんの初めての親しい男友達!!


「こほん、まずは令嬢にはマジレスすんな。特に体型とか外見についてはな」


更に「これは立花も例外じゃない」と付け加える。


「お前聞いてるとけっこう立花にその手のマジレスしてんだろ。そんなんだから立花にデリカシーないって言われるんだぞ?」


な、なるほど。……彼女と話していると令嬢と話しているような気がしなくて、つい他の令嬢と話している時のように適当な返事なんか出来なくて。建設的で生産的なことばかり言ってしまったけれど……そうか、僕のそういうところがデリカシーないんだな。反省だ。


「令嬢なんててきとーにピンクとか花柄が似合うって言っときゃ喜ぶんだからさ。桜子は大体これで喜ぶ」
「……ピンクに、花柄……」


それは相手が綾小路さんだからでは……? と一瞬考えたが、実際彼は僕なんかよりもずっと立花雅さんと親しいという事実が彼の発言を裏付けている気がした。


「嘘も方便って言うだろ? 相手を傷つけないための嘘って大事なんだよ。常に正直であることが素晴らしいわけじゃないからな?」
「……確かに」


ふむ、なるほど。確かにそれは一理あるかも。


「相手の面子をつぶすなんてことがないように、お前の場合は細心の注意を払う必要があるな」
「……僕、そんなに酷いですか?」


少なくとも今まで誰かも面子を潰した記憶なんてないんだけど、ここまで念を押されると、もしかして自分でも無意識のうちにやってしまっていたんじゃないかと不安になってくる。


「まあこんくらい守っとけば、デリカシーのない発言をしないで済むはずだぜ」


とにかく、シローくんのおかげで問題点には気づけたから今から努力すればまだ間に合うはずだと、この時の僕は楽観視していた。

          

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