クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
58 ……君は何度俺の足を踏めば気が済むんだ?
天井のシャンデリアがキラキラと輝く。本日開かれるお父様のお知り合いという方のパーティー会場には、すでに沢山の人が集まっていた。
最低限挨拶をしなければいけない人達への挨拶が終わったので、私は独りぷらぷらと。お兄様は立花家の跡取りとして、まだ挨拶をしなければならないからね。
誰か知り合いはいないかなと辺りを見回すと、よく知ったメガネの少年をみかけた。
「あら、白川くん」
「ああ、君か」
「ごきげんよう。学校以外でお会いするのは初めてですね」
ニッコリと愛想よく受け答えをする私に対し、白川くんは「そうだったか?」と無愛想な反応。
……うん、前から薄々感じていたけれど、白川くんって素っ気ないよね。ぶっきらぼうというかなんというか。
もしかして、女の子と接するのがあまり得意じゃないのかな?
青葉や黄泉みたいに女の子に慣れているよりはその方が好感を持てるけれども、同じクラスで今年も同じ学級委員になったんだから、もう少し仲良くしてもらいたいところだ。
そう、この前やっと4年生になった。
クラス替えはなかったので、彼とも同じクラスのまま。そして何故か学級委員の役割もそのまま引き継がれ、彼は委員長、私はまたしても副委員長になった。
通年なのは納得していたが、今年もやるとは聞いてないよ? と思わなくもないが、決まってしまったものは仕方がない。
ほとんど押し付けられたと言っても過言ではないこの地位に、今目の前にいる彼は満更でもない様子だった。
そりゃ、白川くんは自ら立候補するくらいだもんね。今年もなれて嬉しいよねと思ったのが、まだ記憶に新しい。
「…………」
「…………」
互いを見つめ合うこと数秒。
「……ええっと、では、わたくしはこれで……」
流れる沈黙に耐えきれず立ち去ろうとする私を、引き止めたのは白川くんだった。
「た、立花っ」
「……は、はいっ」
いつもより少しだけ大きい声のボリューム。白川くんから話しかけてくれることなんて、今までほとんどなかったから、思わずビクッと、過剰に反応してしまう。
気のせいか、白川くんのお顔が赤いような……。それにどこかそわそわしているような……。
どうしたんだい? 白川くんらしくないよ。いつものあなたはもっと落ち着きがあって、淡々と委員長の仕事をこなしているじゃないか。
明らかに挙動不審な彼に「どうかしましたか?」と声をかけるも返事はなく、再び先程よりも長い沈黙が流れた。
引き止めたってことは、何か用事があるのだろうと、辛抱強く待っていると、白川くんは意を決したように顔をあげ、口を開いた。
「…………その、君がいるってことは、……あの人もここにいるのか?」
「あの人?」
返ってきたのはそんな抽象的でアバウトな言葉。白川くんの言う『あの人』とは、どの人だろうか。……申し訳ないが、私は読心術が使えるわけではないので、きちんと言葉にして貰わなければわからない。
再度沈黙が訪れようとしていた、その時。
「雅、ここにいたんだね」
大好きな人の私を呼ぶ声が聞こえた。
「お兄様っ!!」
「優さんっ!!」
私がお兄様を呼ぶのとほぼ同時に、彼はお兄様の名前を呼ぶ。なになに、白川くんとお兄様ってお知り合いだったの?
「……えっと、雅のお友達かな?」
だけど呼ばれた当の本人は心当たりがないようで、小首を傾げている。
「クラスメイトです。白川くんは委員長をなさってますの」
そんなお兄様に助け舟を出すように、白川くんの補足情報をお伝えする。
「……ん? 白川って、まさか弓弦の弟の梓くん?」
「……っ! はい、白川梓です!! お久しぶりです優さん!!」
「へぇー、随分と大きくなったもんだ。すぐに君だって気づけなかったよ」
どうやらお兄様が忘れていただけで、2人は何年か前に1度だけ顔を合わせたことがあるようだ。なんでも、白川くんのお兄様の弓弦様がお兄様と同級生で、とても親しいのだとか。へぇー、世間は狭いって本当だねぇ。
「ごめん、僕まだ挨拶が残ってるんだ。雅を1人にしちゃったのが心配で探してたんだけど……梓くん、せっかくだから雅の相手してあげてよ」
「えっ、ちょっ、お兄様?」
「はい、是非」
「えっ、白川くんまで……」
ニコニコとお兄様の提案を承諾する白川くんにお兄様は安心すると、足速に去って行った。お忙しいのに私のことを心配して合間を縫って下さるなんて……はぁ、大好きです!! やっぱり私の理想はお兄様です!!
……って、うっとり背中を見送っている場合じゃない! トントン拍子で話が進んでしまったから、私が突っ込む間もなく終わってしまったよ。
この後どうするのだろうと、おずおずと彼を見つめる。
くるりとこちらに向き直った彼は、私の知るいつもの無愛想な彼だった。
「とりあえず、ダンスでも踊るか」
エスコートと呼ぶには少し強引なそれを受け、グイグイっと手を引かれる。ちょっ、痛い痛い。
「あの、わたくし、ダンスは……」
「得意だよな? 青葉と黄泉と踊っているのを見た」
「いや、それはお二人が……」
「ちょうど次の曲だ。踊ろう」
うーーーーん。この世界の男性はみーんな話を聞かない人ばっかりだなあ!!
もうどうにでもなれと、私は腹を括りステップを踏みしめた。
***
「……君は何度俺の足を踏めば気が済むんだ? もしかしてわざとやっているのか? もしそうでないとしたら、意図せず、たった1曲で、あそこまでパートナーの足を踏みつけることが出来るものなのか?」
「……だから、わたくしダンスは苦手なんですって……」
「聞いてないぞ、そんなこと」
「言おうとしたら、あなたが話を聞かなかったんじゃないですか」
私だって、あそこまで人の足を踏んだダンスは初めてですよ!
なんだろうね? 着地しようとする地面に足がひょっいと毎度毎度現れるこの感じ。もう、踏むってわかってても防げない罪悪感。
ここまでリズムが合わないとは……気が合わなすぎるよ、白川くん。……ん? でも、同じ場所に足を配置するという点では、ある意味気が合うのか?
「……いや、すまない。さっきのは俺が悪かったな。話を聞かなかったのは事実だ」
「わたくしも何度も踏んでしまってすみませんでした」
「本当にな」
「……す、すみません」
「ふっ、冗談さ」
何がそんなに可笑しいのか、クスクスと彼は笑い始めた。楽しそうで何よりです。
いつもクールで知的な彼も笑うと年相応ね。……この発言、私がおばさんになったみたいでいやだなぁ。いや、実際精神年齢は三十路超えてるんだけどね?
「……痛っ」
「痛むのか? 見せてみろ」
「全然大丈夫ですから」
「いいから見せるんだ」
そう言うと彼は私を強引に近くの椅子に座らせ、膝まづいて靴を脱がせた。
「……これは、」
「うわぁ……」
我ながら、なんて痛そうな踵なの。今日は久しぶりにお兄様と一緒にパーティーに参加出来るから、背伸びして少しヒールの高い靴を履いたせいだ。
デザインを重視したから、いつも履く靴よりも硬い素材で、それが擦れて皮が剥けてしまっている。
……うわぁ、さっきまでは少し痛いなぁくらいだったんだけど、実際見たらめちゃくちゃ痛くなってきたわ……。
「はぁ……全然紳士的じゃないな俺は。こんなになるまで気づかないなんて……すまない」
「わたくしが慣れない靴を履いてきたせいですから。白川くんは悪くありませんよ」
「……ダンスのことも、靴擦れに気づけなかったこともだが……今まで色々すまなかった」
それ以外に何を謝罪することがあるのだろうか。私には心当たりがなかった。
「……君も人間だったんだな」
「えっ?」
待って、今まで私のこと何だと思ってたの? 宇宙人? それとも怪物? どっちにしても嫌だけど。
「いや、実を言うと、俺は君のことが少しだけ苦手だった」
「……えっ」
「聡い君は既に気づいていたかもしれないが……」
……えっ、そうだったの!? 全っ然気づいてなかったよ。
そういえば、以前黄泉が私のクラスに来てダンスパートナーに誘ってくれた時、クラスの騒ぎに対して何故か私が白川くんに怒られたことがあったな。副委員長として騒ぎの原因になるのはいかがなものか、みたいな感じで。
私は被害者なのに、随分と理不尽だなぁとは思っていたけれど…………えっ、これって単純に嫌われてたからなの? 普通にショックなんだけど! 悲しい!
「だってそうだろう? いつもテストは、学年、クラスともにトップの点数を叩き出す。涼し気な顔で」
いや、まあ、学年っていっても40人くらいだし、大した母数じゃないよ?
「習ったばかりでも関係なく、応用問題の答えを導き出す。君が苦戦している所を見たことがない」
そうね、みんなにとっては習ったばかりでも、私にとっては既存の問題だからね。逆に解けなきゃヤバいよね。
「教師やクラスメイトからの信頼も厚いし……そうだ、この前だって、君の一声で揉めていた係決めがすぐに決まったし」
信頼、厚いのか!? ただ面倒事を押し付けやすいと思われているだけだと思うよ!?
係決めだって、定員2名の体育係をやりたいと言ってる女の子が4名いて、どうやら仲良し2人組が2組いらっしゃるようだったので、グループの代表がじゃんけんするように促しただけよ?
下手に仲良し2人組が離れ離れになるとやっぱりやめるとかきっと始まるじゃない? だったら最初からグループで決めてよってだけで。そんな鶴の一声的な感じではなかったわよ!?
「いつだって笑顔でサラリとこなすし、きっとクラスの奴らも俺より君が委員長にふさわしいと思っているんだ。君は完璧で、同じ人間とは思えなくて、……俺は、正直君が苦手だった」
どうやら白川くんは誤解している。私は決して完璧超人などではないのだ。確かに深窓の令嬢代表である『立花雅』は令嬢としてパーフェクトだったのかもしれないが、私は違う。
「……ずっと妬ましかったし、君が羨ましかった」
「……白川くん」
「だからって、冷たく当たったり、理不尽に立花だけを注意したりするのは違うよな。君だって同じ人間なのに……」
しょぼんと落ち込んでいる白川くんは、叱られた子どもの様だった。
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