クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

56 シローはかっこいいわよっ!


パーティー当日。赤也くんとオレは、それぞれ雅と青葉を探している内に、2人が前野と話している所を見つけた。

雅は辛そうな顔をする前野の背中を、押してあげたいように見えたけれど。昨日のオレ達が言った言葉がきいているのか、何も言えずに苦しそうにしていた。


傷つけたかもしれないけれど、紛れもなくアレはオレの本心だった。


前野の話を聞いて、少しだけ自分の青葉への気持ちと重ねてしまった。

もしも、気持ちを明かしてすぐに、雅が青葉に伝えるべきだと言ったなら、オレは彼女を疎ましく思っていただろう。キミに何が分かるんだと。

赤也くんも思う所があるようだった。もしかしたら、オレのように前野と自分を重ねたのかもしれない。柄にもなく雅の味方をせずに、オレの意見に同意してくれたし。

いつもは「姉さんがそれでいいなら僕はそれでいいよ」が口癖の彼が、彼女の味方をしなかったのだ。雅も少なからず自分の意見は本当に正しいのか揺らいだだろう。


昨日気づいた。オレ達は全く共通点のないようでいて、実はよく似てる。

誰よりも好きなのに、その相手に気づいて貰えないところも。気づかせないようにしてきたところも。この想いを伝える機会を見失っているところも。


だからきっと前野の説得は失敗に終わる。


──そのはずだった。


青葉が何か話しはじめてから、2人の顔つきが変わった。そして前野は晴れやかな顔をしてどこかへ走り去ってしまった。

走り去る前野の背中を見つめ、オレは現実を受け止められずにいた。こんなこと予想もしてなかったのだ。

前野の今の関係を壊したくない気持ちは理解出来た。オレもそうだったから。

青葉を好きだと気づいた時、同時にこの気持ちは伝えてはいけないものだとも気づいてしまった。

伝えたところで青葉とどうなるわけでもないしさ。むしろ余計な気を遣わせちゃいそうで。それだけはイヤだったんだよね。

だからそれを伝えろと言う雅の意見にはどうしても賛同出来なかった。前野ではなく、オレ自身が言われている錯覚にさえ陥って、彼女の意見を否定した。

けれど、今彼女の味方をしているような、庇っているかのような青葉を見た時に、本当にオレはその選択で良かったのかと、正しかったのかという不安に駆られた。

それからしばらくして、2人もどこかへ行ってしまった。


「……キミは追いかけなくていいの?」
「ええ、必要ありませんから」


彼は、まるでそんなことは気にしていないらしく、いつもの淡々とした調子で告げる。


「僕には前野さんの告白が上手くいくとは到底思えないので。姉さんが前野さんの背中なんか押すんじゃなかったと、後悔しながら戻ってきた時に、慰めてあげるためにも、姉さんの好きなスイーツをいくつか用意して置こうかと」


では失礼、とだけ言うと、彼は本当にスイーツコーナーへ行ってしまった。


「……赤也くん、キミはすごいねえ。自分が間違っているかもしれないなんて、少しも疑わないんだから」


オレは不安だよ。自分の選択が本当に正しかったのか、疑わずにはいられないよ。


「黄泉様?」
「……瑠璃」
「どうかしたんですか?」
「……どうしたんだろうねえ、オレは」
「わたくしに聞かないでくださいよ。分かるはずないじゃないですか」


そりゃそうだよね。オレだってよく分からないんだから、瑠璃が分かるはずないよね。うん、分かってるんだけどね。聞かずにはいられなかったんだ。


「……まあ、いいですわ。平気ではなさそうということはわかりましたわ。とりあえず、あちらで一緒に踊りましょう」
「いや、オレは、今はそんな気分じゃ──」
「なら尚更踊らなくてはですね」


呆然と立ち尽くしている間に、グイッと手を引かれる。抵抗しようにも、そんな気力も起きない。なんだかもうどうでも良くなって、そのまま瑠璃についていく。


「オレも強引な自覚あるけどさ、瑠璃も大概だよね~……」
「あら、そうですか? まあいいじゃありませんか」


そう言って、瑠璃はオレの零した愚痴を軽く流す。……いや、なんにも良くないんだけどぉ~。


「わたくし、踊るのが大好きなんです。特に黄泉様と一緒に踊るのが。あなたと踊っていると楽しい気持ちになれるので」


だから行きましょう、と彼女は微笑む。

ドクンと、胸が脈打つ音が聞こえた気がした。

多分青葉によく似たその顔で笑いかけられたからだ。それとも弱っているからか?

じゃなきゃ、口やかましくて、苦手な瑠璃のことを、可愛いだなんて思うはずがないもんね。きっと気のせいだと、誰に対してか分からぬ言い訳をオレは必死でしていた。



***



小さい頃の俺は、ただずっと桜子を守りたかっただけなのに、いつから傷つける側にまわっていたんだろうか。

あの頃から、自分は随分と変わってしまったと思っていた。桜子が他の誰かと話しているだけで醜く嫉妬するし、彼女に対して隠し事だって増えた。だけど──。


──あいつを好きだって気持ちだけは変わらなかったんだ。


「……桜子! どこだっ! どこにいるんだっ!」


桜子が走って行った方向を追いかけたが、ここからは道が2つに分岐している。

ジェットコースターの多いエリアか、あいつの好きなプリンセス達がいるエリアか。どっちだ。どっちなんだ。

俺は一条ほど冷静でもないし、立花ほど賢くもない。黄泉ほど周りをよく見てないし、赤也くんほど芯が強くもない。

だけど、誰よりもあいつのことを知っている自信だけはある。


……あいつが、桜子が行くのは──。



***




いつも泣きたい時はここに来た。アトラクションのあるエリアの、水のアトラクションがある近くのベンチで、お姫様の住むお城を見ては泣いていた。ただ、いつもと違うのは、隣りにシローがいないこと。


「さみしいな……」


ぽつりと本音が零れる。しまったと気付いたときにはもう遅い。慌てて口元を手で隠すけれど。


──これじゃあシローがいなくて寂しいみたいじゃないか。


自分で遠ざけておいて、こういう時だけ寂しがるなんて、本当に自分はなんてわがままなんだろう。


「……桜子?」


後ろから自分の名前を呼びかけられる。振り返らずとも、声だけで誰だかわかってしまう。


「……どうして? なんでここにいるってわかったの?」
「わかるよ、お前のことなら」
「……ほっといてよ」
「ほっとけないから……、お前のことほっとけないから来たんだ」


来ないで、と悲鳴のように叫ぶと、シローの足音がやむ。


「じゃあ、このままでいいから聞いてくれ」


声色は優しかったけれど、彼はわたくしがなんと言っても放っておいてくれる気はないようだ。

きっとこのまま押し問答を繰り返すよりも、軽く付き合った方が早く解放される。それに、今のわたくしにはそんな元気もなかった。


「お前に、桜子に言わなかったのは、別に桜子を信頼してなかったからじゃない。──見込みがないから。だから言わなかったし、相談もしなかった」


背後にいるシローが今、どんな表情を浮かべているのかは分からない。だけど、きっとその人を想って悲しい顔を浮かべているのだろう。


「……それが桜子を傷つけてたのなら謝る。ごめんな」


もし形だけの心にもない謝罪でもはじめたら、張り倒そうかとも思ったけれど。自分よりもわたくしのことを優先するから。……だからさっきまで溜まっていた不平不満が一気に浄化されていってしまう。


「どうして、見込みないの?」
「……かっこいい男が好きなんだよ、その子。俺はその子にとってかっこよくないからな」
「何よそれ! シローはかっこいいわよっ!」


つい、勢いよく振り返ってしまった。だって、シローが自分のことをそんなふうに言うから……。

わたくしの言葉に、呆気に取られたのか、シローはポカンとマヌケ顔をしていた。


「……へぇー、桜子にとって俺はかっこいいんだ?」
「もちろん、かっこいいに決まってるじゃない!」
「ふっ、桜子がそう言ってくれるなら、俺にも見込みありそうだな」


何がそんなにおかしかったのかはわからない。わたくしの言葉がシローのツボにハマったようで、彼はお腹をかかえて笑いながらそう言った。


「わ、わかんないわよ? わたくしはその子じゃないし!」
「……わかるよ。桜子が言うなら、絶対大丈夫だ」


あれ? わたくし、さっき何と言っただろうか。


『シローはかっこいいわよっ!』


意識したら、急に顔に熱が集まってきた。慰めでも励ましでも、ましてや同情なんかじゃなく、紛れもなく自分の本心だった。

けれども、自分はシローのことをそんなふうに思っていたのだと自覚すると、なんだか照れくさくて、顔を背けてしまう。


「じゃあ、抑えるのもうやめる。そこに、少しでもあいつが俺を好きになってくれる可能性があるのなら、俺は……それにかけたい」


さっきまで辛そうにしていたくせに。横目で見た彼はとても幸せそうで──。つられてわたくしも笑ってしまった。



***



「……よかった、どうやら2人が仲直り出来たみたいで」
「前野くんは結局気持ちを伝えてませんが、これで良かったのかな?」
「まあ、前野くんもああ言っていることですし、これから頑張っていくのでは?」


今までのように自分の気持ちを押し殺すことなく、きっとこれから彼女に想いを伝えていくのだろう。その、努力をしていくのだろう。そんな未来を思い描くと、自然と顔がにやける。


「それよりも──どうして僕達はこんな所で隠れているんですか?」
「あら、こういうのは2人っきりだからいいんですよ。わたくし達がいたらお邪魔じゃないですか」
「ですが、こういうのを世の中では『盗み聞き』というのでは……? 余り品の良い行為ではありませんよ……。それに、僕達が隠れて聞いている時点で、本当の意味で2人っきりとは言わないですよね……」


確かにそうかもしれない。青葉の意見も一理ある。

前野くんと桜子ちゃんの仲直りも見届けたことだし。

なら今度こそ、本当の意味で2人っきりにしてあげよう。

私と青葉は2人に気づかれないようにこっそりとパーティーに戻ることにした。


「……それにしても、君は存外お節介なんだね」
「……あなたも同じことを言うのね」
「あなた?」
「ええ、以前お兄様がわたくしに。そうおっしゃったの」


あれは赤也を助けるか、それとも何もせずにいるか迷っていた時のことだった。懐かしいなぁ。

今はお兄様は中学3年生。エスカレーターとはいっても卒業に向けて色々忙しいようで構って貰えない。それを仕方の無いことと割り切るには私はまだ未熟だ。だって寂しいもんは寂しいんだもの。


「君って確かブラコンなんだっけ?」
「……ブラコンって──まあ否定はしませんが」
「しないんだ」
「お兄様をお慕いしているのは事実ですから」
「……へえー。大好きなんだね」


そういう青葉には好きな人はいないの? と少し考えてから、先程の言葉を思い出す。



『──前野くん。君は綾小路さんに自分の気持ちを伝えるべきだ』


そう告げた青葉に、前野くんはあからさまに嫌な顔をした。


『……だから俺は、あいつに好きだと言うつもりは──』
『別に好意を伝えろとは言ってないさ。あくまで君が思っていること、それらを伝えるべきだと言ったんだ。どうして彼女に今まで言えなかったのか。決して彼女を信頼してなかったからではないと。それくらいは伝えた方がいい。……でないといつまで経っても前へ進めないよ。君も、彼女も』
『……お前に何が分かるんだよ』
『君は以前、僕には君の気持ちはわからないって言ったよね。──だけどね、僕にもわかるんだ。僕にもずっと好きな人がいたから……』


──青葉の好きだった人。その相手には心当たりがあった。


『突然押しかけて、婚約して欲しいって、僕なりに気持ちを伝えたつもりだったのだけど、する気はないって突っぱねられてしまってね』
『一条に迫られて断る令嬢がいるのかよ……』


いるんです。ここに1人。


『……それで、一条とその人はどうなったんだ?』
『さあね。どうなったんだろう? まあ、和解は出来たよ。お互い言うこと散々言ったからね。傷つけあったけれど、なんだかスッキリしたよ』


なかなか際どいことを、はははと爽やかな笑顔で言うから、前野くんも食い入るように聞きいっていた。


『それにね、不毛な恋を続けるのもいいけれど、1度キッパリ拒絶されると案外清々しい気持ちになるもんさ。スッキリした気持ちで次に進むことだって可能さ』
『……俺にも、出来るかな?』
『さあ、それは君次第じゃない?』


そこで出来るよと言わないところが、すごく彼らしかった。裏付けされた根拠のないことは言わない人だったわよね、初めて会った時から。


『……なあ、俺なら出来るって、大丈夫だって言ってくれないか。それだけで、俺のくだらない不安なんて、吹き飛ぶ気がするんだ』
『……前野くん、君なら出来るよ。大丈夫だ。不安になることなんてないよ』
『……ああ。誰でもない、一条、お前にそう言われると本当にそうな気がしてくるから不思議だ!』


そう言うと、何か吹っ切れたみたいに彼は走り去っていってしまった。

彼は青葉が苦手だと言っていたけれど、本当は誰よりも憧れているのではないだろうか。



「……一条くん。先程のお相手って、──わたくしのことですか?」
「いいえ、あなたのことではありません。あなただと思っていた、とある麗らかな令嬢のことです」


青葉がそういうのでそういうことにしておく。

彼の大好きだった『立花雅』と私を区別して下さるのはいいのだけど。ここまではっきりと区別されると、お前のことなんか別になんとも思ってねぇよと言われているようで、それはそれで腹が立つのはどうしてだろう。


まあ、いいか、と特に深くは追求しない。


「一条くん。わたくし達ってすごく気が合わないけど、今回はちゃんとお礼を言わせて。……さっき一条くんがいてくれてよかったわ」
「どうしてあなたが僕に感謝するんですか?」
「あのまま前野くんの背中を押せなかったら、わたくしきっとこの先もずっと後悔してたと思うの。だけどそれを伝えるにはわたくしには力不足で、あなたがいなかったらただの自己満足だったって思って終わってたわ」


前野くんが青葉には敵わないと、こうはなれないと、思ってしまうのは、強烈な憧れの気持ちを抱いているからだ。

だから、そんな憧れの相手に大丈夫だと言ってもらえて嬉しかったのだろう。

私じゃきっと無理だった。

誰にも言えない想いを抱えてきた前野くんの心を動かせたのは、青葉が同じだけの熱量を持っていたからだ。

私じゃ、私の言葉じゃ、決して前野くんには届かなかっただろう。


「だから、お礼を言わせて。ありがとう、一条くん」


幸せに微笑み合う2人を思い出す。

彼らの関係が、ただの幼馴染みから変わる日は、もしかしたらそう遠くないのかもしれない。

──私は、そんな予感がしていた。

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