クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
51 綾小路桜子
子どもの頃、いつか自分にも王子様が現れるんだと思ってた。
だけど、いつまで経っても、王子様はわたくしを迎えに来ない。
だから、そんなのんびり屋さんな王子様を、わたくしから見つけに行くことにしたの。
***
初めて好きになったのは幼稚園が同じだった男の子。組は違ったけれど、転んで泣き出しそうなわたくしに手を差し伸べてくれた。それが出会いで、好きになったきっかけだった。
いつもならシローが「気をつけろよ」なんて少し呆れたように笑いながら立たせてくれるんだけど、残念ながら彼とは幼稚園が違ったのだ。ここには頼りになるシローもいない。
誰か助けて、と心の中で叫んだ時、彼だけがわたくしに手を差し伸べ助けてくれたのだ。
──それはまるであの絵本の中の王子様みたいだった。
そのことをすぐにシローに報告すると「……俺だっていつも桜子のこと助けてるじゃん」と何とも言えない顔をされた。
だってシローは家族だもん。わたくしが困った時に助けてくれるのは当然じゃないかしら? もちろん、わたくしだってシローが困ってたら全力で助けるしね。
でも、お父様とお母様が言うには、わたくし達は正式にはまだ家族じゃないらしい。
本当の家族になるためにも『いいなずけ』? っていうものになったんだって。わたくし達がもう少し大きくなったら『こんやく』するらしいのだけれど、うーん、よくわからないわ。
「……あ、あのっ! ──す、好き、です。あなたのことが、好きなんですっ!」
初恋の彼に、勇気を出して想いを伝えた時。返事はイエスでもノーでもなくて。
──でもきみって、まえのって人の『こんやくしゃ』なんでしょ? だった。
まさかそんな返事が返ってくるとは思わなかったから、当時のわたくしは驚いて固まってしまった。
「……えっと、シローはただの幼なじみで、『こんやくしゃ』じゃ……」
「あれ? おかしいなあ? ぼくはきみとまえのくんが、いずれ『こんやく』するって聞いたんだけど……」
「『こんやく』は……たしかにするらしいんですけれど。そ、それは本当の家族になるために──」
どうして彼がシローとのことを知っているの? あおいちゃんにだってまだ言ってないのに。それに、聞いたって、一体だれから?
考えがまとまらず混乱するわたくしに、彼が出した答えは「きみのことはかわいいと思うけれど、ならダメだね」だった。
──何がどうなってダメだったのだろうか。
わかっていたのは、わたくしの初めての告白は失敗に終わったということだけ。
シローの家族になる、ただそれだけで振られてしまったのだ。わたくし自身がどうとかではなく。
そのことが悔しくて悲しくて、その日わたくしは大泣きをして幼稚園の先生を散々困らせた挙句、早退をした。
わたくしの初めての早退を聞きつけたシローは、ひどく青ざめていた。
自分のせいだと言って、なぜか自分が悪いことをしたような顔をしていた。
ばかなシロー。シローのせいじゃないのに。でも優しい人だ。
両親よりも心配してくれ、わたくしのために泣き出すシローを見ていたら、その時のわたくしはなんだか初恋の彼に振られたことがどうでもよくなってきてしまった。
「……ごめん、ごめんな、桜子」
「どうして? シローのせいじゃないわよ」
いずれシローと家族になるから。ただそれだけで振られてしまったけれど。そのことでシローを嫌いになったり、シローのせいだとは思わなかった。
むしろ、次はシローのようにわたくしのために泣いてくれるような、そんな素敵な王子様を探そうと前向きになれた。
後から知ったのだけれど、彼にわたくしとシローが『いいなずけ』だと告げたのはシロー本人だったらしい。
そのことを何度も何度もシローは謝ってくれたけれど、別にわたくしは怒ってはいなかった。
だってシローのことだから、絶対わざと言ったわけじゃないもの。きっと会話の流れで、とか。何も考えずに、とか。そういう仕方のないことだったのだと思う。
そう告げると、シローは何故か更に困った顔をしてまた「ごめん」と頭を下げた。
気にしないでと言えば言うほど彼の顔色は見てるこっちが心配になるほど蒼白になっていった。
そんなに親身になってくれる幼なじみを持ってわたくしは幸せ者ね。
……ああ、シローが幼なじみで良かったわと、幸福感でいっぱいだった。
***
そんなシローに好きな人がいると知った時。驚きよりも、どうして言ってくれなかったのかという怒りが勝った。
「しょうがないんじゃない? いくら幼馴染みだからって、何でもかんでも話すわけじゃないでしょう」
「ちょっと、葵ちゃん! シローの味方をする気!?」
「そんなわけないでしょ、桜子の味方よ」
わたくしは今まで好きな人が出来る度、すぐにシローに報告してきた。それが当然のことだと思っていたし、彼もそうだと思っていたから。
『俺にもいる。ずっとずっと好きな人が』
だけどシローは違ったのだ。
「こんな重大なことを、隠してたのよ? わたくしは、ずっと騙されてたのよ!」
涙目になりながら憤慨するわたくしを、葵ちゃんが宥める。
「待って桜子。厳密には騙した訳じゃなくて、ただ言わなかったってだけ。さらに言えば、欺くつもりなんてきっと前野くんにはなかったわ」
そこまで怒ることでもない、と葵ちゃんは言うけれど。少なくとも、わたくしにとってはどうしても耐えられないことだったのだ。
わたくしにとって、家族であり、兄であり、弟であり、大切な幼馴染みであるシロー。
彼のことを心から信頼していた。ううん、今でも信頼している。
だからこそ、わたくしは彼に何でも話したし、彼にもそうして欲しかった。
だけどシローはわたくしに隠し事をしていた。
……それって、わたくしを信用してないからじゃないの?
「──沈黙による嘘だって立派な嘘だわっ」
悲しくて悔しくて涙が出そうになるけれど。今泣いてしまったらきっと目が赤くなってしまうから。
そんな姿、もし雅ちゃんに見られでもしたら、なんて言えばいいかわからないから。雅ちゃんにだけは、優しい私の大好きな女の子にだけは、心配なんてかけたくないから。
だからわたくしはここで泣くわけにはいかないのだ。
「……だからって、このままシローくんを避け続けるわけにもいかないでしょ」
……うっ。正論すぎて何も言い返せない。確かにその通りだ。
「この前雅も心配してたわよ、あんた達のこと」
「雅ちゃんが!? 雅ちゃんには気づかれないように細心の注意を払ったのに!」
なんてことだ。心配かけぬようにと涙を必死に堪えていたわたくしの努力は無駄だったなんて……!
「あんた達が揉めてる所を、桜子が大ファンの、あの青葉くんと目撃しちゃったらしいわよ」
青葉様のお名前を聞き、一気に涙が引っ込む。青葉様にわたくしの恥ずかしいところを見られていたことよりも、雅ちゃんと一緒にいたということの方が衝撃だった。
「あ、青葉様!? というかいつの間にお2人はそんなに親密に!? ダンスパーティーの件もあるし、これはひょっとしたらひょっとするパターンかしら!?」
「青葉様」、「雅」と、互いに名前を呼び、「うふふ」「あはは」と笑い合いながら見つめる2人を想像する。うん、これはこれでなんて素敵なのかしら!
「えー、私は赤也くんと雅を応援してたのになあー」
「青葉様だって十分素敵じゃない! そりゃ、わたくしだって黄泉様と雅ちゃんを応援してたけど……」
葵ちゃんは昔から赤也くん派だったけれど、わたくしは黄泉様と雅ちゃんの何でも言い合える気の置けない関係も素敵だと思うの。
でもダンスパーティーの一件から青葉様と雅ちゃんを支持する方々が増えてきているのは明らかだった。
雅ちゃんはご存知ないかもしれないけれど、2人は投票数においてベストカップルに選ばれた先輩方と、たったの1票差だったのだ。ちなみにその次が雅ちゃんと黄泉様。
もし、青葉様と黄泉様の票が分裂していなければ、選ばれていたのは雅ちゃんと青葉様だったというのは一部では公然と噂されていることであった。
「この前、2人でテラスにいたって噂もあるしね。すっごく楽しそうだったって」
「何よそれ、初めて聞いたわ! そんな素敵でときめくこと、どうして雅ちゃんはわたくしに言ってくれなかったのかしら……」
「友達だからって、何でもかんでも言うわけじゃないでしょ」
「……だからシローのことも許せって言いたいの?」
「そういうこと。桜子んとこのプレオープンまでには仲直りしときなよ? そんでエスコートして貰いな」
黄泉様に赤也くん。そして青葉様も。
雅ちゃんの周りにはいつだって素敵な殿方がいる。
──それに、真白様だって。
一条家のご令嬢を通して、真白様をパーティーに招待したけれど。あの方は来てくれるだろうか。
今考えても仕方の無いことをうじうじと悩む。──ああ、不毛だ。でも仕方ないじゃないか。そもそも恋は不毛なものだから。わたくしは彼に恋をしているのだから。
大好きな親友の姿を思い出す。
きっと雅ちゃんは、王子様みたいな彼らにとってのお姫様なのだろう。
それなら、わたくしの王子様は? どこにいるの?
子どもの頃、いつか自分にも王子様が現れるんだと思ってた。
だけど、いつまで経っても、王子様はわたくしを迎えに来ない。
だから、そんなのんびり屋さんな王子様を、わたくしから見つけに行くことにしたの。
でも、これだけ探して見つからないのは、自分自身に問題があるからじゃないの?
──わたくしが、お姫様じゃないから?
そんなことを考えていると、わたくしの名前を呼び笑顔で駆け寄ってくる雅ちゃんの姿が目に入った。
この笑顔がわたくしのせいで陰るだなんて。……そんなの、ダメよ。なんとかしなくては。
彼女のためにも、もう1度シローと話し合う必要があるかもしれない。
頭ではわかっているけれど、散々避けてしまったわたくしには、今更どんな顔してシローと向き合えばいいのかわからなかった。
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