クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
49 修羅場、というやつでしょうかね?
「瑠璃ちゃん、12月のこの日は空いてるかしら?」
「12月、ですか? お父様達に確認してみないと正確にはわかりませんが、おそらく空いていると思いますよ? ……今はまだ10月ですのに、お姉様ったら、随分と気が早いお誘いですね」
そう、もう10月なのだ。衣替えの季節は過ぎ、肌寒い日が続く。先月までは半袖と長袖はほぼ同数であったけれど、今月になってから半袖派はめっきり減った。かく言う私達も、長袖派だ。
「本当にそうよね~。わたくしも全くもって同意見だわ」
「え? お姉様からのお誘いではありませんの?」
いまいち噛み合わない会話に、私達は2人揃って小首を傾げる。瑠璃ちゃんの言うように、この誘いは私からのものではない。
「あら、言ってなかった? わたくしの友人である綾小路桜子ちゃんからのお誘いよ」
綾小路桜子ちゃん。自他共に認める私の親友であり、ツインテールがチャームポイントの可愛らしい令嬢だ。そして、あの前野くんの許嫁。
「……綾小路様といえば、日本最大級のテーマパークを運営していらっしゃる、あの綾小路様ですか?」
「そうそう、その綾小路よ。そしてその綾小路家の一人娘が桜子ちゃん。彼女のお父様が運営するテーマパークがリニューアルオープンするらしくてね。それを記念してパーティーを開くみたいなの」
私の補足情報に瑠璃ちゃんは「それは素敵ですね」と瞳をキラキラさせる。青葉より淡いブルーの瞳はまるでアクアマリンのようだ。
「しかもプレオープンも兼ねているみたい」
「まあ! 是非とも参加したいですわ!」
手を合わせて喜ぶ仕草をしたかと思えば、なにか思いあたったのか、はっとしてから急にしょぼくれてしまった。
す、捨てられた子犬みたい……! 垂れ下がった耳まで見えてきそうな落ち込みよう。どうしたのだろうか。
「……で、ですが、わたくしも参加して宜しいのですか? 綾小路様とは、ほとんど関わりがありませんが……」
どうやら瑠璃ちゃんは、せっかくのパーティーに、桜子ちゃんと面識のない自分が参加していいのかと、不安に思ったらしい。
「わたくしが桜子ちゃんにお願いしたの。そしたら二つ返事でオーケーしてくれたわ」
そもそも参加出来ない方に予定なんて聞かないでしょうに。少し考えれば分かることなんだけど、瑠璃ちゃんの思考はいつも性急だ。些か短絡的と言わざるを得ない。
だけどそんな素直で表情がコロコロ変わる様は好感が持てるし、彼女の魅力だと思う。そう思ってしまうのは、贔屓目かしら?
「是非兄妹3人でいらしてくださいと、チケット3枚も頂けたの」
私は瑠璃ちゃんだけ誘えればそれで良かったのだけど。
桜子ちゃんが了承してくれたのは、瑠璃ちゃんを誘う流れで誘えば、真白様も来てくれるのではという思惑があったかららしい。
つい先日知ったのだけど、どうやら桜子ちゃんの想い人はあの真白様だったのだ。
……純粋に喜んでくれる瑠璃ちゃんに少しだけ罪悪感。でも、親友の恋路も応援したい私としてはこの機会を逃したくはない。ただでさえ学年が違うのだから、こういった機会でもないと彼とは関われないだろう。
しつこいけれど、再度3人で、出来れば真白様だけでも連れて来てくれるように念を押す。その必死な私の様子に何を思ったのか、瑠璃ちゃんは「お姉様まさかお兄様のことが……!」と呟いていた。
……お兄様って青葉のことかな?
すぐに彼と私をくっつけようとするのは、瑠璃ちゃんの悪い癖だと思う。だから私達はそんな関係じゃないんだって。
青葉とは、ダンスパーティーで一応和解のようなものをして。その印として1曲踊ったけれど。
……──ただ、それだけ。
それによって、私の生活が変わるのかと問われればそうでもない。
もし私が『結城桃子』のように乙女ゲームのヒロインだったなら、きっと青葉とベストカップルに選ばれて、それをきっかけに互いを意識したり、恋に発展したのかもしれない。
だけど、私はクーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまっただけの、ただの平凡な女の子なのだ。ベストカップル選ばれることもなければ、彼を特別意識することもない。
それどころか、あれ以来彼とはほとんど話してもいない。
おかげで、あのダンスパーティーの日に周囲から感じた、嫉妬という名の悪意を感じることはほとんどない。
平穏無事。とても穏やかな日常を送っていた。
暖かいダージリンを一口頂こうとする私の手を、彼女の口からこぼれ落ちた「あっ」という呟きが静止させる。
「お姉様、もしかしてあちらにいらっしゃるのは……」
彼女の視線は私の後方。紅茶の入ったティーカップを一旦ソーサーに戻し、私はゆっくりと背後を確認する。
「あれは──……」
***
「何怒ってんだよ」
「別に怒ってないわよ」
普段よりも足早に歩く少女を、少年は同じく足早に追う。
「怒ってないなら無視すんなよ。おい、聞いてんのか」
言葉では怒っていないと言うけれど。彼女は明らかに激怒していた。
それが少年に対してなのかはわからないが。何かに対してそういった感情を抱いているのは、誰の目から見ても明らかだった。
引き止めようと少年が彼女の手を掴んだ瞬間、パチンと叩かれる。
「だから怒ってないってば!」
少年は少女からの拒絶に思わず硬直する。
怒っているとは思っていたが、まさか拒絶されるほどとは思っていなかったのだ。
どんなに怒っても、彼女が今まで自分を拒絶したことなどなかったから。
けれども、今は全身で少年を拒絶している。呆然と立ち尽くす少年に少女は問いかける。
「……なんで言ってくれなかったのよ! 今までわたくしは全部シローに言ってきたのにっ!」
「……それは、」
「結局わたくしのこと、信頼してないからじゃないのっ!?」
先程のショックが引いているのか、少年は何も言えなかった。そして、そうしている間に、少女は彼の視界から消えてしまった。
***
こ、これは、もしかして……。俗に言う、
「修羅場、というやつでしょうかね?」
「ええ、わたくしもそう思って……って、えっ?」
何やら揉めているらしい前野くんと桜子ちゃんを、物陰からこっそり見守る私の横に、いつもの悩殺スマイルを張り付けながら彼は佇んでいた。
「やあ」
「い、い、一条くん!?」
「久しぶりだね、立花雅さん」
「あ、ごきげんよう。お久しぶりですわ。……じゃなくて! 突然わたくしの背後に現れないでください! 心臓に悪いです!」
「それはそれは。失礼いたしました。ですが、そんなことよりも……」
そんなこと!? 私の寿命が縮まったというのに、それをそんなことだと!?
「彼がこちらに向かって来ているようだけど、いいんですか?」
「……えっ」
青葉に驚いている間に、標的だった前野くんがこちらまで来ていることに気が付かなった。私としたことが、全く忍べていないとは。
もう一度身を隠そうと思ったけれど、時すでに遅し。前野くんとバッチリ目が合ってしまった。
「立花? ……と、あんたは……」
「やあ、こんにちは」
「……ごきげんよう、前野くん」
何がそんなに楽しいのか、ニコニコと挨拶をする青葉に。
そんな彼を見て眉をひそめ、不愉快にする前野くんに。
友人2人の修羅場を目撃してしまい、気まずそうに曖昧な苦笑いを浮かべる私。
私達の反応は三者三様だった。
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