クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
45 僕は君のことがすごく好きだったんです
「……立花雅さんっ」
その声が聞こえたのは、真白様と談笑していた時だった。
「一条くん?」
「いいから来てください!」
「えっ、ちょっ」
強引に立ち上がらせて彼は私をどこかへ連れていこうとする。
青葉の声が周囲の人に届いたのか私と揉めているのかとざわめき出す。
ち、違うんです。私は別に青葉と揉めているわけじゃ……!
この場でどれだけ取り繕ってもきっと騒ぎを大きくするだけ。ならば青葉と共にこの場を離れた方がいいのかもしれないと、半ば諦め気味に青葉に抵抗する力を緩める。
「す、すみません、真白様。失礼します!」
離れる前に礼儀として真白様に頭を下げた。
内心兄である真白様なら青葉の暴走を止めてくれるのでは? と期待していたのだが、全くそんな様子はなく。
彼はいつものように素敵な笑顔で「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。
いや、あなたの弟でしょう!? 止めてくださいよ!!
***
「あら、真白様。ごきげんよう。わたくしのパートナーである青葉様がどこにいらっしゃるか、ご存知ありませんか? そろそろダンスパーティーが始まりますし、お会いしておきたいのですが、どこにも見当たりませんの」
キツめに巻かれた髪。いわゆる縦ロールだ。これぞまさにお嬢様というべき髪型をした少女は真白に問いかける。その問いに、彼はとても楽しげにクスクス笑いながら答える。
「ああ、青葉ならたった今ここにいたぞ」
「それは……珍しいこともありますのね」
彼の発言に少女は目をパチパチとさせ、驚きを隠せなかった。
「青葉様があなたのそばにいらっしゃるなんて」
少女の知る限り青葉は真白とは常に一定の距離を保ち、決して必要以上に近づかない。ましてこの学園では特に。
真白が麗氷だからと、彼は兄とは異なる麗氷男子に入学した。1度利用したいと気になっていたサロンも、真白が愛用していると知って、利用するのを諦めたほどだ。
どうしてそんなに彼を避けるのか、その理由はわからない。けれど、少女は青葉が自ら真白に近づくことはありえないだろうと思っていた。
その逆もしかり、真白も嫌がる青葉に自ら関わることはしなかった。
以前その理由を尋ねた際、大切な人に嫌われるようなことはもうしたくないのだと言っていた。
2人の間に何があったのかはわからない。
だけど、それは2人の問題で自分が立ち入ってはならないのだと子どもながらに感じた。だから少女はそれ以上尋ねることはしなかった。そんな2人が関わるだなんて。
少女には珍しい以外の形容詞が思い浮かばなかった。それほど自分の中では意外だったのだ。
「……なるほど。先程から楽しそうなのはそれが理由ですか。久しぶりの青葉様との会話、いかがでしたか?」
「会話? 何を勘違いしているのか知らないが、別に俺と青葉は一言も話していないぞ? ただ話していた相手を連れていかれ、睨まれただけだ」
「…………は、はあ?」
意味がわからなかった。どこの世界に大切な家族に睨まれて喜ぶ人がいるのだろうか。いや、実際今少女の目の前にいるのだが。
「意味がわかりませんわ……。もっとわたくしにもわかるようにおっしゃって下さい」
「はっ、わからないのか?」
こんなことも、と小馬鹿にしたように笑う。
そんな失礼な態度など気にも留めず、わかりませんわと少女は淡々と返す。
彼が失礼なのは、彼女にとって今に始まったことではなかった。
「青葉の視界に俺が入れた、その事実が嬉しいんだ」
随分と喜びの沸点が低い人だと思ったが、少女はそれを口に出すことはしなかった。
たったそれだけで恍惚の表情を浮かべ喜ぶ真白が憐れに思えて、その喜びに水を差すのはいかがなものかと思ったからだ。
理由がしょうもなすぎて呆れるが、真白にとってはきっと特別なことなのだ。
いつもお世話になっている彼が嬉しそうなのは、少女も純粋に嬉しかった。
「よかったですわね。でも、お話の途中で連れ去るなんて、青葉様らしくないですわね。お相手の方は?」
会話の途中で連れ去るなんて、あまり礼儀正しいとは言えないだろう。きっと聡明な彼のことだ。それだけ急ぎの用か何かがあったのだろうと、少女は考え、どなたですかと、相手の名前を聞いた。
「お前の目標にして、最大のライバル」
その言葉だけで、誰かわかってしまった。
「……彼女が? いったい、いつ出会ったんですか? 青葉様はっ! ……それに真白様、あなたもっ!」
聞いてすぐに後悔した。
まさか彼女だとは思わなかったのだ。出会っていたことさえ知らなかった。
狼狽える少女に、真白は興味なさげに、迷子になっていたところを助けてやっただけだと答える。
青葉と彼女の出会いについては、真白自身も瑠璃から聞いて知っただけで、詳しくは知らなかった。
だが、それ以降彼女との婚約を勧めなくなった妹と、彼女との婚約を望まなくなった弟の様子を見ていれば、良くない結果だったことは火を見るより明らかだった。
どうせあの鈍臭い女が青葉を苛立たせるようなことをして嫌われたのだろうと気にも留めていなかったが、先程の様子を見るに、青葉はまだ彼女に気があるようだった。
「あそこのバルコニーに入って行ったぞ。いいのか、追わなくて」
わざと煽るように真白は告げた。
彼の言葉を聞き、一瞬迷う素振りを見せた少女であったが、頭を左右に数回振ると、決心したように構わないと述べた。そしてさらに言葉を続ける。
「ここで感情的になって後を追うような令嬢は、きっとあの方の理想ではないでしょう。わたくしは、どんな時でも、あの方が理想とする令嬢でありたいのですわ」
そんな顔をするくらいなら、無理などせず後を追えばいいのに。
そう思ったが、確かに彼女の言う通りそれは青葉の好むタイプの令嬢ではなかった。青葉の理想のタイプを思い浮かべる。
そう、それこそ理性的で賢く、淑やかな令嬢だ。他の令嬢と2人っきりになった程度で嫉妬するような感情的で愚かな令嬢ではなく。
言葉では理解していても、少女は未練がましくバルコニーを見つめている。こんなに想われているのに自分の弟は他の令嬢にご執心。
「……ままならぬものだな」
***
「……何なんですか! いきなりこんな所に連れて来て!」
青葉に引っ張られ連れてこられたのは人気のないバルコニー。彼の魂胆は分かっている。人気のない場所に連れてきて私に文句を言うつもりなのだ。
「そ、それは、君が兄とは楽しそうに話しているから! 僕と初めて会った時はこちらを見ようともしなかったくせに! ……さっきだってすぐにどこかへ行ってしまうし!」
さっき、というのは、おそらくスイーツコーナーでのこと。何か用があってあの場所にいるのだろうと思っていたが、もしかして私に用だったのだろうか?
「わたくしのことが気に入らないのはわかりますが、これはあんまりですわ! ご自分のお兄様と話すことさえ気に食わないなんて……」
「……ちがう! そうではなくて……僕は! ただ君に──」
「……一条くん?」
「……すみません、確かに先程の行動は僕が間違っていました。ですが、それは君のことが嫌いだからではありません。むしろ……」
少しの沈黙。けれども永遠のように感じた。むしろと言い直す彼の瞳がガラス細工のように美しくて思わず目を奪われる。
「僕は君のことがすごく好きだったんです」
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