クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
44 俺にもいる。ずっとずっと好きな人が
何とか青葉から逃げた私は、デザートコーナーからは少し離れた場所にある、品の良さそうなテーブルや椅子が並ぶ休憩スペースへとたどり着く。
今日のパーティーは基本立食だけど、休憩したりきちんと食事をしたい人達のために、このようなスペースを設けているのだ。
かく言う私も、1度全ての種類のデザートを頂いてから特に気に入ったものを厳選してお皿に盛り、ここでゆっくりじっくり心ゆくまで味わうと思っていたきちんと食事をしたい人達のひとりでもあった。
とはいっても今私は手ぶら。それは手持ちの皿を青葉にプレゼントしてしまったから。
あー、結局楽しみにしてたいちごのタルト一口も食べてないよ。もったいぶらず、さっさと味わうんだった。
後悔してもいちごタルトは戻って来ない。頭ではわかっているのに、私は後悔せずにはいられない。
あの時、シフォンケーキさえ取っていなければ、あそこで青葉に声をかけられることもなかったのではないだろうか。だって、青葉はただシフォンケーキが食べて見たかっただけだものね。
……あー、これほどまで、シフォンケーキを恨んだことはない。
おのれ、シフォンケーキめっ!
シフォンケーキの恨みを心に秘め、このまま突っ立っていても仕方がないので、給仕から受け取った新しいグラスを片手に、たまたま空いていた端っこのふたり席のソファーに座り、ひとり寂しく会場を眺める。
周りを見ればおそらく婚約しているであろう仲睦まじい様子の男女ばかり。……完全に選択をミスってしまったな、私。ここは所謂カップルシートだったのでは? 私みたいなぼっちが居るべき場所ではなかったわ。
「隣り、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
気にせず座り続けるか、立ち上がりこの場を去るか迷っていたら誰かに声をかけられた。
どうぞどうぞ座ってください。どうせ一緒に座る婚約者も好きな男の子もいませんから。
少しやさぐれていた私は、相手を確認もせず了承した。それから、ちらりと隣りに座った人を見て、思わず立ち上がる。飛び込んできたのは異彩を放つ白いスーツ。
「あ、あなたは……っ!」
「やあ、久しぶりだね。もう道に迷ってはいない?」
「え? ふふっ、ええ。さすがにわたくしも学習しました」
2年前、道に迷っている私を助けてくれた男の子。ガニュメデス様だった。
あ、相変わらず、美しいっ……!
むしろ2年前よりパワーアップしてないか? こんな美形をパートナーにする女性は大変だろう。私なんて美しさで今も昔も完敗だもの。
お話を聞くと、どうやらガニュメデス様にはパートナーはいないらしい。なんと。意外だ。
彼曰く、実行委員だから当日は忙しいと思い、あらかじめダンスのペアのお誘いは全て断っておいたらしい。
……全てってことは、複数人からお誘いを頂いたってことよね? うっわー、さすがだなぁ、この人は。
「君のパートナーは?」
「……ああ、あそこで女の子に囲まれている方ですわ。目立つ方なのでご存知かもしれませんね。西門黄泉くんです」
ちょうど私と黄泉が別れた場所に視線をやる。
あの後、私が離れてからすぐに囲まれたのか、黄泉はあの場所からほとんど動けずにいるようだ。
一応黄泉って有名らしいし、ガニュメデス様も知っているかしら? そう思い、そっと彼の様子を伺う。
「……へえ、青葉じゃないんだ?」
かえって来たのは黄泉のことではなく青葉のこと。まさか今ここで出てくると思わなかった彼の名前に、私は過剰に反応してしまう。
「ま、まさか! それはありえませんわ! それにわたくしなんか、一条くんとは釣り合いませんし……」
先程のことを思い浮かべて、つい強めの口調で否定してしまった。それに、心做しか頬も火照ってきた気がする。
お、落ち着けっ、私。
とりあえず、1・2回深呼吸をして、心を落ち着かせる。
そんな私に何かを納得したように、「確かにね」とガニュメデス様は口の端をあげる。
「え?」
「ああ、いや。釣り合わないだなんて、そんなことはないよ。確かに、青葉よりも黄泉くんの方が君には似合うんじゃないかと思っただけだよ」
……び、びっくりしたあ~。お前なんぞあの『一条青葉』に釣り合うわけないだろ、何当たり前のこと言ってんだ、って思われたのかと思ったあ~。
そっか、青葉より黄泉の方が私に似合うと思っただけか。
……ん? あれ? やけに詳しげな口ぶり。……もしかして。
「……お二人のことをご存知なんですか?」
「そういえば、自己紹介まだだったよね。あの時は結局互いに名乗らなかったものね」
ごめんね、と謝る姿も美しい。正直こんなに誰かを美しいと思ったのは攻略キャラと瑠璃ちゃん以来だ。というか、いっそ彼が攻略キャラだと言われた方が腑に落ちる。
「──『一条真白』。それが僕の名前さ」
へえー、マシロ様っていうのか。名前さえも美しいな~。
……ん、『白』?
今、マシロって言った?
いや、もうこれ絶対攻略キャラだよね!?
彼なら白川くんや前野くんよりも説得力があるし。
……何より超絶美形でキラキラパッケージにもよく映えそう!
そっかそっか。ガニュメデス様は『一条真白』様って言うのかぁー。なるほど、一条ね~。……え、一条?
「いつも僕の妹と仲良くしてくれてありがとね、『立花雅』さん」
妹という言葉に再び確信した。……間違いない。あの一条だ。そう、つまりは真白様は青葉と瑠璃ちゃんのお兄様ってことになる。それなら青葉と黄泉について詳しいのも納得出来る。あれ? ……でも。
「……わたくしの名前」
まだ名乗っていないのに、彼は私の名前を知っていた。
「あの時、フィナンシェをくれたでしょう? 友人が立花家で作っている物だって言っていたから、もしかしてそうなのかなって」
「そうだったんですね。おっしゃる通り、わたくしは立花家の一人娘で、立花雅と申します。フィナンシェいかがでしたか?」
私の問いかけにガニュメデス様こと真白様は少しだけ困った顔をする。
「……あ、ああ。とっても美味しかったよ。何でも『幻のフィナンシェ』なんて呼ばれているらしいね」
「ええ、幻だなんてとっても光栄ですし、喜ばしいのですが、少しだけプレッシャーでもあります」
「はは、幸せな悩みだね。でも、『幻』かぁ。まるで君みたいだね」
私は真白様の言っていることを瞬時に理解できなかった。私が幻のようだとは、一体どういう意味なのだろう。
「どんなに強く想っても、手を伸ばしても、決して手の届くことはない存在。そんなものに恋い焦がれても無意味だよね。青葉も、君がただの『幻』だと気づけば、不毛な片想いなんてせずに、冷静になってくれるのかな?」
ニコリと笑みを浮かべる真白様は口元は笑っているのに、私はどこか冷たい印象を受けた。
彼のその美しい笑顔にどうしてだか、ゾッとしてしまったのだ。
こわい。初めて誰かを恐ろしいと思った。この笑顔にはそんな威圧感があった。
「なーんてね」
真白様の声で、ハッと意識が戻る。
もう1度見た彼の笑顔からは先程の威圧感は消え、人の良さそうな笑みに戻っていた。
もしかしたら、威圧感なんて、私の気のせいだったのかもしれないとすら思えてくる。
「じょ、冗談でしたのね。なんだ、びっくりしましたわ」
「ごめんね、君の困った顔が見たくて、つい意地悪しちゃった」
「もうっ……やめてくださいよ」
「ごめんね。でも、困った顔もすごく可愛かったよ?」
「え、ええ!? そ、そんな!」
お世辞とはわかっていても、こんな美形に可愛いなんて言われたら嬉しくないわけがない。だからこの時の私は少しだけ浮かれていた。そして、真白様の発言をあまり深く考えなかった。
***
「……いいなぁ」
視線の先にいるのは、この会場で最も美しいと言っても過言ではない、わたくしが今お慕いしている方。
この広い会場でようやく見つけたと思ったら、彼はわたくしの親友の隣りで楽しそうに笑っていた。
ため息が出そうなくらい美しい中性的なその笑顔も、わたくしに向けられたものではないと思うと、胸に針が刺さったように痛かった。
わたくしには、実行委員だから当日は忙しいって言っていたのに。雅ちゃんと談笑している時間があるなら、わたくしとも……。
本当はそう文句を言いながら、2人の間に割って入りたかったけれど。どうしてかしら。なぜだか足がすくんで動けないの。
おそらくそれは、楽しそうに笑い合っている2人がとてもお似合いに見えてしまったから。
そこにわたくしの入り込む隙間なんて見当たらないから。
ああ、またなのね、とわたくしは2番目に古い恋を思い出す。
──俺、雅さまみたいな女の子が好きなんだよね。
確か彼はそう言った。わたくしはそう言われて振られてしまったはずだ。
立花雅ちゃん。
わたくしの大切な親友で、昔も今も決して敵うことのない完璧なご令嬢。
誰にでも優しくっていつも笑顔で。しっかりしてると思いきや、少しだけ抜けてる可愛らしい人。
そして、令嬢の理想を全て詰め込んだような美貌の持ち主でもある。
わたくしは彼女のことが大好きだった。もちろん、今でも大好きなのよ?
けれども、真白様の隣りで楽しそうに笑う彼女を見た時生じたのは激しい嫉妬。
ああ、親友にこんな醜い感情を抱いてしまうなんて良くないわ。
……いいえ、違うわね。
醜いのは、こんな感情を抱いてしまうわたくし自身。
ああ、こんな自分大嫌いよ。
「大丈夫か」
「……ええ、平気よ。……でも、何度経験しても慣れないものね、失恋の痛みは」
パートナーのシローが心配そうに、俯くわたくしの顔を覗き込む。
平気だと顔を上げるも、未練がましく、彼を、……真白様を、視線で追ってしまう。
「……まあ、シローにはわかんないか。好きな人いたことないもんね」
あー、もう! いくら何でも、シローに八つ当たりしてどうするのよ!
ますます自分を嫌いになりそうだ。
違うのよ、シローにこんな皮肉っぽいこと言いたかったわけじゃないのよ。
だけど、訂正や謝罪をしようにも、再び彼らの微笑み合う姿を見たことにより、今まで我慢していた悲しみの波がドバっと押し寄せてきて、ただそれだけ言うのが精一杯だった。
「……いるよ」
「……え?」
聞き返したのは、聞こえなかったからじゃない。
聞こえてきた言葉が信じられなかったから。
「俺にもいる。ずっとずっと好きな人が」
まるで、さっきまでざわついてた空気が止まっているかのように、シローの言葉はやけにはっきりとわたくしの耳に届いた。
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