クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
27 これじゃあ私、本当に悪役令嬢じゃないか!
「そろそろ行こうか」
「……ええ」
今日も3人で瑠璃ちゃんを待っていたけれど、結局彼女が来ることはなかった。
少しだけ落ち込む私とは対照的に黄泉は少し楽しそう。
少しは私の気持ちを汲み取るなり、忖度してくれよ!
「……何ニマニマしてるんですか」
「いや、ごめんごめん~。別にキミが悩んでる姿を笑った訳じゃないから許してよ」
「…………」
「ホントだってば~!」
「西門さん、笑いながら言っても説得力ないと思いますよ」
まったく、赤也の言う通りだよ。赤也、ナイスツッコミ。
私、美少年の笑顔はときめくものだと思っていたけれど。必ずしもそうではないと今日知ったわ。だって、黄泉のニヤついた顔を見ているとふつふつと怒りが湧き上がってくるもの。
人の不幸は蜜の味なのか? 覚えてろよ! 黄泉が困った時に私だってニヤニヤしてやるんだからね!
「いやいやいや、ホントにキミのことを笑ったんじゃなくてさ~。あ、でもぉ、らしくなくうだうだ悩んでるキミを見ているのも、充分面白いんだけどね? それ以上に『らしくない』奴がいてさ~」
ほらやっぱり! 私のことも面白がってるんじゃないか!! 言質はとったぞ! 今更言い訳なんか聞いてやるもんですか!
「あいつと出会ってからそれなりに時が経ったけど、あんな『らしくない』瑠璃は初めて見るよ~」
「え、瑠璃ちゃんが?」
瑠璃ちゃんという言葉に過剰に反応してしまう。黄泉には会いに行けと言われたが、実際私はまだ会いに行けずにいた。私の問いかけに「そうそう」と黄泉は頷く。
「瑠璃ってさ、知っての通り……こうと決めたら絶対曲げないところがあるじゃない?」
「……そうですね」
「だからさ、自分の中にはっきりとやるべき事が見えてるあいつは迷わないんだよね~。誰に否定されても、気にせず突き進む。堂々と、狼狽えることなく、前を向いて」
それは少しわかる気がする。
まるで私と青葉の仲を結びつけるのが使命とばかりに青葉の魅力を余すことなくプレゼンするし。すぐに顔合わせのセッティングをしようとするし。
終いには、私と青葉が結ばれる運命だと言い切るし。
それとな~く本当にやんわ~り違うと否定してもポジティブに受け流すし。
……うん、瑠璃ちゃんがおろおろしてるところなんて私も想像が出来ないわね。
「そんな瑠璃がさ、この前偶然会った時にひどく狼狽えてたんだよね~。話しかけようとしたら、『うっ』とか『あっ』とか『でも……』とかさ、1人で百面相してて頭抱えてたんだよ。あはは、ものすごく珍しいものを見たよ~」
キミにも見せたかったよ~とお世辞にも気立てがいいとは言えない黄泉が私に言う。
どうやら本当に黄泉は私のことを面白がってるわけじゃなかったらしい。疑ったことは少し反省したけれど、今はそこは問題じゃない。
つまり、あの瑠璃ちゃんが思い悩んでいるということ?
もしかして、私のせい?
憧れてたお姉様がこんな自分勝手な女でがっかりしたから?
どうして自分はこんな女に憧れてたんだろうって後悔していたとか?
タイミング的におかしくはない。私を避け始めて少ししてから彼女の様子が変だというのだから。
「あ、それ僕のせいかもしれません。実はこの前の昼休みに瑠璃と2人で会ったんだ」
うじうじと独り悩んでいた私の不安は赤也の言葉により払拭された。
「えっ! 用事があるって言っていた、あの日?」
私が黄泉と2人っきりで過ごすことになった昼休み。赤也は瑠璃ちゃんと2人で過ごしていたのか。
でも赤也のせいってどういうこと?
「そう。なんか、姉さんについて色々聞かれた」
「……わたくしについて?」
「うん。……あいつ、姉さんのファンを自称する割に、姉さんの良さ全然わかってない。ほんとファン失格だよ。だから腹が立ってついキツいこと言ったんだ」
「……赤也っ」
僕は姉さんのいい所いっぱいわかってるからねと、赤也はにっこり微笑む。
か、可愛いぃぃぃ~!!
赤也の可愛さに思わず私は彼に抱きつく。
私も赤也のいい所たくさん知ってるし、そんな赤也が大好きだよ~!
突然抱きついてきた私に、赤也は少しびっくりしていたけれど。優しく背中をさすりながら抱きしめ返してくれた。
はあ~……こんな優しい弟が好きな子の前ではツンツンしちゃうなんて、お姉様想像出来ないわ~。
瑠璃ちゃんとはよく口論(?)をしているけれど、別にツンツンはしてないもんなぁ~。
赤也と口論の際、瑠璃ちゃんはどんなに赤也にキツいこと言われても、全然平気そうに見えたけれど。赤也の言葉に動揺したのなら、どうしてだろう?
……はっ、まさか。瑠璃ちゃんも赤也のことが好きで、私のことを庇う赤也に胸を痛めた……とか? ……待って待って、嘘でしょう?
これじゃあ私、本当に悪役令嬢じゃないか!
意図せずそんなポジションあんまりだ!
でもだとしたら私の今までの悩みってお門違いだったのでは? むしろ今すぐにも誤解を解いて2人の間を仲介したい。違うんだよぉ~、瑠璃ちゃん~。私と赤也はそういうんじゃないんだよぉ~。
「ちょっとぉ~、オレを置いて2人の世界に入らないでくれない?」
あ、黄泉いたの? 赤也が眩しくて見えなかったわぁ~。おほほ、ごめんあそばせ。
どうやら黄泉は私達が自分そっちのけで仲良くしているのが気に食わないらしい。オレにも構ってよって、寂しがり屋さんかよ! め、めんどくさっ!
「ど~せ瑠璃のことだから、深窓の令嬢を具現化したような~とか、か弱くて麗しい~とか、皆に愛され守られてる~とか。そんなんでしょ? よく青葉から聞かされたもん~」
「……まあ、そんな感じでしたね」
「昔から何故だかキミのことが好きだったし、青葉にはキミしかいないって騒いでいたしね~」
容易に想像できるよと少し馬鹿にしたように黄泉は言う。なんか、そんなこと私にも言ってたなとは思うけれど。黄泉のように正確には覚えていない。
こんなにスラスラ言葉が出てくるということは、それだけ黄泉にとっては耳タコなフレーズなんだろう。少しだけ同情してしまう。
きっと転生者である『一条青葉』から『立花雅』とはこういう存在なんだと何度も聞かされていたんだろう。じゃなきゃ、彼女も黄泉もこんなに『立花雅』に詳しいはずない。
「……それはきっと『刷り込み』ですよ」
そう、『刷り込み』だ。
赤也が私に必要以上に過保護なのと同じように、瑠璃ちゃんも『一条青葉』から何度も聞かされたからそう思い込んでるのだ。
「大好きなお兄様である一条くんから素敵な人だと紹介されていれば、実際はそうでなくても素敵な人だと思ってしまうでしょう」
まさか『一条青葉』も私が転生者だなんて思わないものね。私も攻略キャラが私と同じだとは思っていなかったけれど。
今の黄泉の話を聞いて確信した。
この世界の『一条青葉』は私と同じ転生者だ。
「だから実際わたくしと出会って、彼女の期待した素敵な人ではないと気づいてショックだったんでしょう」
だから瑠璃ちゃんは何も悪くないし、責められる必要もない。
むしろ責められるべきはその兄である『一条青葉』だ。きっと前世では『立花雅』が推しだったんでしょうね、彼は。
いわゆる『今まで一途に想っていたんだから可哀想だよね』派か。『一条青葉』になった今なら、今度こそ『立花雅』を幸せに出来るとでも思ったんでしょうね。
その気持ちを否定するつもりはないけれど。深窓の令嬢だとか、か弱くて麗しいだとか。
そんな断片的でとてもわかりやすいフレーズをくり返し発信することで、相手にそのフレーズの印象だけを刷り込むのは、一種の洗脳ではないだろうか。
そこまで『立花雅』を想う彼が少しだけ怖い。もし私が彼の期待する『立花雅』じゃないとわかったら、どんな行動をとるのだろうか。……考えただけでも恐ろしい。
……もしもの時は、お兄様が守ってくださいね!?
「うーん、確かにそうかも。そーゆーのが『刷り込み』って言うのなら、そうなのかもね~」
黄泉は私の言葉に納得してるようだが、どこか違和感があるようで小首を傾げる。
「……でも、それを『刷り込み』だって言うのならさ、逆なんじゃない?」
「どういうことですか?」
黄泉のいう『逆』の意味がわからない。だって発信したのは『一条青葉』で、受信したのはあなたと瑠璃ちゃんじゃないか。
黄泉の言葉が理解出来ず、私と赤也は疑問符を浮かべる。
「キミが何をどう勘違いしているのかわからないけどさ、キミが素敵な人だと青葉やオレに刷り込んだのは誰でもない、瑠璃自身だよ」
「…………え? だって西門くん、一条くんからよく聞いているって……」
「うん、青葉から聞いてたよ~? キミがいかに素敵な令嬢かを瑠璃が力説してくる~って。オレがキミのことを好きにならないようにって、瑠璃はオレにはキミの魅力とやらは教えてくれないんだよね~。だからこっそり青葉から聞いてたんだよ~」
いやいや、オレが青葉のライバルになるわけないのにね~じゃないよ! え、だって、そんな。……嘘でしょう?
もし本当にそうだとしたら、そもそもの前提が間違っていることになる。
……おいおい、黄泉さんよぉ。さすがにこれは、言葉が足りなすぎるでしょう?
「……西門くん、それは一般的に一条くんではなく、瑠璃ちゃんから聞いたと言うのではないでしょうか」
「うーん、でも言ってたのは瑠璃だけどさ~、オレが直接聞いたのは青葉からだし~?」
……な、なるほどね。
よーし、責任の擦り付け合いはやめよう。これじゃあ、水掛け論だ。
黄泉が言葉足らずなことは元々知っていたし、きちんと確認しなかった私も悪い。
確認することの大切さをお父様のアリスちゃん事件(私が勝手にそう呼んでいる)の時に嫌という程学んだというのに。全然学習してなかったみたいだ。自分の愚かさを恨むしかない。
……まあ、まさか黄泉がこんなに言葉が足りたい人だとは思わなかったけれど。あ、別に責めてる訳じゃないのよ? 事実を正しく認識しているだけ。そしてその上でこの反省を今後に生かして行こうと思う。
「……じゃあ、本当に瑠璃ちゃんが?」
『一条青葉』ではなく、瑠璃ちゃんがあなた達に『立花雅』の情報を発信したというのか。
「そう、瑠璃がオレや青葉にそう言ったんだ。キミがいずれ青葉の婚約者になるべき人だって」
『別に今雅様に他に好きな人がいても構いませんわ。最終的に青葉お兄様と結ばれる運命ですもの』
なんとなく、瑠璃ちゃんが言っていたことを思い出す。
──『一条青葉』じゃなかった。
私と同じ転生者は、『一条瑠璃』。彼女だったんだ──。
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