クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
24 こんなの、わたくしの知る雅様じゃない……
「ダメです!」と引き止める瑠璃ちゃんを振り切り、私は彼らの前に姿を現した。
「そこで何をしているんですか」
「はあ? 誰だよ……み、雅様!」
も、申し訳ございませんと、おそらくリーダー格であろう少年が私に頭を下げる。
「謝罪は結構です。そこで、何をしているのかと、聞いているんです」
そ、それは……と、先程まで彼を成金と罵倒していた少しふくよかな少年が口ごもる。
「随分と家柄のことをおっしゃっているようですが、ではあなた方はとっても素晴らしいお家柄なんでしょうね」
立花家より劣っているのか、私に対しては家柄をひけらかしたりはしない。人を見てやってるのか。尚更質が悪い。
「自分自身が素晴らしいわけでもないのに、それを鼻にかけるなんて。……ましてや誰かを貶めるだなんて。それこそ、この学園の品位を下げる行為ではなくて?」
「……し、失礼します!!」
「お、おい、行くぞ!」
「ひぃ、すみませんでしたー!!」
私に恐れをなした彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
よ、良かった。さすが腐っても悪役令嬢『立花雅』だ。『立花雅』自身には何の権力もなかったけれど、『立花家』は絶大な権力を持つようだ。
……それにしても少し怯えすぎではなくて?
「あなたも大丈夫? 怪我はない?」
「ひ、ひいいいぃぃぃ!」
え、えええぇぇぇ……!
助けたはずの少年にまで怯えられ逃げられるなんて。正直ショックを隠しきれない。
感謝されこそすれ、怯えられる筋合いは全くないのでは?
せっかく勇気を出して飛び出したというのに。
もしかしたら、私が感情表現に乏しいのが原因か?
感情表現が豊かな令嬢になるように、一応毎日表情筋をマッサージしていたのだけど。……あまり意味はなかったようだ。
「……お姉様っ!!」
「瑠璃ちゃん」
あまりにショックなことが続きすぎて、最優先すべき瑠璃ちゃんの安否を確認することを怠っていた。
彼らは瑠璃ちゃんが隠れていた方と反対側へ逃げていったから一応平気だと思ったのだけど。良かった。見たところ外傷はないし、一安心ね。
……あれ? 安心したからかな。全身の力が抜ける。張り詰めた緊張が解けた瞬間、私は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
私を呼ぶ瑠璃ちゃんの声が聞こえた気がしたけれど、それに応えることはできなかった。
***
最近やっと眠れてきたし、もう大丈夫だと思っていたけれど。どうやら蓄積された睡眠不足は、そう簡単に改善されてはいなかったみたい。
せめてもの救いは、彼らが逃げてから倒れたことかしら?
倒れてしまった時点であまり宜しくはないんだけどね。
目覚めてすぐに、瑠璃ちゃんにお姉様は病弱なんだから無理しないで下さいと怒られてしまった。
こんなに心配してくれている瑠璃ちゃんを前に、倒れたのはただの寝不足が原因だとは、とてもじゃないけど言い出せなかった。本当は病弱なんかじゃないのに。なんだか瑠璃ちゃんを騙しているようで心が苦しい。
ちなみに、たまたま通りがかった木村先生が私を保健室まで運んでくれたらしい。
……き、木村先生っ!!
なんて素敵な先生なんだ! ありがとうございます! と感激したけれど。
よく考えたらいつも雑用を押し付けられているし。そのせいで迷子になったこともあるし。
普段の彼の行いがあまり良くないせいか、感謝の気持ちも半減。
もちろん、後できちんとお礼の言葉は伝えるつもりだけど。そこまで感激するほどでもない気がしてきた。……木村先生だしね。
「……あの場にいた方々のことは、木村先生にお伝えしたので大丈夫ですわ」
「……そう。よかった」
麗氷はどの幼稚舎も各学年40人程度しかいないから、おそらく彼らを特定するのは難しくないだろう。
あの3人組は何度か2年生の教室の前で見掛けたことがある。私のクラスには所属していないから、もしかしたら黄泉のクラスメイトかもしれないわね。
囲まれていた男の子は顔を髪で隠していたからよくわからないけれど。
一応木村先生の耳に入ったのだから、後は先生がなんとかしてくれるだろう。
「後日体調が回復次第、雅様にもお話をお聞きしたいそうです」
「わかったわ」
正直よく眠ったおかげか、ここ最近で今が1番調子がいいけれど。数時間前に倒れた私がそれを言っても、何の説得力もない気がする。……うん、やめておこう。本来ならば今すぐにでも彼らの特定に協力したいんだけどね。
「今回はたまたま運が良かっただけで、状況によってはお怪我をすることもあったんですよ? ……もう2度と、こんな危険な行為はしないで下さい」
「それは、約束出来ないわ。目の前に解決出来るかもしれない問題があるというのに、それを見て見ぬ振りをすることなんて、わたくしには出来ないもの」
昔お兄様に言われた言葉を思い出し、少しだけ口元が緩む。お兄様曰く私はおせっかいらしいからね。
「……でもっ」
「それに、ただ闇雲に飛び出したわけじゃないわ。見掛けたことがある顔だったから、きっと同い年だと思ったの。上級生でないのならば、わたくしも注意しやすいし。……それに『立花雅』に暴力を奮ったりはしないでしょう?」
そうかも知れませんが……と、瑠璃ちゃんは言い淀む。瑠璃ちゃんには悪いけれど、きっとまた同じことがあれば、今日と同じように私はまた飛び出すだろう。
「自分1人で解決しないで、そうですよ……赤也や黄泉様や先生方を。助けてくれそうな誰かを呼びに行った方が……」
「でも、あの時すぐに助けなければ、きっと彼はぶたれていたわ」
助けてくれそうな誰かというけれど。そんなすぐに来てくれるかどうかもわからない『誰か』を待つよりも、私が飛び出した方が確実だと思ったんだもの。
私が彼がぶたれるところを見たくなかった。だから、私は私自身のために、飛び出したんだ。それについては、私のわがままだったと反省はしているが、後悔はしていない。
「それでも、病弱なお姉様が無理をなさる必要はないでしょう? お姉様は……雅様は、何もなさらないでいいんです。誰かに守られて大切にされていれば。そう、1人では何にも出来ないか弱い存在で、深窓の令嬢を具現化したような麗しい女の子なんですから」
瑠璃ちゃんは、まるであのゲームの『立花雅』を知っているかのように、本来の彼女の特徴を述べる。確かにね。『立花雅』って本来はそういう存在だ。
偶然の一致に少し驚いたけれど、『立花雅』ってそうラベリングされやすい見た目をしているのかもしれないな。私自身は彼女の性格と全く異なる性格をしているけれど。
「……確かに、わたくしは非力な存在かもしれない。でも決して無力な存在にはなりたくないの。目の前で助けられる人がいるのに何もしないなんて、わたくしはそんな無力な人にはなりたくないわ。誰かを頼って縋り付くような、そんな女にはなりたくないの」
そんな、『立花雅』のような存在にはなりたくないのだ。
『有栖川赤也』の家庭の事情を知った時も。彼女はおじ様が本当は赤也のことを愛していることに気づいていたのに。慰めてそばにいるだけで。根本的な解決は決してしようとしなかった。
『一条青葉』と溝が出来た時も。青葉の言葉に傷ついて、そんな時慰めてくれた優しい幼なじみに頼って甘えて縋り付いて。自分からその溝を埋めようだなんて決してしなかった。
ねえ、『立花雅』さん。あなたって、いつでも他力本願で、愚かで浅はかで無力な存在ね。
私はね、クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢である『立花雅』になってしまったと気づいた時から、絶対あなたのようにはならないって決めていたの。
だから瑠璃ちゃんがいうような令嬢とは程遠いかもしれないな。
「……ちがう」
「瑠璃ちゃん?」
「……雅様は、そんなこと言わない」
私の返答に彼女はがっかりするよりも、そんなことはありえないとでも言いたげな顔をした。まるで未知の生物に出会ったかのような、そんな顔を。
私そんなにおかしなこと言ったかしら?
「こんなの、わたくしの知る雅様じゃない……」
彼女の言葉はしばし静寂が満ちていた保健室ではよく響いた。
          
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