クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

21 ……ずっと会いたかった。僕の、僕だけの、婚約者



……ここは、どこだろう。

辺り一面見渡しても、ひたすら暗闇が続く。真っ暗な空間。

お兄様は? それに、お父様やお母様は? ……赤也もいない。

不安になった私は、みんなの名前を叫ぶ。返事が返ってくることはなかったけれど。

声を出したことで、自分自身に違和感を覚える。

……私、こんなに声低かったかしら?


「……なに、これ。本当にわたくしの体?」


小学生にしては大きすぎる手のひらに、発育の良すぎる胸。スラリとした脚は彼女・・を思わせる。


「それにこの服……麗氷の中等部、いや高等部の制服だわ。これじゃまるで……」


──『立花雅』みたいではないか。
今の私の姿は、乙女ゲームの悪役令嬢である彼女そのものだ。


「……雅っ!」
「へ?」


ぎゅうと後ろから誰かに力強く抱きしめられたのだと、すぐに理解した。先程まで誰もいなかったのに。

理屈はわからないけれど、今は誰かに会えたことが嬉しい。

こんな場所に独りっきりよりも、誰でもいいから誰かといたいもの。

私の名前を呼び捨てにするなんて、お兄様かお父様しか思いつかない。

声色的にお2人ではないようだけど、いったい誰かしら?

声の主の顔を見たくて、私を抱きしめる腕を解いて後ろを向く。


「……ずっと会いたかった。僕の、僕だけの、婚約者」
「あお、ば、さま……?」
「……うんっ! そうだよ! やっと会えた。もう離さないよ、永遠に」


いや、確かに、誰でもいいとは言ったけれど。


まさか相手が『一条青葉』だなんて。


先程までの安心感はどこかに吹き飛び、今は独りっきりの方がマシだったとさえ思えてくる。

いやっ、離して! そもそもどうして『一条青葉』がここに?

それに私はまだ青葉と出会ってすらいないというのに。婚約者だなんて何かの間違いよ!

彼の拘束から逃れようと、必死に抵抗しようとするも、何故か体が動かない。まるでメデューサに睨まれたみたいに行動不能状態。叫ぼうにも、声も出ない。


「……雅、好きだよ」


だんだんと青葉の綺麗な顔が近づいてくる。

キスされるのだと、本能的に理解するも、まだ固まったままの私は目を瞑ることさえ許されない。

前世でも大切に取っておいたファーストキスがこんな形で奪われるだなんて。

……いくらイケメンでも無理無理無理! こわいこわいこわい! それに私はあなたを好きじゃない!!


「……いやっ! 来ないでっ! …………はあ、はあ、夢……か。……ははは、よかった」


飛び起きて、夢であったことに安心する。もう何度彼の夢を見ただろう。

毎回シチュエーションは異なるが、共通していることは私と青葉だけであること。

どの夢もやけにリアルで、私は夢の中では夢だと気づけない。

目覚めてようやく夢だったと認識する。その繰り返し。

こんなことが何度か続けば次第に眠ることさえ怖くなってくる。


「……まだ、4時か」


起きるには随分と早い時間だ。もう1度眠りにつこうと再び目を瞑るけれど、きっと今日はもう眠れないだろう。

私の知る高校生の、『一条青葉』が出てきたのは、これが初めてだった。


『……雅、好きだよ』


耳に残る、まとわりつくみたいな彼の甘い囁きが頭の中を反芻して、案の定私は眠ることができなかった。



***



「それでね、青葉お兄様ったらその時にね──」


うんうんと適当に相槌を打つ。
ここ最近の寝不足のせいか、話はほとんど頭の中に入っていない。


「雅お姉様聞いてますか?」


いいえ、全く聞いてませんわ。
──なんて言えるはずもなく。

頬をぷくっと膨らませ、不満げに私の顔を覗く美少女に、「ええ、ちゃんと聞いてましたわ」と答える。


「なら良かったですわ!」


私の返答に満足したようで、再び話を続ける。うんうん、相変わらず私好みの可愛い容姿。まあ、それもそのはずだよね。

だって、この美少女──一条瑠璃ちゃんはあの『一条青葉』の妹なんだから。

初めて彼女を見た時、こんなに可愛い子はいないと思ったけれど。よく見れば、乙女ゲームで1番顔が好みだった『一条青葉』とそっくりだった。

しいて違いをあげるとすれば髪の色くらい。『一条青葉』は金髪碧眼の王子様みたいな容姿をしているけれど、彼女は黒髪碧眼だ。

私は日本人形みたいな顔をしているから、ヨーロッパのお姫様のようなその容姿がものすごく羨ましい。同じ黒髪でもこうも違うのかとため息をつきたくなる。

先程から瑠璃ちゃんは青葉がいかに素敵なお兄様かを力説してくれている。

でも、ごめんなさい。そんなに一生懸命話してくれても、私は青葉の話に全く興味がないのだ。そもそも親しくなる気なんてないしね。どちらかというと瑠璃ちゃん自身の話が聞きたいくらい。

どうやら、少々いやかなりブラコン気味の瑠璃ちゃんは、何がなんでも私達をくっつけたいようだ。

おそらく、大好きなお兄様が私との婚約を望んでいることを知ったからだ。

お兄様のために何かしたいと思う妹の気持ちはよくわかる。だって私もお兄様大好きだもの。

青葉のために、こうして頻繁に私の元を訪れ、青葉の話を延々と聞かせてくる。

とは言っても四六時中私といては彼女がクラスで孤立してしまうかもしれない。

ただでさえガラス細工みたいに繊細な整った容姿をしているんだ。近寄り難いとか、自分より可愛いとか、くだらない理由でハブられてしまわないか、とっても心配だ。

彼女のためにも私に構うよりももっとクラスメイトを大切にしてほしい。

そう説得した私に瑠璃ちゃんは少ししょぼくれていたけれど。お昼ご飯を食べた後の昼休みだけでもと、私好みの美少女に頼まれてしまっては断れるはずがない。


「雅姉さんは僕の姉さんであって、君の姉さんじゃないんだけどね」


わざとらしく、僕の、を強調して言う赤也に、瑠璃ちゃんは少し呆れていた。


「全く……心が狭すぎるわ、赤也。どうせお姉様はお兄様と結婚なさるんだから別にいいじゃない」


私と瑠璃ちゃんがお昼休みに会うことを知った過保護な赤也は、瑠璃ちゃんが私に何をするかわからないという理由で付き添ってくれている。

確かに、青葉との婚約や結婚を前提に話を進めてくる強引なところはあるけれど。私のファンだという彼女が直接私に何かしてくるとは思えないのだけどね。


「遅かれ早かれ、雅様はわたくしのお姉様になるもの」
「瑠璃ちゃん、青葉様とご結婚だなんて……わたくしにはもったいないお話だわ」
「あらそんなことありませんわ。2人は運命の相手ですもの。結ばれるのは必然ですわ」


私の言葉をそのままの意味で受け止めた彼女は「雅様ならお兄様に釣り合いますわ!」と励ましてくれる。

いや、そうではなくてね? それは建前で、本当は婚約したくないんだよ私は。

でもそうストレートに言っては彼女を傷つけてしまいそうで、私にはどうすればわかって貰えるのかわからない。

いつもなら2人の言い合いを軽くたしなめることなど容易だけれど。今日は睡眠不足のせいか頭が重くてついぼーっとしてしまう。

そういえば、初めて出会った時も今も、瑠璃ちゃんは私と青葉は結ばれる運命だと言った。

それが当然であるかのように。
まるで知っているかのように。


「……それは、青葉様がおっしゃったの?」


それは青葉が私と同じように転生者だからではないだろうか。

直接青葉に会って聞かずとも、こうして瑠璃ちゃんに聞けば私の知りたいことがわかるかもしれない。

今はまだ、確信が持てないけれど。彼女から何か青葉の情報を引き出せれば……。


「まあ、お姉様ったらやっとお兄様にご興味が!? なら早速セッティングしましょう! 善は急げと言いますし、会うなら早い方がいいですわ!」
「いや、そうではなくてね……」


意を決して尋ねた私の問いも、瑠璃ちゃんは青葉に興味を持ったのだと捉える。


とほほ。……ポジティブすぎるよ瑠璃ちゃん。

          

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