クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

8 とっておきの魔法を教えてあげる

とりあえず、クリスマスプレゼントは各自家族に用意することになった。

お父様にお母様、お兄様かぁ……。お兄様はともかく、お2人はきっと自分のセンスがあって、ある程度お気に入りのブランドで1式揃えてるわよね。そこに私の買った全くそれらに合わないプレゼント……。あの親バカな2人のことだ。無理にでも使ってはくれるだろうけれど、それはなんだか申し訳ない。

絶対そこだけ違和感があるファッションになるもん。あれ? 雅ちゃんのご両親、独特のセンスね、とかお友達に言われたら、私が恥ずかしい。うん、物はやめておこう。

逆にお兄様はあまりそういうのに頓着しない人だから、マフラーとかネクタイでもあげようかな。

……うーん、でもただ買って渡すだけって、なんか味気ないよね。何かプラスアルファであげたいなぁ。


「赤也くんは何になさるの?」
「……お父様の好きな物を」
「まあ、それはなんですの?」
「…………秘密です」


試しに赤也に聞いてみたら、もう既に目星がついているようだった。

結局当日までのお楽しみだから、全く参考にならなかったんだけどね。

さっき勢い余って何回か赤也って呼び捨てしてしまったことをツッコまれるかなって不安だったけど、これなら大丈夫そう。きっと赤也に気づかれてないな。

そう思って、赤也が用意してくれた色とりどりのエクレアの中から塩キャラメルを選んで頬張る。ラズベリー、ダークチョコレート、ピスタチオとあったけど、今日は塩キャラメルの気分。うん、美味しいなあ~。

最後のひと口に取り掛かろうとしたら、赤也にさっきみたいに赤也でいいのに……と言われてしまった。……あら、そう?

バリバリバレてたわ。



***



さすがに私達2人じゃあ準備するのが困難なので、お兄様と数人の使用人にお願いすることにした。

立花家には使っていない部屋が山ほどあるので、その1部屋を借りて現在準備をしている。クリスマス当日はお父様もアリスおじ様も忙しかったので、少し前倒しになってしまった。

赤也も手伝える時には来てくれるが、パーティーまで1週間しかないので私とお兄様達で先に進めている。大きなツリーって見栄えはいいけど準備は大変ね。1人だったら途中で絶対挫折していただろう作業量に、手伝ってくれた人達には感謝しかない。


「お兄様は人にプレゼントをする時どうしてますか?」
「え、何で?」
「お友達がクリスマスプレゼントに悩んでるみたいなんですけど、わたくしあまり良い答えが思いつかなくて……」


半分本当で半分嘘。本当は手っ取り早くお兄様の欲しい物を聞きたかっただけだ。どうせなら、今欲しい物の方がお兄様も嬉しいよね。


「……うーん、僕なら数ヶ月前からそれとなく聞いてリサーチしておくかな」
「数ヶ月前から? そんなに早く?」
「うん、どうせなら本人が欲してる物あげたいし、直前だとサプライズにならないじゃない」


お兄様のサプライズへのこだわり、感服いたします。でも、数ヶ月前か……今は1週間前だしなぁ~。お兄様理論で行くとバレるよね。


「ちなみに、お兄様は今何が欲しいんですか?」
「僕? 僕はねそろそろ新しい財布が欲しいんだ~」
「まあ、そうなんですね」


よし、お財布に決定かな? お兄様も欲しがってるし!


「早速明日買いに行くんだ。この前良いの見つけてさ」
「……良かったですね」
「うん!」


お、おう。お兄様が欲しいお財布があるのなら、それを使うのが1番いいと思います。

……困ったな、財布渡せないや。この際もう定番のマフラーでいいかな?

ちなみに、お兄様の好きな色は水浅葱みずあさぎ色らしい。う、うーん。ストールならまだしも、マフラーにその色はどうなんだろう。水浅葱色ってあれだよね。ペールブルーだよね。……お兄様、渋いな! ただの水色じゃダメなの!?

結局、お兄様は何の参考にもならなかった。



***



クリスマスパーティー当日。

お父様達は大げさにびっくりしていて、準備したかいがあったなって思えた。

うんうん、やっぱりサプライズ好きなところは私も立花家の1員って感じね。普段クールで表情の読めないアリスおじ様も喜んでいるように見えた。そんな彼に赤也はホッとしていた。


「とりあえずは大成功ね」
「……はい。嫌な顔はされなくて良かったです」
「嫌な顔なんて、するわけないわよ……」


赤也の中では、よっぽどおじ様は自分を嫌いなのね。きっとそうなるきっかけがあったんでしょうね。おそらく、この前言っていたことが関係しているのだろう。


『……お父様が言っていました。ぼくがいたから、ぼくのせいでお母様は死んだんだって。だから、きっとあなたが倒れたのもぼくのせいです。ぼくが、いたから』


詳しくは知らないし、私が深く聞いてはいけない気がする。

もしかしたら赤也の勘違いや聞き間違いかもしれないし、奥様が亡くなって参っていたおじ様がついポロッと口走ってしまったかもしれない。


本当のところは、2人にしかわからない。


「……ねえ、赤也。お父様の気持ちを確かめることが出来る、とっておきの魔法を教えてあげる」
「……っ、なんですか!」


だから私は手助けするくらいしか出来ないわ。



***



「…………お父様」
「赤也、どうした?」


少年は戸惑っていた。母親が亡くなってから、父親とこんなふうにまともに話したことなどなかったから。

母親に似た自分の顔を見れば自分の父はきっと辛くなるだろうと思った故の配慮だったが、幼い赤也にとってそれはひどく堪えた。愛する母もいない、父の傍にはいられない。少年は孤独だった。


「……お父様にプレゼントを」
「……ありがとう。まさか貰えるなんて思ってなかったから。このパーティーを準備してくれただけで十分嬉しかったのに……」
「準備はぼくだけじゃなくて、雅さんや優さん、それに色んな人が手伝ってくれたから……」
「でも赤也も手伝ったんだろう?」


静かに頷けば、そうかと頭を撫でられた。まるでえらいねと褒められているようで、嬉しい反面、少し照れくさかった。


「このプレゼントはぼくひとりで選びました」


なんだろうと笑顔であける父親に喜んで貰えるか、少し不安になる。


「……これはっ」
「お母様のお花です」


自分の家の庭に沢山植えてある花。名前は知らなかったけれど、お母様が大好きな花だと自分に言っていたことだけは覚えている。元々病弱だった彼女はその庭がお気に入りで、いつもこっそり小さな赤也を連れてその花を見ていた。


『お母様はね、このお花が大好きなの』
『ぼくもこのおはなすき! おかあさまみたい!』
『っ! ふふっそうね、この花はね、お母様の花なの。お父様がそう言ってくれたの』


まだ母親が生きていた頃を思い出す。あの頃はみんな笑顔だった。自分の母を中心にみんないつでも笑ってた。お転婆な母に苦労していただろう使用人も、みんな。


「この花、お母様のお花なんですよね?」
「……ああ」
「昔お母様がぼくに教えてくれました。実はこの花アートフラワーなんです」
「……造花みたいな物か?」
「そんな感じです。だから永遠に枯れないんです」


造花はプラスチックやポリエステルなどを使用しているため、ぱっと見で偽物だとわかってしまう。アートフラワーは布で作られているのが特徴で、うす絹、サテン、木綿など、幅広い素材で作られ、本物のようなリアルな質感・発色であり、造花よりもリアルに出来ている。


「お母様の代わりにはならないけど、せめてぼくの代わりにお父様の傍において欲しくて……」
「……赤也」


自分の代わりに渡したプレゼント。これを渡したら、自分は本当に用済みになるな。そう思ったら、言葉が出てこなかった。


『──とっておきの魔法を教えてあげる』


そう言った、少女の言葉を思い出す。彼女はいつでも赤也のネガティブな言葉を否定してくれて、いつしか父親が本当は自分のことを好きなのではと、期待するまでになっていた。本気でそう思ってるわけではないけれど、ほんの少しだけ信じて見たかった。


「……お、お父様っ!」
「……赤也っ!?」


母親に抱きしめられることはあっても、自ら父親に抱きつくことは初めてなので、想像よりも勢いがついてしまった。父は少し驚いた様子だったが、優しく抱きしめ返してくれた。


「……いつも、ぼくのためにお仕事ありがとうございます。お父様はお母様と似てる僕なんかが傍にいたら辛いかもしれないけど、ぼくはお父様が……お父様のことが、」


『ほんの少しだけ勇気を出して、ぎゅっと抱きつきながら日頃の感謝と大好きって気持ちを伝えるの。そうするだけで、お父様は幸せな気持ちになってくれるし、赤也のことが好きなら同じ気持ちを返してくれるし、抱きしめ返してもくれるはずよ』


「…………大好きですっ!」
「そうか……」


表情は見られないが、その声色は困っているように聞こえた。


「私はずっと赤也に嫌われていると思っていたから、……こういう時どうしたらいいのかわからない」
「……迷惑でしたか?」
「そんなわけない! むしろ嬉しい。赤也は何か勘違いしているようだけど、私は彼女に似た君がいたから、どんなに辛くても頑張れたんだ」


信じられなかった。まさか父親がそんなふうに思ってくれてるとは思わなかったから。


「……じゃあ、ぼくのこと好きですか?」
「もちろんだよ。赤也はこの花の名前は知ってるかい?」
「……さあ、お母様の花としか……」
「ある意味それで正解なんだけどな」


突然花の名前を聞く父親の真意がわからなかった。頷いてはくれたが、好きとは言われていない。それが赤也を不安にさせた。


「この花はね、胡蝶蘭っていうんだよ。ランと同じ名前の花だろ? 特にねピンクは彼女にぴったりだと思った」


母も赤也も少しだけ自毛が赤毛だ。顔立ちもだが、そういった細かな所も2人はそっくりだった。他人が父親と赤也を見て親子とわからなくても、母親となら誰でも確実に親子だとわかる。そのくらい、2人はそっくりだった。


「花言葉は知ってるかい?」
「いいえ」
「ピンクの胡蝶蘭の花言葉はね、『あなたを愛しています』」


自分よりもかなり背の高い父を見る。今までは父の体にうずめていたが、驚きと嬉しさから思わず勢いよく見てしまった。そんな自分に少しだけ笑いながら父は続ける。


「私もね、君を愛しているよ、赤也。もちろんランのこともね」
「本当ですか?」
「君が好きなお父様は嘘をつく人間なのか?」
「……いいえ、違います」


でも、だって、と色々否定する言葉は思いつくものの、自分の父はそんな人ではないことは確かだ。

いつだって約束を破ったことはないし、もちろん嘘をつかれたことなんて1度もない。

だからこそ、たった1度の彼の赤也への否定の言葉を赤也は信じ続けてしまっていたのだ。


「……うぅっ」
「プレゼントありがとう。毎日見られるように書斎に飾るよ。でも赤也の代わりにはならないから、これからは赤也自身が私の傍にいて欲しいな」


泣き出してしまった赤也はまともに返事なんてできなかったけれど、父にはちゃんと通じていた。




『……お義兄様。お姉様が亡くなってからずっと働き詰めで、あの子・・・も心配しておりました。少しは顔を見せてあげて下さい』
『あの子は彼女に瓜二つで…………私は、あの子が居たからこんなにも辛い状況でも耐えていける。あの子のことを愛してるから』
『もう……、それで肝心の赤也を放って仕事ばかりでは本末転倒では?』
『……そうだな、君には敵わないな』


廊下に落ちていたピンクの胡蝶蘭に気づきはしたが、父親はさして気にしなかった。

まさか赤也が自分を心配して庭からつんできてくれたものだとも、話を途中まで聞かれていたとも思わず。

それから、なるべく赤也のために時間を割くようになったが、すれ違いから顔を合わすことが減ったのだとわかるのは、もう少し先の話。

          

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