青いボンボン帽子

蜂ノコ

第4話 条件、一

 資料を探す三人。事細かく調べてみたが手がかりの一つや二つすら発見できずに終わった。
「結局、なかったねぇ……」
 残念そうな顔をする紫苑。そんな手がかりなんざ簡単には見つからないだろうなとは思っていはいたから、別に残念ではない。と夕涼は思った。
 時計を見るとこの学校の部活終了時間間近だった。
「まあ、この件についてはやはり噂だったということで水に流しましょ?」
 夕涼はそう言った。
「ふぇええ……」と紫苑。仕方ないだろう。ないものはないんだから。
「とにかく、もう時間も時間なので、解散ってことでいいんじゃないかな?」
 勿論、そのつもり。夕涼は頷く。
 そして、三人は荷物を持って生徒玄関から出る。


 朝に雲が泣くように降っていた雨はすっかり止んでいた。ジメジメとした湿気と、土の臭いが漂う。あまり好ましい臭いではない。
 そういえば、優樹の家ってどこ方面なのだろうか。駅から来てるのかな。それとも案外近いところに住んでいるのかな。夕涼はそう思い、本人に聞いてみた。
「え? 家? そうだなぁ……」と考える仕草をする優樹。
 まさか、家がないとか……それはないか。
「驚かないで聞いて欲しいんだ。僕の家はお墓なんだ」
 一瞬何を言っているのかわからず、思考停止してしまった。
 優樹はこちらの顔を覗いてニコッと笑ったのか、白い歯が見えた。
「冗談だよ」
 そう言われて、夕涼は安心した。
「何安心したような顔をしているんだよ。ちゃんと家はある。まあ、今度紹介するよ」
 優樹はそう言って、家についての詳細は言ってくれなかった。
「今日、夕涼の家空いているから行ってみない? 私も行くから!」と紫苑。
 ふざけんなよ。確かに今日は予定も何も入っていないけども。
「遠慮無くお邪魔させていただきます」
 とても丁寧に言われた。
 ハァッと溜息をつく。やれやれ……。


 とりあえず、自宅に着いた。
 夕涼は少々、緊張してた。
 男の人を家に招いたことがないからだ。
 まあ、男友達なんていなかったし、せいぜいいるとしたら級友男子だ。とは言っても知り合い程度なので家には招く気も当時はなかった。
 そんなのはさておき、夕涼の家に上がり込む。
「あら、いらっしゃい」
 夕涼はそう言った人物について、優樹がどう思ったかなんてばかばかしい事を思った。別に、聞いたところで意味はない。
「こんばんは~」
 丁寧に頭を下げる優樹。つられて紫苑も同様にそうした。
「紹介するよ。こちらが、うちの母です!」
 いつもニコニコと笑う彼女だが、表情は一人の時以外は変化することなく、そのせいか表情からは全く読めないのだ。
「そして、こっちの男の子が優樹、そっちはわかるしょ?」
「なんか、うちだけ扱い雑じゃない?」
 紫苑は苦笑でそう言った。
 別にいいじゃん。いつもお世話になってるし、わざわざ紹介する必要ないじゃん。
「まあ、そうだけどさぁ……」
 紫苑はそれ以上何も言わなかった。きっと自分のことをもっと知ってほしんだろうな……。まさか、うちの家族にでもなりたいのか?
 そう思いながらも自室へ向かう。
 夕涼の部屋は女子っぽい部屋だった。主にピンクと白が多かった。
「んで、なんで家に上がろうと考えたわけ?」
 扉をパタンと閉じ、早速本題へ入る。恐らく意味があるのだろう。彼女はそういう性格だ。
 何か、聞かれたくないことがあれば大体家に来る。
 夕涼は今日一日を振り返った。
 今日は優樹を家に来るか言っていたな。それもさっき。ってことは、優樹に関わる何かかな?
 夕涼はそう思った。そして、紫苑の口が開いた。
 その発言は彼女が察したとおりだった。
「今日は彼について話したいことがあるの」
 彼女はそう発した。
 夕涼は無意識に優樹の方へ向く。真剣な眼差しでこちらを見ていた。どうやら、おふざけとかではなさそうだ。
 とりあえず、詳細を聞こうか。
「僕は、普通の人間じゃないんだ」
 そう発したのは優樹だった。
 普通ではない? どう見ても普通の人間だと思うんだけど。
「確かに、外見も中身も人間だよ。生活には誰も影響はない。だけどね、いつか時が来ればわかることだけど、ある条件が揃った時、僕は僕でなくなる」
 どういうこと?
「――それは、世界を揺るがす出来事になる可能性がある」
 それは、夕涼が考えていたことよりも予想を遥かに超えたものだった。
「それって……つまり、世界に悪影響を当たる可能性があるということ?」
「そうと言ってもいいかもしれない」と、即答。
 だけど、それは可能性であって必ずしもそうなるとは限らない。ということだよね?
「まあね。でも、可能性とは言ってもゼロに近いわけではないんだ。むしろ百に近いというべきだろう」
 高確率で世界に悪影響を及ぼすらしい。
 だが、彼に一体どんな条件が与えられるとそうなってしまうのだろうか。夕涼は考えてみた。
 条件というやつを聞いてみることにしよう。
 条件は三つあるらしいが、彼はそのうちの一つを教えてくれた。
 一、大図書館学校に関わる者。
他の条件を聞きたかったが、優樹は口を固く閉ざしたまま、無言を貫き通した。
そう簡単には教えられないということか。
「大図書館学校に関わる者……か。一応、私らも関係しているね」
紫苑がそう言った。そうだけど、やっぱり一つだけの条件じゃなあ……。これで条件となる解答を導き出せたらそれは天才かもしれない。いや、誰の力も借りずに答えにたどり着いた者だろう。と夕涼は心の中でそう呟いた。
 それよりも、どうしてその条件とやらを知ってるの?
「――極秘情報をなんとか入手したんだよ。やはり、教師らは全員知っていると思う」
 優樹はそう答えた。
 教師は何をやってんだか……。大図書館の秘密について暴露されるとなにかまずいことでもあるのだろうか。
「更に情報を入手するためにネットで流してみましょ。今の時代じゃ、流したら光速で世界中に行き渡ると――」
「それはダメだ」
 優樹は紫苑の話を遮り、断定した。
「なんでそう言えるの?」
 夕涼が尋ねる。
「さっきも言ったけど、世界を揺るがすことになる。最悪の場合、第三次世界大戦を引き起こす可能性がある。あくまで可能性だけど、学校側からすると情報を削除するのにどんな手段でもやると思う。なんてったって、学校側には学校の核とやらがあるみたいだからね」
 初耳だ。つまり、非核三原則を破っているということになる。
 まさか、地下にその核があるとか?
「あると思う。とは言っても第二次世界大戦とかで使われた核とは別らしい。日本の原則として核を持たず・作らず・持ち込ませずっていう非核三原則があるからね……」
 そこまでの情報を入手しているのか。
 と、一瞬思ったが果たして彼は本当にその情報を誰かから盗んだのだろうか。
 もしかしたら、彼こそが大図書館の禁断の場から抜け出すことが出来るキーなのだろうか。夕涼は正直、そう思いたくなかった。
 大丈夫。優樹は普通の人間。どこにも変哲なところなどない普遍的かつ一般的な人だ。と言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。
「この話はこの三人以外に話してはいけない、そんな気がする」と紫苑。
「話したら事態は厄介な方向へと行くだろう。人類が最も恐れている戦争という方向へ」
 戦争というのを実感したことがないのでよくわからない。だが、きっと想像以上に恐ろしいことだろう。
 背筋がブルっとした。死という恐怖と戦うなんて想像もできない。
「さて、要件は以上だ」
 優樹がそう発すると夕涼は途端に安心感を得た。何故、安心しているのか自分でもわからない。
 夕涼は起立してドアに向かう。
「あ、そうだ」
 くるりと方向を変え、
「夕飯、食べてく?」
 首を傾げ、片目だけをウインクした状態でそう言った。
 紫苑と優樹がその姿を見てどう思ったかは、顔を見ればわかる。まあ、普段こんなことしないからね。見惚れてたようにも見えた。本当にそう思っているのかは定かではないけど。
「お言葉に甘えて!」
 紫苑が満面の笑みを向けそう答えた。優樹はコクリと頷いた。
「じゃあちょっと待っててー」
 そう言って、扉を乱暴に開けて母親のところへ向かう。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけどいい?」
 紫苑が不意に尋ねた。
 否定する理由はないため、優樹は頷いた。
「そう。なら、聞くね」
 全音符一個分の間を開けて、質問をした。
「貴方、まさかとは思うけど、禁断の場へ行き来できる者じゃないよね?」
 その質問に彼は驚異的な目で紫苑を見た。
「え……。なんでそう思うの?」
 質問を質問で返す。
「話を聞いているとそうなのかな……って思っただけ。違うならいいのよ。私は違うことを祈っているから」
 紫苑は優しげな声調でそう言った。彼女は決して優樹の顔を見なかった。
 優樹がどんな顔をしたのか、わからなくていい。知ったところで友情関係に亀裂なんて入るわけがないんだから。
 紫苑は心の底からそう思った。
 そして、沈黙して空気が悪くなる。そんな感じが嫌いな紫苑は
「優樹にとって、夕涼はどんな人?」
 紫苑は今、一番聞きたいことを聞いた。大図書館の秘密も聞いてみたいところだが、今はそんなことを忘れていいじゃないか。彼女はそう思っていてその質問をしたのだ。
「清森さん? んー……」
 彼は表情をコロコロ変えながら、とはいっても難しい顔には変わらずの顔だった。
「優しくて、明るくて……いい人だと思うよ。特に、彼女は仲間思い。言い換えれば友達思いだと思います。まあなんというか、それで僕は救われたっていうのかな……僕にとっては命の恩人的存在だから」
 懐古的な表情を浮かべ、それはとても嬉しそうであった。それを見て、安心。
「あの子ね……結構無理してるところもあるんだよ。貴方の知らないところでね。いつも笑顔を絶やさない、明るい少女。級友や親戚にそう思われているらしいよ。今では、変人好きっていうなんか変なレッテルを貼られているんだけどね」
 紫苑は眉を八の字にして微笑。無言で聞く優樹を見て、話を続けた。
「それでも、笑顔を意識している。最近は私にだけ、元気のない夕涼を見せてくれるようになった。私はこの時に気づいた。彼女の笑顔は素の笑顔じゃない。本心は泣いていると、そう感じたわ。よく、よく笑う人はよく泣いているとかっていう言葉を耳にしたことがあるけどまさにこのことを言うんだって知ったね。夕涼は誰よりも傷つくことを恐れる。そんな自分を隠すために笑う。……ごめんね。こんな長く話してしまって。だから、私には無理なことも沢山ある。だから、神取君、彼女を頼んだよ。彼女を助けることを約束してくれる?」
 それは、紫苑の思いと願いであった。
 命の恩人を助けたい。役に立ちたい。本気で優樹はそう思った。
「その約束を守るって誓うよ。まるで、清森さんのようにね」
 その台詞が言い終わると同時に扉が開いた。
「夕飯、食べよ!」
 輝かしい笑顔でそう言った。
 僕には本心を見破る能力はない。だけど、もし彼女が傷ついていたらそばに居てやろうと思う。精一杯、慰める。そして、僕は彼女の笑顔を守るんだ。……いや、僕は彼女の笑顔を守りたい。心からそう思っている。僕にとって大切な……。
 優樹は目をつぶって一人、微笑していた。
「優樹、行こう!」
 そして、三人は共に食事をした。
 夕涼はこうして仲間とともに食事をともに出来たことが何よりも幸福だった。


 食事を終え、二人は帰宅するために玄関へと向かった。
「それじゃ、気をつけてね~」
 手を振ると振り返す二人。
 バタン!
 玄関の扉が閉まった。
「いい友達を持ったねぇ!」
 母はそう一言感想を述べて家事に戻った。
 夕涼は心の中で「うん」と答えた。


 翌日、窓から光が差していた。爽快な天気だ。気分も晴れやかになる。
「さて、支度するか」
 何故だろうか。今日はとても気分が良い。こんな日は滅多にないくらいだ。
 今日はなにか良いことがあるかもしれない、なんて思った。
 家から出て堂々たる態度で通学路を歩行する。周りからの視線が痛いほど感じるが、そんなのは気にしない。
 ズラリとグループごとにまとまっている通学路に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
 紫苑だ。
 夕涼は思いっきり走って彼女の背中を一発叩こうと思ったのだが、勢い余って紫苑の真横で転んでしまった。
 当然、視界に入った人物を見て、不意をつかれた顔をしていた。
「なんだ、夕涼だったんだぁ。突然転んできたから何事かと思ったよ」
 安堵たる口調でそう言った。
「っていうか、どうしたの? 張り切りすぎてコケた?」
 クスクスっと笑う紫苑。
 流石に気分が良くてうっかり転んでしまった、なんて言えるわけがない。
 と思っていたら、紫苑が本心を見抜いたのか思ったことを一文字も間違えることなく発言したことに、夕涼は愕然とした。
「なんで分かったの」と夕涼。
「なんとなく」とクスクス笑う紫苑。
 はたから見れば姉妹のように見えるだろう。
 朝から恥ずかしい対面の仕方だったことを話題にしていると、いつの間にか校門前まで来ていた。
 そして教室へ入り、読書、授業、放課後の順で時は過ぎていった。
「そういえば、今日は優樹の姿が見当たらないね」
 そう切り出したのは紫苑だった。
 確かにそうだ。今日はすれ違うどころか、顔すら見ていない。
「図書館に行けばいるんじゃない?」
 よくいる場所と言ったらここだ。彼は文学少年にでもなろうとか思っているのか? とは思ったが。よく考えてみればここは文化系部門専門、即ち文学少年少女が集まる学校だ。
 とりあえず、大図書館へと向かう。


 相変わらず、ホコリ一つ落ちていない清潔感とズラリとこんなに読めるのかと思うほど並べられた多種多様の本。
 ほぼ毎日、ここに青いボンボンを揺らしながら帽子をかぶっている優樹の姿は珍しくなかった。
 その後、ありとあらゆる教室を駆け回ったのだが、どこにもいなかった。どうやら欠席らしい。教師に聞けばその答えがすぐに出てきた。まったく、時間を無駄に費やしてしまった。
「昨日は結構元気だったけど……家の用事かな?」
 夕涼はそう言った。突如、風邪をひくなんて考えにくい。
「とりあえず、今日は帰りましょー」
 紫苑がそう言って二人は学校から去って行った。
 それにしても、今日は気分は最高だというのにどうして真逆のことが起きてしまうのだろうか。
 紫苑と共に下校をしている途中、夕涼達は橋を渡っていた。
「さぁ、吐け!」
 という罵声が橋の下から聞こえた。上から覗いてみると、川の下の道に赤毛の女子高生と青いボンボン帽子の青年、優樹がいた。どうしてここに? そんなの見たらわかる。
 大図書館の不良。最強とも言われた不良のてっぺん。竹刀をパシンと響かせる。
「助けないと!」
 無意識に足が動いた。夕涼の無意識に、紫苑はついていく。
 今日、優樹が学校に来なかったのはこれが理由だったのか?!
「ちょっと待ちなさい!!」
 夕涼が赤毛の不良を睨みつけながら威勢よくそう言った。
「あらぁ、どこかで会ったことがあると思ったらぁ……あん時の。フフフ、良いわ! 貴方もアタイの餌食となりなさい! 逃走者!」
 赤毛の女子はそう言うと、竹刀をこちらに向けた。
 まるで、肉食動物の睨み合いのように二人は焦点をずらすことなく見つめていた。
「さぁ、今度こそ逃さないわよ!!」
 最強との戦闘が今、始まった。

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