異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

1-11. ヴァネッサの憂鬱

(うー眠い)

 ユウリは閉じそうになる瞼を必死に押し上げて、カフェテリアのコーヒーに口を付ける。
 コーヒーと一緒に頼んだ甘めのパンをモソモソと食べていると、知った声がする。

「おはよーユウリ!」
「あ、おはようございます、ヴァネッサさん」

 朝陽に反射するウェーブととびきり美しい笑顔が見えて、ユウリは一瞬にして心地よい清涼感に包まれた。彼女は、何かとユウリを気にかけてくれている。
 いつもフラフラとしているユウリを見かけて、ヴァネッサは、都合が合えば食事を一緒に摂ることを提案した。
 最低でも一日一度は待ち合わせして、お茶や食事の合間に課題の手伝いまでしてくれる彼女に、ユウリは大層感謝している。

「今日の分はどう?」
「えーと、こことここがちょっと分かりづらくて」

 ユウリが教科書のページを指すと、ヴァネッサはいくつかの呪文を披露してみせる。

「ああーそういう風に流すのかぁ」
「ユウリのやり方でもあってるけど、こっちの方が簡単よ」
「ありがとうございます」

 確かに実際の魔法を見る方がよっぽど分かりやすい、とユウリは改めて実感する。
 ヴァネッサや他のメンバーの魔法を見て、ロッシがヨルンを規格外と呼んだ意味がようやくわかった。
 まず、詠唱のスピードに魔力が追いつかない。
 魔力が呪文に乗らなければ、それは最早ただの早口言葉だ。
 多少早めに唱えられても、正しく魔力を乗せようとすると、それは地面に置いた針の穴に、塔のてっぺんから糸を通すくらい難しい。結果、束で糸を下ろして、一本でも針穴に通るのを期待するほかない。
 どういうことかというと、速い詠唱を正しく魔法として放つには、普通に詠唱を行うよりも大幅に魔力を消費するのだ。
 通常だとその糸の束が手首ほどの太さ必要とすると、ヨルン以外のカウンシルメンバー達は全員、指二本分程度で済むくらいの実力がある。
 しかし、ヨルンは、それをで成し遂げてしまう。
 まさに、規格外としか言いようがない。

 自分で試さなくてよかった、とユウリは思う。
 そんな繊細に魔力を小出しにすることなんて、ただでさえ普通の魔法に魔力がうまく乗らない今の彼女では不可能に近い。辺りを壊滅状態にする、というロッシの予想は、全くの的外れではないだろう。

 物思いに耽るユウリに、ヴァネッサが声をかける。

「もう他にはない?」
「あ、はい、大丈夫です!」

 教科書を纏めて、少し冷めてしまったコーヒーを飲むと、ユウリは思い出したように尋ねた。

「ヴァネッサさんって、リュカさんと同じ王国出身でしたよね?」
「そうよぉ。不運なことに」
「親衛隊って、何でリュカさんにだけあるんですか?」
「……ぶっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ごほっ……ごめんごめん」

 吐き出したコーヒーを拭いながら、ヴァネッサが少し困ったように微笑む。その憂いを含んだ表情に、ユウリは思わずどきりとした。

「リュカ様はね、人一倍寂しがり屋なの」
「へ?」
「親衛隊、なんていっているけれど、彼女達の温もりを身代わりにしてる。失くしてしまったパズルのピースを忘れるように」
「パズルの、ピース?」

ふふ、と笑って、ヴァネッサは続ける。

「抱かないと、眠れないのよ。あの方」
「抱っ!?」

どちらの意味か判断しかねるユウリだが、どちらにしろ、とんでもないことを聞かされて頬を染めた。
ヴァネッサはそれを眺めて、今度は口の端を上げてニヤリと笑う。

「いやぁ、リュカ様がご執心になるのもわかる気がするわ」
「はい?」
「ユウリは、本当に純粋無垢なのねぇ」

 ますますわからない、といった風のユウリに、彼女は慈しむような瞳を向けた。

(リュカ様も、懲りないわねぇ)

 ユウリは、彼女のよく知る人物に酷く似ていた。
 ふわふわして、可愛らしくて、純粋で。
 だからこそ、その感情に正直で。
 ずっと一緒だった、大好きで、

 重ねていた過去の幻影を振り払うように、彼女は極めて明るい声を出す。

「そろそろ、朝イチの講義の時間よ」
「わ! じゃあ私、行きますね」

 コーヒーを飲み干して、慌てて立ち上がったユウリの背後に、近づく影。

「仔猫ちゃ……んぎゃ!!」

 いつもの如く神出鬼没なリュカが、耳元への囁やきかけようとして、カエルのつぶれたような声を出す。ユウリが驚いて振り向くと、彼は涙目で右腰をさすっていた。

(なんか今綺麗な足とヒールが見えた気が……)

呆然とするユウリを背中に庇うように、ヴァネッサが仁王立ちになる。

「こんのボンクラ王子! 朝っぱらからサカってんじゃないわよ!」
「朝っぱらから俺に本気の蹴りを食らわせるのも、やめてほしいです……戦闘力ありすぎるから自重して」

 蹲るリュカの訴えを丸っと無視して、ヴァネッサはぎゅっとユウリをハグした。

「じゃあ、このゴミ王子はその辺に転がしてていいからね、今日も頑張って!」
「はい!」

 元気に答えて校舎へ向かうユウリを見送って、未だに座り込んでいる淡藤色を見下ろす。

 ヴァネッサは、今のリュカが許せなかった。
 見せつけるように、不特定多数と疑似恋愛を楽しむなんて、らしくないと思う。
 だから、例え彼が、彼女が仕えるべき王子であったとしても、蹴りもするし、罵りもする。

 ある意味、愛情の裏返しなのかもしれない、と彼女は自嘲気味に笑った。

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