小料理屋『ハレノヒ』の常連客始めます

花波真珠

Part1 オニオンスープ


目の前がふらつく。
街中で私はよろよろ歩いていた。
途中からは、どこを歩いているのか分からなかった。

ゲホッゲホッと痛いような咳が出る。
苦しくて、右手で胸のあたりをさすった。
目は閉じかけで、周りに人があまり歩いていなかったのが災難だ。

誰にも助けを求められずに、目を閉じた。





「ん…?ここは…」

目を開けると、真剣そうな顔で私を見る男の人が横に座っていた。
どうやら私はベッドに横になっているみたいだ。

「大丈夫か?もう平気なのか」
「あの、私…」

「うちの店の前で倒れてたから、休憩室に運んだ。強い咳をしていたから、喘息か何かかと思って寝かせたんだ」

男の人は首の後ろをぽりぽり掻いてから、「ちょっと待ってろ」と言って厨房の方へ行った。

普通の家にあるキッチンみたいで、店員さんはあの人しかいないようだ。

ベッドの上から辺りを見回すと、
『小料理屋  ハレノヒ』
という、今は使われていない看板があるのが見えた。


「ほら、これ飲んで安静にしてろ」

机にことっと音を立てて置かれたのは、いい匂いのするスープだ。

「玉ねぎの匂いがする…オニオンスープですか?」

「ああ、そうだ。あったまるぞ」


私はあいにく食欲がなかった。
一人暮らしを始めて、大学も忙しくなってきた今、自分の食事のことを全く考えなくなってしまったのだ。

だけどせっかく作ってもらったのでたべるしかないか、と決断した。

「い、いただきます…」

一口飲むと、しょっぱい塩の風味と玉ねぎの香ばしい香りや、優しい食感を感じた。
胸がじわじわと暖かくなっていく。冷え切っていた手も、いつしか暖かくなっていた。

口にに出た言葉はたった一つだった。

「美味しい…凄く、とっても」

男の人はふふっと微笑んで、にこっと笑った。

「そう。良かった」

すっかり体は落ち着いて、喘息も収まっていた。元々は幼い頃に喘息で、今は全然症状は出てなかったのに。
多分、ちゃんとご飯を食べないで不健康にしてたから、体が弱って持病が出てきたのかな。


気がついた頃にはスープを飲み干していた。
その様子を男の人はじっと見ている。

「あの、私白石美幸しらいしみゆきって言います。また、来てもいいですか…?」

「あぁもちろん。俺は店長のたまき創真そうま。覚えとけよ」

私は元気よく「はいっ!」と返事をして、帰る支度をした。
汚れていたカバンはピカピカに拭いてもらっていて、気分が上がった。

私は店を出て、ぺこっと小さくお辞儀をして、店の壁に立てかけてある小さい看板を見た。

「小料理屋『ハレノヒ』。」

そう声に出して、家の方に歩いて行った。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品