白色乞焦歌
写真館にて(1)
カシャッー
カシャッー
子気味良く響くシャッター音。
私はスタジオ内に設置されたベンチに腰掛け、既に撮り終わっている自分の写真を捲りながら、規則的に響き続ける機械音に黙って耳を傾けていた。
「紅香さーん、すこぉし首を傾げてみてくれる?
…そうそう!色っぽくて良いねぇ」
絶え間なくシャッターを押していた写真館の主人が手を止めた。
が、またすぐにシャッター音が響く。
ここ、杏村写真館の主人である杏村さんが、ポージングの指示に勤しみながらも誉め言葉は忘れない。
ポージングの指示をするだけでなく、被写体が気分よくリラックスして撮影に臨めるようにと褒めちぎる技量にはいつもながら感服する。
一見すると写真家としての手練手管かと思われるが、そのセリフはおべっかなどではないことを私は知っている。
ほんの少し小首を傾げるだけで、カメラマンである杏村さんはもちろん、照明スタッフ・メイクスタッフに至るまで、スタジオ中の視線を欲しいがままにしているその被写体に私も視線を向ける。
二重線のくっきりとした大きな瞳。
頬紅の必要がないのではないかと思う程の血色の良い頬。
口角の上がったふっくらとした唇。
妖艶や美麗というよりは、愛らしい・可憐な印象の女性。
目線をレンズに向けてにっこり微笑んだり、伏目がちにして憂いを帯びた表情を見せたり。
ポージングに合わせてくるくると表情を変える様は、見るものすべてを魅了する勢いで。
本来腰頃まではある、美しく艶やかな髪は烏の濡羽色。
髷を左右に大きく結上げ、扇状に広げられたその髪は蝶々を思わせる優雅さで。
椿をモチーフとした朱の花簪を主とし、左右には何本もの金の平打簪が添えられている。
中央のべっ甲の櫛には、螺鈿細工が施されており、一際目を引く。
仕掛けも髪に負けない絢爛豪華さ。
花簪と揃いの椿が大胆に描かれた仕掛けには、金糸による刺繍も惜しみなく施されている。
朱と金は姐さんの専売特許だ。
誰よりも目立つ朱で、誰よりも端麗に着飾る。
紅香姐さん。
新造である私の面倒をみてくれている傾城。
葭原特区で随一の大見世である白色楼の中でも、ほとんど毎月のようにお職を張る一番の売れっ妓だ。
傾城の姐さん達は揃ってみな美しいけれど、紅香姐さんの美しさは他の髄を許さない。
カシャッー
カシャッー
「はーい、紅香さんお疲れ様。
少し休憩入ってください」
暫くシャッターを切り続けていた杏村さんが、カメラの切り替えの為に一旦こちらへと寄り、機材へと手を掛けた。
私が腰かけているベンチの脇には沢山の機材が並べられている。
カメラの切り替え、とは言ったものの実際のところ、何をしているかは私には詳しく分からない。
何をしているんだろう…?
私がうんうん頭を捻っていると、その間にも姐さんはヘアメイクのチェックに入ったようだ。
ただただ、白粉をはたいているだけなのに色っぽく、艶かしい。
「いやぁ、変わらずの美しさだこと!
あ、もちろん桃香ちゃんも会う度に綺麗になってきたね」
「紅香姐さんの美しさは一番ですもの。
私にとって何より尊敬出来る存在ですから」
「ホントにねぇ、桃香ちゃんは良い姐さんを持ったよ。
でも桃香ちゃんも引っ込み禿で、その頃から紅香さん付きだったんだろう?
本来引っ込みなら姐さん付きになることはないのに、紅香さんなら納得だね。
紅香さんから教わるなら、そこいらの先生から教わるより良いはず。
将来は紅香さん並の傾城になれるよ」
杏村さんはカチャカチャと手際良くレンズやら何やらを変えながら声を掛けてくれる。
…そう、本来は引っ込み禿は姐さん方につくことはないらしい。
私はここに来た時から紅香姐さんについて、お世話させていただきながら、芸事を教わっている。
私は引っ込みとしての器じゃないからかしら…
なんて思ってもいたけれど、杏村さんからの今の言葉で勇気をもらった。
私もいつか姐さんみたいになれたらいいなと思う。
カシャッー
子気味良く響くシャッター音。
私はスタジオ内に設置されたベンチに腰掛け、既に撮り終わっている自分の写真を捲りながら、規則的に響き続ける機械音に黙って耳を傾けていた。
「紅香さーん、すこぉし首を傾げてみてくれる?
…そうそう!色っぽくて良いねぇ」
絶え間なくシャッターを押していた写真館の主人が手を止めた。
が、またすぐにシャッター音が響く。
ここ、杏村写真館の主人である杏村さんが、ポージングの指示に勤しみながらも誉め言葉は忘れない。
ポージングの指示をするだけでなく、被写体が気分よくリラックスして撮影に臨めるようにと褒めちぎる技量にはいつもながら感服する。
一見すると写真家としての手練手管かと思われるが、そのセリフはおべっかなどではないことを私は知っている。
ほんの少し小首を傾げるだけで、カメラマンである杏村さんはもちろん、照明スタッフ・メイクスタッフに至るまで、スタジオ中の視線を欲しいがままにしているその被写体に私も視線を向ける。
二重線のくっきりとした大きな瞳。
頬紅の必要がないのではないかと思う程の血色の良い頬。
口角の上がったふっくらとした唇。
妖艶や美麗というよりは、愛らしい・可憐な印象の女性。
目線をレンズに向けてにっこり微笑んだり、伏目がちにして憂いを帯びた表情を見せたり。
ポージングに合わせてくるくると表情を変える様は、見るものすべてを魅了する勢いで。
本来腰頃まではある、美しく艶やかな髪は烏の濡羽色。
髷を左右に大きく結上げ、扇状に広げられたその髪は蝶々を思わせる優雅さで。
椿をモチーフとした朱の花簪を主とし、左右には何本もの金の平打簪が添えられている。
中央のべっ甲の櫛には、螺鈿細工が施されており、一際目を引く。
仕掛けも髪に負けない絢爛豪華さ。
花簪と揃いの椿が大胆に描かれた仕掛けには、金糸による刺繍も惜しみなく施されている。
朱と金は姐さんの専売特許だ。
誰よりも目立つ朱で、誰よりも端麗に着飾る。
紅香姐さん。
新造である私の面倒をみてくれている傾城。
葭原特区で随一の大見世である白色楼の中でも、ほとんど毎月のようにお職を張る一番の売れっ妓だ。
傾城の姐さん達は揃ってみな美しいけれど、紅香姐さんの美しさは他の髄を許さない。
カシャッー
カシャッー
「はーい、紅香さんお疲れ様。
少し休憩入ってください」
暫くシャッターを切り続けていた杏村さんが、カメラの切り替えの為に一旦こちらへと寄り、機材へと手を掛けた。
私が腰かけているベンチの脇には沢山の機材が並べられている。
カメラの切り替え、とは言ったものの実際のところ、何をしているかは私には詳しく分からない。
何をしているんだろう…?
私がうんうん頭を捻っていると、その間にも姐さんはヘアメイクのチェックに入ったようだ。
ただただ、白粉をはたいているだけなのに色っぽく、艶かしい。
「いやぁ、変わらずの美しさだこと!
あ、もちろん桃香ちゃんも会う度に綺麗になってきたね」
「紅香姐さんの美しさは一番ですもの。
私にとって何より尊敬出来る存在ですから」
「ホントにねぇ、桃香ちゃんは良い姐さんを持ったよ。
でも桃香ちゃんも引っ込み禿で、その頃から紅香さん付きだったんだろう?
本来引っ込みなら姐さん付きになることはないのに、紅香さんなら納得だね。
紅香さんから教わるなら、そこいらの先生から教わるより良いはず。
将来は紅香さん並の傾城になれるよ」
杏村さんはカチャカチャと手際良くレンズやら何やらを変えながら声を掛けてくれる。
…そう、本来は引っ込み禿は姐さん方につくことはないらしい。
私はここに来た時から紅香姐さんについて、お世話させていただきながら、芸事を教わっている。
私は引っ込みとしての器じゃないからかしら…
なんて思ってもいたけれど、杏村さんからの今の言葉で勇気をもらった。
私もいつか姐さんみたいになれたらいいなと思う。
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