白色乞焦歌
朝、本部屋にて
「…姐…ん。紅…姐さん。紅香姐さん!」
「…桃香」
「姐さん、大丈夫ですか?
随分とうなされていたようですけれど…」
心配そうに私の顔を覗き込むのは、私付きの新造の桃香。
中々起きなかったであろう私を見て、彼女は今にも泣きだしそう。
「大丈夫よぉ。ちょっと夢見が悪かっただけ。
さぁ、支度をしなくちゃ」
ゆっくりと褥から身を起こす。
乱れた髪を手櫛で直して、桃香にニッコリと笑いかけた。
今日は杏村さんの所で撮影があるから、早く支度をしないといけない。
「いよいよ、今日なんですよね…。
私なんか緊張しちゃって上手く寝れなくて…」
「大丈夫よ、貴女は可愛らしいんだから。
自信をもって臨みなさい」
先日新造になったばかりの桃香はここ1ヶ月くらいずっと今日の心配をしていた。
あたふたと所在なさそうにしている姿も愛らしい。
顔を洗い、簡単に身を清めて本部屋に戻ると、まだ桃香がうんうん唸っていた。
「ほらほら、支度するわよ。
髪を梳いてくれる?」
「はい、姐さん。
そのまま結ってしまって大丈夫でしょうか?」
「えぇ、お願いするわ」
優しく、丁寧に丁寧に髪をとかしてくれる。
桃香の小さくて細くて温かい手が好き。
人肌というのはどうしてこんなに安心するのかしら…。
「今日も姐さんは予約のお客様だけで良いそうです」
「分かったわ。いつもありがとう」
「いえ、当然のことですから。
…撮影から夜見世まで他にご用はありません。
今日はゆっくり出来ますね」
髪を結わえる手は止めることなく、スケジュールを伝えてくれる桃香。
当然、なんて言いながら、声に笑みを含んでいることがよく分かる。
「姐さん、結い終わりました。
あちらでセットなさるでしょうから、簡単にですが」
「えぇ、この方が楽でいいわぁ。
着物も簡単な訪問着にしちゃうから、他のお仕事をしてくれる?」
「分かりました。ご支度が出来次第、またお声掛けください。
今日も寒いですから、温かい恰好をなさってくださいね」
ぺこりと頭を下げて、本部屋から桃香が去る。
桃香が去ったのを見届けてから、からくり箪笥を開く。
金子や貴重品をしまう為の小さな箪笥。
寄木細工の特注品で、一段一段決まった手順を踏まないと開かない仕組み。
一番底にしまってある、一枚の写真。
その写真が私にとっての全て。
「虹香姐さん、もうすぐです。
もうすぐ…」
桃香が開けて行ってくれたのだろう。
障子窓から外を見れば気持ちの良い冬晴れ。
「あっ…」
ふと庭に目をやると、椿が一輪ポトリと落ちた。
白い雪の上にポツリと赤。
…今日の仕掛けを変えよう。
桃香が綺麗に畳んで用意してくれていった、黒地に赤のダリアの仕掛けを見遣って思った。
お客様に贈っていただいたばかりの、豪奢な仕掛け。
折角の上等な品で申し訳ないのだけれど、もっともっと真っ赤に染まるように。
更に外に目をやれば、業者でにわかに活気づき始めた特区の街並み。
キャバクラ店や風俗店が規制された今、この特区だけにしかない色がある。
私は、たった一つの願いを叶えるために今日もここにいる。
「…桃香」
「姐さん、大丈夫ですか?
随分とうなされていたようですけれど…」
心配そうに私の顔を覗き込むのは、私付きの新造の桃香。
中々起きなかったであろう私を見て、彼女は今にも泣きだしそう。
「大丈夫よぉ。ちょっと夢見が悪かっただけ。
さぁ、支度をしなくちゃ」
ゆっくりと褥から身を起こす。
乱れた髪を手櫛で直して、桃香にニッコリと笑いかけた。
今日は杏村さんの所で撮影があるから、早く支度をしないといけない。
「いよいよ、今日なんですよね…。
私なんか緊張しちゃって上手く寝れなくて…」
「大丈夫よ、貴女は可愛らしいんだから。
自信をもって臨みなさい」
先日新造になったばかりの桃香はここ1ヶ月くらいずっと今日の心配をしていた。
あたふたと所在なさそうにしている姿も愛らしい。
顔を洗い、簡単に身を清めて本部屋に戻ると、まだ桃香がうんうん唸っていた。
「ほらほら、支度するわよ。
髪を梳いてくれる?」
「はい、姐さん。
そのまま結ってしまって大丈夫でしょうか?」
「えぇ、お願いするわ」
優しく、丁寧に丁寧に髪をとかしてくれる。
桃香の小さくて細くて温かい手が好き。
人肌というのはどうしてこんなに安心するのかしら…。
「今日も姐さんは予約のお客様だけで良いそうです」
「分かったわ。いつもありがとう」
「いえ、当然のことですから。
…撮影から夜見世まで他にご用はありません。
今日はゆっくり出来ますね」
髪を結わえる手は止めることなく、スケジュールを伝えてくれる桃香。
当然、なんて言いながら、声に笑みを含んでいることがよく分かる。
「姐さん、結い終わりました。
あちらでセットなさるでしょうから、簡単にですが」
「えぇ、この方が楽でいいわぁ。
着物も簡単な訪問着にしちゃうから、他のお仕事をしてくれる?」
「分かりました。ご支度が出来次第、またお声掛けください。
今日も寒いですから、温かい恰好をなさってくださいね」
ぺこりと頭を下げて、本部屋から桃香が去る。
桃香が去ったのを見届けてから、からくり箪笥を開く。
金子や貴重品をしまう為の小さな箪笥。
寄木細工の特注品で、一段一段決まった手順を踏まないと開かない仕組み。
一番底にしまってある、一枚の写真。
その写真が私にとっての全て。
「虹香姐さん、もうすぐです。
もうすぐ…」
桃香が開けて行ってくれたのだろう。
障子窓から外を見れば気持ちの良い冬晴れ。
「あっ…」
ふと庭に目をやると、椿が一輪ポトリと落ちた。
白い雪の上にポツリと赤。
…今日の仕掛けを変えよう。
桃香が綺麗に畳んで用意してくれていった、黒地に赤のダリアの仕掛けを見遣って思った。
お客様に贈っていただいたばかりの、豪奢な仕掛け。
折角の上等な品で申し訳ないのだけれど、もっともっと真っ赤に染まるように。
更に外に目をやれば、業者でにわかに活気づき始めた特区の街並み。
キャバクラ店や風俗店が規制された今、この特区だけにしかない色がある。
私は、たった一つの願いを叶えるために今日もここにいる。
「文学」の人気作品
-
-
1,128
-
193
-
-
145
-
266
-
-
115
-
59
-
-
37
-
42
-
-
20
-
2
-
-
19
-
39
-
-
17
-
24
-
-
17
-
13
-
-
14
-
43
コメント