異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

12話目 中編 混乱

 町の入り口に到着した。
 やはり町が混乱状態のおかげで門番の兵が一人もおらず、そのまま町の中へと入れそうだった。

「それではお父様、あとはよろしくお願いしますわ」
「アリア……本当に行くのか?」

 この混乱であっしらが降りる中、アリア嬢の両親が危険地帯へ行こうとする娘を心配する。
 それは彼女の妹方も同じようで、心配した表情をしていた。

「えぇ、行きますわ。あの人のためですもの」

 アリア嬢自身もどれだけ危険かもわからない町の中へ行くからか、哀愁ある悲しげな表情をして笑ってそう言う。

「そうか……ならばこれ以上言うことはない。いや……あと一つだけ。『生きて帰ってきてくれ』」
「無事に戻ってくることを願っておりますわ!」
「もちろん!愛する人と心中という響きは素敵ですが、それほど自暴自棄にはなっていないつもりですもの」

 そう言って早足に町の中へと入るアリア嬢。あっしとメリーさんも会釈程度に頭を下げて彼女の後に続く。

――――

 町の中は予想していた通り地獄だった。
 城から伸びている黒いモノが町の至るところまで暴れており、人々を襲っているように見えた。
 よく見ると黒いものには人の目や口のようなものが付いていて、何かを喋っていた。

【逃げろ逃げろ!アハハハハハハッ!】
【弱虫がこんなところに隠れていやがったぞ!】
【人間じゃない奴に服なんて要らないだろ?脱がちしまえ!】
【キャハハハッ、キモー!】
【ドーンッ!猿が一丁前になんか作ってんじゃねえよ!】

 ほとんどが罵声、そして暴力や理不尽な行動を表している言葉ばかり。
 だけどそれは襲っている人たちに言ってるというよりも、まるで特定の誰か個人に向けて放たれているようだった。
 何より、その中のどれもが自分が経験したり言われたことのあるものだった。
 もしこれがあっしに向けたものじゃないとすればこれはやっぱり……

「なんですの、この人の言葉を話す気色の悪い生物は……ただの魔物にしては人の心を折るような胸糞悪い言葉ばかり」
「恐らくこれらは旦那が言われたことのある言葉じゃないかと思いやす」
「なんですって?なんでそんなことが……そもそもアレがヤタさんだと、何か根拠があるのですか?」

 言おうか言わまいか迷った。
 旦那との繋がりを口で言って信じてもらえるか。
 だけどアリア嬢はすでに旦那の特別な姿を見ており、それでも好きだと言っている。なら全部話してもいい……ですかね?
 あっしは旦那との繋がりを話した。旦那の血液による契約、裏切れば死ぬこと、互いに頭の中で連絡が取れることを。
 最後のこと以外は今初めて話した。

「なるほど、そんなこと……がっ!」

 アリア嬢はあっしの話に相槌を打ちながら瓦礫が崩れ落ちる下にいた怪我をした人を素早い動きで助けていた。流石でやすね……
 あっしもあっしのできることをしようと周囲を見渡す。
 すると遠目にその場に座っている女性がいたのが見えた。足を庇っているところから足を挫いてしまったのですかね?

「大丈夫でやすか?」
「ひっ!? あっ……」

 女性はあっしの顔を見ると一瞬怯えるが、ただの人間だと理解するとその顔は落ち着いたものに戻った。

「申し訳……ございません……」
「いえ、いいんです。気味悪がられる顔をしているのは自覚してるんで。それよりも避難しないと危ないですよ?」
「足を……挫いてしまって……」

 申し訳なさそうにそう言って左の足首を撫でる。
 その足はかなり赤く腫れていて見てるだけでも痛々しい……
 これではまともに歩くことすら難しいだろう。
 しかし……この女性、かなりのべっぴんさんでやす。
 ウェーブのかかった長い黒髪に髪の間から覗く目は宝石のような黄色い瞳が見え隠れしていた。
 あっしから見れば大体の人はイケメン美女になりやすが、この人は場合は特に整っていて見惚れてしまうほどでさぁ。
 絶世の美女というのはまさにこの人のことを言うんでしょうね。

「ではせめて外までは運びやすか?あっしみたいな醜男に触られるのは気持ち悪いと思いやすが……なんなら女性の仲間もいるので、そちらを呼びますよ」
「……いえ、そこまでしてもらう必要はありません。一人でも歩け――痛っ!?」

 女性は無理をして立ち上がろうとしたが、痛みでよろけてしまう。

「おっと。無理はいけやせんぜ?ここは命を大事にしなきゃ……失礼」
「きゃっ!」

 あっしは女性を半ば強引に背負って走り出す。
 一応これでも雑用を多くこなしてきただけあって、人一人を背負うくらいなんてことない。
 この方には少々申し訳ないですが、アリア嬢と合流するまでしばらく辛抱してもらいましょう。

「…………」

 意外にも女性はあっしに担がれているにも関わらずずいぶん静かなものだった。あまりの気持ち悪さに声も出せないんですかね?
 見失いかけたアリア嬢を探しているとすぐに見つかった。

「アリアお嬢!」
「あら、ガカンさん。その女性は?」
「へい、足を挫いてしまって動けずにいたようで……この人を任せてもいいでやすか?」
「もちろん。こんな状況ではヤタさんのところに赴くよりも人命救助を優先した方が良いでしょう。あの人ももしこの場にいればそれを望んで行動したはずですから」

 そう言いながら大きな瓦礫を退かし、下の男性を助けるアリア嬢。
 ……いくら高位の冒険者をしていたからって言っても、下手な男よりも逞し過ぎませんかね?

「……そうですね、今は逃げ遅れた人を助けることに専念いたしやしょう。あっしは向こうを見に行ってきやす!」

 女性をその場に下ろし、走り去る。
 これであの女性もホッとするでしょう。
 ……ただ少しいやらしい話をするなら、あんなべっぴんさんに少しでも触れられたのはラッキーでした。
 もしかしたら一生分の運を使ってしまったかもしれませんね。へへへ……

☆★☆★

 ガカンが去り、その場にはアリアと黒髪の少女だけとなった。
 周囲に優先して救助する人がいなくなったのを確認したアリアは黒髪の少女の元へと駆け寄る。

「では参りましょう。ここもいつまた襲われるかわかりませんから」
「……はい」

 しかし黒髪の少女はアリアの呼びかけに空返事で答え、頬を赤く染めてガカンが去った方角をただ見つめていた。

「……どうしました?ガカンが何か気に障ることを?」
「ガカン……ガカン様と仰るのですね?どうしましょう――」

 黒髪の少女は赤らめた頬に手を当て、恍惚な表情を浮かべる。

「私、あの方に恋をしてしまったかもしれません」

 黒髪の少女から放たれた言葉を聞いたアリアは、彼女の人生で一度もしたことのないほどの、お嬢様として、少女としてしてはいけない驚愕した顔になってしまっていた。

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