異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

10話目 後編 喰らい破壊する

☆★☆★

「……あ」

 凄まじい倦怠感の中、声を漏らして目が覚めた。
 だからといって横になっていたわけじゃない。膝を突き体を垂直に立てて空を見上げていた。
 晴天と言える綺麗な青空が視界に入る。
 なんで……俺はこんなことをしていたんだっけな……
 倦怠感と爽快さが混じり、このまま考えることを放棄してもう一度目を閉じて眠ってしまいたくなりそうになる。
 だが、直前の記憶を思い出して意識が覚醒する。

 ――愛してるよ、ヤタ――

「ラ……ラ……」

 ララが消えそうになっていた時に放った言葉が俺を現実へ引き戻した。
 頭がはっきりしてきたところで周囲に目を向けると……

「何もない……?いや……」

 周りは更地と言うような、城や家みたいな建物どころか草木の一本も生えていない状態だった。
 ただ代わりに謎の物体が遠目にあった。
 それは何とも形容し難く、黒く太く長い管のようなものがジェットコースターのレーンみたいに左右上下に宙を走っていた。

「……何これ?」
【宿主の体内にあった不要物です】
「ぬおっ!」

 不意打ちのようにアナさんの声が頭の中で響き、つい驚いてしまった。

【おはようございます、八咫 来瀬】
「あ、はい。おはようございます……って、これってどういう状況――」
「おはようございます」
「ぶっふぉ!?」

 アナさんとは別の男の声が聞こえてきて、思わず心臓が口から飛び出てきそうだった。
 振り向くと知らない二人が立っていた。
 一人は魔術師っぽくフードの付いた外套で体を覆っている骸骨。
 もう一人は狐の尻尾が九本生えた女性。
 ……あれ、そういえば女の人の方はどっかで見たことがある気がする。どこだったか……あっ。

「ダンジョンの主……?」
「半分正解じゃな。マカじゃよ、主様」

 そう言ってからかうような笑みを浮かべるマカと名乗る女性。コイツがマカ?また成長してる……
 まだ混乱気味のまま外套を着た骸骨を見る。

「覚えているでしょうか、リンネスです」
「リンネス……さん?」
「敬称は不要でございます。私はあなたの眷属ですので……」

 謙虚な物言いをしながら目玉の無い目に赤く光が宿る。怖い怖い怖い。

「いや、眷属って……俺そんなの作った覚えないんだけど?」
「いいえ、たしかに私が人間だった頃に直接噛み付かれ、眷属にしていただきました。ここにはいない少女を二人をレチアという亜種が連れ去った時のことです」

 ここにはいない少女……っていうと、ちょうどララとイクナとレチアが人数的にも当てはまる。
 ソイツらが誘拐された時……?
 ……あっ。
 思い出した。レチアが奴隷になる原因となった賊に利用され、ララとイクナが捕まった時のことを。
 そしてたしかにいた、逃げ出そうという時に邪魔してきたリンネスという男が。そういえばその時にアナさんが眷属にするかどうかみたいなことを言っていた。
 すっかり様変わりしてしまっており、面影もクソもない骨のみの姿になってしまっている。
 しかし敵対したあの時よりも威圧感を感じる。

「ああ、今思い出した。暴れだしたお前のボスを倒した時に混ざって死んだんだと思ってたんだがな。だけどなんで……色々とそんなことに?」

 まず人体の白骨化。時間が経ってるとはいえ、そんなにも綺麗になるものなのか?
 それと敬語。いくら上下関係になったとしても殺された恨みはないのか?
 まぁ、色々な意味を含めて聞いてみる。

「眷属となってからしばらくの記憶がないのですが、気が付けば森に一人で立っていました。しかしそこからも意識だけ残し、本能のみで動いていたようです」
「……その時ってゾンビ状態だったよな?その本能って……」
「仲間を……いえ、眷属を増やすことです。正確には私と同じようにウイルスを流し込み、ヤタ様の忠実なる下僕をできるだけ多く作り出すことでした。そして人々を襲っているうちにこのような姿に……どうやら魔物特有の進化をしたようです」

 ……ん?それってつまり……

「無差別殺人?」
「無差別ではありません。人間であればちゃんと罪人を、動物も無闇に殺さず魔物のみを選別しましたので」

 ああ、よかった!俺の知らないところで俺が原因の大量殺人してるかと思った!
 ……いや待て、そういえばここはどこだ?

「なぁ、ここはどこなんだ?俺はたしか城の中にいたはずなんだけど……」
「ここがそうでございます」
「……え?」

 リンネスの返答が予想外で聞き返した。

「ここが、この何も無い場所が#数日前まで愚かな人間の城が建てられていた場所__・__#となります」
「は……どういうことだ?なんでこんな殺風景になってんだよ」
「本当に何も覚えておらんのじゃな」

 退屈そうにしていたマカがそんなことを言う。

「覚えてって……?」
「この現状……いや、惨状と言うべきか。この全てはお前さんがやったことなんじゃぞ?」
「俺……?」

 そんなバカな。何をどうしたらこんなことができる?
 城どころか町が丸々一つ消えるようなこと、俺ができるわけ――

【可能です】

 頭の中でアナさんがあっさり肯定してきた。
 可能って……

【大量の血肉を糧にウイルスによる『アバター』の能力を発動。アバターは捕食すればするほど膨張し、周囲の全てを飲み込もうとします。その結果がこの殺風景と宙に浮くアバターの外皮です】
「これが……全部俺のやったこと……」

 受け入れ難い光景とその現実。
 たしかに俺は人間を憎んだ。特に俺たちを呼び出し、ララを殺した奴らを滅茶苦茶にしてやりたいと願った。
 しかし俺がやったのは罪もない人までも手にかけてしまったかもしれないということ。
 それが夢だったらいいのにと、嘘だったら楽なのにと。現実逃避したくなるほどのほんの少しの罪悪感を感じていた。
 ……ララが死んだことだって受け入れたくないのに、俺が無差別大量殺人をしただとか悪い冗談にもほどがある。

「でも……冗談じゃないんだよな……」
「ま、お前様が良い人なのはわかってるが……さっさと割り切った方が楽になるぞ」
「貴様……主に向かってなんて言い草を!」

 横でリンネスとマカが言い争ってるのを他所に、マカの言葉が頭の中に残る。
 ああ、なんだかんだ言いつつもやっぱり俺は人間に未練があるんだなと。
 だけど彼女の言葉でその僅かな罪悪感や未練も消えてしまっていた。
 ……そういやララが死んだってのに、今は思ったよりもそんなに悲しくないのはなんでだ?
 アナさんの感情制御が働いてるのか……

「それでお前さん、これからどうするんじゃ?」

 考え事をしているとマカがそんなことを聞いてきた。

「これから?」
「そうじゃ。もう数日も固まったままだったから、そろそろ他の人間が来る頃じゃないか?」
「……そういえばさっきも言ってたな。どれくらい経ったんだ?」
「七日くらいかの」

 俺の問いにマカがそう答える。
 一週間?そんなに……

「最初なんて触っただけで崩れてしまいそうなほど脆く見えたくらい酷かったぞ?今では元通りじゃがな」
「誠に。心の臓はとっくに止まっておられますが、温もりを感じられたので回復するのをお待ちしておりました」

 他人事に言うマカとは逆にリンネスは#真摯__しんし__#な態度でそう言ってくれる。
 人間だった頃のクズっぷりなど見る影もない。
 だけどすでにそれだけの時間が経っているのが本当なら誰かが来る前にさっさとここから離れた方がいいだろう。
 ただの野次馬ならまだいいが、厄介な連中が現れたら面倒この上ない。

「ともかく今はこの場を離れよう。ガカンたちとも合流しなきゃならんしな」
「……いえ、もう手遅れのようです」

 改めて立ち上がっていると、リンネスがそう言う。
 すると周囲にはいつの間にか多くの人が包囲していた。

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