異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

7話目 後半 ダンジョン

「えっと……終わったかにゃ?」
【形態変化による捕食を終了します。捕食によって得た経験値によってウイルスのレベルが8上がりました。ボーナスポイントがステータスへ自動的に反映されます。今後、任意で細かい形態変化をすることができるようになりました】

 レチアの言葉に続いてアナさんのお知らせが頭の中に響き、道を埋め尽くしていた腕が一気に縮小して元の腕の形へとなった。

「なんかもう……何でもアリだにゃあ……」

 レチアの呟きにララとガカンが頷く。うん、俺もそう思う。
 ふと顔を上げると中途半端に食い荒らされた魔物の残骸がいくつも転がっていた。
 ぐ、グロい……
 いつも中途半端に食い残しがあったりするけど、今回のは本当に殺すために一部だけ食ったって感じだな。
 ちょっと気が引けるが……その分「素材」となる剥ぎ取れる部分が残ってるだろう。

「ガカン、悪いけど行けるか?」
「へい、もちろんでさぁ!」

 ガカンに頼むと躊躇無く魔物の残骸へと向かって行った。
 あいつを仲間にして数日、その間も倒した魔物の剥ぎ取りなどを任せたり雑用をさせている。
 一応元々ガカン自身が進んで申し出ていたのだが、それ以上に彼の「知識」が豊富だったというのが理由の大きなところである。
 本来、魔物の一部を剥ぎ取るにも知識が必要になってくるのだ。
 魔物の部位によっては売れない部分もあるし、綺麗に剥ぎ取れることで売れる値段も変わってくる。
 それをガカンは長年の雑用経験で身に付けているというのだ。
 今までの魔物はレチアの知識でもどうにかなったが、もっと上のレベルの魔物となると彼女もお手上げらしい。
 ……実際、今も彼女が俺の横で拳銃を頭に突き付けられている人みたいに両手を上げて口を尖らせている。
 俺たちのパーティ内で魔物のことに詳しいのが自分が一番だと思ってたとこにさらに上の知識を持った奴がメンバーになって面白くないなんて子供っぽい考えをしてるんだろう。

「仲間にしてよかっただろ?」
「どーだかにゃ。今はいいかもしれにゃいけど、もっと上のレベルになればあいつも困り始めるはずにゃ!」

 そっぽを向いてそう言うレチア。ついに相手の足元をすくうことを考え始めやがった。
 仮にガカンの知識が追い付かなくなったとしても、それでレチアがガカンと差がなくなるわけじゃないんだけどな……
 そんなことを考えていると、イクナがガカンの元へと駆け出して行ってしまった。

「へ……?どうしたんですかい、お嬢ちゃん?」

 横に来たイクナに戸惑うガカン。
 イクナはキラキラした目でガカンを見つめていた。
 ガカンの作業が珍しい……ってわけじゃないよな。最初からあまり興味無さそうだったし。
 ……あっ、もしかして?

「ガカン、もし素材にならないような魔物の肉の部分があったらイクナにやってくれるか?」
「魔物の肉をですか?別にいいですが……何に使うんで?」

 イクナが魔物の肉を食うことを知らないガカンは首を傾げる。
 そして差し出した魔物の肉を目の前で食べ始めたイクナを見て、ガカンの歪な顔がさらに崩壊していた。

「ま、待ってくだせぇ!そんなもん食ったら腹壊しちまう!」

 ハッと正気に戻り、心配したガカンが「ぺっですよ、ぺっ!」と吐き出すよう促していた。

「大丈夫、俺だけじゃなくイクナの体も特別製なんだ。だから問題ない」

 そう言ってガカンを落ち着かせる。
 ちなみにだが、ガカンにはイクナのフードの下を見せていない。
 多分あいつは亜種っぽい見た目のことなどは気にしないだろうけど、仲間にしたとはいえ元はチンピラの仲間だった奴だ。まだ信用するには早過ぎる。

「そ、そうですか?たしかに美味そうに食ってますが……せめて火を通した方がいいんじゃないですかね?」
「あー……まぁ、今までも生で食って何とも無かったんだし、いいんじゃないか?」

 ただしこのままだと口が臭くなるのでしっかりと念入りに歯を磨かせるけどな。

「……そろそろ帰るか。これだけ素材があれば今日は依頼をしなくても稼げただろ」
「へい!ここら辺の地域には生息しない魔物の素材は高値で売れますからね、これだけあれば一週間何もしなくても過ごせるくらいにはなりますよ!」

 そう言うガカンの横には綺麗に揃えられた魔物の素材があった。
 マジか、ダンジョンって本当にウマウマじゃねえか。
 残りの借金も、チェスターの依頼料金を待たずに返済できるんじゃねえか?
 そんな感じにウキウキしてると、ふとガカンの物思いに耽っているような顔が目に入った。

「どうしたんだ?」
「あ……いえね、旦那たちと行動し始めて数日経ったんですけど、ここまで優遇されたのは初めてだったんでちょっと感動してるんです……」

 彼の言葉を聞いて、俺は眉をひそめる。
 「優遇」なんて言われても、俺はガカンを特別扱いなんてしていない。むしろ雑用を多くやらせている上に依頼などの報酬の一割程度の金額しか渡していない。
 そういう面で言えば不遇とも思えるのだが……

「そんなに嬉しいもんか?」
「えぇ、そりゃあもう!」

 ガカンは声を張り上げて答える。

「……あっしはどこに行ってもどんなに頑張っても蔑まれて一日一食分を稼ぐのがやっと……ですが旦那のところに来てからは毎日三食の食事を奢ってもらってますし、報酬も別でちゃんと支払ってくれる……本当にもう、旦那のことは救いの神と思ってるくらいですから!」

 そう言って「へへへ」と笑うガカンに、俺はどうリアクションしていいのか迷った。
 神様とはまた大きく評価されたものだ。こんな目の腐った神なんぞ、誰にも信仰されずにすぐ廃れそう。

「まぁな。俺は飯を食わねえし、その分をお前に回してるだけだから気にすんな」

 そう言って俺は立ち上がる。
 するとその時――

「グオォォォォォッ!!」

 イクナの近くで巨大な魔物が咆哮と共に立ち上がった。
 まだ息をしてたのか!?マズい、イクナが――

「ガアァァァァッ!」

 イクナのことを心配して駆け寄ろうとしたと同時に、彼女からも獣のような咆哮が放たれた。
 そして瞬きした一瞬でイクナは巨体の魔物を殴り、地面に叩き付けていた。
 ……何が起きたんだ?
 その時に生まれた風圧でふわりとイクナの外套がいとうのフードが取れ、素顔が露わになる。

「青い……肌……?」

 それを見たガカンが唖然とした顔をしてポツリと呟く。
 しかし彼女の顔を見て驚いたのはガカンだけじゃない。
 俺やララ、レチアも驚いていた。
 イクナの目は片方だけ人間のままだったはず……なのに今は両目とも黒目となり、黄色い獣の瞳に変化している。

「イクナ……?」

 彼女の名前を呼んでみるも反応はなく、狂ったように魔物の頭部を殴り続けた。

「おい、イクナ?一体どうしたっていうん――」

 イクナの肩に手を置いてもう一度呼びかけてみる。
 すると彼女が振り向くと同時に横からの衝撃とボキッと何かが折れる音がして、俺の視界が傾く。
 その一瞬がスローモーションに見えて、気付いた時には壁に叩き付けられていた。

「ヤタ!?」
「旦那!」

 みんなが俺の名前を呼ぶ中、痛みがないおかげですぐに立ち上がれたが、状況の把握ができずにいた。
 いや、状況が把握できないんじゃない、理解したくなかったんだ。
 俺が吹き飛ばされる直前に見たものは、イクナが拳の裏……一般的に裏拳と呼ばれる空手の技に近いもので殴ってきていたということ。
 立ち上がろうとしている俺のところに、イクナ以外が駆け寄ってきた。

「大丈夫かにゃ!?」
「ゲホッゲホッ……ああ、大丈夫。ケムいだけ……」
「よかった……旦那って本当に頑丈ですね?」
「生きてる?」

 みんなが心配してくれる中、もうすでに死人のような俺に対するララの言葉が辛辣に聞こえてくるのは気のせいだよね?

「生きてる生きてる。生きてるか生きてないかでいうと微妙なところだし目は死んでるけど、俺的には生きてるから」
「結構元気そうで安心したにゃ。でもイクナは一体どうしちゃったんだにゃ?」

 ホッと息を吐くレチアが眉を潜めてイクナを見る。
 そういえば、ガカンだけじゃなくレチアにも詳しいことは話してなかったな。

「俺とララがある施設で元々戦闘用の兵士にするために実験体にさせられていたイクナを見つけたんだよ。だからあの状態になったのはその影響かもって思ってんだけど……」

 恐れていた事態が起きた、と考えるのが自然だろう。
 少し前にレチアから俺やイクナの様子がおかしかったと聞かされた時から予想はしていた。

【仮個体名「イクナ」の体内にて複数のウイルスが活性化状態にあり、戦闘能力が飛躍的に上がっています】

 ウイルス……俺の体内にあるものと同じやつか?

【否定します。詳細は不明瞭ですが、双方が持つウイルスの種類は別のものとなります。これ以上の情報は相手の体液を摂取して獲得することができます】

 た、体液……?
 アナさんの言い方に思わず戸惑いそうになる。
 多分、血液のことを示してるんだろうけど、体液って言われるとつい卑猥な想像をしてしまう自分がいる……

【体液とは血液の他に汗、涙、唾液や排出物から摂取が――】
「やめなさい」
「突然なんにゃ?」
「……いや、なんでもない」

 アナさんの躊躇のない言葉に思わず口に出してツッコミを入れてしまった。
 しかしいくら俺の頭の中だけとはいえ、変なことを言わないでほしい。いや、俺が単に恥ずかしがってるだけなんだけど……
 それじゃあ、イクナを元に戻す方法は?

【現段階では不明。ですが八咫 来瀬が所有するウイルスの注入を推奨します】

 注入?それって……前にアリアたちにやった要領でイクナに噛み付けってことか?

【肯定します】

 ……血を飲ませるとかじゃダメか?

【仮個体名「イクナ」の情報も獲得するため、彼女の血も必要としていますので吸血が望ましいです】

 つまり……俺のウイルスをイクナの中に流し込みつつ、イクナの血を採取しろってことか。
 ……緊急事態だから仕方ないとはいえ、こいつらの前でやったらこの先白い目で見られることになりそうだな。
 そんなことを思いながらイクナに向けて歩み出す。

「どうする気にゃ?」
「どうにかするさ。言っとくけど近付くなよ?さっきのは俺だったから大丈夫だったけど、普通なら死んでる威力だからな」

 俺だったら大丈夫と遠回しに伝え、イクナに近付く。
 獣のような荒々しい呼吸をして興奮状態の彼女は俺を睨み付けてくる。完全に俺という存在を敵として認識しているな。
 まぁだけど、イクナの首元……いや、体内にウイルスを送り込むなら腕や体のどこかに噛み付けばいいだけの話。すぐに済むはずだ――
 「相手は子供だから大丈夫」なんて見通しの甘い考えをしていた。
 だけどイクナが見せた身体能力は俺の想像を超えており、瞬きをした隙に視界から消えて俺の体が宙に舞ってしまっていた。

「ぐっ……クソッ!」

 俺が宙を舞ってる間にも絶え間無く攻撃を仕掛けてくるイクナ。反撃する形で掴もうとするが、俺がそうしようとすでにそこにはいないという状態。
 早過ぎる……けど!

「こっちも無茶すれば捉えられないほどじゃない……!」

 イクナが殺す気で仕掛けてきた攻撃にわざと当たりに行き、胸を貫かれた。

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