異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

6話目 後半 関係の修復

「目を開けてください」

 キーラの一言でララが目を開ける。
 すると目の前には自分の姿を映している鏡があり、そこにはつい先程までとは別人のように綺麗になったララがいた。
 お風呂で身綺麗にさせた後、美容マッサージなどを受けてから薄く化粧。
 掛かった時間は一時間弱。
 あまりの姿の変わりようにララは自分の顔をペタペタと触り、それが自分の姿なのだと認識するまでに時間が掛かってしまっていた。

「……まぁ、及第点といったところでしょうか。ララさんの髪が思いの外手強く、手に負えなかったのが心残りですが……それを自然に見せるくらいには誤魔化せるでしょう。それに服装も」

 キーラに言われて今着ている服にも気付いたララ。
 上はへそが見えるくらいに裾が短く、下は男性が履くようなズボン。
 その場にヤタがいれば、元の世界を連想させるファッションだった。

「公の場でしょうからあまり力を入れ過ぎない程度のものにしておきました。若干肌の露出が少々高めですが……あとこれも」

 キーラがララの片耳に何かを取り付ける。
 手を離して見えるようになると、そこには綺麗な装飾品が付けられていた。

「イヤーカフといって、耳に穴を開けずとも付けられると最近流行りのイヤリングです。あとはあなたのボサボサの髪でも耳にかけるくらいはできるでしょうから、その耳が見えるようにしておけば完成です」

 化粧とボーイッシュな格好、さらに高身長が相まってモデルのようになったララ。
 そして硬直する。
 今まで、入浴すらまともにしたことがなかったララが誰かのために身なりを整えるなど初めてだった上、その結果が彼女の予想を大きく越えていたからである。
 するとそんなララの目の前にキーラが何かが入った袋を差し出す。
 ジャラッという音と共に中には僅かに光を反射する硬貨が入っていたのがララの目に映った。
 ララが戸惑いの表情をキーラに向けると、彼女は優しく微笑んでいた。

「男性は見栄を張って全てを自分のお金で出そうとする方が多いですが、機を見てララさんがお金を出して上げたりして『面倒臭くない女』アピールするのもいいかもしれませんよ?」

 キーラがそう言うとララは首を横に大きく振って「要らない」と伝えようとする。

「いいですから。これは少し早いですが、あなたが働いた分のお給料でもあるのです。どちらにしろ受け取っていただかねばこちらが困ってしますのでちゃんと受け取ってください」

 そう言われてしまっては受け取らないわけにはいかず、素直に受け取るララ。

「……少々特別に色は付けていますが」
「……?」
「いえ、なんでもありません。それよりも今から向かった方がよいのではありませんか?」

 話題を逸らそうとするキーラにララは疑問は抱かず、すぐにその場から走り去ろうとした。

「ララさん!」

 そこにキーラが大きめの声で呼び止める。
 ララが振り返るとキーラにさっきまでの微笑みはなく、真剣な表情をしていた。

「いつも言っているでしょう?淑女はどんな時も冷静に、と。時間はまだあるのです、慌てず行きなさいな」

 キーラの助言にララは頷き、今度は歩いて向かい始める。
 そしてララを見送ったキーラは再び溜息を吐き、窓の方を見る。

「あなたたち、今はまだ仕事時間ですよ」
「うわっ、バレた!?」

 窓の外から少女の声がし、十歳前後だろう数名の少年少女がひょっこりと顔を出した。
 彼ら全員執事服とメイド服を着ている。

「何をしていたのですか?……などと聞くまでもない質問は省きましょう。なぜ覗いていたのです?」
「だって……なぁ?」

 一人の少年がもう一人の少年に同意を求めようとする。

「あの『無口女』だけ仕事が急に早く終わったからズルいと思って……」
「わ、私たちはちゃんと止めたんですよ!でも聞かなくって……」
「あ、おい!お前らだって気になるって言ってたじゃんか!?」
「でもやめようとは言ったよ!」

 キーラそっちのけで言い争う子供たち。
 そんな彼らをキーラは厳しい表情で見つめる。

「あなたたち」

 決して大きくはない声。しかしその威圧的な一言により子供たちは肩をビクつかせ、全員恐る恐る彼女の方へ向く。
 キーラの表情からは呆れと怒りが見て取れた。

「乙女の部屋を覗くというのはどんな理由があろうとも男女関係なくあってはなりません。それは罪にも等しく、そして罪には罰を与えねばなりませんね……?」
「え……?」
「ちょっ、罰って……」

 その日、ライアン邸からいくつかの悲鳴が響き渡った。


 自分の職場で起こっていることなど知る由もないララは、上機嫌でヤタとの待ち合わせ場所へと軽い足取りで向かっていた。
 その道中、彼女は人々から注目されていた。
 すれ違いざまに振り返って二度見する者や見惚れて固まる者、男女関係なくララに視線を送る。
 だがララはヤタとの食事が楽しみだったせいか、そんな視線が自分に送られているとは知らずに歩き続けた。
 そしてもうすぐヤタがいるであろう待ち合わせの近くまで来たところで、一人の小柄な男がララの前に立った。

「ケヒヒ、なぁそこのべっぴんさん。ちょいとあっしの話を聞いてくれないか?」

 ララが彼に抱いた感情は嫌悪。
 焦点の合わない目をギョロギョロと左右別々に動かし、鼻や耳が尖っている。
 まるでゴブリンのような魔物に近く、言動もあって誰もが醜悪と感じる外見をしていた。

「ケヒヒ、たしかにこんな薄汚ぇ身なりのあっしですが、良い話があるのはたしかですぜ?そう、例えば……『惚れさせたい男がいる』とかね?」

 男がピンポイントに言い放ったその言葉に、ララの表情が一変した。
 驚きの表情、そして次第に気になると言わんばかりにソワソワし始める。

「ほっほう、なるほどなるほど!でしたらあなたにピッタリの商品がございます。気になるのでしたらこちらへ……」

 男がそう言って誘おうとしていたのは暗い路地裏。
 正常な判断ができるのならば怪しむのだが、「もしかしたら」という興味に負けてしまったララは言われるがままに誘導されてしまうのだった。
 ララが進んで歩く先は薄暗く、人の気配が全くなかった。
 それでもララは疑うことなく進む。
 するとその前に先程の男とは別の屈強そうな男たちが現れる。

「ハッ、ガカンの奴もやるじゃねぇか!こんな顔立ちの良い奴連れてくるなんてよ」

 中でも一番屈強な男が前に出て、ララを品定めするようにジロジロと見る。
 ララはなぜ彼らが目の前に現れたかはともかく、ただその視線を気持ち悪く感じていた。
 その後ろからは先程の気味の悪い男がやってくる。

「ケヒヒッ、そりゃ約束を守ってもらえる上に美味しい思いをさせてもらえるなら頑張りますわ」

 悪い笑みを浮かべてそう言うガカンと呼ばれた男。
 ララはそこでようやく自分が騙された現状に気付いて彼らを睨む。

「おーおー、可愛い顔で睨んじまって。気丈な嬢ちゃんだ」
「どこのお嬢様なんでしょうね?かなり高そうな服を着てるし」
「どこだっていいさ、別に身代金目当てじゃないからな。こいつの持ち物を全て頂き、さらに良い女なら犯す!ただそれだけだ」
「おお、ボスマジかっけぇ!」

 勝手に盛り上がってる男たちを他所に、ララは来た道を引き返そうとする。

「おっと。そう簡単に逃げられませんよ〜っと!」

 今度はチャラそうな若者複数人がその行く手を阻んだ。
 ララは表情をまた不快そうに歪める。

「悪いな、これもあんたの運が悪かったんだろうよ。恨むなら自分のLUCを恨むんだな」

 ゆっくりとララに近付く男たち。
 しかしララは動じるどころか呆れた様子で溜息を零す。

「あれ、意外と冷静じゃん?泣き言の一つでも言うと思ったのに――ぶへっ!?」

 ヘラヘラと笑いながら近付く男。
 その男の顔面にララは拳を思いっきり放った。
 殴られた男は数メートル後方に吹き飛んで転がり、完全に意識を失っていた。

「なっ!?こいつ――」

 女性とは思えない怪力に動揺する男にも透かさず殴り飛ばすララ。

「おい、何をやってる!」
「ボス、こいつ、普通の女じゃねえ!」
 「んなもん、見てわかる!これはどういうことだガカン!?俺たちを嵌めたのか!」
「そんな……滅相もない!あっしがあんたらを騙すなんて……!」

 男たちにとって予想外の展開に混乱し、ララはその隙に逃げ出そうとする。

「チッ、役立たず共が!おい、女を逃がすな!」

 ボスの男が指示すると、どこからかまた複数の男たちが現れる。
 普通の女性なら立たれただけで恐怖するような二メートルはあるであろう巨躯。
 しかしララは物怖じせず、正面から彼らを睨み付けた。

「力自慢でも結局は女だ。力自慢の男には勝てねぇよ……!」

 ララに手を伸ばして襲いかかる巨体の大男。
 それをララは強く払い退け、相手のみぞを素早く殴った。

「お……ぐ……?」

 殴られた男は呻き声を上げて倒れてしまう。

「……俺たちの考えが間違ってたか。こいつはお嬢様なんかじゃねえ。この強さは『加護持ち』……冒険者だろ、お前」

 喋れないララは返事の代わりに振り向き、男と目をしっかり合わせる。
 ララと彼らの間にはしばらく沈黙が訪れ、ボスが溜息を深く吐いた。

「加護持ちの冒険者なら仕方ねぇ。暴れられても後々面倒しかねぇし……お前ら、そいつらを殺せ」
「へい、ボス――ん?『ら』?」

 その言葉に疑問を抱いた男が聞き返すと、ボスは戸惑ってるガカンを見据える。

「ま、待ってくだせぇ!あっしはただ――」
「こうなったのはお前が原因だ。だから責任取って死ね」
「あっしは!……あっしは……ううっ!」

 ガカンの表情に先程までのいやらしい笑みはない。
 彼はその場で手と頭を地面に付けるように打ちひしがれた。
 そしてララはボスが「殺せ」と言い放ってから男たちの様子が変わったことに気付き、冷や汗を流した。
 するとララの周りを巨体の男たちが囲む。
 ララが攻撃されても対処できるように警戒する……が――

「《電光石火》」

 ボスが一言放った次の瞬間、ララはいつの間にかその場で組み伏せられてしまっていた。

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