異世界でも目が腐ってるからなんですか?
5話目 後半 亜種
「な、なぁ、俺が悪かった!だからボスには黙っててくれよ……ただでさえ女に手を出したってなったら殺されちまうのに……このままだと俺、拷問にかけられちまう!」
俺はもう少し時間を稼ぐために芝居をし、糸口がないか考えを巡らせる。
どんな状況でも、考えることをやめてしまえばそこで終わりなのだから。
「あぁ?まさかバカだバカだと思っていたが、そこまでバカだったのか?あの男のものだけならまだしも、俺たちの生活に欠かせない蔵を滅茶苦茶にしやがったんだ!てめぇみたいなクズを庇うわけねえだろうがよ!」
そう言ってリンネスはまた俺を思いっ切り蹴ってくる。
そういえば俺の中には、俺を一度殺したウイルスがあるんだったよな?
そういうのって有名なゾンビものにありそうな感じだけど……俺が噛み付いたらどうなるんだ、こいつ?
ほんの興味本位程度の思い付きだった。
普段、アニメやゲームをやってるからこそ触発された考え。
だとしたら、あの汚い足に噛み付くのか……そう思っていた時には俺はすでに、リンネスの足に飛び付いて噛んでいた。
「――ああぁぁぁぁあああっ!?何を、なんだこいつ!?噛み付いて……は、離しやがれっ!」
俺の行動が予想外だったリンネスは最初何が起きたかわからず硬直し、そして悲鳴をあげた。
男の足にできるだけ力強く噛んでいると、口の中に液体が流れ込んでくるのがわかる。それがリンネスの血だということも。
がむしゃらに足を振られて抵抗され、虚しくもそこで離れてしまった。
「いてぇ……いてぇ……もうてめぇだけは絶対許るさねぇ!」
リンネスが腰に携えていた短剣を抜き、血走った目で俺を捉えていた。
何やってるんだ、俺は……ここはファンタジーな異世界であっても現実だ。その現実とフィクションを区別できないなんて……
視線をリンネスに向けた。あの状態は過去に見たことがある。
頭に血が上って物事の結果、後先を考えず感情に流されるまま行動しようとする人間の目だ。
「や、やめ……にゃ……ヤ、タ……逃げれっ……!」
麻痺の効果が続いているレチアが、呂律が回っていないながらも警告してくれる。
やっぱ上手くいくわけないか……
「殺してやる、殺してやるぞ……うっ!?」
するとリンネスが突然胸を押さえて苦しみ始める。
「て、てめぇ……何を、しやがったぁ……!?」
うずくまりながら見るだけで殺してきそうなほどの目付きで睨んでくるリンネス。
そしてそこからその苦しみ方がさらに激しくなり、のたうち回って泡まで吹き始めた。
十秒も経たないうちにリンネスの動きは止まり、仰向けになったまま動かなくなってしまう。
ついさっきまで普通の人間と遜色なかったリンネスの肌は病的なほどに青黒く染まり、見開いた目は閉じずに天井へ向けていた。
「死んだ、のか……?」
俺の呟きに誰も答えてくれない。そこにいる誰もが、死んだ男に目が釘付けになり、唖然としてるからだ。
「ニャー」
「ガウッ!」
黒猫とイクナはそんなことに興味がないというように鳴く。気楽でいいなー……
そんなことを思いつつ周囲を見渡すと、捕まっていた他の女の人一人と目が合ってしまう。
「ひっ!?」
目が合っただけで悲鳴をあげて後ずさりされてしまった。
そりゃあ、人を殺したっぽい男と目が合えば怖いか……あれ、俺の目が殺人鬼みたいで怖いとかじゃないよね?
たしかに昔、「あいつって小狡いことして捕まりそうだよねー」なんて陰口囁かれたことあったけど……違うよね?
というか、本当に俺が殺したのか?俺が噛み付いたから……
そんなゾンビ映画みたいな状況になるとは夢にも思わなかったぞ……
……ま、今はそれよりもイクナが捕まってる檻の鍵を探すか。こいつが持ってるって話だったけど……
近付いてリンネスのローブを探る。
「あ、あった」
ローブのポケットからそれっぽい鍵がすぐに見つかった。
と、同時にウィンドウ画面みたいなのが急に出てきた。
「え、何――」
《この男を配下にしますか?【はい】【いいえ】》
「……ホントに何これ?」
この男を配下に?どゆこと?
この男っていうのは、ウィンドウ画面の下部分が今死んでいるリンネスを直接指し示しているのでわかるが、配下って何?
文字的に奴隷的な意味なんじゃないかと何となくわかるが、でも配下って……ん?まさか……いやでも……
もしかしたらという考えを思い付き、《はい》のボタンを触ってみる。
するとピコッとゲームなどでありそうな効果音が聞こえ、画面が消える。
それからしばらく待っていたが、何も起きない。
あれ、失敗?
「なんなんだよ、期待させやがって……」
もしかしたらゾンビとして蘇らせて使役できるようになるんじゃかいかと思ったが、違ったようだ。
じゃあ、あの選択肢は結局なんなんだと言いたくなるけども。
期待外れな結果に呆れながら、檻の鍵を持ってイクナの方へ向かおうと立ち上がって歩き出す。
すると背後で何かが動く気配がした。
「キャーッ!?」
同時に女の人の大きな悲鳴も聞こえてきた。
正面にいるララとイクナが驚いた表情で俺を……いや、俺の後ろを見ていた。
俺もつられて振り返ると、そこには死んだはずのリンネスが青白い肌色をしながら立っている。
腐った肌に生気の無い目、その姿は本当に映画のスクリーンからそのまま出てきたようなゾンビそのものだった。
「うおぉぉぉぉっ!?」
そんなものを見てしまった俺は思わず腰を抜かし、その場で尻もちを突いてしまった。
本当に死体が動いてるって……マジかよ!?
そして俺が驚いたことで、女の人たちがスイッチが入ったように全員が悲鳴をあげて混乱する。
しかしゾンビが動く気配はなく、ただ立っているだけに見えた。
あー……やっぱそういうことか。
今こいつは「俺の配下」なんだ。だから俺の指示待ちなんだろう。
だから俺はそいつに近付く。
「ヤ、タぁ……!」
俺が戦いを挑むのだと勘違いしたレチアが俺に制止の声をかけてくる。ララの方は俺が死なないことを知ってるから、あまり心配してないように見えるけど。
ゾンビの目の前に立った俺だが、やはり襲ってくる様子もない。
「しゃがめ」
俺が威圧的に一言そう言うと、ゾンビはその場でしゃがむ。
「立て」
立ち上がる。
「ジャンプしろ」
そして最後の指示には直立で一メートル以上飛び跳ねた。
最後のはゾンビというには若干滑稽で違和感を覚えるが、そういう細かいのを抜きにすれば命令を聞いてくれる奴の出来上がり、というわけだ。
ララたちを含め、さっきまで混乱して騒いでいた女性全員が、唖然とした顔で俺に注目している。
悪人を倒したからかな?あまり見られると恥ずかしいんだけど……
「魔物に命令してる……?」
「ば、化け物……!?」
「きっとあの目で見られたら、さっきの人みたいになってしまうんだわ……!」
……うん、絶対ヒーローとか救世主を称えるような会話内容じゃないし、物凄く怯えた目をしてるね。
少しでも幻想を抱いた俺がバカだった。
「おい、なんだこれは!」
すると蔵に向かったはずのボスが戻ってきてしまった。
またピンチになっちまったか……いや、幸い他に連れてない。チャンスは今か……
「あの男を襲え」
「グゥゥゥゥ……!」
俺の指示に今まで人形のように動くだけだったゾンビが唸り始め、ボスの男の方へ振り向く。
「そのローブ……何やってんだリンネス?」
ゾンビの顔を見た男は最初狼狽えるが、見覚えのあるローブを見て誰かかを判断したようだ。そして訝しげな表情を浮かべる。
「……おい、いつもなら笑ってるかもしれねぇが、今はてめぇの酔狂に付き合ってる暇はねえぞ?蔵を滅茶苦茶にした奴を探さねえといけねぇんだからよ。それになんでさっき捕まえたガキ二人が自由になってんだよ?それもお前がいつも使う奇跡とかで何かしてんのか?まぁ、なんでもいいけどよ、それより――」
俺がゾンビ化させた男を完全にいつもの状態だと思い込んでいるらしく、普通に話しかけるボスの男。
しかしその話しかけている相手は、すでに絶命した死体。ゾンビである。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」
リンネスはもう自分が人間でないことを知らせるかのように低い声をあげながら、ボスとの距離を素早く詰めていった。
そういえばちょっと前に誰かがああいう魔物の名前を言ってたな。
たしか「リビングデッド」だったか。
「な……てめぇ、なにしやがる!俺は仲間だろうが!」
「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!」
「いつもスカしてる奴がこんなことしやがって……何の冗談だ!?」
ボスは押し返そうと抵抗するが、それ以上の力を持っているのか中々押し戻せない様子だった。今がチャンスか。
俺はすぐにララたちの方へ駆け出し、イクナの檻を開けた。
「ガゥアッ!」
開放されたイクナはすぐに嬉しそうに俺に抱き着いてくる。
「おっとっと……うし、逃げるぞ、ララ!」
急いでいた俺はイクナの行動をあまり気にせず、痺れがなくなって立っていたララの手を引いた。
しかしなぜか動こうとしない。
「ララ?」
言葉を発せないララの意図を探ろうと視線の先を見る。
そこには悪党のボスが魔物に襲われている光景を、萎縮して眺めているだけの女性たちが固まっていた。
「彼女たちも一緒に逃げよう、ってか?」
そう言うとララは視線を動かさないまま頷く。たしかにここで見捨てて死なれでもされたら後味が悪いしな……しょうがない。
「おい」
「ひっ!?」
イクナを抱えたまま俺は女性たちに声をかける。
怯えられたけど想定内だから気にしない。それが現在進行形で襲ってるゾンビに対してなのか、俺と目を合わせたことに対してだったとしても。
「あなた、さっきの……」
「何よ……あたしたちもさっきの男みたいに、魔物に変えようっての!?」
「やだ、やだよぅ……まだ死にたくないよぅ……!」
「か弱い女にまで手を上げようっての?下衆!鬼畜!あんな化け物の姿にされるくらいだったら、今舌を噛んで死んだ方がマシよ!」
誤解されたり泣かれたり鬼畜呼ばわりされたり、散々である。
「おみゃーたちも早く逃げるにゃ!」
すると、同じく痺れが切れていたらしいレチアが助け舟を出してくれた。
だが、女性たちがレチアを見る目はあまり良くないものに感じた。
「何よ今更……あんたが手引きしたから私たちが「こう」なってるんじゃない!わかってんの!?」
強気な女性が噛み付くような目付きでレチアを睨み、キツい言い方をする。
何となく予想はしてたが、やっぱりこの誘拐にレチアが一枚噛んでいたか……いや、今はこいつを責めるよりももっとやるべきことがあるだろうに。
「そんな話は後にしてくれ。まずはここからの脱出が優先だ。あんたらも来てくれ」
「なんで人殺しのあんたの言うことなんか聞かなきゃいけないの?」
躊躇無しの辛辣な一言が胸に刺さる。
……俺だって、好きで人を殺したわけじゃないんだが……他の奴から見たら同じってわけか。そりゃそうだよな……
「わかった、好きにしろ」
「……え?」
俺はもう少し時間を稼ぐために芝居をし、糸口がないか考えを巡らせる。
どんな状況でも、考えることをやめてしまえばそこで終わりなのだから。
「あぁ?まさかバカだバカだと思っていたが、そこまでバカだったのか?あの男のものだけならまだしも、俺たちの生活に欠かせない蔵を滅茶苦茶にしやがったんだ!てめぇみたいなクズを庇うわけねえだろうがよ!」
そう言ってリンネスはまた俺を思いっ切り蹴ってくる。
そういえば俺の中には、俺を一度殺したウイルスがあるんだったよな?
そういうのって有名なゾンビものにありそうな感じだけど……俺が噛み付いたらどうなるんだ、こいつ?
ほんの興味本位程度の思い付きだった。
普段、アニメやゲームをやってるからこそ触発された考え。
だとしたら、あの汚い足に噛み付くのか……そう思っていた時には俺はすでに、リンネスの足に飛び付いて噛んでいた。
「――ああぁぁぁぁあああっ!?何を、なんだこいつ!?噛み付いて……は、離しやがれっ!」
俺の行動が予想外だったリンネスは最初何が起きたかわからず硬直し、そして悲鳴をあげた。
男の足にできるだけ力強く噛んでいると、口の中に液体が流れ込んでくるのがわかる。それがリンネスの血だということも。
がむしゃらに足を振られて抵抗され、虚しくもそこで離れてしまった。
「いてぇ……いてぇ……もうてめぇだけは絶対許るさねぇ!」
リンネスが腰に携えていた短剣を抜き、血走った目で俺を捉えていた。
何やってるんだ、俺は……ここはファンタジーな異世界であっても現実だ。その現実とフィクションを区別できないなんて……
視線をリンネスに向けた。あの状態は過去に見たことがある。
頭に血が上って物事の結果、後先を考えず感情に流されるまま行動しようとする人間の目だ。
「や、やめ……にゃ……ヤ、タ……逃げれっ……!」
麻痺の効果が続いているレチアが、呂律が回っていないながらも警告してくれる。
やっぱ上手くいくわけないか……
「殺してやる、殺してやるぞ……うっ!?」
するとリンネスが突然胸を押さえて苦しみ始める。
「て、てめぇ……何を、しやがったぁ……!?」
うずくまりながら見るだけで殺してきそうなほどの目付きで睨んでくるリンネス。
そしてそこからその苦しみ方がさらに激しくなり、のたうち回って泡まで吹き始めた。
十秒も経たないうちにリンネスの動きは止まり、仰向けになったまま動かなくなってしまう。
ついさっきまで普通の人間と遜色なかったリンネスの肌は病的なほどに青黒く染まり、見開いた目は閉じずに天井へ向けていた。
「死んだ、のか……?」
俺の呟きに誰も答えてくれない。そこにいる誰もが、死んだ男に目が釘付けになり、唖然としてるからだ。
「ニャー」
「ガウッ!」
黒猫とイクナはそんなことに興味がないというように鳴く。気楽でいいなー……
そんなことを思いつつ周囲を見渡すと、捕まっていた他の女の人一人と目が合ってしまう。
「ひっ!?」
目が合っただけで悲鳴をあげて後ずさりされてしまった。
そりゃあ、人を殺したっぽい男と目が合えば怖いか……あれ、俺の目が殺人鬼みたいで怖いとかじゃないよね?
たしかに昔、「あいつって小狡いことして捕まりそうだよねー」なんて陰口囁かれたことあったけど……違うよね?
というか、本当に俺が殺したのか?俺が噛み付いたから……
そんなゾンビ映画みたいな状況になるとは夢にも思わなかったぞ……
……ま、今はそれよりもイクナが捕まってる檻の鍵を探すか。こいつが持ってるって話だったけど……
近付いてリンネスのローブを探る。
「あ、あった」
ローブのポケットからそれっぽい鍵がすぐに見つかった。
と、同時にウィンドウ画面みたいなのが急に出てきた。
「え、何――」
《この男を配下にしますか?【はい】【いいえ】》
「……ホントに何これ?」
この男を配下に?どゆこと?
この男っていうのは、ウィンドウ画面の下部分が今死んでいるリンネスを直接指し示しているのでわかるが、配下って何?
文字的に奴隷的な意味なんじゃないかと何となくわかるが、でも配下って……ん?まさか……いやでも……
もしかしたらという考えを思い付き、《はい》のボタンを触ってみる。
するとピコッとゲームなどでありそうな効果音が聞こえ、画面が消える。
それからしばらく待っていたが、何も起きない。
あれ、失敗?
「なんなんだよ、期待させやがって……」
もしかしたらゾンビとして蘇らせて使役できるようになるんじゃかいかと思ったが、違ったようだ。
じゃあ、あの選択肢は結局なんなんだと言いたくなるけども。
期待外れな結果に呆れながら、檻の鍵を持ってイクナの方へ向かおうと立ち上がって歩き出す。
すると背後で何かが動く気配がした。
「キャーッ!?」
同時に女の人の大きな悲鳴も聞こえてきた。
正面にいるララとイクナが驚いた表情で俺を……いや、俺の後ろを見ていた。
俺もつられて振り返ると、そこには死んだはずのリンネスが青白い肌色をしながら立っている。
腐った肌に生気の無い目、その姿は本当に映画のスクリーンからそのまま出てきたようなゾンビそのものだった。
「うおぉぉぉぉっ!?」
そんなものを見てしまった俺は思わず腰を抜かし、その場で尻もちを突いてしまった。
本当に死体が動いてるって……マジかよ!?
そして俺が驚いたことで、女の人たちがスイッチが入ったように全員が悲鳴をあげて混乱する。
しかしゾンビが動く気配はなく、ただ立っているだけに見えた。
あー……やっぱそういうことか。
今こいつは「俺の配下」なんだ。だから俺の指示待ちなんだろう。
だから俺はそいつに近付く。
「ヤ、タぁ……!」
俺が戦いを挑むのだと勘違いしたレチアが俺に制止の声をかけてくる。ララの方は俺が死なないことを知ってるから、あまり心配してないように見えるけど。
ゾンビの目の前に立った俺だが、やはり襲ってくる様子もない。
「しゃがめ」
俺が威圧的に一言そう言うと、ゾンビはその場でしゃがむ。
「立て」
立ち上がる。
「ジャンプしろ」
そして最後の指示には直立で一メートル以上飛び跳ねた。
最後のはゾンビというには若干滑稽で違和感を覚えるが、そういう細かいのを抜きにすれば命令を聞いてくれる奴の出来上がり、というわけだ。
ララたちを含め、さっきまで混乱して騒いでいた女性全員が、唖然とした顔で俺に注目している。
悪人を倒したからかな?あまり見られると恥ずかしいんだけど……
「魔物に命令してる……?」
「ば、化け物……!?」
「きっとあの目で見られたら、さっきの人みたいになってしまうんだわ……!」
……うん、絶対ヒーローとか救世主を称えるような会話内容じゃないし、物凄く怯えた目をしてるね。
少しでも幻想を抱いた俺がバカだった。
「おい、なんだこれは!」
すると蔵に向かったはずのボスが戻ってきてしまった。
またピンチになっちまったか……いや、幸い他に連れてない。チャンスは今か……
「あの男を襲え」
「グゥゥゥゥ……!」
俺の指示に今まで人形のように動くだけだったゾンビが唸り始め、ボスの男の方へ振り向く。
「そのローブ……何やってんだリンネス?」
ゾンビの顔を見た男は最初狼狽えるが、見覚えのあるローブを見て誰かかを判断したようだ。そして訝しげな表情を浮かべる。
「……おい、いつもなら笑ってるかもしれねぇが、今はてめぇの酔狂に付き合ってる暇はねえぞ?蔵を滅茶苦茶にした奴を探さねえといけねぇんだからよ。それになんでさっき捕まえたガキ二人が自由になってんだよ?それもお前がいつも使う奇跡とかで何かしてんのか?まぁ、なんでもいいけどよ、それより――」
俺がゾンビ化させた男を完全にいつもの状態だと思い込んでいるらしく、普通に話しかけるボスの男。
しかしその話しかけている相手は、すでに絶命した死体。ゾンビである。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」
リンネスはもう自分が人間でないことを知らせるかのように低い声をあげながら、ボスとの距離を素早く詰めていった。
そういえばちょっと前に誰かがああいう魔物の名前を言ってたな。
たしか「リビングデッド」だったか。
「な……てめぇ、なにしやがる!俺は仲間だろうが!」
「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!」
「いつもスカしてる奴がこんなことしやがって……何の冗談だ!?」
ボスは押し返そうと抵抗するが、それ以上の力を持っているのか中々押し戻せない様子だった。今がチャンスか。
俺はすぐにララたちの方へ駆け出し、イクナの檻を開けた。
「ガゥアッ!」
開放されたイクナはすぐに嬉しそうに俺に抱き着いてくる。
「おっとっと……うし、逃げるぞ、ララ!」
急いでいた俺はイクナの行動をあまり気にせず、痺れがなくなって立っていたララの手を引いた。
しかしなぜか動こうとしない。
「ララ?」
言葉を発せないララの意図を探ろうと視線の先を見る。
そこには悪党のボスが魔物に襲われている光景を、萎縮して眺めているだけの女性たちが固まっていた。
「彼女たちも一緒に逃げよう、ってか?」
そう言うとララは視線を動かさないまま頷く。たしかにここで見捨てて死なれでもされたら後味が悪いしな……しょうがない。
「おい」
「ひっ!?」
イクナを抱えたまま俺は女性たちに声をかける。
怯えられたけど想定内だから気にしない。それが現在進行形で襲ってるゾンビに対してなのか、俺と目を合わせたことに対してだったとしても。
「あなた、さっきの……」
「何よ……あたしたちもさっきの男みたいに、魔物に変えようっての!?」
「やだ、やだよぅ……まだ死にたくないよぅ……!」
「か弱い女にまで手を上げようっての?下衆!鬼畜!あんな化け物の姿にされるくらいだったら、今舌を噛んで死んだ方がマシよ!」
誤解されたり泣かれたり鬼畜呼ばわりされたり、散々である。
「おみゃーたちも早く逃げるにゃ!」
すると、同じく痺れが切れていたらしいレチアが助け舟を出してくれた。
だが、女性たちがレチアを見る目はあまり良くないものに感じた。
「何よ今更……あんたが手引きしたから私たちが「こう」なってるんじゃない!わかってんの!?」
強気な女性が噛み付くような目付きでレチアを睨み、キツい言い方をする。
何となく予想はしてたが、やっぱりこの誘拐にレチアが一枚噛んでいたか……いや、今はこいつを責めるよりももっとやるべきことがあるだろうに。
「そんな話は後にしてくれ。まずはここからの脱出が優先だ。あんたらも来てくれ」
「なんで人殺しのあんたの言うことなんか聞かなきゃいけないの?」
躊躇無しの辛辣な一言が胸に刺さる。
……俺だって、好きで人を殺したわけじゃないんだが……他の奴から見たら同じってわけか。そりゃそうだよな……
「わかった、好きにしろ」
「……え?」
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