ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 え、ちょっと待って、癒着とか賄賂とかそんなんやってんじゃないのコレ?

 どうしよう、私の首と胴がサヨナラする確率がドンと上がった。
 いや、まだだ、まだそうと決まった訳じゃない、ちゃんと真実を確かめてからじゃないと。 

 乱入するべきか?
 それとも相手が帰ってから入るべきか。
 どっちみちしらばっくれる可能性が高いけど、現行犯の方が問い質しやすい気がする。

 あーもう!なるようになれ!!

 考えて考えた結果、ヤケクソになった私は、客間の扉の前に立つ。
 すると、私の意を察したのか執事さんが当たり前のように扉を開けてくれた。

 笑い合っていた室内の二人が、驚いたようにこちらを見たのを視界に入れながら、足を踏み入れる。

 「おや、お客様かね?」

 冷静に、堂々と、そして淡々と。
 それから威厳たっぷり、という風に見えるように心掛けながら、顎に手を当てて軽く首を傾げた。

 室内に居たのは、三人。
 緑色っぽい灰色の髪の、狐っぽい糸目顔の細身で猫背の中年男性と、その隣でソファでふんぞり返っている、同じ髪色でプロレスラーみたいなゴッツイ体型の、性格が悪そうな顔の中年男性。
 それから、客人であるらしい小太りな中年男性。

 狐っぽい顔の男性はどうやら秘書みたいな役割をしているらしく、私が室内に入った瞬間に書類のようなものを小脇に抱えた。

 「ひいっ!?、なっ、何者だっ」

 客人の、いかにもな感じの小太りの男性が、私の顔を見た瞬間怯えを隠す事なく慌てたような焦った様子を見せながら、ソファから立ち上がる。
 すると、狐っぽい男性が姿勢を低くしつつ、手を擦り合わせるというなんとも小物な仕草をしつつ、客人の男性に擦り寄った。

 「申し訳ございませんエチャゴーン様、アーネスト様はどうやら急用が出来たようで...この埋め合わせはまた後日...」
 「ん?そ、そうか、それは仕方ないな」

 コソコソと客人男性に何かを握らせながら、狐っぽい男性が猫撫で声で胡散臭く笑う。

 はい、見事な袖の下ですありがとうございました。

 「そ、それではアーネスト殿、私はこれで失礼致します、どうぞこれからもご贔屓に」
 「あぁ、また宜しく頼むよ」

 怯えながらも不審人物を見る目でチラッと私を見た客人男性は、レスラー体型の中年男性とそんな会話をしてから、そのままそそくさと去っていった。

 バタン、という扉の閉まる音が聞こえて、それから、客人男性の足音を気配が遠くなったのを確認してから、内心めちゃくちゃドキドキしながら、それでもなんとか何かを話そうと口を開こうとした次の瞬間、辺りの雰囲気が一変した。

 例えるなら、学校のテストの最中のような、ピリピリとした空気だろうか。
 いや、ごめん、今そんなんしか浮かばなかった。
 ダメだ変えよう、そんな中途半端な空気じゃない。

 あぁ、アレだ、これから舞台が始まる直前の緊張感に近い。

 そんなにキツイ空気じゃないと思いそうだけど、それくらいしか知らないんだから仕方ないよね。

 とにかく、肌に悪そうなピリピリした緊張感の、なんとも言えない空気に、出そうとした言葉は引っ込んでいった。

 猫背だった狐っぽい男性が、今までは一体なんだったのかと思えるほどには、スッと背筋の伸びた綺麗な立ち姿で、その糸目をゆっくりと開く。
 そのまま、音もなくレスラー体型の中年男性の傍に佇むと、さっきまでの胡散臭い笑顔を完全に消して、若干気持ち悪かった猫撫で声を忘れるくらいの、なんとも冷静な声がその口から発された。

 「お久し振りでございます、旦那様」

 「ほんっと、随分と待たせるなァ、坊ちゃん」

 次いで、ソファから立ち上がったレスラー体型の中年男性が、ニヤニヤと、なんていうか、ニヒルというかワイルドというか、ダンディに笑う。
 こちらも、さっきまでの悪代官的な雰囲気は掻き消え、どっちかっていうとマフィアのボスっぽい。
 いや、結局悪役っぽいけど、でも、その表情には隠し切れない、私に対する尊敬が滲み出ていた。

 ......うん、...ごめん、ちょっとついていけない。

 あれ?さっきまでの胡散臭い人達どこ行ったの?
 え?何コレ、こっちが本当?

 えっと、ちょっと待って、どういう事?

 「しっかし、いくらなんでも12年は長過ぎじゃァねェかい?、なぁパウル」
 「兄さん、旦那様の前ですよ、わきまえてください」
 「仕方がねェだろう?なんせ12年振りの再会なんだからよォ?」

 狐顔の男性の肩に肘を掛けて、思いっ切り体重を掛けるように寄り掛かりながらの、そんな会話である。

 細身なのにそんなに体重掛けられてよく平気だなあの人。

 いやいやいや、そんなんどうでもいい。

 それよりも、さっきまでの悪代官と小物な下っ端どこ行ったの?
 もっかい言っていいかな、うん、言うわ。

 ついていけない。

 全く、ついていけない。

 いや、うん、ごめん、立て続けに色んな事が起きててもうどうしたらいいか分からない。
 訳が分からなさ過ぎて白目になっててもおかしくないくらいには訳が分からない。

 訳が分からないって考え過ぎてだんだん訳が分からないってどんな意味だったか不明になってきた誰か助けて。

 「それで、ここに来たって事ァ、ようやくヤル気になったんだろう?」
 「兄さん、いい加減にして下さい、旦那様にも理由があったんですから」

 混乱に固まってた間にだろう、マフィアのボスっぽくなってしまった男性がいつの間にか口に咥えてたキセルに、魔法か何かで指から火を出して点火した後、思い切り吸い込んでプッハーと煙を吐き出して、辺りに煙草の匂いが立ち込めた。

 「理由ゥ?そんなモン坊ちゃんが軟弱なだけだろ?、嫁さんが死んじまったのァ確かに気の毒だが、領地丸投げで放置プレイは無ェわ」

 ぐうの音も出ない正論である。
 その点に関しては申し訳なさしかないです、本当にすみませんでした。
 いや、私じゃないんだけどさ。

 「アーネスト、失礼が過ぎます、少し黙りなさい」

 私が喋る前に隣の執事さんが冷たい声音で口を挟んでくれたけど、結局の所オーギュストさんが何もかも悪い訳で。
 まあ、実際私が悪い訳じゃないけど、尻拭いは私がしなきゃいけないのが理不尽以外のなんでもない。

 ていうか地味に腹立つ。

 私が一体何したっていうんだろう。
 もし神様に会ったら一回ぶん殴らせて欲しい。
 キリモミ回転しながら吹っ飛ぶくらいの威力で殴らせて欲しい。

 そんな事を考えながらも、無表情で冷静ながら堂々とした態度を崩さないまま、とりあえず一度頭の中にある情報を整理する事にした。

 えーっと、まずは狐顔の細身の秘書っぽい男性。
 彼は、パウル・シェルブール、現在の年齢は41歳。
 主な仕事は兄の補佐と、情報収集とスケジュール管理。

 そして次に、レスラー体型のマフィアのボスっぽい男性。
 アーネスト・シェルブール、現在の年齢は43歳。
 主な仕事は、領主代行としての領地運営。

 そして、苗字と言動、それから髪の色からも鋭い人には分かると思うけど、二人は血の繋がった兄弟だ。
 体型とか全く似てないけど、ちゃんとした兄弟である。

 オーギュストさんと執事さんとは幼馴染で、乳兄弟。

 そんな二人が何故悪代官みたいな事をしていたのかと疑問に思うけど、それは本人達に聞くべきなんだろう。
 十中八九、オーギュストさんのせいな気がするけど。

 オーギュストさんの凄すぎるスペックのお陰で、一瞬でそこまで考えた私は、改めて口を開く事にした。

 「いや、何もかも全て私の責任、ゆえに、苦言を呈されても仕方のない事だ」
 「しかし、旦那様...」

 「良いと言っている」
 「...は、出過ぎた事を申しました」

 上から目線で、窘めるみたいに言い放つと、執事さんはちょっと納得出来ていないような微妙な表情を一瞬浮かべてから、丁寧な一礼を返してくれた。

 ごめんね、執事さん。

 内心でだけ謝罪しながら、口からは彼等に向けての謝罪を言う。

 「アーネスト、すまなかった」

 「坊ちゃん、謝るならウチの可愛い弟に謝ってくれや。
 色々と大変だったんだからよォ」
 「旦那様、どうぞ兄さんの言う事は気になさらないで下さい。
 私にとっては旦那様がご帰還されただけで喜ばしい事なのですから」

 弟さんを肘掛けにするみたいに、めっちゃ寄り掛かりながら弟さんの頭を撫でようとする兄と、そんな兄の手をべしっと叩き落としながら、真っ直ぐに私を見据えて真摯に答える弟さん。

 この感じだと、これが彼等の素なんだろう事は何となく分かった。

 「ちェ、つれねェなァ、そんなにお兄ちゃんの気を引きたいのかよ?、可愛いなァウチの弟は」
 「兄さん、鬱陶しいのでやめて下さい」
 「なんだよ、昔みたいにお兄ちゃんって呼んでくれても良いんだぜェ?」

 「何が嬉しくていい歳した中年男性をお兄ちゃん呼びしなきゃならないんですか、嫌です」
 「そんな睨むなっての、上目遣いになってんぞ?」

 いやちょっとごめん、ここでブラコン的要素ブッ込まれても情報過多で困る。
 なんで中年男性兄弟のブラコン的仲の良さを見せつけられてんの私。
 要らんよそんなの、ていうか誰が得するのこんな絵面。

 「アーネスト、パウル、そろそろ戻ってきなさい、話が進みません」

 「へいへい、ったく、せっかくの兄弟同士の心温まる交流だってのに...」 
 「心が温まってるのは兄さんだけです、私は全く温まってないし、なんなら冷めきってます。
 能天気な兄さんと一緒にしないで下さい、ていうかくっつかないで下さい、煙草の混ざった加齢臭が伝染る、臭い」
 「加齢臭ってのァなァ、臭いモンなんだよ、当たり前なの。
 人間ってのァ年齢を重ねていきゃァ必然的に臭くなるモンなんだよ。
 つまりパウル、お前も臭くなる運命なんだよ」
 「兄さんと私では体型も体質も違うので、今の所私の枕は石鹸の香りしかしてません、悪しからず」

 「なんだと!?ちょっと嗅がせろ!」
 「気持ち悪いのでやめて下さい」

 仲が良い事は分かったので、いい加減に話を進めていいかなあ?
 ちょっと遠い目をしてしまいそうになったけど、すんでのところで普段通りを振る舞ったのだった。


 

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