ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 それは、突然やって来たらしい。

 始めは少し大きな鳥だと思ったのだと、発見者は言った。
 そんな、些細なものかと思われたそれは、近付いて来るにつれ、むしろ災厄そのものである事に気付いたという。

 巨大な体躯、煌めく薄青い鱗、蝙蝠のような皮膜のある翼、荘厳な気配。
 それは我が国を囲む山岳に生息している筈のドラゴンだった。
 彼等ドラゴンは余程の事が無い限り住処である山岳から出て来る事などほぼ無い。

 にも関わらず街道に突如として現れた強大なドラゴンの姿。

 その場は一時、恐慌状態に陥ったという。

 発見者は、とある公爵の私兵団の兵士。

 自分達の守るべき主の馬車の前に降り立ったドラゴンに、怯えながらも立ち向かおうとした兵達を止めたのは、貴族に仕えているはずの執事だった。

 曰く、自分達弱者がこの場に居れば、旦那様の足を引っ張る事になる。
 それよりも援軍を連れてくるべきだ、と。

 その知らせに事実確認の為と駆り出されたのは、拠点にしていた街まで帰る為にと、街道近くの村にたまたま泊まっていた、俺達、A級冒険者パーティ、“あかつきの雫”だった。

 ...正直、街道にドラゴンが出たなんて、臆病者がワイバーンを見間違えただけなんだろう、なんて呑気に思っていた。
 ワイバーン程度なら簡単に追い払う事が出来ると高を括っていたのだ。
 この間ワイバーンの巣に入った時は何匹も居たから苦戦したが、ワイバーン1匹ならどうという事は無い。

 だが、街道に近づくにつれ、遠くからでも分かるほど、それはどう見ても紛れも無いドラゴンだった。

 「なんてこった...」
 「リカルドさん、どうすんですか、あれどう見ても本物のドラゴンっすよ!?」

 燃え盛る馬車らしき物の前で、聞いたこともない音を発しながら吼えるドラゴン。
 その姿を、呆然と見つめる俺を、盗賊で斥候のアランが半泣きみたいな声で揺さぶった。

 「だあああ!うっせぇよ見りゃわかる!!」
 「だったらもう逃げましょうよ!?勝てねぇっすよあんなん!!俺らワイバーンですら死にかけたの忘れたんっすか!?」
 「そうっすよリカルドさん!!無理ですってあんなん!!」

 アランに同調してか、普段冷静な魔術師のラウルまで、今まで聞いた事ない位の焦った声で俺を促す。

 正直、俺だって逃げたい。

 だが、俺達は腐ってもA級冒険者パーティだ。
 いくら相手がドラゴンとはいえ、見た瞬間に尻尾巻いて逃げるなんて事が許される訳が無い。

 冒険者ってのは信用が大事だ。
 失敗したならそれはそれで良い。
 頑張った結果、ってヤツだからな。

 だが、裏切りはダメだ。

 今後、誰にも依頼されなくなってしまう。
 それはつまり、冒険者生命の終わりだ。

 ワイバーンの卵の件は冒険者としてどうなんだって言われたら、まあ、騙される方が悪い。
 普通は疑うモンなんだよ、あーいう依頼は。
 世の中弱肉強食なんだから。

 まあ、それはそれとして、問題はこっちだ。
 冒険者は何かの大義名分が無い限り、敵前逃亡なんぞ出来ない、というか、許されない。

 そんな事をすれば、あのドラゴンは野に放たれると同義。
 つまり俺達が逃げれば、この辺りの村や街に被害が出る事を、放置して見殺しにしたという事になってしまう。

 こうなると、誰かが囮になって、国に助けを求める。
 それが冒険者である俺達の役目だろう。

 自分達が犠牲になるか、国を裏切り冒険者を辞めるか、二つに一つだった。

 脳裏を駆け巡ったのは、小さな頃の自分。
 たまたま自分の村に立ち寄った冒険者が、たまたま現れた魔獣を叩き斬った姿に憧れたのが、始まりだった。

 あの時の冒険者なら、こういう時どうするのかなんて、簡単に想像出来る。

 俺の憧れた冒険者は、強敵を前に不様を晒しながら逃げたか?

 そんな訳が無い。

 彼ならきっと、立ち向かう。

 ドラゴンに勝てるかなんてそんな事はどうでもいい、ただ何かを守る為に。

 俺は確かに、そんな冒険者に憧れたはずだ。

 「アラン、ラウル、テメェらは下がってろ」
 「リカルドさん!?」

 俺のとっておき、最後の切り札、魔法と気闘法の合わせ技。
 名前なんぞ付けてないし、もしかしたら他の誰かもやってるかもしれんが、この方法が俺の中で一番攻撃力があった。
 腰の剣を抜き、魔力を纏わせる。
 それから、纏わせた魔力の上に“気”を重ねた。

 こうする事で魔力の抵抗が強い魔物でも普段と同じように斬る事が出来る。
 そして、俺の剣の色の周りが薄ぼんやり翠色へ変わったのを確認してから、声を荒らげた。

 「俺が時間を稼ぐ、早く電信の魔法で、王都のギルドに連絡しろ!!」

 「で、でも、それじゃリカルドさんが!!」
 「うるせぇ!!早くしろ!!」

 「えっ、あ、待ってくださいリカルドさん、燃えてる馬車から誰か出て来ましたよ!?」

 「ンだと!?」

 焦った様子のアランの声に、馬車だった物へと視線を向ける。
 確かに、出入り口だったらしい場所が開き、そこから一人の男が出て来た所だった。
 遠いせいでどんな男かはよく分からないが、水色のように見える髪の貴族である事だけは服装で分かった。

 「チィッ!!」

 気付いた瞬間に舌打ちが出た。

 なんでまだお貴族様が残ってんだよ、一番始めに逃げてるべきじゃねぇのか普通!

 だがしかし、予想外の事が起こった。

 出て来た男は、ドラゴンが間近に居る事など気にも留めず、燃え盛る馬車だった物へと振り返った。
 そして、パチン、という音と共に炎が消えた。
 それからもう一度パチンという音が聞こえたと思ったら、黒焦げの馬車は豪華な馬車へと様変わりしたのだ。

 これにはドラゴンの方も驚いたらしく、ポカーンと口を開けて固まっていた。

 俺達だって固まってしまった。

 だってさ、何やったかさっぱり分からんけど、火が消えて綺麗な馬車がそこにあンだよ?
 意味が分からなさ過ぎて混乱して来た。

 ふと、男がドラゴンの方へと向き直る。
 そして、それに気付いたドラゴンが吠えた。

 『グガルルォォオオ!!!』

 頭の芯まで響きそうな程大きくて威圧感のある鳴き声に、ラウルが手で耳を塞ぐ。
 アランの方なんか白目向いてて、今にも気絶しそうなくらいビビっていた。
 かく言う俺も、足が竦んで動けない。
 完全に、飲まれてしまっていた。

 剣を持つ手さえ、ピクリとも動かせない。
 冷や汗が背中を伝って行く。

 ただ、向こうでドラゴンに対峙している貴族の男の姿を、じっと見ている事しか出来なかった。

 何度も何度も吠えながら、ドラゴンは男へ向かって炎を吐き出す。
 しかし何故かその炎は、男が振り払う仕草をするだけで掻き消えていった。

 訳が分からなかった。

 普通は、あんなモンくらったら人型の黒い残骸になる。
 にもかかわらず、貴族の男は全くの無傷だった。

 だが、何度も何度も炎を掻き消され、相当苛立ったらしいドラゴンが、とうとう動いた。

 『グガルォォォォオオ!!!』

 ドラゴンの尾が男へ叩き付けられる。
 衝撃で轟音と土煙が上がり、男の姿が見えなくなった。

 炎が効かないなら物理攻撃、という事なんだろう。
 さっきまでの様子から見て、男は魔術師か何かだったんじゃないだろうか。
 て事は、物理攻撃には弱いんじゃ?

 それに気付いた俺は、竦む足を必死に動かそうと力を入れた。

 動け、動け動け動け!!

 俺は、こんな理不尽から誰かを守る為に冒険者になった筈だ。
 あの魔術師の男は、身を呈してドラゴンを止めようとしていた。
 なら、こんなとこで立ち止まってどうすんだよ、俺は!!

 歯軋りし過ぎて口の中から血の味がする。

 次の瞬間、結構距離があって聞こえないはずなのに、何故か俺のいる所までハッキリとした男の声が聞こえた。

 「...実力の差を、理解させてやらなくてはな」

 辺りを風が吹き抜け、男を中心に土煙が吹き飛ばされる。
 そして姿を現した男は、どう見たって無傷だった。

 無傷、という事は、あの男は相当の実力者って事になる。
 呆然とドラゴンと男を見るだけの俺達と、どこか祈るように様子を眺めている兵士達。

 だが、執事は、まるで当然であるかのように泰然と佇んでいた。
 よっぽど主を信じてるんだろうって事が見て取れるくらいには。

 『グルル!グルォオ!!グガルルォォオオ!!!』

 だが、ドラゴンのそんな鳴き声と共に今までよりも強いだろう威力の炎がその口から噴射された。
 込められた魔力が、今までと段違いだから多分誰にでも分かる。

 青い炎を受け、また男の姿が見えなくなった。

 『グルグガルルオオォォオオ!!』

 ドラゴンの咆哮を掻き消すように、また、聞こえない筈の声が聞こえた。

 「...躾が必要なようだな」

 地を這うような、冷徹で、背筋から凍ってしまいそうな、そんな苛立ちを孕んだ声だった。

 次の瞬間、炎から男が飛び出した。

 『グル?』

 なんだか、ドラゴンからそんな間抜けな声が聞こえたが、それよりも、男の行動の方が早かった。

 「伏せ」

 まるでペットを躾けるかのような言葉を冷たく言い放った男の前から、パァンという乾いた音共にドラゴンが吹っ飛んでいく。

 『グルァ!?』

 ドラゴンはそのまま地面へと叩き付けられ、体重とその他諸々の衝撃により地面が揺れた。

 そして、何事も無かったかのように着地した男は、埃を払う仕草を見せた。

 そんな中、ドラゴンは勢い良く起き上がる。

 『グ、ルォォオオ!?』

 気付いた時には、男がドラゴンの巨体を足で踏み付け、また吹っ飛ばした所だった。

 『グゥ!?』

 ドラゴンはその勢いで、またしても地面へと叩き付けられるが、男は更に、畳み掛けた。
 今度は反対の方向へと転がっていくドラゴン。

 余りの光景に、呆然とするしか無かった。

 だが、結果ドラゴンは怒り心頭になってしまったようだった。

 『グル...!!グルォォオオ!!グガグルォォオオオオ...!!』

 血反吐を吐きながら起き上がったドラゴンから、さっきまでとは正反対の魔力を感じた。
 周囲の温度が下がっているのか俺の息が白くなっている。
 そして、彼等を中心に地面が白く染まっていった。

 『グルォォオオ!!
 グルグガルルグルォォオオオオォォオオ!!』

 咆哮と共に、最大限にまで溜まった魔力がその口から噴射された。

 「はは、うそだろ...、なんだよコレ...」

 まるで世界が終わったみたいな絶望感の中、乾いた笑いしか出て来ない。

 白い光が、辺り一面を凍り付かせた。


 ドラゴンの前に立つ、貴族の男以外。


 『..................グル?』


 間抜けな声が、ドラゴンから聞こえた。

 「さて、今、何かしたかね?」

 堂々と、そして優雅に両腕を組み、首を傾げて斜に構えながら、男が淡々と尋ねる。

 普通は死んでる筈だ。
 なんで、生きてるんだあの人。

 訳が分からなさ過ぎて、思わずがしがしと乱暴に頭を掻く。

 そして、俺達と同じように盛大に混乱しているドラゴンの姿が良く見えた。

 『グ、ルォォオオ...っ!?グルグルォォオオォォオオ!!』

 ドラゴンは頭を振り乱しながら、ジリジリと後退りしていた。

 「いやいやいや、なんだよ、なんなんだよ、コレ」

 ドラゴンよりも強いなんて、そんな人間は限られている。
 勇者か、賢人か、たった二択だ。

 だが、この国の賢人はもっと爺だった筈だ。
 それに、勇者なんてモンは御伽噺の中でしか聞いた事が無い。

 しかも何となくだが、ドラゴンとあの男は意思疎通が取れているように見えた。
 現に今も、彼等は何かを話しているように見える。

 その時、突然男の雰囲気が変わった。

 『本当に、貴様は頭が悪いな』

 風に乗って聞こえた声じゃない。
 明らかに魔力の乗った声。

 それゆえに、身が竦み上がった。

 たった一言なのに、死が、すぐそこまで迫って来ているかのような恐怖。

 身体が思うように動いてくれず、ドラゴンを見た時よりも数倍の恐怖が俺を襲った。
 ぶわりと冷や汗が吹き出て、寒くもないのに身体がガタガタと震える。

 『何故、私が魔力を隠している事に気付かない?』

 死神に鎌を向けられた人間が感じるような絶望感に、一体何を目覚めさせたんだ、とその瞬間だけドラゴンを恨んだ。
 しかも当のドラゴンはといえば、ガタガタと小刻みに震えながら、怯えを隠す事もせず、崩れ落ちるみたいに地面へへたり込んだ。
 ずずん、という地面が揺れる音と共に土煙が上がり、男の殺気をモロに受けたドラゴンは恐怖が限界を超えたのか、その場で漏らした。

 もう、声も出なかった。

 だが、次の瞬間、事態に変化が起きた。
 なんかどっか遠くから、赤い塊がドラゴンへと突っ込んだからだ。

 ズドゴォォオン!!みたいな音が響き渡り、一拍おいて地面が揺れる。

 粉塵と土煙と土塊と泥が飛び散って、俺達のすぐ近くにまで落ちて来た。

 大分距離がある筈なんだが、衝突の勢いが物凄かったんだろう。

 ふと気付けば、赤い塊はドラゴンであり、つまりは、もう一体ドラゴンが増えていたという事実に呆然とした。
 だが、俺はもう恐怖よりも驚きの方が勝っていた。
 何せ、薄青いドラゴンに馬乗りになった赤いドラゴンが、薄青ドラゴンの顔面を右左交互に殴りつけていたから。

 ギャオギャオと吠えながら、ドゴンドゴンと継続的な音を響かせ、薄青いドラゴンを殴り続ける赤いドラゴン。

 ふと、魔力の乗った声が聞こえた。

 『落ち着きたまえ、私は無傷だ』

 どうやらやっぱり、男はドラゴンと意思疎通が出来るらしい。

 薄青ドラゴンから赤いドラゴンが離れたかと思えば、そのままそこで平伏した。
 そのまま、暫く会話しているようだったが、イマイチ内容は掴めない。
 だが、どうやら、ドラゴンの卵が何者かに盗まれたらしいという事は分かった。

 あのハゲ、どうやら俺達じゃ心配だったのか、他の冒険者にも依頼してたらしい。
 まあ、保険掛けとくのは普通だ。
 もしその冒険者が見つかったらご愁傷様ってヤツだな。

 相変わらず身体は上手く動かせないが、頭の中はだんだんと冷静になって来たらしい。

 そして、男から魔力の乗った声が聞こえなくなった。

 その途端、執事は兵を連れて男へ向けて歩き出した。
 それも、どこか誇らしげに。

 身体が動くようになった俺達も、あの男、いや、あの人が居ればドラゴンに近付いても問題無いだろうと、後を追った。

 そして、あの人に一番近付いた執事が、感極まったかのような声を上げる。

 「さすがは旦那様...!!ドラゴンをも従えてしまわれるとは...!!」

 次いで、一番偉そうな感じの兵士から順に、口々に声を上げた。

 「このガルフ・トラッセ、感服致しました...!!」
 「さすがは旦那様だぜ...!!」
 「まさかここまで強いなんて...!」

 歓声に湧く彼等を他所に、俺は固まったように、執事達へ振り返ったその人を見ていた。

 青みがかった銀の髪、鋭い刃物を彷彿させる、冷たいアイスブルーの瞳、そして、無駄に整った顔と均整の取れた身体。

 貴族だとかそんなんを抜きにして、めちゃくちゃカッコよかった。

 もっかい言いたい。
 めちゃくちゃカッコよかった。

 現金なヤツだと思うなら思えばいい。
 自分の理想は冒険者だったが、それすら霞むくらい、いや、むしろ上塗りされてしまった。

 誤解が無いように言っておくと、俺にアッチの趣味は無い。
 これは、純粋な憧れの方の、男が男に惚れる、という状態だ。
 アニキならぬ、オジキ、と呼びたい状態。

 そこからの俺の行動は、誰でも想像が付くと思う。

 「あのッ!!」
 「む?、...アルフレード」

 俺に気付いたその人が、執事へと声を掛ける。

 「は、目撃者が必要かと思いまして」
 「なるほど、それで、なんだね?」

 納得したような声を発したその人を前に、ガチガチに緊張しながら、俺は額を地面に擦り付けるみたいにして平伏し、叫んだ。

 「俺を貴方様の部下にして下さい!!」

 「断る」

 キッパリした拒絶に、俺はその場に崩れ落ちた。
 



 

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