ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 「...ねえアナタ、うちのったらまるでワイバーンみたいな色をしてるわ」

 赤い鱗が特徴的な、睫毛の長いドラゴンが、傍らに寄り添う薄青の鱗のドラゴン、つがいへ向けて声を掛ける。
 すると、そのドラゴンはじっと自分達の卵を見つめた。

 ドラゴンの卵といえば、真っ赤であったり、宝石のようであったり、とても派手な見た目をしているものなのだが、確かに自分達の卵は、ワイバーンの卵のような薄緑色をしていた。

 「...む、そうだな、この薄緑一色という色は言われてみれば...、だが、ワイバーンの卵などとは比べ物にならない程に尊い存在だぞ」

 ワイバーンという生き物は竜種に分類されているものの、爬虫類に近い。
 知性があるにはあるが、言語を操れる龍種とは一線どころか、雲泥の差があるのだ。

 それに比べ、龍種と呼ばれるドラゴンは長く生きる為に、雌が産む卵は一度の出産で一つだけ。

 故に彼らにとって卵とは、か弱く、そして儚い、守るべき存在であり、何よりも優先されるものだった。

 番の言葉に、赤い鱗のドラゴンが満足そうに鼻で息を吐く。

 「ええ、そうね、どうにかして安全に育てなくちゃ」

 一体どうすれば安全かしら、と悩み始める赤い鱗のドラゴンに、薄青い鱗のドラゴンは名案を思い付いたとばかりに声を上げた。

 「それなら、ワイバーンの巣に紛れ込ませてしまえば、もし生まれても餌に困らない上に、ワイバーンなどという凶暴な生き物に近寄る生き物など存在せぬから、安全なのではないか?」
 「まあ!なんて素敵な考え!それならきっと安全だわ!」

 ワイバーンという生き物は、爬虫類に近いだけあって、一度の出産で産む卵の数が多い。
 その中に紛れさせてしまえば確かに安全かもしれない、と二匹のドラゴンは考えたらしい。
 ワイバーンを捕食する生き物など、この地にはドラゴンくらいしか存在しないのだから、というのも拍車を掛けた。

 その結果がどうなってしまうのか、二匹は全く気付かない。

 彼らドラゴンは知性が高いお陰でか、己の卵を守る為に様々な試行錯誤を繰り返す。
 そして、時折、そのせいで自分達の卵を見失う事がある。

 人間のように賢いドラゴンはエンシェントドラゴンのみであり、普通のドラゴンは基本的に、知性は高くとも頭は悪い。

 彼らは、冒険者にんげんという存在を失念していたのだ。











 ───...所は変わり、それからしばらく経った、とある屋敷の、とある一室。
 そこには、部屋の主であるらしい男性と、武骨な男性がひとつの机に向かい合いながら、豪華なソファに腰掛けていた。

 武骨な男性は、帯剣はしていないものの、年季の入った鎧姿である事から、どうやらそういった仕事を生業としている人物のようである。
 一方、主であるらしい男性の方は、貴族服を身にまとっている事から、どうやら貴族であるらしい事が伺えた。

 頭髪が随分と、...侘しく散らかっている事の印象が強すぎるが、貴族で間違い無いらしい。

 爽やかな陽光が射し込む室内には似つかわしくない真剣な雰囲気に、空気そのものがピリピリしているかのような錯覚を覚える程だった。
 そんな重苦しい空気の中、武骨な男性の方が机の下に置いてあったらしい袋から、箱をひとつ、取り出した。

 ごとり、という鈍い音を立てながら机の上へと置かれたそれは、人の頭部がすっぽりと収まってしまいそうな程の大きさの木箱だ。

 そして、武骨な男性がその雰囲気を払拭するように、朗らかに笑って告げる。

 「お約束のドラゴンの卵、お持ちしました」

 重厚感のある木箱の蓋を開け、中の薄緑一色の卵を見せる男性は、不思議な程に自信たっぷりだった。
 その様子に、貴族であるらしい男性が顔面を喜色に染める。

 「おお...!コレが!
 随分と早かったのだな!さすがはA級冒険者パーティ!」

 「...当たり前ですよ、随分苦労しましたが、ウチは安心安全、速い、確実、誠実がモットーですので」

 若干だけ妙な間があったものの、変わらぬ態度で笑う冒険者と呼ばれた男性に、貴族であるらしい男性が、ほっとしたように笑う。

 「そうか、それは有り難い、金は執事から受け取ってくれ」

 「有難く受け取らせて貰います、では失礼しました」

 そう言いながら一般市民が貴族に対してする略式の礼をして、冒険者の男性は部屋から去って行った。

 そして、部屋に誰も居なくなった事を確認すると、貴族の男性は、一人、不敵に笑う。

 「ふふ、よし、これで奴の正体を暴く事が出来るぞ...!」

 だが、男性がそんな風に一人で盛り上がっている間に、一人の執事が入室した。
 しかし、当の男性は全く意に介した様子も無く、というか、気付いていないのか、笑い続けている。

 「ははは!これで私は救国の英雄か、なんとも呆気ないな!」
 「旦那様、お取り込み中申し訳ございません」

 一人で盛り上がる男性に、水を差すように執事が口を挟むと、今ようやく執事の存在に気付いたらしい男性の肩が跳ねた。

 「っ、なんだ貴様か!突然なんなんだ!」
 「...差し出がましいようですが旦那様、それは本当にドラゴンの卵なのですか?」

 驚き慌てふためく男性に、執事はそんな事よりも、と怪訝がちに尋ねる。
 すると、男性は執事を馬鹿にしたように嘲笑った。

 「何を言う、奴らはA級冒険者だぞ?ドラゴンと戦う訳でもなく、卵を盗むだけの簡単な仕事が出来ない訳が無いだろう」

 「はぁ...、かしこまりました」

 ドラゴンを倒す事より、卵をドラゴンに見付からないように盗む事の方が難易度が高い気がするのだが、気付いていないのだろうか。

 心の中で、残念な主を持ってしまった、と嘆きながら執事は礼をした。

 「そんな事より、さっさとこれを積荷に加えて、ヴェルシュタイン領へ運べ!」
 「...では、手配して参ります」

 ドカドカと粗暴な足取りで部屋から出て行く男性の捨て台詞に、丁寧な礼を返しながら見送った執事は、ちらりと、蓋をされる事もなく放置されていた箱に視線を送る。

 「コレ、どう見てもワイバーンの卵なんだけどな...」

 ドラゴンの卵なんて見た事も無い執事は、ワイバーンの卵とドラゴンの卵は同じような色なんだろうか、と首を傾げながら、箱の蓋を閉じた。





 ───...一方その頃。
 先程屋敷を後にした冒険者の男性が、仲間であり子分でもある男性に問い掛けられた。

 「リカルドさん、ホントに良いんすか?」
 「いいんだよ、どうせあのハゲ、見分けなんて付けらんねェだろ。
 つーかろくに確認もせず受け取る方が悪い」

 からからと豪快に笑う男性に対して、子分の男性が確かめるように問い掛ける。

 「でも、あれ、ただのワイバーンの卵っすよ?」
 「だからなんだよ、一応死ぬ思いで盗んで来たんだからもういいだろ」

 どうでもいいとばかりの態度の冒険者の男性、リカルドのその言葉に、子分の男性は呆れたように息を吐いた。

 「素直に、ドラゴンの卵なんて無理だって断れば良かったじゃないすか、詐欺っすよコレ」
 「うるせぇ!こちとらA級冒険者パーティ“あかつきの雫”だぞ!!んなカッコ悪い事出来るか!!」

 目を泳がせながら狼狽えるリカルドに、子分の男性は胡乱げな眼差しを向ける。

 「さてはリカルドさん、前金でスりましたね?」

 「あーあー聞こえなーい」
 「リカルドさん!」

 人差し指を両耳に突っ込み、聞こうともしないまま足早に進むリカルドを、子分は必死に追って行ったのだった。

 先程の会話からも察する事が出来るだろう。

 彼ら冒険者達は、誤魔化す為に別の場所に棲息していたワイバーンの巣から卵を盗んだ。

 ───...だがしかし、その卵が、寄りにもよってたまたまワイバーンの卵に似た色をして産まれてしまった、とあるドラゴン夫婦の卵だった事など、知る由もない。













 ───...馬車という物は本来、ガタゴト、と音や振動があるのが普通なんだろう。
 だけど、全く無音、無振動というのは、馬車に乗っている感覚が余りしない。
 馬車と疑わしくなってしまうほど快適な馬車の中で、誰にも分からないように息を吐いた。

 あー、びっくりした。
 何が起きたのかと思ったら馬車の前に人が居るんだもん、そりゃ進まないよね。

 あれで正解の対応だったのかは全くの不明だけど、まあ、なんとかなって良かったと思います。
 うん、そういう事にしておこう。

 しみじみと思いながら席に着いた私は、また書類仕事を再開しつつ、またひとつ、息を吐いた。

 遠出した途端にトラブルとか勘弁して欲しいよ。
 無礼討ちとか、そんなんやらかした日には、後から非難されたりするに決まってるもんね。
 時代劇でも定番だよ、結果的に怨みを買って、必殺な仕事人に暗殺されるんだ。
 ヤダわー、スルーに限る。

 ていうか、隠密さんが連絡してこなかったって事は、連れてる兵士達が何とかすると思ったんだろうか。
 なら今頃ちょっと慌ててるかもしれん。
 申し訳ない事したかも。

 ...まあいいや!

 「旦那様、あれで宜しかったので?」
 「あぁ、私が今までと違う事を、多少なりとも察する事が出来る者が、あの街に1人でも居れば、それでいい」

 カリカリと、ペン先が紙を引っ掻く音を車内に響かせながら、執事さんからの問いに淡々と答えた。
 色々と考えたけど、勢いで出て行っちゃった私の精一杯の言い訳である。

 いや、だって仕方ないよね?
 何たって、初めてのお出かけなんだよ?、外で何かあったら気になるじゃん、抗えないの、この衝動に。

 「左様でございますか...、差し出がましい事を申しました、申し訳ございません」
 「気にするな」

 としか言えないよね!!

 そんな私はやっぱり書類と戦っています。
 といっても、この高スペックを使ってひたすら計算しているだけなので、戦いとは言い難いかもしれない。

 前に考えた、魔法で計算するアプリ作る、みたいなのをやってみようかと思ったけど、なんだかんだでそんなゆっくりした時間取れなかったので、生憎と手作業のままである。
 ちょっと頑張ればすぐ出来るんだろうけど、馬車で移動中に作るのも何となく嫌だった。

 あのね、なんか知らんけど、魔法って、使うと、分かる人には分かるらしいの。

 ていう事は、面倒な事に巻き込まれる可能性、あるよね。
 出る杭は打たれる、的な感じでさ、なんかこう、理不尽な感じに面倒事に関わる可能性、増えるよね、絶対。

 リスクは少ないに限る。

 可能な限り、回避出来るものは回避しておくのが最善だろう。
 なんせ、私だから。
 本来のオーギュストさんならスパッと解決出来るのかもしれないけど、中身、私だから。

 とってもかよわい、おんなのこですから。

 女の子といえば。

 ──...そういや暫くトイレ行ってない。
 ていうか、一昨日くらいから行ってない。

 これはもしかして、アレか?
 賢人特有の、トイレ行かなくて良い、というあの物凄く素敵なスペックを会得したのか?

 え、やだ、嬉しい。

 トイレ行くたびに、毎回毎回オーギュストさんのオーギュストさんを両手で丁重にお出ましさせた挙句、支える為にそっと握らなきゃいけないという苦行に、日々ガスガスと心を削られていたんだけど、もうそんな事しなくて良いのね!!

 やっっったぁぁあああ!!

 今、もし、演技なんて一切してなかったら絶対ガッツポーズしてるだろう。

 だって、そのくらいには嬉しい。
 無駄に嬉しい。
 やったね!これで多少なりともストレスが軽減されるよ!

 お風呂の事は考えません!!

 機嫌が良いお陰か、心なしか計算のスピードが早くなってる気がするけど、結局書類なんてさっさと終わらせなきゃいけないので全く問題無い。

 ていうか、出来るならキリのいい所で止めて外の景色を見てみたい気もする。
 ...外に出るのは、うん、さっき出たからもういいです。
 突然こんなイケオジが出現したらそりゃ注目されるよね、でもね、おなかいっぱいです、そういうの。

 いや、元々女優志望だった訳だから人の視線なんぞバッチコイなんだけどさ、オーギュストさんのスペック的に倍以上に感じるっていうか、ついでに色んなプレッシャー感じるっていうか、なんて言うか早い話さ、......しんどい。

 なんか、こんな事前も考えた気がするけど、まあいいや。

 ていうか、見過ぎなんだよ皆、失礼だと思わないの?、なんでそんな穴が空きそうなくらいガン見してんの、マジ不愉快なんだけど。

 何?パンダか何かなの、私。

 私パンダ違うよ?、こんなイケオジなパンダ居たら年間パス買って動物園通い詰めるわ!!
 いや、でもイケオジパンダとか言われてもパンダはパンダだよ、分からんわ。
 行動がイケオジとか?
 無いわー、むしろ人間になって出直して来て下さい。

 「執務中申し訳ございません、旦那様」
 「何か起きたか」

 ふとした問い掛けに手を止め、顔を上げつつの返答をする。

 いつの間にか物凄くどうでもいい事に考えが脱線してたよ、執事さんありがとう。

 「いえ、特にそういう訳ではありませんが、確認をと」 

 執事さんが丁寧な礼をしている気配を感じながら振り返ると、ちょうど腰を折り曲げていた執事さんの頭のてっぺんが見えた。

 ふさふさですね。
 将来的にどうなるかは分からないけど。

 そんな、若干残酷な事を考える傍らで頭の中に入れておいた予定表を確認。
 えーっと。

 「本日はミルドラース伯領の領主館に宿泊する、と予定にあったが」

 「はい、そのミルドラース伯領ですが、報告にもございましたが、余り治安の宜しくない領地であります」

 「そうらしいな」

 うん、報告あったね、あったよ。忘れてたけど。
 えー...治安良くないのか...、やだなぁ...怖い。

 「最近は賊が出たとの報告もありますので、旦那様に置かれましては、なるべく馬車からお出にならないよう、お気を付けて頂きたく...」

 うわ、マジか。
 賊ってアレでしょ、盗賊とか、山賊とか、なんかそんな物騒な奴らでしょ?

 「そうか、分かった」

 絶対お外なんて出ないわ。

 「ありがとうございます」
 「気にするな」

 むしろ執事さん達も気を付けて欲しい。
 そんな治安悪い所を馬車で通らなきゃならないんだもん、命は大事にして欲しいもん。

 そんな事を伝えようか迷ったけど、ふと、それって私の周りの人達の実力とか、気持ちを蔑ろにしてしまう事になるんじゃないか、と思ったから止めた。

 だって、兵士達や隠密さんは私を守る為に来ているんだから、それが仕事で、当たり前の事。
 上司で実力のある私がやらなきゃいけないという訳じゃない。

 上に立つ責任のある者は、下の者が対処し切れない時にだけ、手を出すべき。
 そんな考えが、オーギュストさんの知識にあった。
 という事は、多分それが貴族というものなんだろう。

 知らんけど。

 真顔でもっかい言っとこうか。

 知らんけど。

 そんな事より書類だよ、とばかりに机の上の書類へと向き直る。
 カリカリという音を立てながら、羽ペンを紙面の上に走らせた。

 えーと、ここがこうなって、こっちの書類だとこうだから、この月はこの位残ってて、そんで、こっちだと、この位マイナスだから、えーとえーと。

 どのくらいの間、そうやって計算していただろうか。
 集中していたからよく分からないけど、ふと、現実に意識が浮上した。

 なんだか、少し違和感を感じたからだ。

 一体なんだろう、と書面から顔を上げ、窓の外を見る。

 窓枠が燃えてた。

 軽く目を擦って、もう一度確認する。


 やっぱり、燃えてた。


 ぇぇえええなにこれぇえ!!?


 

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