ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 むしろ、彼は以前までの父親の事もあり、質素を心掛けていたのだ。
 つまり、普段着は騎士服が主である為、質は良いがそれだけであり、華美な騎士服など一着として所持していないのが、現実であった。

 「細かい事は気にするでない、オーギュストの息子は我の息子も同然よ、遠慮せず袖を通せ」
 「っ、......か、かしこまりました...」

 朗らかに笑って、まるで気にした様子も見せず、むしろどこか誇らしげに告げる王の姿に、彼は最早、そう答えるしか無かった。
 しかしそこで、突如として王は、爆弾のような発言を放った。

 「あぁ、着た後は一度我等夫婦に姿を見せるように」

 「な...、くっ、お、仰せの通りに...!」

 やっぱり逆らえない彼は、どこか釈然としない思いや、なんとも言えない悔しさといった、なんかそんな諸々を胸の内に抱えながら、了承したのだった。


 それから暫くして、といっても彼が王を職務室へと送り、騎士団長として用意されている自分の部屋へ行こうとした時の事。

 「おお!騎士団長殿ではございませんか!」

 彼はそんな聞き覚えのある声に足を止められた。
 振り返れば、柔和な笑顔を浮かべてこちらへと歩み寄って来る、実の父であるヴェルシュタイン公爵とは真反対の評価を持つ、聖人と名高い我が国の宰相の姿があった。

 正直な所、彼にとって宰相という存在は、自分を騎士団長に推薦してくれた人物とはいえ、少し怖い苦手な人というイメージだった。
 国の為に尽力している事も知っているし、誰にでも分け隔てなく、慈愛に溢れた人物だと理解しているのだが、時折、訳も分からず不可思議な恐怖を感じてしまうのだ。
 それは本能的な恐怖だったのだが、そのほとんどが一瞬だけであったり、ほんの微かだけであったりしたせいで、彼は宰相の本来の姿を知らずにいた。

 しかし、いくら怖く感じてもそれは失礼にあたるため、表には一切出さない。
 彼が立場的には公爵家嫡男といっても、騎士となれば王城の中では相手は格上となるからだ。
 ゆえに彼は努めて丁寧に、そして礼儀正しい態度で対応した。

 「これは宰相殿、如何されました」

 すると、宰相は少しだけ困ったような、人好きのしそうな微苦笑をその顔に乗せ、口を開く。

 「いえ、実はウチの孫娘が騎士団長殿のファンでしてな、宜しければ挨拶だけでもしてやって下さいませんか」

 「ファン?私の?」

 彼は突然の事につい驚いて、怪訝に思ってしまったのが顔に出てしまったが、にこにこと朗らかな笑顔を浮かべたまま佇む宰相の少し後方、会話が聞こえない程度向こうの方に、可憐な少女の姿が見える事に、どうやら事実らしいと認識する。

 「ええ、そうなんです、以前騎士団の行進を見た時に、一目でファンになったんだそうで...」

 いやはや、困ったものです、そう言葉を続けながら、宰相は微苦笑した。

 宰相の孫娘の存在は、彼も知る所ではあったのだが、実は苦手とする宰相の孫というだけで敬遠していたので、パーティなどでも遠目に姿を見掛けただけでUターンするなど、なるべく関わらないようにしていた。
 孫娘と知り合うという事は、必然的に彼女の保護者である宰相との交流が増えるという事である。
 彼はそれが少しだけ嫌だと感じた為にしていた行動だったのだが、にも関わらず、まさか今になって向こうから関わってくるなど、一体誰が想像出来ただろうか。

 しかし、こうなっては今後の為の行動をしなくてはならない。
 とにかく失礼にならないようにすぐに肯定するのが一番正解に近い行動なのだろうが、彼には現在、用がある。
 つまり、なんとかして断らなければならない状況であった。

 彼は若干の焦りを感じつつ、それでも失礼にならないように相手を立てながら、言葉を組み立てて行く。

 「......まさか聖女と名高いジュリエッタ様が、...光栄としか言いようがありませんね。
 しかし、私はまだ任務中でありますれば、申し訳もございませんがまた後程に致しませんか」

 「いやいや、そんな事は些細な事。気にせずとも良いですよ」

 だが、効果はイマイチのようだ。
 宰相は謙遜と取ったのか、変わらずにこにこと朗らかな笑顔を浮かべたままである。

 「ですが、お嬢様に会うにはこの姿では失礼にあたります」

 その理由は、彼が王国騎士であるからだ。
 一般的に王国騎士とは、国や王族を守る為に存在しており、ゆえに立場は複雑である。
 生まれは高い地位の貴族家でも、王国騎士となれば男爵よりも下の地位になるのだ。
 だが、だからこそ平民でも王国騎士という役職に着く事が許されており、王国内には専門の学校すら存在する。

 そんな王国騎士団は半数が平民で構成されている関係上、何か間違いが起きないよう、警護や職務中以外に、帯剣したまま貴族の女性に会う事が禁じられていた。

 だからこその言葉だったのだが、宰相の方はそんな事はどうでもいいとばかりに笑った。

 「なんの問題もありませんとも。
 孫娘は騎士団長殿のそのお姿を見てファンになったのですから」

 そんな宰相の姿に彼は苛立った。
 王国騎士としての誇りが、彼の中に根付いていたからだろう。
 思わずつい、少しだけ冷たい声音になってしまいながら、彼は告げる。

 「左様でございますか、ですが、貴族としても、このような粗野な格好のまま、うら若きご令嬢に会う訳に参りません。
 御前、失礼させていただきます」

 そうして、彼が一礼の後に下がろうとしたその時、宰相の目が薄く開いた。
 不意を突いたような冷たい視線に、ぞわりと彼の肌が粟立つ。

 「......待ちなさい」

 その声音は優しく、諭すようなものだ。

 「こちらは気にしないと言っているのです」

 しかし、その薄く開いた目から感じる視線は、彼に何とも言い難い不快感を呼び起こし、次いで、その得体の知れなさに、そこはかとない恐怖を誘引した。
 それでも彼は、必死にその恐怖を押し込め、反論する。

 「失礼ですが宰相殿」
 「なんですか?」

 「私は陛下より、着替えて来い、との命を受けておりますので、どうか御容赦を」

 本来なら、騎士が今後の予定を口にする事は余り無い。
 それは城や王族の警護の関係上、誰が聞いているか分からない為に仕方のない事なのだが、今回はそうも言っていられなかった。

 何せ、王直々の命令なのだ。
 いくら不服でも、騎士として一番に遂行しなければならない事項である。

 「......陛下が?」

 「はい、いくら宰相殿のお言葉でも、陛下の命を無視する事は出来ません、大変申し訳もございませんが今回は失礼させて頂きたく...」

 騎士である彼からそんな事を言われてしまえば、例え宰相でも無理強いする事など出来る訳もない。
 そんな彼へ向け、宰相は柔和な笑顔を浮かべたまま、残念そうに眉を下げた。

 「......そうですか、それでは仕方ありませんね、また次の機会とさせて頂きます」
 「寛大なお言葉、恐悦至極にございます、......では、御前失礼致します」
 「ええ、ではまた」

 「はい、ありがとうございます」

 綺麗な一礼を宰相へと向け、そうして、彼はようやく宰相から解放されたのだった。








 彼が去った後、宰相は顎に手を当てながら、貼り付けたように柔和な笑顔を浮かべたまま、背後の孫娘へと声を掛けた。

 「ふむ、どうやら振られてしまいましたね、ジュリエッタ」
 「...親も親なら子も子だわ...、なんて腹立たしいの...!」

 苛立たしげに呟く孫娘へと顔を向け、何処か楽しそうな様子で己の孫娘を宥める。

 「まあまあ、陛下の命を受けているのでしたら仕方ないじゃありませんか」
 「嫌だわお爺様ったら、あんな嘘臭い言葉を信じてらっしゃるの?」
 「騎士に陛下からの命だなんて言われたら、誰だって引き下がらざるを得ないではありませんか」

 やれやれと肩を竦め、困ったような微苦笑を表情に貼り付け、孫娘へと向き直ると、ギリギリ、という歯軋りを響かせながら、孫娘が苛立ちに表情を歪めた。

 「...陛下を言い訳に使うなんて、なんて卑怯な男なのかしら、本当に腹立たしい...!」

 「ジュリエッタ、感情が顔に出ていますよ」
 「あら、わたくしったら......ごめんなさいお爺様」

 一度の注意ですぐに我に返り、うふふ、と上品に微笑む孫娘の姿に、満足気に頷いた宰相は、そのまま孫娘へと問い掛けた。

 「さて、次はどうしようか、ジュリエッタ」
 「......まだ方法は沢山ありますわ、お爺様」

 にぃやりと、歪な笑顔を見せる孫娘に、宰相は微笑ましげな表情を顔に貼り付けながら、どこか楽しみな、そして、仄暗い視線を向けていた。










 その頃。
 執務室へと戻り、机の上に置かれていた書類に一通り目を通した王は、ポツリと呟いた。

 「我はこの12年間、一体何をしていたのだろう...」

 それは、つい漏れてしまった呟きだった。

 改めて書類を見ると、これから数年の間に色々とヤバい事になりそうなものが、かなりの数発見されたのだ。
 しかも、きちんと見ていれば気付くような些細な案件ばかりだ。

 ついこの間まで、同じような案件をそのまま許可したり決裁していたような気がする。

 完全に目が曇っていたとしか言いようがない。

 「あら陛下、そんなに落ち込んで、一体どうなさったの?」

 突然聞こえた声に顔を上げると、そこには大量の書類を両手に抱えた、己の最愛の妻の姿があった。

 「リリー...、何故君がここに?そして、その書類の山はなんだ?」
 「あらあら、これは今期の書類で、見直しの必要な物ですわ」

 おっとりと微笑む王妃に、王はといえば、そんな所にもあったのか、とも思ったが、それよりも気になる事があった。

 「......だとしても、何故王妃である君がそんな事をしているんだ」

 怪訝に王妃を見る王に、当の王妃はおっとりとした微笑みを浮かべたまま、王の机の上へ書類を勢いよく乗せた。
 それなりの重量の為か、どすん、という鈍い音が室内へ響く。

 「これが王妃としての職務では無い事は重々承知しておりますわ、ですが、いい加減腹に据えかねておりますのよ、わたくし」

 にこにことした笑顔で告げた王妃に、ちょっと冷や汗が止まらなくなってしまった王は、恐る恐る問い掛ける。

 「...つまり、どういう事だ?」

 次の瞬間、王妃の表情が一変した。


 「あのクソ爺の鼻っ柱をへし折って叩き潰し、粉々に粉砕するにはこの国の膿を出し切らねェとなぁ?」


 そう言って、歯を剥き出しにしたような凶悪な笑みを浮かべながら、クツクツと喉の奥で笑う王妃は、なんと言うか、アレだ。

 めっちゃ怖い。

 「...リリーの男言葉、久方振りに聞いたなぁ...」

 あはははは、と乾いた笑い声を発しながら王が呟いた言葉から、どうやら王妃は元々こういう女性だったのかもしれない。


 「そういう訳で旦那様」
 「はいっ」

 先程までの凶悪な笑みから、いつものおっとりとした微笑みへと表情変えた王妃の呼び掛けに、王は冷や汗をびっしり掻きながら直立した。

 「この不備だらけの書類を何とかしやがりなさい」

 いつもと同じ笑顔の筈なのに、そう告げる王妃の笑顔は、とてつもなく怖い。


 そして、書類と戦い始めて暫く経ってから、王はまたポツリと呟いた。

 「...我は、この12年間一体何をしていたのだろうか」

 結果的に自業自得とはいえ、凹むものは凹むのだった。



 

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