ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 ちょこっとばかり頭に来た俺は、苛立ちのままに大人げなく反論する。

 「いやいやいやどういう頭してんの?つーか全力で拒否されてんだから諦めたら?」
 「アナタ馬鹿ねえ...、ヴェル様は照れてるだけなの!」
 「いや照れてるなら気配とか顔色に出るよね?」
 「そこがヴェル様の凄い所なのよ!?、分かってないわね!」
 「どっちがだよ!?」

 反論に訳の分からない反論を返され、余計に苛立ちしか募らない。

 あー!何なのこいつ!

 「あん!ダメだわ、あの冷たい眼差し、低い声、甘美な刺激、思い出すだけで濡れちゃう!」
 「聞けよテメェ!気持ち悪ィな!!」
 「だから、アナタに罵倒されても嬉しくも何とも無いって言ってるでしょ!?殺すわよ...!」
 「したくてしてるんじゃねーよこの売女が...!」

 頬を染めながら自分の体を抱き締め、くねくねと身を捩らせる気持ち悪い女に、嫌悪感と苛立ちでつい酷い言葉が口から出た。

 その時、不意にその女は、何とも色っぽく溜息を吐き、そして。

 「...んもう、ワタシったら、こんなのにまで愛されてしまうなんて、罪な女...」
 「...............は?」

 訳の分からない言葉を吐き出した。

 「でも、ワタシはもうヴェル様のモノなの、いくら愛を囁かれても応えられないわ、ゴメンナサイね」

 「.......................................は?」

 悲しげに長い睫毛を伏せながら、訳の分からない謝罪の言葉を述べる女の、余りにも意味不明な言動に思考が停止する。

 「良いの!分かってるわ、ヒトのモノほど眩しく見えるって、男のサガよね」

 自分は何もかも理解している、そう言いたげな女の態度に、俺の頭の中で何かがキレた。

 「.........はあああ?、なんでこの俺が、テメェなんぞに愛とか囁いた事になってんだよ自意識過剰にも程があんだろふざけんな気持ち悪ィんだよテメェ...!」

 低く唸るように、殺意と敵意を声音と態度に乗せながら、女を睨むと、そいつは一瞬、ビクッとその身を竦ませ、俯いてしまった。
 予想外の反応に、もしや恐がらせてしまったのかと、少し考える。

 よく見なくても、彼女は女性だ。

 いくら歴戦の暗殺者とはいえ、怒鳴られれば怯えてしまうという女性らしい感覚は残っていたのかもしれない。

 そんな考えの元、一応謝罪するべきだろうかと口を開こうとして。

 「...っ、今の、ちょっとヨかったわよ...」

 顔を上げた女が、頬を染めながらそんな返答をしやがった事に、なんとも言えない腹立たしさしか残らなかった。

 前言撤回だ。
 そんなモン無かった。
 ひと欠片も無かった。

 「俺はなんッにも良くねェわ、頼むから死ねよ!」
 「んふふ、ヴェル様程じゃないけど、まあまあの罵声かしら。美しさって、ホント罪ね」
 「ぐぉおお、なにこいつ前向き過ぎて逆にタチ悪ィ......!」

 頭を抱えながら、テーブルに自分の頭を打ち付けてしまいたい衝動と戦う俺。

 マジでなんなのコイツもうやだ。

 「子鼠の相手も予想外に名残惜しいけど、そろそろ時間だわ。それじゃあ、ヴェル様にヨロシクね」
 「誰がヨロシクするもんかよクソ女」

 「やだ、嫉妬?意外とカワイイのね」
 「死ねよ」

 雑に答えながら、とっとと行ってくれと切に願う。

 何が嫉妬だ、つーかどれに対してだよ。
 むしろ煩わしさしかねーわ。

 そう考えていたんだけど。

 「アナタのその目、わりと好きよ」
 「は?」

 唐突な言葉を投げ掛けると共に、おもむろに顔を近付けられて、その妖艶な笑みと整った顔に、ドキリと心臓が跳ねた。

 本当に突然の事に、訳が分からなくて全く動けなくなるほど体が硬直してしまった。

 ...俺の目は、灰銀だ。
 普通の人間がおおよそ持つ事が出来ない、この金属のような色彩は、色んな奴から“不気味”だの“気味が悪い”と言われ続けて来た。

 それを、好きだなんて、初めて言われたから。

 そしてソイツは、妖艶に微笑みながら、口を開く。

 「その、ゴミクズ見るみたいな目、ワタシ好み」
 「マジで死んでくれないかなコイツ」

 台無しだよ。

 「んふふふふ、じゃあね~」

 思わず脱力してしまった俺なんて全く気にした様子も無く、ソイツはそんな風に楽しげに笑いながら、俺の前から去って行った。

 ............嵐とか、そんなん通り越して竜巻みたいな奴だと思う。
 あの時の旦那サマの気持ちが痛いほど分かる。

 なにあいつ、なんなの、マジで。
 ホントに意味分かんない。

 なんであんなんにドキッとしたの自分。
 やだ、死にたい。

 アレかな、魔族の血かな。
 マジ厄介だなコレ。


 「シンザ、そこで何をしている?」

 耳通りの良い、低くて艶やかな落ち着いた声が俺を呼んだ事で、それが一体誰なのか瞬時に理解した俺は、ほぼ反射的に俯いていた顔を上げた。

 「っ!」

 そのまま、辺りに自分達以外の誰かが居ないかどうか、気配を確認する。
 この会話を誰かに聞かれてしまっては、自分の主である偉大な旦那サマに御迷惑が掛かってしまうかもしれないと思ってしまったからだ。

 今の所、誰もいない。

 居るのは、俺に呼び掛けた張本人、我が主君であり、旦那サマ、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵その人だけ。

 だが、俺がここで奴らの会話を聞いていた事は、旦那サマもご存知の事の筈。
 にも関わらず、わざわざ俺の前に来てくれたという事は、旦那サマは周りに誰もいないと分かっていらっしゃった事に他ならない。
 つまり俺は、焦り過ぎて空回りしてしまったらしい。

 ホントに何やってんだろ自分。

 自分で自分に呆れてしまう。

 「...どうした」

 再度の呼び掛けに、俺は改めて我が主君である旦那サマを視界に入れ、そして、

 崩れ落ちるようにテーブルへ突っ伏した。

 ごん、という鈍い音が響く。

 「......シンザ?」

 訝しげな旦那サマの声音に慌てて顔を上げると、冷静な中に困惑しているような雰囲気で、俺を眺める旦那サマが、俺の間近へと歩いて来ていた。

 え、ちょ、待って、待って待って、心の準備出来てない!
 ヤバい、どうしよう、旦那サマが目の前に!

 「いや、あの、ごめんなさい、何日かぶりに間近で旦那サマを見たモンだから、なんか、衝撃受けちゃって...!」

 どうしよう、なんか旦那サマ、めっちゃ良い匂いする!
 何コレ、よく分かんないけど凄い!

 頭の中では、そんな訳の分からない事を考えていたりしてもう大混乱だ。
 なんだか旦那サマを直視出来なくなった俺は、両手で顔を覆い、視界を隠す事で少しでも落ち着こうと試みる。

 だがその時、空気が一気に冷たくなった気がした。

 「...そんな事はどうでもいい」
 「アッ、ハイ。」

 苛立ちが滲み出たような旦那サマの言葉に、慌てて両手を下ろして背筋を伸ばしてから、勢い良く席を立った。
 背後で椅子がガタガタと音を立てたけど、そんなモン気にしてる余裕は無い。

 そのまま姿勢と態度を取り繕った俺は、改めて簡単に説明する為に口を開いた。

 「...えっとですね、俺なんかがやって、おこがましいかとは思ったんですが、この通り、潜入して情報を集めてました」
 「...そうか」

 俺のやってた事なんて分かり切っているだろうに、旦那サマは何事も無かったかのように頷く。

 「それでですね、一応さっき旦那サマが向こう行った後の奴らの会話を聞いてたりもするんですが...」

 言葉を濁すようにそんな確認をしようとして、気付いた。

 ...何言ってんだ自分、馬鹿か。
 旦那サマがココに居る時点で俺の情報を確認しに来たに決まってんじゃん。
 だってあの時、俺達に気付いてこっち見てたんだから。

 マジでなんなの自分、どんだけポンコツになれば気が済むの。
 俺をこんなにさせるの旦那サマだけだよ、って何か変な言い方考えちゃった何コレやだ。

 「...情報は少しでも多い方が良いが、この場では不適切だ。帰還後、書面に纏めたまえ」

 「あ、はい、分かりました...」

 淡々とした旦那サマの返答に、なんだか少しだけいたたまれなくなって、つい、歯切れの悪い感じの返答をしてしまった。

 そして、そんな俺に気付かない旦那サマでは無い訳で、旦那サマはどこか怪訝そうな面持ちで俺を眺める。

 「...どうかしたかね」

 そんな静かな問いに、言葉はポロっと零れ落ちた。

 「いえ、俺の情報って必要なのかな、と」

 だって旦那サマだから、俺くらいの事、きっと簡単に出来てしまう筈だ。
 そう考えたら、俺みたいな奴なんて、旦那サマには不必要なんじゃないか、なんて。

 そんな事を考えてしまったのだ。

 この感情が何なのか、全く分からないままで。

 「何を言っている?」
 「へ?」

 どこか不愉快そうに聞き返して来た旦那サマに、つい、間抜けな声が出た。
 だけど、当の旦那サマは冷静に、淡々と、まるでそれが当たり前みたいに告げる。

 「情報は多い方が良いに決まっているだろう」
 「や、でもですね、旦那サマが既に知ってる内容だったら意味無いじゃないですか」

 ついしてしまった反論に、旦那サマはまたしても、怪訝そうな雰囲気を醸し出しながら緩く首を傾けた。

 「貴様は馬鹿か」

 断言された!?

 「同じ情報など殆ど存在しない。見る者が違えば、違う観点からの情報となる」

 風の精霊の悪戯か、辺りを一陣の風が通り抜けて、冷静な分析を口にする旦那サマのサーコートの裾が、フワリと持ち上がる。

 「例え内容が同じだとしても、それだけで整合性の増す有益な情報だ」

 氷みたいな透明度すら感じてしまう青い瞳から目を逸らせなくて、反論する気さえ起きない。

 「どんな些細な情報でも、そこから全く異なる新たな情報が見える事もあるだろう」

 旦那サマの言葉にただ耳を傾けながら、その青い瞳に見据えられ、一歩も動けなくなった。

 「あまり己を卑下するな、私が必要としている事実があるのだから、それ以外の理由など要らんだろう」

 静かに断言されたそんな言葉は、するりと胸の中にまで染み渡って、フワフワとした不可解なモノに変化した。

 暖かくて、嬉しい、そんな何かに。

 これが一体何なのかは、感情について初心者な俺には理解出来ない。
 だけど、そんなの生まれて今まで感じた事が無かったから、なんだか物凄く混乱してしまった。

 必要とされている、たったそれだけでこんなにも感情が掻き乱されてしまう。

 泣きたいような、それでいて満たされるような。
 ...もしかして、これが感動、ってやつなんだろうか。

 感じた事の無い感覚に動揺が隠せなくて何も言えなくなってしまった。

 そんな俺を見兼ねてか、旦那サマが不意に、その口元を緩めた。

 「まぁいい...私にはまだ挨拶回りが残っている。帰った時、直ぐに読めるようにしておきたまえ」
 「っはい!かしこまりました!」

 「...ではな」

 たったそれだけを告げて踵を返す旦那サマは、そのまま颯爽と去って行く。
 その後ろ姿に、ただ、思った。

 やっべえ...旦那サマめっちゃカッコイイ...!!

 掌を、胸を抑えるように心臓の上へなんて当てなくても分かるくらい、心臓が撥ねていた。
 まるで耳元で心臓が音を立ててるみたいだった。

 あの変態の時とは比べ物にもならないくらい。

 うん、あれ、魔族の本能によるただの気の迷いだったわ。




 

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