ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 そして、旦那さんの方はと言えば、私に言わせれば演技力不足。
 心配している、という事を隠そうとし過ぎて過剰なリアクションになり、結果本来したい表情とは違うのだろうあの呆れたような表情になっているのである。
 表情筋が変な仕事の仕方をしてしまった典型と言えるだろう。

 だが、問題はそこじゃない。

 一瞬傷付いたような表情を見せたあと、慣れたように取り繕ったような笑顔を浮かべた姪っ子ちゃんの方だ。

 おい、ちょっと待て。
 慣れてる?いやいやいや、ダメだろこれ、ダメなやつだよ、どう考えても。

 「二人共、待ちたまえ」

 「あら、どうされましたのお兄様」

 優雅に笑う妹さんはめっちゃ綺麗なんだけど、今はそんなん放置だ、放置。

 「......まさかとは思うが、クリスティアに対し、今までずっとその態度かね」
 「はい、そうですが、何か問題が?」

 はいアウトぉぉおお!!
 なにしてんのこの母親!馬鹿か!
 馬鹿なんだね!分かった!

 「ふむ、では私からみた二人の、実の娘に対する態度を客観的に指摘する事にしよう」

 「......はぁ...?」

 不思議そうな声を発する旦那さんに苛立ちが湧いた。

 無自覚かこのクソ親父。

 本来、よそのご家庭の教育方針に文句付けるとか、どう考えたって余計なお世話なんだろうけど、それでも口を出さずにはいられなかった。

 子供にあんな悲しい顔させておいて、気付いてないとか親失格だ。

 イライラを全力で隠しながら、努めて冷静になるよう自分自身へ落ち着けと自己暗示をかけ、とにかく表情を変えないように、冷静沈着、ただし威厳たっぷりになるよう、静かに口を開いた。

 「...まずロザリンド、君は、実の娘が鬱陶しく、嫌いで、煩わしいと思っているようにしか見えない」
 「......なんですって?」

 言い切った途端に、妹さんは苛立ちで歪んだ表情を扇子の下に隠しながら棘のある声で聞き返して来た。

 なんでもクソもそんな風にしか見えんわバカタレ。

 本来の私なら妹さんの剣幕にビビって返答すら出来なくなっていただろうけど、苛立ちが勝っている今、何も怖く感じなかった。
 とりあえず今は妹さんを無視して、次に旦那さんの方へと視線を向ける。

 「次に義兄上、貴方も同様、実の娘が不出来ゆえに煩わしく、まるで愚か者を見ているような視線を向けているようにしか見えない」
 「......えっ」

 キッパリと言い放ってやれば、旦那さんは、鳩が豆鉄砲食らったみたいなぽかんとした表情で呟いた。

 あぁ、うん、マジで無自覚だったのかよ父親失格だな。
 つーか、義兄上って呼んでみたけど反応薄いな、大丈夫そうならこのまま呼ぶぞ?

 その時、姪っ子ちゃんがどこか慌てた様子で、それでもさっきまでと変わらない取り繕ったような笑顔を貼り付けた顔で、私の服の袖を引いた。

 「おじさま、良いのです!わたくしはお父様とお母様に疎まれている事など、既に承知しております!だからっ......!」

 ポロリと、零れていく一粒の涙。

 うん、そっか。
 ずっと我慢してたんだね。

 大丈夫、ちょっと説教するだけだからね。

 姪っ子ちゃんの頭を軽く撫でながら、私は一つ息を吐いた。

 「クリスティア、まず、それが間違いだ」
 「えっ?」

 キョトンと、不思議そうな表情で首を傾げる姪っ子ちゃんは、本当に可愛らしい。
 だからこそ、その両親が訳分からん事をしているのが許せなかった。

 「ローザ、見栄を張るのは辞めにして、扇を下げなさい」
 「で、ですが......」

 まさか娘がそんな風に感じていたなんて、全く気付いていなかったのだろう。
 さっきの姪っ子ちゃんの言葉で、ようやくその事に気付いたのかもしれない。
 動揺を隠すように扇子で目元まで隠しながら、言い淀む妹さんの目はあちこちに泳いでいた。

 オーギュストさんの記憶と擦り合わせながら、妹さんの心情を何となく察した私は、改めて口を開く。

 「扇が必要なのは社交の場などの公の場のみだ。
 君はすぐに口元に表情が現れる。
 それを気にしての行動という事は理解出来る」

 早い話、彼女は演技が下手なんだろう。

 私の言葉に対し、バツが悪そうに視線を逸らしているのが証拠だ。

 「だが家族同士でそれは、娘を、そして家族を信用も信頼もしていないと同義だろう。
 そんな事をしていれば誤解されても当たり前だ」
 「.........はい」

 思う所があったのか、妹さんは少し落ち込んだ様子を見せながら、ゆっくりと扇子を下ろし、パチリと閉じた。

 さて、次はこの馬鹿親父だ。

 正面に視線を向けオーギュストさんの記憶から擦り合わせ、目の前の男のデータから、何故こうなったのかを考えた。
 うん、これはアレかな。

 賢い子の親が陥りやすい、ウチの子は天才!だから大丈夫!っていう鬱陶しいヤツか。

 「それから義兄上、貴方はクリスティアを評価し、期待を掛けているのは理解出来る」

 カマをかけるようにそう告げた瞬間、そうでしょウチの子凄いよね!みたいな顔を一瞬浮かべ、取り繕ったみたいな笑顔を浮かべたのを私は見逃さなかった。

 はい、これダメ親父確定だわ。

 少し息を吸って、吐き出すように言葉を続けた。

 「だがしかし、彼女はまだ経験が浅い。
 貴方の演技を見破れる程の技量はまだ彼女には無い事を知りたまえ」
 「な...、クリスティアは賢く、そして聡明です!」

 はい現実見ろ馬鹿親父。

 「だが、彼女はまだ12歳ですらない事を忘れていないかね」
 「......あ......」

 今、私に言われてようやく思い出したみたいな顔しやがったぞコイツ、さすがは親馬鹿を通り越した馬鹿親父。

 「クリスティアは、君達に認められたくて全てを我慢し、必死に背伸びをしているに過ぎない。
 彼女はまだ幼い、甘えたい盛りの、庇護の必要な子供なのだよ」

 いくら貴族でもさ、こんなにも可愛い子供に一体何をさせてんだよ、親だろお前ら。
 そんなだからあんなにも大人びて、自ら己を犠牲に出来るような子になっちゃってんだろうが。

 「...では、私達のしていた事は...」
 「クリスティアに辛い思いをさせ、突き放していただけ、だな」

 呆然と呟く旦那さん改め、馬鹿親父に向け、キッパリと言い放つ。

 「なんて事......!あぁ、クリスティア、ごめんなさい、ワタクシがくだらない意地を張っていたばかりに......!」

 そんな風に言いながら、半泣きで席を立って私の後ろを通った妹さんは、姪っ子ちゃんへと近寄ると壊れ物を扱うかのように彼女の頬へ触れる。
 次いで、旦那さんも席を立ち、姪っ子ちゃんへと目線を合わせるように片膝をついた。

 「クリスティア、本当にすまない、君に辛い思いをさせているなんて、考えもしていなかった......!」

 「えっ?えっ?」

 何もかもが予想外だったのだろう。
 そんな訳がないと思いながらも、そうだったらいいのに、と期待してしまって、そんな自分に嫌悪感を抱いている、それが表情だけで良く分かった。
 彼女は、両親の言葉を信じたくても、怖くて信じる事が出来ないのだ。

 「...突然の事で戸惑っているだろう、クリスティア。だが、これは現実であり、真実だ」

 正面から母親に、横からは父親に、泣きそうな顔で謝罪された彼女は、ふるふると小さく身体を震わせながら、恐る恐る、口を開く。

 「わたくしは、お父様とお母様から、嫌われて......」

 『ません!!』

 重なるようにキッパリと断言した彼等の言葉に、私はつい、笑いそうになってしまった。

 めっちゃ必死だな、この二人。
 いや、娘からの信用が全く無いかもしれんのだから仕方ないけどさ。

 内心では、プークスクス、とか笑ってしまいながら、姪っ子ちゃんへと視線を向ける。

 「だそうだが?」

 「ほん、とうに?」

 途切れがちな言葉は、信じても良いのか分からなくて困っているような響きで、そんな彼女の表情は今にも泣き出しそうだった。

 「あぁ、本当に、だ」

 姪っ子ちゃんへ優しく声を掛けたその次の瞬間、本当に唐突に、冷静になってしまった。
 さっきまで失笑してたのに、そんな気持ちは、もはや微塵も無い。

 オーギュストさんの記憶では、二人共、我が子に対してこんな事になるような人じゃない事に気付いたからだ。

 不安感が払拭されたせいなのか、堰を切ったように泣き始めた小さな少女と、そんな我が子を正面から優しく抱き締める母親。
 そして、そんな二人を横からそっと抱く父親。
 親子の亀裂が埋まった微笑ましい様子を眺めながら、冷静な頭が思考する。

 記憶の中の妹さんは、素直になれない、だけど、情に厚くて感情豊かな、そんな可愛らしい子だった。
 旦那さんの方は、オーギュストさんのクラスメイトで、優しくて明るくて、凄く真面目、そんな素敵な人だった。

 二人共、ちゃんとした普通の感性と礼儀と、誇りを持っていたのだ。

 それが、あんな風に周りが見えなくなってしまうなんて、考えられない。

 何か原因がある筈だ。

 ...あぁ、だけど、それを言ったら王様だって元々凄く優秀な人だったのだ。

 もしかして、全ては、オーギュストさんがあんな風になってしまったからなのではないだろうか。

 ただの自意識過剰だ!と一蹴出来たならどれだけ良かっただろう。

 良くも悪くも、彼等にとってオーギュストさんの影響力は大きい。

 そりゃそうだ、身近な人が頭おかしくなったら、誰だってショック受けるに決まってる。

 という事は、少なくともオーギュストさんに原因があるんだろう。

 だけどそうなってしまったのは、ジュリアさんが亡くなってしまったからで。

 ...要するに、戦争を起こした奴が全ての原因という事になる。

 戦争が起きて、ジュリアさんが亡くなったから、少しずつ歯車が壊れて、だんだんと被害が大きくなって、結果が、今なのだ。

 誰も悪くない。

 私も、オーギュストさんも、妹さんも旦那さんも、王様も王妃様も。
 皆、被害者だ。

 だけど、それを正し、心の傷の対処が出来るのは根本に近い当事者だったオーギュストさんだけだろう。

 きっとオーギュストさんもそれを望むだろう。

 自分が原因でこんな事があちこちで起きているのなら、止めなくてはならない。
 そう言って、自分が潰れるまで頑張ってしまうんだろう。
 誰にも頼らず、自分一人だけで。

 あの人はまた、自分自身を削りながら奔走するんだろう。

 本当に不器用な人だから。


 そこまで考えて、腹の底からフツフツとした怒りが沸いた。

 許せない。
 だって、そうじゃないか。

 戦争さえ無ければ、こんな風に拗れてしまう事なんて無かった筈だ。

 あぁ、もうマジでさ、何してくれてんだよ、ふざけんな。


 絶対に、見付けてやる。


 見付けた後の事は考えてないけど、今はどうでもいい。
 誰だか知らんが必ず見付けて、後悔させてやる。

 オーギュスト・ヴェルシュタインの居る国に手を出した事を。

 決意を固め、空を見る。
 清々しい晴天を視界に留めながら拳を握り締めた。



 首洗って待ってろ糞野郎が!!



 

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