ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 訳も分からないまま、それでも王子は王族としての矜恃の為、なんとか恐怖を押し込め、必死に口を開いた。

 「っお前、何を言っているのか、理解しているのか!」

 「当たり前です」

 キッパリとそう言い切った少女に、王子は泣きそうになった。

 もうやだこの女めっちゃ怖い、誰か助けて。

 つい弱気になってしまったその時、その場に新たな人物が現れた。

 カツリカツリと、硬質な靴音が辺りに響くと、いつの間にか出来ていた人垣が割れ、壮年の男が姿を見せる。

 「一体何の騒ぎだね?、淑女が声を荒げるものではないよ、クリスティア」
 「おじさまっ!?」

 その言葉に少女が慌てた様子で振り返る。
 だが、王子の記憶に、その男の存在は全く無かった。
 しかし、全く見覚えが無いにも関わらず、どこかで見たような既視感。

 「......誰だ?」

 思わず、そう呟いてしまっていた。

 そんな王子の呟きに、その男は一切の澱みの無い、素晴らしい騎士の礼をした。

 「これは王子殿下、以前の生誕パーティ以来、ご無沙汰しております、ヴェルシュタイン公爵家当主、オーギュストでございます」

 「誰だ貴様!!」

 名乗られた名前と、記憶の中の外見の一切が一致しなかった王子は、大声で問い返した。

 王子の頭の中は、混乱しかない。

 壮年の男は体勢を元へ戻すと、顎に手を当て、どこか考えるような素振りを見せた後、何でもない事のように言葉を返した。

 「ふむ、ひと月ほど患っている間に随分と痩せてしまいましたからな、無理もありますまい」
 「痩せただと!?そんな生ぬるいものじゃないだろう!!別人ではないか!!」

 痩せただけで、こんなにも変わってしまう筈が無い。
 あの豚のような男が、こんな、父上にも劣らない美丈夫になる訳が無い。

 あの、まるで農民らが食肉の為にだけ育てたような豚と変わらぬ大量の脂肪は、一体どこへ消えたというのか。
 面影など、青みがかった銀髪と、アイスブルーの瞳と、性格が悪そうな目付きだけしか残ってないじゃないか!

 常識の欠けた王子は、そんな考えの元、不躾に男を指差しながら断言する。
 そんな王子に対して、男の方は堂々と口を開いた。

 「別人とは、おかしな事を仰る。
 殿下がお産まれになる前はこのような体躯だったのですよ?」
 「なっ、そんな、僕の産まれる前の事など知る訳がないだろう!!」

 事実かどうかが全く分からない話を持ち出して来るなんて、なんて卑怯な男だろう。

 訳の分からない事を言って誤魔化そうとしたって、僕はあの女のように馬鹿じゃない、そんな言葉で騙されないぞ...!
 そんな風に思い定める王子を尻目に、男は顎に手を当てたまま、緩く、首を傾げた。

 「ふむ、おかしいですね。殿下が知らない訳が無いのですが」
 「なんだと!?」

 冷静な男の言葉は、王子の神経を逆撫でした。

 それでは僕が馬鹿だと言っているのと同じようなものじゃないか!

 男を睨み付け、荒々しく問う王子に対して、当の男は身長差ゆえに王子を見下ろしながら、サラリと告げた。

 「謁見の間へ向かう回廊に、若かりし頃の国王陛下夫妻と、私と亡き妻が共に居る肖像画が飾られております」

 「......へっ?」

 その返答は余りにも予想外であった。
 王子は思わず呆然と男を見ながら、そんな間抜けな声を発する事しか出来なかった。
 そんな王子を放置して、自分には関係無いとばかりに男は言葉を続ける。

 「ご存知ありませんか?、では、後日にでも陛下にお聞きすれば良い。
 きっと、殿下の知り得ない学生時代の話も聞かせて下さる事でしょう」

 「え」

 王子の口からぽつりと、そんな声が零れた。

 自分から会いに行けば父に会えるなど、考えた事も無かった。
 侍従や侯爵殿に相談しても忙しくて無理だろうと、余り邪魔をしてはいけないと諌められてばかりで、自分の部屋から抜け出す事は有っても、そのまま父や母に会いに行く事が出来るかもしれない、という事には気付いていなかったのだ。

 この時、許可なく会いに行ってはいけない、という王子の中の、ラインバッハ侯爵に植え付けられた歪んだ常識が、覆された。

 呆然とする王子を前に、不意に男が一礼する。

 「では殿下、私はこれにて御前失礼致します。
 さてクリスティア、行くとしよう」
 「えっ、あっ、えっ?」

 礼の後、さり気無い所作で少女をエスコートしようとする男に、少女は戸惑った様子を見せた。

 王子は、様々な事が起こり過ぎた弊害か、常識を覆された混乱と戸惑いと、それをこの、自分を馬鹿にした男にされたという苛立ちとで、完全なパニックに陥っていた。
 それでも、王族としての矜持が許さなかったのか、無理矢理に声を上げる。

 「ま、待てっ!」

 王子の呼び掛けに、男はピタリと足を止め、静かに、そして堂々とした態度で振り返り、王子を見た

 「何かございましたか?」

 丁寧に、そして優雅さを含んだ所作で聞き返す男に、王子は訳が分からないまま、しかし何も考えずに思った事を口にした。

 「貴様、何を企んでいる...!?」

 王子の脳内では、自分の信頼する侯爵が、誰だかも知らない男性と話していた声だけの会話が蘇っていた。

 ──......いえ、ただ、少し不安になってしまったのです。
 もしや、あれ全て、己の地位を確立する為だけにやったのではないかと.........──

 ──......まさか、やはりあれは公爵本人ではないと...!?......──

 ──......姿形は確かに公爵でしたが、本物かどうかはで、私には判断出来ません。
 しかし、あの光、あのくらいならその辺りの魔術師にも出来るように思います......──

 ──......それはつまり、あの公爵は、偽りの賢人、と?......──

 ──......いえ、断言は出来ません。
 ですが、その可能性の存在に、つい不安になってしまったのです......──

 記憶力の良さには自信が有った王子は、会話の一語一句を思い出し、そしてその結果、パニックだった頭は一気に冷静になった。

 そうだ、この男は、一体何をどうやったのかは全く不明だが、公爵本人では無いのだ。
 他人であり、偽者で、皆を騙している最低な嘘つきだ。

 実は王子のその考えが真実に一番近いのだが、これは一体何の皮肉だろう。
 だかしかし、一応本人の肉体であり、記憶もあるので、完全なる別人とは言い難いのが微妙な所である。

 そんな王子を前に、男は変わらぬ態度で問い掛けた。

 「......何が仰りたいのですか?、殿下」

 「姪を己の傀儡くぐつにするなど、何も企んでいないなんて言えんぞ!、あまつさえ、賢人を名乗ったそうじゃないか!」

 信頼を通り越して、心酔に近い感情を己の姪に位置する少女に抱かせるなど、悪い事を考えていなければする訳が無い。
 どうせ、傀儡として育てた姪を王子である自分にあてがい、王となった時口出ししやすいようになどと浅はかで愚かな事を考えているのだろう。
 その考えがほぼ完全なブーメランになって自分の信頼する侯爵殿へ向かっている事など知りもせず、そう思い込んだ王子は自信を取り戻した。

 王子を見据える男は小さく息を吸い、それからハッキリと言葉を発する。

 「私を疑うのは構いませんが、クリスティアを貶めるような事を仰らないで頂きたい」

 「えっ?」

 そう言った男の表情はまるで人形のように表情が無く、一瞬何を言われたのか理解出来なかった王子は、何度か瞬きを繰り返し、それから首を傾げた。

 しかし男は王子を無視し、淡々と続ける。

 「殿下の仰りようでは、我が姪であるクリスティアが愚か者のように言われていると同義。
 彼女は傀儡などになる程、愚かではありません」

 王子にとっては無礼としか感じなかった男の言葉に、ついカッとなった王子は、思考する事を放棄するように激昂した。

 「っお前の言う事など信用出来るか!」

 「ならば、彼女を婚約者候補から外すよう、此方からも進言致しましょう」

 「なんだと...!?」

 すぐさま返ってきた男からの言葉は、またしても王子には予想外以外の何でもなく、驚愕に目を見開いて、それ以降の言葉を続ける事が出来なかった。

 「私にとっては可愛い姪だ。生涯を共にするかもしれない相手から疎まれ続けるなど、可哀相です」

 続けるように告げられたそんな男の言葉を頭に入れ、それがようやく理解出来た時、王子は苛立ちしか感じる事が出来なかった。

 「お前がそれを言うか...!」

 偽者で、嘘つきで、卑怯者の癖に、何もかも自分の思い通りになるとでも思っているのか
 なんて奴だ、なんて、最低な奴なんだ!!

 そんな王子を前に、男は何処か呆れたように、ふう、と息を吐いた。

 「......先程も申し上げましたが、私を疑うのは構いません、私の信用など地に落ちておりますからな」

 「何が言いたい...!」

 王子は、男の言い分を促すように、まるで射殺すような視線を向けながら告げる。

 「......殿下」

 ふと、底冷えするような低い声と共に呼び掛けられ、男と目が合う。
 すると、王子は生まれて初めて、自分の血の気が下がって行く音を聞いた。

 「っ...!?」

 それは、さざ波のような、なんとも言えない音だった。
 心臓はうるさいくらいに音を立てているのに、寒くて仕方がない。

 何か言おうとしても、出てこない。
 目を逸らそうと考えたけど、逸らしてしまえばきっと自分は殺される。

 本能的に、王子が一歩後退った。

 「あまり私を侮らないで頂きたい」

 全てを凍てつかせ、隙を見せれば生命を奪っていくかのような、青い瞳が怖くて、恐ろしくて仕方がなかった。


 怖い、怖い!怖い!!

 なんで、どうして僕がこんな目に!


 余りの恐怖に涙さえも出ない、声も、息も、何もかもがあの青い瞳に止められてしまった。

 だが、その感覚は不意に消えた。

 「おじさまっ!」

 そう言って、少女が男の服の裾が引いたからだ。
 まるで、何事も無かったかのように、男は穏やかな表情で少女を見る。

 「どうかしたかね、クリスティア」
 「子供の喧嘩に、大人が口を出さないで下さいませ!」

 キッパリとした口調で、諌めるような言葉を男へと掛ける少女に、王子は別の意味で肝が冷えた。
 目の前で一応の知り合いが殺されてしまう気がしたのだ。

 それは周りの野次馬達も同様で、辺り一帯から息を飲んだような密やかなさざめきが起きる。

 しかし、皆の予想通りとはならなかった。

 「クリスティア、君の言いたい事は理解出来るが、此処は公共の場、騒ぎにする事は得策では無いのだよ?」

 男は穏やかに、そして優しく少女を諌めたのだ。

 一番始めに騒ぎを起こしたのは誰かと言われれば、それは王子であったのだが、賢明な少女は謝罪の言葉を口にする。

 「それはっ、...大変、申し訳なく思います...」

 自分は少女に助けられた。
 それを理解は出来ても、認めたくなかった。

 自分が謝る事で全てが解決するなど王子の頭には微塵も無かったゆえの結果なのだが、王子にとってそんな事は知る訳も無い。

 そんな王子はスルーされ、男は少女へ優しい言葉を掛けた。

 「君を責めるつもりは無い、まだ子供なのだから間違えるのは当たり前だ。
 だが、この場が喧嘩に向かない事は理解出来たかね?」

 「はい、淑女にあるまじき行いでした...」

 「では、何をすべきか、分かるね?」

 それはまるで、父親が小さな子供を優しく注意するような、微笑ましさのある光景であった。
 その様子に、周りの野次馬達もホッとした雰囲気になる。

 男の言葉をきちんと理解した少女が、嬉しそうに、そして、何処か誇らしげな表情を見せた。

 「勿論ですわ!
 皆様、お騒がせ致しまして申し訳ございませんでした。わたくしはこれにて失礼致しますので、どうか皆様、パーティを楽しんでくださいませ」

 くるりとスカート翻しながら、野次馬達へと向き直り、優雅に、そして可愛らしく呼びかける少女は、可憐で、会場の誰よりも美しく見えた。
 それはまるで、小さな白百合のような美しさだった。

 吊り橋効果、というやつなのかもしれない。
 だかしかし、王子にそんなものは知識に無い為知る訳も無く、その笑顔を作ったのがあの男だという事が気に入らなくて仕方が無かった。

 「殿下?」

 「...っ!」

 男の呼び掛けに意識が現実へ浮上した王子は、そういえばこういう時は自分も何か言わないといけないのではなかったかと思い至り、必死に言葉を考える。
 だが、上手く言葉を纏められず、悔しい気持ちが去来した。
 無意識に、ギリッと歯軋りの音を響かせてしまうが気付く者は少ないだろう。
 そして、改めて王子らしい毅然とした態度で辺りを見回した。

 「っ皆、騒がせて、すまなかった」

 たったそれだけしか答えられず、王子は王族として、悔しくて仕方が無かった。

 王子の言葉でようやく解散して行く野次馬を目の端に捉えながらも、王子は少女から目を離す事が出来なかった。
 そんな中、男は少女を伴いつつ礼をし、改めて王子へ声を掛ける

 「では殿下、失礼致します」
 「ごきげんよう、殿下」

 男の後に続くようにそう言って、可憐に去って行こうとする少女を見て、それから苦々しい思いを抱えながら、2人へ視線を向けつつ、王子は答える。

 「......あぁ、パーティを楽しむと良い」

 その王子の言葉は、まるで虚空へ消えていくかのような感覚がした。

 何とかして、少女をあの悪魔のような男から助け出さねばならない。

 そして、そんな王子の頭には、一つのとある仮説が成り立ってしまった。

 公爵として成り代わる事の出来る技量、そして、あの、とてつもない恐怖感。

 あの男はきっと、魔族なのだ、と。




 

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