ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 なんにも良くないと思うんだけど、彼女にとっては良い事なんだろう。

 目を逸らせば良いのに、なんか負けたみたいでそれも出来なくて、じっと見詰めてしまった。

 「あんっ!、ヤダ、我慢出来なくなるっ」


 あ、ダメだやっぱこの人、本物だ。


 ドMだよこの人どうしよう気持ち悪い、露骨過ぎて凄く気持ち悪い。
 自分がそんな風に見られてるとか考えると余計に気持ち悪い。
 何コレ初めて見たよドMってこんなにキモかったんだ知りたくなかった真面目に知りたくなかった。

 「......気持ちが悪いな...」
 「ああん!その汚物を見たみたいな表情、冷たい声...っ」

 ただドン引きしながら見下ろしてるだけなのに更に興奮し始めたんですけど何コレ、やだコレ。

 あかん、今までに無いくらい帰りたい。
 実家の猫撫でたい。モフりたい。

 癒しが、欲しい。


 「あぁっ、もっと、もっとチョーダイ!ハァ、ハァっ......貴方に見下されるだけで、私の、身体の奥が熱くなるわ、......凄く、イイ...!」

 「気持ちが悪い、喋るな」

 余りのキモさに思わず足に力を入れてしまったんだけど、彼女は何故か死ぬ事も無く、そして中身が出たりする事も無く、どちらかと言えば更にヒートアップし始めた。

 「んぅっ!あっ、ハァっ、素敵、凄く痛い!こんなの初めて...!もっと、もっとワタシを嬲って!」


 う、うわぁぁあああああああ!!!


 内心で、最早思考さえままならず、ただ喚く。
 もしもこれが外面に出ていたら、ホラー漫画に出て来る、見てはいけない何かを見てしまって、恐怖で叫んでいる人みたいな顔になっていた事だろう。
 そのくらい衝撃的だった。

 表には勿論出していない。
 これは絶対出しちゃダメなヤツだ。

 なんか踏んでるのが嫌になったので、とにかく必死に感情を押し殺しながら足をどける。

 「っあ、いやっ、もっとワタシを、その冷たい目で見て、蔑んでっ!ぁあんっ、もっと、強く縛って......!」

 やめろそんな目で私を見るなマジでやめろこっち見んな。
 もう良いやコイツの事はドMって呼ぼう。

 「ハァッ...、ぁ、もっと踏んでくれても、いいのよ...?いえ!踏んでチョーダイ!ハゥッ、......その、お御足で、靴の底でワタシを思いっきり踏んで!、ぅあっ、骨の一本二本、折ってもいいのよ......もっとワタシに快感をチョーダイ!」

 ハァハァと荒い息を吐きながら、血走った目で嬉しそうに懇願されて、ドン引き通り越して恐怖を感じてしまった。

 泣きたい。

 どうしよう何コレ、本気で気持ち悪いどうしたらいいのコレ鳥肌ヤバイ誰か助けて!

 余りの事に、私の魔力が暴走しているのかドMの回りだけ空気が重くなった気がした。

 その重圧でか、床からミシ、という音が聞こえ、次いでドMが嬉しそうな声を上げる。

 「ぁあああんっ、身体中がミシミシいってる...!凄くイイっ!、んっ!あっ、ヤダ、ワタシったら、なんてはしたないの...濡れてきちゃった...」

 アーアーアー聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえないアーアーアー

 内心で必死に聞こえないふりするけど、耳なんて塞いでない訳だから結局聞こえてしまっていた訳で。
 もうとりあえず、聞かなかったし深く考えない事にする為に、とにかく無理矢理、右から左へ聞き流した。

 いやマジでなんなのコイツキモい、つーか女の子のドMってこんなに気持ち悪いんだね、知りたくなかった。
 いや、こいつが無駄にキモいだけかもしれんけど知らんし、あと出来れば男のドMも御免被りたい、っていうかドMという存在自体御免被りたい。
 世の中のドMさんを悪く言いたくないけどごめんこれは無理。

 もうやだ泣きたい、いやもう泣きそう、誰か、そうだ、隠密さんを呼ぼう。
 執事さんを夜中に部屋に呼ぶとか申し訳無いから出来ないし、職業的に彼が一番情報通だろう。

 「シンザ、居るか」

 「はいはーい、呼んだー?って、え?何この状況」

 呼んだら即座に来てくれた隠密さんは、顔が隠れた忍者スタイルだった。

 なんかもう恥も外聞もかなぐり捨てて泣き付きたくなったけど、とにかく必死に押し殺して、表に出さないよう、いつもの表情と態度を貼り付けながら口を開く。

 「この女はネズミだ」

 「あんっ、ネズミじゃなくて、メスブタって呼んでくれない...?」

 熱い視線と共にそんな言葉を投げ掛けられ、なんか恐怖と安堵が混ざり合った結果、今までに無いくらいめちゃくちゃイラッとした。

 「...なんだその態度は?そんなもので己の欲求が叶うとでも思っているのかね、浅はかだな。立場というものを弁えたまえ」
 「ああん!なんて良い罵倒...!そんな冷たい目で見つめられたら、ワタシ、また濡らしちゃう...!」

 うわあああああああああああ逆効果だったああああああああああああ!

 苛立ちをぶつけるみたいに考え無しに暴言を吐いてしまった結果、物凄く気持ち悪く悦ばれてしまった。

 自業自得だけどどうでもいい、ドMもうやだ、マジでヤダ。

 いかん、なんか拒否反応でか吐き気がして来た...、落ち着け私、頑張れ私。


 「え?、マジ何これ」


 意味不明過ぎてか、ポカーンと立ち竦む隠密さん。

 仕方ないよね、私でもなると思うもん、こんなん。

 まあ、今は良い、それよりもだ。

 「...シンザ、この女について知っている事はあるか」
 「え?あぁ、うん、えっと、...........................えっ?」

 私の言葉に促されて傍らまで来た隠密さんが、しゃがみ込んでドMを確認すると、今まであんまり聞いた事無いような動揺した声が隠密さんの口から零れ落ちた。

 「どうした」
 「旦那サマ、コイツ、“真紅”だ」

 「ほう?」

 「紅い目、紅い髪、今まで俺に気付かれず居た実力を考えると、間違いない。王家に仕える影、“真紅”だよ」

 えーと、影っていうと、あれでしょ、時代劇で言う暗殺者とか、忍びみたいなのでしょ?

 それがコイツ?

 えっ?王家ってドM飼ってたの?

 「あん、嫌だわ、そんな呼び方。ローズって呼んでちょうだい」
 「メスブタと呼ばれたかったのではなかったか?」
 「そう呼んでイイのは、ア・ナ・タ・だ・け。」
 「鬱陶しいな」

 うふ、なんて色っぽく笑いながら、床の上で、身体をクネクネさせるドMの言葉を一蹴する。

 腹立つし気持ち悪いからそういうのやめて欲しい。

 「うわ~、真紅ってこんなヤツだったんだ~.........知りたくなかったな......」

 あはは...、なんて乾いた笑い声を発しながら、呆然と呟く隠密さん。

 うん、そうだね、全面的に同意するよ。

 だって確か隠密さん曰く、“真紅”って裏界隈で一番有名な実力者なんでしょ?
 それがコレとか、無いわー...。

 「...それで、一体何が目的だ。わざわざ当家にメイドとして潜り込んで居たのだろう」

 「ちょっとそこの、ワタシの事はローズって呼べって言ってんでしょ。
 あ、アナタは別よ?なんならメスブタ以外も、クズとかでも、あ、さっき言った売女とか、そう呼んでくれてもイイわ!」

 隠密さんに冷たく言い放ちながら、次の瞬間には私へ向けて甘い声を発するドM。

 うん、何コイツ気持ち悪い。

 「貴様は話を聞く気が無いのか?」
 「んふ、その呼び方も素敵だけど、ちょっと物足りない...」

 私のツッコミにドMは目を細め、頬を赤らめながら、更に色っぽく吐息を漏らし始めた。

 うええええん気持ち悪いなんなのコイツ、マジで。
 もう語彙が無くなって来たよ、そんなにバリエーション無いよ私。

 あかん、疲れた。

 「.........シンザ、どうにかしろ」
 「ごめん旦那サマ、俺には無理」
 「......そうか」

 ですよねー...。

 そりゃそうか、隠密さんがなんとか出来るようなら既にやってるよね...。

 どうやら私が頑張るしか道は無いらしい。

 とりあえず、相手の目的がハッキリしない事には対応策が取れない訳だから、情報を吐いて貰わないと。

 こういう時こそ、演技に集中だ。

 オーギュストさんなら、どうするか。
 記憶の中の彼の性格から考えると、きっと頑張るに違いない。

 ファイトだ私、頑張れ私。

 「ならばこうしよう。私に踏まれたいなら、洗い浚い吐け」
 「...えっ」

 私のドMに対する言葉に、驚愕の表情を浮かべその場に固まる隠密さん。

 私だって嫌なので、そこは察して欲しい。

 「はい...!仰せのままに」

 「...............旦那サマ」
 「何も言うな」

 嬉しそうなドMに、つい何か言いたそうな雰囲気で呼び掛けてくる隠密さんを制して、キッパリ言い放った。

 「それで、何が目的だ?」

 「まずは自己紹介させて貰うわ。
 ワタシは、ローズ。主様からはクリムゾン・ローズとの名前を賜っているわ。裏界隈では、“真紅”なんて記号を付けられてるわね」

 いや、別にお前の情報とか要らんけど。
 そうは思ったものの、そんな事を言ったら余計に喜びそうなのでスルーした。

 「今回、この屋敷にワタシが居たのは、主様の知己であるヴェルシュタイン家当主の護衛と、調査の為。ソレがワタシの主な任務」

 「護衛と、調査?」

 確かめる為に反芻すれば、ドMは床の上で這い蹲りながらも気にした様子も無く、むしろ誇らしげに堂々と言い放つ。

 「そう、主様の命よ。
 って言ってもアナタの事が心配で、なるべく無茶しないように見てて欲しいってだけ」

 「なるほど、故に、護衛と調査か」

 顎に手を当てながら、ふむ、と思案する。

 この状況で嘘を吐く意味は無いだろう。
 となれば、言っている事は真実という事か。

 その上でドMの言動から推測すると、どうやらオーギュストさんは王族と知り合いらしい。
 まあ、よく分からんけど、公爵って王家に次ぐ偉さらしいし、そんな知り合いが居ても可笑しくない。
 面倒な事に変わりは無いけど、地位的に仕方ないんだろう。

 「ええ、ちなみに毒のせいで死に掛けた時、生還出来たのはワタシのお陰よ。
 でもまさか、再誕して賢人になるなんて思ってもみなかったケド」

 色々とツッコミ所はあるけど、ドMのお陰で助かった、っていうのは真偽を定かに出来ないのでスルーだ。

 それよりも、その後の言葉の事を聞いておこう。

 「私が賢人だと良く分かったな」

 「ワタシが痛みを感じる事が出来たのが証明になるわ。
 なにせ、ワタシは吸血鬼。その辺の人間にダメージを与えられるようなヤワな造りしてないの。」

 へえ、吸血鬼。
 そんなのも居るんだ、この世界。
 なるほど、コイツが外見通りの年齢じゃないっていう私の推測は当たってそうだ。

 つーか吸血鬼が忍者してるとか、ファンタジーってマジで自由だな。
 いや、忍者じゃなくて暗殺者の方かもしれんけど。

 うん、どうでもいいわ。

 「ふむ、ならば何故私を誘惑しようと?」
 「アナタの真意を探る為よ、男は基本的にねやの中じゃ素直だもの。
 それにしてもイイ痛みだったわ......ねぇ、もう一度踏んで下さるんでしょう...?」

 「断る」
 「あん!ツレない人...、良いわ、そういうのも、アリよ」

 魔力はもう放ってないのにいつまで転がってんだコイツと思ってたら、もしかしなくても踏まれ待ちしてたらしい。
 気持ち悪いから消えてくれないかなマジで。

 「ああっ、イイ...!」

 私の思わず出てしまった冷たい視線に興奮してか、クネクネと身悶えるドMはやっぱり気持ち悪かったです。

 この不快感はいつまで経っても慣れそうに無い。
 いや、別に慣れたくないけど。

 「...シンザ」
 「無理です」

 呼び掛けた途端に、死んだ目で直ぐ様返事が返って来た。

 そう言わず何とかしてよ、もう疲れたよ私。

 「でも残念、バレちゃったからには主様にご報告と、一時帰還、ていう決まりなのよね。
 凄く名残惜しいけど、ワタシ、帰らなきゃ」

 「そうか、帰れ」

 優雅に立ち上がって紅い髪を掻き上げながら、残念そうに人差し指を唇へ充てがうドMに、私は容赦無くキッパリと告げる。

 とっとと帰れ。
 そして二度と来るな。

 「んふ、大丈夫よ、アナタのローズですもの、また来るわ」

 「来なくて良い」

 帰れっつってんだろ、とっとと帰れよ。

 王族の影に危害加えたとかで反逆罪とか怖いからっていうのもあるけど、一番は気持ち悪いからです。
 世の中のドMはこんなんじゃないよきっと、コイツだけだ、絶対。

 「そうだわ、いつまでもアナタ、なんて不粋よね、なんて呼んだら良いかしら」

 「..................」

 ドM打たれ強いとか以前に、あんまり話聞いてくれないんだけどなんなのコイツ

 「オーギュスト様、ヴェルシュタイン様、うーん、どれもイマイチ」

 「シンザ」
 「だから俺には無理ですって!」

 そこをなんとか。

 「お名前呼ぶのは恐れ多いし、ワタシはメスブタなんだから、そうね、ヴェル様と呼ばせて貰おうかしら」

 「シンザ」
 「無理ですってば!」

 「決まりね!それじゃあ愛しのヴェル様、また来るわ!」

 「来なくて良い」

 そんな私の言葉は虚しく部屋の中に響いただけで、ドMは全く聞く素振りも見せず、投げキッスと共に、何故か窓から颯爽と去って行った。

 勿論その投げられたらしいキッスとやらは隠密さんが叩き落としました。


 「............旦那サマ、なんか、厄介な女に好かれたね...」

 ドMが去って行った窓を呆然と眺めながら呟かれた隠密さんの発言に対して、思いっ切り盛大な溜息を吐きたかったけどそうも行かず、小さく息を吐くだけに留めながら、呟いた。

 「...何故こうなったのか微塵も理解出来ない」

 「...ですよね...、そういう性癖聞いた事あったけど、あんなに色んな意味で酷いとは思わなかったなあ...」

 そうだね。酷かったね。

 ...あ、そうだ、良い事思い付いた。

 「シンザ、私の代わりに奴を痛めつけろ」

 そしたら私から隠密さんに好意がシフトするんじゃないかな。

 「や、だから無理ですって!俺がやったって蚊に刺された程度にしかなりませんもん!」

 「...それ程実力差があるのか」
 「あっちは暗殺が本業、俺は隠密が本業。畑違いだから仕方ないんです」

 真面目な声音で、顔が隠れてるから表情は分からないけど、それでも真剣に告げる隠密さん。

 ...まあ、曲がりなりにも国の王族が所有してる影だもんなぁ。
 中途半端な実力の訳が無いか。
 つーかあんなんが暗殺者なんだ。やだわー。

 とりあえず、精神的にめっちゃ疲れたのでいい加減寝ようと思います。

 「そうか、......この事は全てアルフレードにも報告しておけ。私は寝る」
 「ん、了解っす。おやすみ旦那サマ」

 「ああ、おやすみ」

 言った途端に隠密さんが突然両手で口を塞いだかと思ったら、なんか嬉しそうにプルプル震え始めた。

 ...え?...いきなりなに?キモいんですけど。
 ...もしかして悶えてんの?
 いや、そんなん良いから出てってくれ、寝たい。

 「旦那サマの俺に対しての“おやすみ”が聞けるなんて...!」
 「喧しい、早く出て行け」
 「あっはい」

 そこでようやく私は、フカフカのベッドに戻れたのだった。

 お布団最高である。

 でも今回の事で、ドMってのがトラウマになったのは言うまでもないと思う。
 出来る事なら、もう二度とヤツには会いたくないです。

 でも、また来るって言ってたから来るんだろうなー、めっちゃやだ。

 そんな風に内心で嘆きながら、私は静かに目を閉じたのだった。



 平穏早く来い、なんて事も切々と考えながら。




 

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