ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

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 ジーニアス・シルヴェスト辺境伯

 彼は齢69の頃、盗賊に襲われた娘婿を庇って凶刃に斃れた。
 元々が魔術士であった為に、近接攻撃には弱かったのが原因だった。

 だが、なかなか出来なかった娘の腹にようやく宿った命、その孫の顔を見るまでは、という一心でか、理由は定かではないが彼は賢人として再誕した。
 以降、彼は五百年に渡り、己の一族と共にある。

 気付けば国から辺境伯としての地位を叙爵され、ある土地の守護を任されるようになっていた。

 月の女神、ルナミリアを主神とする一族が建国したルナミリア王国は、二つの土地だけを残し、四方を険しい山に囲まれた土地に建国されている。

 遥か上空より見れば、まるで広大なクレーターの中に国があるような形になっている事が分かるだろう。

 何故こんな閉鎖された形になったのかは古文書でも大戦より以前の歴史の為か消失しており、真偽は定かではないが、一説では賢人同士の決闘の余波で出来たのではないか、というものが最有力視されている。

 その上、国を囲む山の向こうは魔物が歩き回る樹海であり、道は無いに等しい。
 唯一樹海を安全に通行する手段は、樹海のどこかに隠れ住むエルフに協力を要請するしかないのだが、人間嫌いのエルフ達がそんな事をする訳もなく。

 それ以外の手段で、陸路で安全に国へと至るには、国の玄関口にあるシルヴェスト領、つまりジーニアスの統治する渓谷を経由しなければならない。

 そんな場所柄のせいでか、隣国との戦争の際には何度も戦火に見舞われていたが、賢人であるジーニアスを慕ってか、民が他領へ避難する事はあれど、戻って来ない事が無いほど、統治能力は高かった。

 そんな彼は、今、己の寝室のベッドに、俯せでダイブしていた。

 「......何百年か振りに死ぬかと思った」

 大の字に四肢を投げ出した状態で、ぴくりとも動かぬままに呟かれたそんな言葉は、途轍もなく重々しかったが、しかし安堵に満ちていた。

 賢人であるジーニアスがここまで疲弊してしまった原因は、先程まで面会していた人物に有る。

 オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵

 ルナミリア王国で唯一、海に面しているヴェルシュタイン領は、シルヴェスト領が陸路での重要拠点ならば、海路での重要拠点となっている土地である。

 海の向こうにあると言われる魔族の王国、魔国ネロ・ジークス、彼の国が攻め入って来た場合、真っ先に戦火に沈むだろう

 その土地を治める人物である。

 「まさか、あれ程までとは思わんかったわい...」

 彼は微動だにしないまま、はぁ、と息を吐いた。

 前々日くらいから、新たな賢人が同国で再誕した事は感覚で分かっていた。
 そして、近い内に己にコンタクトを取って来るだろう事も、容易に予測出来ていた。

 だが、実際に対面してみたら、神にも等しいんじゃないかと錯覚する程、何もかもすべて、桁外れの男だった。
 魔力、覇気、洞察力、そして、美貌。

 妻を亡くし、暗愚となっていたなど全く考えられない程であった。

 特に魔力など、魔術士であった己と比べものにもならない程、途方もない量を有している。
 普段は隠しているからか、周りの人間には何の影響も無いようだが、ストッパーを外してしまえば、街が一つ魔力当りで機能しなくなるだろう。

 そこまで考えて、ジーニアスは身震いした。

 当の本人は魔力の隠蔽なんて高等技術を己がオートで行なっている事も知らないし、むしろ魔力何それ美味しいの?ってくらいファンタジーに対する知識が皆無なのだが、それをジーニアスは知る由も無い。

 故に彼は考える。

 ...あの御仁を敵に回すべきではない、と。

 そんな事をしてしまえば、この国はいとも容易く滅ぶだろう。

 それでも敵対意志が無い事を示す為には、一族の当主にしか見せた事の無い、己の素を、何もかもすべて曝け出すしかなかった。
 取り繕ったような賢人らしい態度など、あの公爵は直ぐ様見抜き、己を疑うだろう。

 つまり、対面時の余裕のある態度や言動は全て、年の功による見栄と意地だけで形成されていたのだ。


 「恐ろしい男じゃ」

 ぽつりと呟いたものの、そこでふと、ジーニアスは公爵の目を思い出した。

 『...いや、今でも失う事は怖いと思っているよ。
 故に、いつか同じ事を繰り返してしまわないか、とても不安だ』

 静かにそう語る公爵は美しく、そして、悲しい目をしていた。

 あれは正しく、絶望というものがなんなのかを知っている目であった。

 妻を亡くした事は、公爵にとって大きな傷となったのだろう。

 幸いと言うべきか、公爵の方はジーニアスの方が立場が上だと考えてくれていたのか、敵対する意志は全く無いように見えた。
 ジーニアスが公爵に出来る事は、この先に続いて行く長い時の中で、彼が道を踏み外さぬように、先人として導いてやるだけだ。


 「...悪い男では、無い、か...」

 それだけが唯一の救いである。
 もし、あの外見通りの、冷徹で残酷で、性格の悪い男であったら。
 そう考えるだけで世界が終わってしまう気がした。

 本来、賢人という存在がどういうモノか、賢人である当人も不明である。
 だが、心根の悪い人物が賢人となった例は未だかつて存在しない。

 故に、公爵が悪い人物である筈が無い事は分かっていた。


 「しっかし、近年稀に見る悪人面じゃったわい...」

 理解していても、怖かったのだ。

 公爵の、外見が。

 でも、そんなのを知られるのはシャクだから、あの態度は崩さないようにしよう、とジーニアスは思う。

 だがそこでふと、絶望してしまいそうな事実に気付いてしまった。

 「前例が無いだけだったらどうしよう...」

 もし、そうだったなら。

 とにかく媚びを売って庇護下に入り、自分の一族だけでも助けてもらおう。

 彼はそんな決意をしながら、くすん、と鼻を鳴らしたのだった。












 「...一体何だったのでしょうか」

 「様子見と、見極め、だろうな」

 後片付けをしていた執事さんがぽつりと呟いた言葉に淡々と答えながら、羽ペンを羊皮紙の上に走らせる。

 「見極め、ですか」

 手を止めず、布巾でテーブルを拭きながら私の言葉を復唱する執事さんの姿を視線の端に捉えつつ、ペンを持っていない左の手で書類を手に取った。

 「敵となるか、味方となるか、自分はどの位置が良いか、そんな所を見極めたかったのだろう」

 あ、この書類また計算間違ってるわ。
 うわ、こっちに至っては計算途中じゃないか。
 何してんだマジで、オーギュストさん仕事しろよ。

 黙々と書類の書き直しをし、時折インク壷にペン先を浸しながら、確認していく。

 おじいちゃんの言う通り、誰かを雇ったり、手伝って貰ったりするべきなんだろうけど、そうも行かないのが現状である。

 何せ、信頼出来るのは執事さんしか居ないのだ。
 だけど執事さんはこの屋敷を纏めているし、私のスケジュール管理だって体調管理だって他にも仕事が盛り沢山。
 そんな彼に、オーギュストさんがサボった分を手伝って欲しい、なんて言える訳がなかった。

 「なるほど、賢人とは名ばかり、という訳では無いのですね」

 「だろうな」

 納得したような返答の執事さんに、鷹揚に頷きながらペンを走らせた。

 その時ふと、片付けを済ませたらしい執事さんが書類を手に近寄って来るのが視界の端に見えた。

 「旦那様、お仕事を増やしてしまって申し訳ないのですが、昨日売った調度品と、お召し物の生地が意外に高く買い取って貰えましたので、その書類を此方に」

 おお、その書類でしたか。
 一体何かと思ったよ。

 「ふむ、そうか。では今期の収入の書類と共に保管を」
 「畏まりました」

 いつになるか分からんけど、年末までには今年の分を纏めなきゃならんから、その時に計算しなきゃなぁ。

 記憶では、毎年新年にその年の収支報告書とかそんな感じのヤツを国に提出してるっぽいのである。

 ...それまでに、再計算を終わらせなきゃならない。
 そうじゃないと今年の計算が出来ないのだ。

 斬首とかヤダもん。頑張るしかない。

 ...あれ、ちょっと待て。

 今って、いつだ?

 待って待って待って。
 凄い今更気付いたどうしよう。
 ていうか今まで良く疑問に思わなかったな、私一体どうした。

 そうか、混乱してたんだな。
 仕方ない仕方ない。
 スケジュールの管理その他もろもろ、全部執事さんに任せてた弊害だね。
 だから余計に気付かなかったんだろう。

 よし、...そういう事にしとこう!
 そういう事にしといて下さいお願いします。

 いやいや、それよりも、問題はこれからどうするかだよ。

 知らないままで居るなんて駄目だ、予測が立てられない。
 なんの予測かって、社交界シーズンとか、季節感とか、大体そんなんだ。

 なんせ私は賢人。
 暑さや寒さが分からない。
 全部適温です有難う御座いました。

 笑えない。
 服装は執事さんがカバーしてくれるとしても、人と関わらなきゃいけない時に、季節感丸無視した話題とか話してしまうかもしれないのだ。

 そんな事をしてしまえば、季節さえも分からない、なんて思われてしまっても可笑しくない。
 ナメられる→あ、コイツ雑魚じゃね?→よし、蹴落とそう!
 そんな流れにならないという保証は無い。

 あかん。それは駄目だ。

 よし、まずはとりあえず、今がいつなのかを知る事から始めよう。
 それだけでリスクが減るんだから確認しておかない手は無い。

 .........どうやって?

 えっと、あれ、どうしよう。
 一番早いのは執事さんに聞く事なんだけど、今更過ぎて聞けなくない?
 だって起きてから三日経ってるよ?

 あかん、これ駄目だ。

 次に良い手は、さっきの書類にもしかしたら日付入ってるかもだからそれを見せて貰う事なんだけど、ついさっき纏めておけ、って言った手前、持って来いとか不自然過ぎる。

 これも駄目だ。

 あれ、どうしよう。
 ヤバイ、マジどうしよう。

 こうなったら、こんな時は、持ち前の機転の良さを発揮するしかない。
 頑張れ私......!

 えーと、えーと、えーと。
 うん、よし!こうしよう。

 「アルフレード」

 「は、なんでございましょう?」
 「そういえば、本日中に署名が必要な書類などは無いのか?」

 「ふむ、少々お待ち下さい。調べて参ります」
 「頼んだ」

 執事さんが私の言葉に恭しく一礼した後、この場から離れて部屋の隅の書類の山の方へと歩いて行ったのを見計らい、席を立つ。

 よし!今の内にさっきの書類を、...............どこ行った?
 もしかして執事さん、一緒に持ってった?

 その辺の書類を漁ってみるけど、全く見付けられなかった。

 うわー、マジか。
 えー...、どうしよう。

 次はもう、執事さんが持って来るかもしれない書類に期日が書いてある事を祈るだけだ。

 仕方なく席に戻りながら、また書類の見直しする為にと羽ペンを構えた。

 「旦那様、お待たせ致しました」
 「早かったな」

 途端に執事さんが帰って来たんだけど、ホントに仕事早いな執事さん。

 「旦那様の御為ですので」

 恭しく一礼しながらの執事さんの言葉には、当然だ、とでも言いそうな表情が垣間見えた気がした。

 うん、気にしない。

 「...それで、どうだった?」

 「本日中ではありませんが、取り急ぎ署名の必要な物をお持ち致しました」
 「そうか」

 幾つかの書類を受け取りながらも鷹揚に応えるけど、内心は絶望である。

 はい、詰んだー!!

 結局今日っていつなんだよ...!

 内心だけで泣きそうになっていると、署名欄に日付を書かなきゃいけない事に気付いて余計に泣きそうになった。

 ていうか、これなんの書類だ?

 ...ノルド・ロードリエス伯に対する融資?

 いや、融資とか、そんな余裕あるのか計算終わってないから分からんよ。
 え?何これ、融資しなきゃダメなの?
 赤字になるかもしれないのに?

 ていうかコレ、何の得があるの?

 え?別に何にも得とか無くない?

 記憶を探ってみたら、なんか国一番の腐った貴族、という情報が出て来た。
 うん、要らんね。
 捨てよう。

 「...アルフレード」
 「は、何か?」

 若干不思議そうな雰囲気を醸し出す執事さんに書類を差し出しながら、キッパリと言い放つ。

 「この書類は捨てておけ」
 「......宜しいのですか?」

 「あぁ、必要無い」
 「畏まりました」

 恭しく礼をする執事さんを視界の端に捉えながら、小さく息を吐いた。


 

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