ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

22

 



 ふと、執事の男の、その神経質そうな目と視線が合う。
 と思ったら、男は俺に近寄り、頭巾を取り払った。

 雇い主にも、同業の仲間にさえも、見せた事の無い頭巾の下が地下牢を照らす魔法石の灯りの下に露わになる。
 素顔だって露わになってるけど、それはどうでも良かった。
 むしろ、この目の前の人には何もかも見せなくちゃいけないし、隠し事なんてしたくない、とさえ感じていた。

 「...ふむ、確かに見事な灰銀の髪だな」
 「でしょ!?あと他にも、証拠として、この目!見て!」

 何処か納得したようなその言葉に、畳み掛けるようにそうやって必死に訴え掛けた結果は、目の前のこの人と、俺が見つめ合う、という状況を生み出した。

 どうしよう、見られてる。
 いや、見ろって言ったの俺だけどさ!
 でも、なんかそんな風にじっと見詰められると、訳が分からなくなってくる。

 宝石みたいなアイスブルーの瞳が、俺を視界に捉えているという事実に、馬鹿みたいに舞い上がってしまいそうだ。

 「......確かに灰銀だな、それだけか?」
 「まだあるよ!ホラ!魔力量!属性!視て!」

 必死にアピールしながらそう言ってから、属性が分かる者は世界にも一握りだと思い出した

 「...............ふむ、まあ、確かに魔力量は高いな」

 そう言って俺を見詰めるその人は、牢屋の薄暗い灯りの中でも輝いて見える。

 だけど、これ、一体なんのフィルターが掛かってるんだろう、めっちゃキラキラして見える何コレ。

 「闇属性か。珍しいな」
 「でしょ!?」

 俺の属性を当てたその人に、つい転がった体勢からぐいっと身体を起き上がらせた。

 この人、凄い。
 いや、凄いのは知ってたけど、本当に凄い。

 だって、相手の属性を知るには相応の魔力量が必要なんだ。
 だけど、この人は出来てしまっている。

 それはつまり、賢人並の魔力量という事だ。

 賢人は、神に選ばれた、半神とまで言われる程、規格外な存在。
 この人はそれと同等、もしくはそれ以上かもしれない、という事。

 そんなの、尊敬しない訳が無い。


 「証拠と言えるものはそれだけか?」

 ふと、その人は静かにそう言って俺を見下ろした。

 変わらない冷たい眼差しに、不意に理解してしまった。

 あぁ......ここまでか。

 苦し紛れにか、ぽろりと口から言葉が零れ落ちる。

 「...これ以上何が必要なのさ」

 もう、出せるものは何も無かった。

 大体よく考えなくても、俺みたいな裏の人間に、自分を証明する物なんて実力と外見以外に何か持っている訳が無い。

 そんなもの持ってたら仕事に支障を来たす恐れがあるんだから仕方ないとはいえ、まさかこんな事になるとは。
 身分証も、戸籍も、偽造されたものしか持っていない。

 俺には、何も無かった。


 「......それで?」
 「へ?」

 静かな問いに、意識を目の前の人へ向けると、何でも無い事のように俺を見ていた。

 「それで貴様はどうしたい?」

 淡々と、それでいて静かに、確かめるように尋ねられて、反射的に跳ねる。

 「信じてくれるの!?」
 「...それは貴様の持っている情報次第だな」

 それはつまり、まだ俺にも生きるチャンスがあるという事。

 たとえ情報を提示したとして、本当に俺を助けてくれるかは分からなかったけど、それでも俺は柄にもなく喜んだ。

 「ありがとう旦那!もう一生付いてく!俺の全部捧げていい!」

 「全部は要らん」
 「なんでさ!」

 ちょっと待ってなんか速攻で拒否された!

 どうしようショック受けてる俺。

 「私にソッチの趣味は無い」
 「えっ?」

 その人のそんな言葉が、一瞬なんの事か分からなくて、でも理解してしまった次の瞬間、血の気が一気に下がった。

 「違っ!、俺にだって無いよ!そういう意味じゃないから!」

 そんな畏れ多い!

 いやちょっと待って自分どうした何考えてんだ畏れ多いって何?
 何を前向きに考えてんの自分?
 ソッチの趣味無いよ?


 「そろそろ本題に入ろうか」
 「無視しないで旦那!ホントにソッチの趣味無いから!違うから!誤解だから!」

 「喧しいな、早く話せ」
 「はい。」

 誤解を解こうと一生懸命訴えてみたけど、威圧と共に軽く一蹴されました。
 ビビって身体が硬直してしまったけど、仕方ないと思うんだ。
 だって怖いもん。

 それから、俺の雇い主の思惑や情報を喋った。

 雇い主の名前を教える時に渋ったら脅されてまたマジビビリしたのは、ご愛嬌って事にして欲しい。

 必死の説得の甲斐あってか、なんとか、信じてくれてはないけど、一応色々と納得して貰えたみたいだったからそれは良かったと思う。
 しかも、あのジジイの不正の証拠をその日の内に持って来る、っていう簡単な仕事をするだけで、ある程度信じてくれるらしい。

 この仕事を受ければ、あの面倒臭いジジイを敵に回す事になるけど、まあ良いや。
 俺より強い奴なんてそうそう居ないし、なんとでもしてみせる。

 そう決意した俺は、執事に解放された後、ジジイの屋敷に戻ったのだった。





 つい昨日まで雇われてたからか、全く怪しまれずに忍び込めたのは楽だ。
 それでも警戒はするし、慎重に行動するのは当たり前。

 「戻ったか、灰銀」

 「はい、ただいまー」

 天井裏からジジイの真正面に降り立ちながら、適当な挨拶を交わす。

 「それで、どうだった」

 「どうも何も、無理だよあんなの。規格外にも程があるよ」

 結果が知りたいのか、急かすように尋ねてくる鬱陶しいジジイに、溜息を吐きながら答える。
 すると、ただでさえ険しかったジジイの顔が更に険しくなった。

 「どういう事だ」

 「...間抜けは始末したよ。でもあの公爵サマ、何があったのかめちゃくちゃ規格外になってた。しかも痩せてた」

 一応、調べなくても分かる情報だけを渡す事にする。

 「なんだと...!?では、あやつ賢人にでもなったのか!?」
 「近付く事すら出来なかったから分かんない。こんな仕事、命捨ててるようなもんだよ。俺はもう降りさせて貰う」

 焦るジジイを無視して、天井裏へと戻ると、ジジイがまだ何か言って来た。

 「...待て、もう少し調べる事は」
 「見付かった瞬間に魔法で凍らされるのは勘弁。金とかもう良いからこれで失礼するわ」

 「待て!裏切るのか!」

 しつこいなこのジジイ。

 「心外だな、金で雇われただけだよ?俺。無理なモノは無理なんだから仕方ないじゃん。他の無謀な奴にでも任せると良いよ」

 「ぬぅ...」

 悔しそうな唸り声を漏らすジジイに、ふと気付いた。
 このままほっといたら、あの人にまた暗殺者とか隠密が送られて、迷惑を掛ける事になるんじゃないだろうか。
 それはちょっと頂けない。

 という事で、最後に一言だけ、言っておく事にした。

 「あ、そうだ、忠告しとくよ」
 「......なんだ」

 「あの公爵サマ、敵に回すとめちゃくちゃ厄介だから、止めた方が良いよ。
 社会的にも身体的にも死にたいなら別だけどね。じゃ」

 それだけ言って、俺はジジイの屋敷から土産とばかりに不正の証拠である書類を持って、去ったのだった。

 ワザワザ忠告していくなんて、俺ってばマジ親切。



 そして、依頼通りにその日の内にその人の元へと戻り、書類を手渡した。
 本物だと理解して貰えたし、俺の腕は信用して貰えたんじゃないかと思う。
 何故逃げなかったのか、なんて聞かれたけど、そんなの理由は一つだけだ。

 俺の主はこの人が良い。

 夢とか色々と語ってしまったけど、俺はとにかくそう思ってしまったのだ。

 なんとかこの気持ちを信用して貰おうと使い魔の契約すら持ち出したけど、それは少し嫌そうな顔をされてしまった。
 まあ、自分から奴隷になりたいなんて、頭がおかしい奴と思われても仕方ない。

 だけど、それくらいには、本気だったのだ。

 でも、どうも納得してくれなかった。

 「...一つ、聞こう」
 「なに?」

 「ラインバッハを裏切ってまで、私の元へ来ようとする、その理由はなんだ。
 ただの好みというだけでそこまで出来んだろう」

 そんな風にじっと見詰められながら聞かれたら、答えない事なんて出来そうに無かった。
 だから余り知られていない魔族の特性を話してから、覚悟を決めて言葉にした。

 「...俺、半分魔族なんだよね。
 だからアンタに、...一目惚れ、しちゃったっぽい」

 「...気味の悪い表現をするな」

 言った瞬間、目の前の人がそう言って顔を引き攣らせた。

 なんかもう色々とショックで、両手で頭を抱え、蹲りながら、嘆く。

 「でも他に無いんだよ!この気持ちを表現出来る言葉!俺だってヤダよ!気持ち悪いもん!」

 いやもう、ホントに自分で自分が分からない。
 なんでこんな事になってんの。
 まさか自分に此処までの嫌悪感を抱く日が来るとは思ってなかった。
 真面目に自分が気持ち悪いです誰か助けて。

 「...一体、どういったモノなんだ」
 「この人に一生付いて行きたい、めっちゃカッコいい、この人に害を為す奴なんて絶対許せない、役に立ちたい、守りたい、側に居たい、...まだあるけど、聞く?」

 「.........いや、良い」

 何処か遠い目をされてしまったけど仕方ない。
 俺だってやだもん、そんな事俺みたいなオッサンに言われたら。

 「あーもー、やだ、自分で自分が気持ち悪い、でもこの気持ちには逆らえないとか...、何コレ、新手の拷問?」
 「知らん」

 「ですよね。」

 思わず愚痴ってしまったけど、その人からは淡々とした返事しか返って来なかった。

 うん、知ってた。

 いくら本能とはいえ、自分がめちゃくちゃ気持ち悪い。
 それに、多分あの人だって気分が悪いだろう。
 誰も悪くない筈なんだけど申し訳なくなってくる。

 うわーん!何なのこれ、ホントにヤダ。
 マジ気持ち悪い、真面目に気持ち悪い。
 泣きたい。
 いや泣かないけど、でも泣きそう。
 こんな気持ち初めてだよ全く嬉しくない。
 あれ、俺涙目になってない?これ。

 「...他の賢人に仕えたいと思った事は無いのか」

 ふと尋ねられたそんな質問に、改めて思い出す。

 あの知識を得てから、賢人や、強さで有名な者を気にされないくらい遠くから見てみたり、必要に駆られて近付いた事もあったけど、此処までの感情は沸かなかったように思う。

 「あー、そういえば無いなー...。
 確かに凄く強いし崇拝対象ではあるんだけど、好みじゃないんだよね。
 ...って、待って、他の?」

 それってつまり、そういう事なんだろうか

 「あぁ、私は先日の件で賢人となったからな」

 俺の言葉を肯定するように、その人は何でもない事のように頷いた。

 「...マジか...!えっ、どうしよう、何この気持ち、物凄く好きな有名人に逢った時ってこんな感じなのかな...!」
 「知らん」
 「ですよね。」

 一蹴されるのは分かってたけど、ちょっと寂しいです。

 そして、俺はシンザという名を貰い、ヴェルシュタイン公爵であるその人に、いや、旦那サマに、仕える事となったのだ。

 とりあえず、あの執事めちゃくちゃ腹立つんだけど、どうにかならないかな、なんて考えながら、俺は旦那サマの為に情報収集へと動いたのだった。









 またひとつ、歴史が変わった。

 本来、灰銀である彼は、公爵と出会う事は無く、宰相の手駒として登場するだけの、中ボスキャラだ。

 公爵が、病という名目の毒から生還するのは決まっていた事だった。
 だが、賢人として生還してしまった事により、こういう結果となった。

 本来では、死なずに生還した公爵は、毒の影響により完全に人格が破綻。
 それにより、ゲームに出て来る時にはただの噛ませ役としてしか使えない程の暗愚な男となっていた。

 そうなる為には、元のスペックが高くないと生還出来ないと判断した神が、そう定めた。
 公爵のスペックが高かったのはこれが原因といえよう。

 唯一の誤算は、公爵の心、そして魂が弱かった事だけだった。

 中身が違う、設定が少し変わった。
 たったそれだけで、これだけの変化を齎した。

 神はそれを、ニヤニヤしながら見ているだけだった。

 やっべ、めっちゃ面白い、なんて宣いながら。

「ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く