ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~

藤原都斗

12

 




 「朝食の用意が整っております、そろそろ参りましょう」

 「そうか、では行こう」

 執事さんからのその言葉に、気持ちを切り替えるのに丁度いいと便乗し、振り返った。

 そのまま部屋から出て、執事さんに案内されるまま食堂へと向かう。

 「...ところで、何人になった?」

 その道中、ついでにとばかりに昨日の件がどうなったのか、尋ねてみる事にした。

 「...残った者の数でしたら、50人に御座います」

 「...随分、残ったのだな」
 「旦那様の人徳かと」

 意外と多い人数に、出てしまいそうになる驚きを無理矢理隠しながら呟いたら、執事さんからは何処か満足げな返事が返って来た。

 うん、なんでさ。

 「煽てても意味はないぞ」
 「いえ、本気ですよ?」

 いや余計困るんですけど。

 「...まあ、良い。彼等の次の勤め先だが...」
 「ご安心を、全て滞りなく」

 「そうか」

 なら良かった。
 これで突然の解雇でも恨まれる事は無いだろう。
 全部執事さん任せっていうのは若干心苦しいけど、私だって余裕無い訳なんだから、これは仕方ない事と割り切ろう。
 有り難う執事さん、助かります。
 マジで。

 「しかし宜しいのですか?自意識過剰で、サボり癖の付いたあのような役立たず共に情けを掛けて」
 「...随分、穿うがった見解だな」

 待って、そんな風に見てたの執事さん。

 「申し訳御座いません、ですが事実です。
 今回去った者は皆、己は誰よりも仕事が出来るだとか、こんな所で終わる人間ではないとか、そんな考えの馬鹿で御座いました」
 「...そうか。お前が言うのだから、そうなのだろうな」

 そんな奴らなら、結局は恨まれそうだな。
 まあ、仕方ない。

 執事さんは信頼出来る。
 それは、オーギュストさんの知識にもあった。

 だから、執事さんの言葉は信用出来る。

 記憶は見てないけど、色々と助けられていた事は感覚で分かるのだ。
 ...多分、身体に染み付いているんだろうな。

 「...わたくしとしては、あのような当家の品位を損なうような輩、解雇されて当然だと愚考致します。
 にも関わらず、旦那様は次の勤め先の紹介まで世話をとは...」

 何処か苛立たし気な雰囲気でそう呟く執事さん。

 ...あー、なるほど、そういう事か。
 ちょっとフォローしとくかな。

 「甘い、と言いたいのだろう?
 だが、私は甘くしたつもりはない」

 「と、仰いますと?」
 「当家は公爵家、ゆえに、他家の方が家格が低い。だが、当家は評判が悪い」

 「...はい」

 「ゆえに他家は全て、当家のようになるまいと厳しく律していると聞く。
 そこで公爵家というぬるま湯に浸かっていた穀潰しが、真面目にやっていけると思うか?」

 結局の所、どうなろうと全て自業自得って訳ですよ。

 「......なるほど、...しかし旦那様、一つ宜しいでしょうか」

 「なんだ」

 「......そのような輩を放棄した当家の評判は、また悪くなってしまうのでは...」


 ...............あ。


 内心だけで驚愕する私。


 ...............。

 いやぁ、あはは。
 はい、完全に失念していました。

 えっと、うん。

 いやいやいやいや、うん、大丈夫、大丈夫だ。
 オーケー、落ち着け私。
 まだ修正出来るぞ、そんな事も思い付かないような主だとバレたら、ヤバイ。
 今見捨てられたら死んでしまう。
 いや、死なないけど、信用を失ってしまう。
 執事さんの、この篤い信頼を失うなんて精神的に死ぬ。

 こんな時こそフル回転しろ私の頭!

 えーとえーとえーとえーと、よし!

 焦りながらもなんとか一瞬で考えを纏めて、何でも無い事のように口を開いた。

 「...それで良い」
 「理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 「...目くらまし、または牽制、にはなるだろう」

 「目くらまし、ですか」
 「...紛れ込んでいるのだろう、ネズミが」

 さも、全てが計算通りで、始めからそう考えていた、といった演技をしながら、堂々と告げる。
 すると、素直に騙されてくれた執事さんが一瞬だけ驚愕の表情を浮かべ、次いで尊敬の眼差しで私を見詰めた。

 「......なるほど...!、流石は旦那様。人数を減らせば此方は見付けやすく、そして、不確かな情報を発信する輩を放棄し相手方を撹乱、という訳ですね」

 「あぁ、それに当家の評判など、既に地に落ちている。これ以上下がった所で痛くも痒くもない」

 私個人は良心の呵責が物凄いけどな!
 私の浅はかさのせいで更に悪評広めちゃったよ!めっちゃ心が痛い!

 「...不躾な事を申し上げました。申し訳御座いません」
 「気にするな」

 何処か感心したように恭しく告げる執事さんに、全く何でも無い事のように応える。


 ...ぃよっしゃ誤魔化せたぁああ!


 内心でガッツポーズしてから両拳を上げ、脳内の誰かも分からん人達にスタンディングオベーションして貰いながら、ホッとする私。

 いやー、頑張ったわ。
 多分今後、こんなんが大量に起きるんかと思うと気が滅入るけど、とにかく頑張らなきゃなんだろうな...。
 なんか、演技力と洞察力と機転の良さが更にレベルアップしそうだ。

 ...嬉しくない。

 演じるのは好きだけど、どうせなら劇団とかに入って好き勝手したい。

 ......あ、そうか、そうだ。

 今後無駄に長生きするみたいなんだから、良いよね、別に。
 落ち着いたらやろう。そうしよう。

 目標決まったよ!やったねオーギュストさん!


 その後、なんやかんやで到着した食堂では、昨日と打って変わって健康的な朝食が並んでいました。

 ベーコンエッグと、クロワッサンみたいなパン、サラダ、コンソメっぽいスープ。
 あとヨーグルトがあれば完璧だったんだけど、流石にそれは無理だよね。仕方ないね。

 味はとても美味しかったです。
 多分これ自家製だな。うん。
 あの料理長、腕は良かったらしい。
 やったねオーギュストさん!





 という訳で、やって来ました。
 お外です。

 と言っても、屋敷の私兵団が使う訓練場みたいな所なんだけどね。


 ここで何をするかというと、実験です。


 昨夜も思ってたんだけど、魔力とか身体能力とか、調べたいんですよ私。
 なんせこれから自分が使う身体だからね。

 なので執事さんに良い場所が無いか聞いたら此処を紹介されました。


 ......と言っても、何をすればいいんだろう。


 広場のような所の中央で、ぼんやりと立ち尽くす私。

 仕方無いよね、訳分からんのだから。
 大体、魔力って何なんですか?
 美味しいんですか?食べられるんですか?
 いや、多分美味しくも無いし食べられないとも思うけど、何をどうしたら良いか真面目にさっぱりな訳でして。

 そんな事を考えたら、ふと記憶から答えが返って来た。

 魔力とは、魔素。

 魔素とはなんぞ、と考えたらそれにも答えがあった。

 魔素とは、万物に宿る力。
 風にも火にも空気にすらも存在する。

 .........ごめんさっぱり分からない。

 空気の中にある窒素とか酸素とか、そんな感じで不思議な力がフヨフヨしてんの?

 訳が分からないよ?

 あーもーやだ。
 何が嫌だって、ちょっと意識しただけなのに、その魔力とか魔素とか言う何かがその辺りにフヨフヨしてるのと、自分の身体の中にそれが満たされてるのが分かるって事が嫌だ。

 何かも分からん何かがそこら中にあって、更に自分の中にもあるって、気持ち悪いよね。

 でもこの感覚、何かに似てる。

 ...何だっけ、あ、分かった。

 そうだ、湿気だ。

 いや、湿気よりも不快感は無いけど、纏わり付く感じが似てる。
 爽やかな湿気って感じだね。

 .........つーか結局、魔素って何?

 いや、うん、もう良いや。
 考えるのめんどい。

 こういう時こそ、スルーしておこう。

 という訳で、自分の身体の中にある、魔力とかいうのに意識を向けてみる事にする。
 どうすれば魔法が使えるのかさっぱり分からないけど、オーギュストさんの身体には使い方が染み付いているからか、なんかオートで魔力っぽい物が練り上げられていった。

 なんて言うのかな、こう、団子にするみたいに、ぐにゃぐにゃと、そしてころころと、そんな感じで良く分からん何かが身体の中で纏まっていくのだ。

 うん、キモい。

 しかも、纏めた所でその良く分からん何かは全く尽きそうに無い。
 寧ろ減った気もしない。
 コレどんだけあんの私の中に。

 そんな事を考えつつ、纏めた何かが動かせそうだったので手の方にまで移動させる。
 ついでに、外に出せそうだったので掌から出してみた。

 ...シャリシャリという音を立てながら、蒼く燃える氷の薔薇が出来た。

 なにこれ。

 いや、うん、綺麗だけど。
 でも一つ良いかな。

 どういう原理コレ。

 なんで氷なのに燃えてんの?

 あー、うん、良いや。
 考えるのやめておこう。
 めんどいんだよ本当に。
 ファンタジー過ぎてもう訳分からんもん。

 とりあえずコレどうしようかな。
 ...仕方ないからその辺に捨てるか。

 そう考えた私は、何も考えずにペイッと、

 捨てた途端ビキバキベキみたいな音を立てながら私の周りの半径30mくらいが蒼い炎を纏った氷の薔薇園になった。

 ...なにこれ。

 しかもよく見たら段々と拡がっている。
 ...うん、えっと、待って待って待って待って、何が起きてるの。

 あかん、どうしよう。

 えっと、えっと、とりあえず、止まれ!
 あ、止まった。


 いや、いやいやいやいや、何なのこれ。
 止まったは良いけどどうしたら良いのこれ。

 あ、もしかして、消えろって思ったら消え、うん......消えたよ。

 カシャーン!とパシャーン!の間くらいの、タシャーン!みたいな、なんとも儚い音を辺りに響かせながら、氷の薔薇園は粉々になって、そしてスゥッと空気に溶けていった。


 ........................。


 うん、原理がさっぱり分からないね!

 なんか良く分からんけど、魔法とやらはオートで使える、と思う事にする。
 ちょこっとしか魔力とやらを放出してないのにこの威力。
 思いっ切りやったら一体全体どうなるのか想像も付かない。

 よし!考えない!
 さあ、次だ!

 身体能力だよね、えーっと。

 何をしようかと考えを纒めながら、柔軟運動で身体をほぐす。

 空手とか、なんかそういった習い事は一切やった事無い。
 や、だって、機転が良すぎたからか知らないけど、危ない目にあってもなんとかなってたから。
 誰かが助けてくれたり、誰かが助けてくれたり、誰かが助けてくれたり。
 うん、えっと...人任せバンザイ。

 よし!こうなったらもうオーギュストさんのオート機能に任せるしかないよね!

 息子さんとか団長さんの言から予測すると、オーギュストさんは多分騎士、...って事は剣かな?
 でもどこに置いてあるか分かんないし、探すのも面倒臭いからさっきの薔薇みたいに魔力で作ってみようと思います。

 威力は要らないから、さっきよりも少なくして、えーっと、こうかな、うん、よし。

 こねこねと適当にこねくり回して、掌へと持って行く。
 適当な剣っぽい物をイメージしながら外に出してみた。

 「..................」

 なんか、めちゃくちゃ美麗な蒼く燃える細い剣が出来たんですけど何コレどうしよう。
 突き刺す事しか出来そうに無い細さです。
 振り回したら折れそう。

 ...でも、まあ、何となくだけど使い方は分かる。
 なるべく身体と垂直になるように持って、突くだけ。
 ちょっとやってみたけど全然シックリ来ないので、多分オーギュストさんが普段使ってたのとは違う形なんだろう。

 消す前に、またしてもウッカリ地面に捨てちゃったんだけど、とす、っていう軽い音立てながら柄まで地面に刺さってめちゃくちゃビビった。
 めっちゃ切れ味鋭いっぽい。

 その後またそこから薔薇園が出来そうだったので慌てて消した。

 それから、私は身体能力云々そっちのけで丁度いい剣を出す事に奮闘した。
 だって、そうしないと何も始められないんだから仕方ない。

 だけど、めっちゃデカい剣が出て来たり、ナイフみたいなの出て来たり、何故か刀が出て来たり、予想以上に加減が難しくて、ストレスで吐きそうになった。

 なにこれ、嫌がらせか?ってくらい難しい。
 針の穴に、足の指だけで糸通すみたいな感じ、って言ったら分かりやすいと思う。

 それでも一応、出た武器は全部使ってみた。

 使えるけど、得意って訳じゃない感じだった。

 なんで使えるんだよ、ってツッコミはしない。
 だって、オーギュストさんだし。

 そして、ひたすら頑張る事、(実際の時間は知らんけど)体感時間で一時間。
 とうとう丁度いい位の大きさの剣が出た。

 蒼く燃える、片手で持って振り回せる位の長さの、氷で出来た綺麗な剣。
 なんか知らんけど装飾まで付いてるからめっちゃ綺麗だ。

 ...長かった...、真面目に吐くかと思った...。

 軽く振り回しても、振り下ろしても、薙ぎ払っても、丁度いい。

 やったねオーギュストさん!
 これで自分の身が守れるよ!

 ...うん......つかれた。

 でも、この感覚を忘れないようにと、剣を出して、振り回し、消す、というのを何度も繰り返す。

 いざという時出せなかったら死んじゃう恐れがあるからね!
 いや、オーギュストさんもう人間じゃないからそう簡単には死なないと思うけど、念には念を入れて。

 魔力?殆ど減ってないよ!

 基準が分からないから、今のオーギュストさんがどれくらい凄いのかさっぱり分からないのが残念だ。

 さて、どうしよう。
 そろそろいい加減本題に入りたいんだけど、身体能力ってどうやったら確かめられるんだろう。

 走るにしても、勝手に敷地からは出たくないし、この場所はそんなに広い訳じゃない。
 車が15台置けるくらい、って言ったら分かりやすいかな。

 端から端まで走っても良いけど、なんか嫌な予感するから止めておこう。

 となると、ジャンプでもすればいいかな。

 軽く屈伸して、それを伸ばす要領で軽く跳んだ。

 うん、えっと、...ありのままを起こった事を話そうと思う。

 飛んでる鳥が眼前にいた。

 何を言ってるか分からないと思うけど、私も分からないんだ。

 なんかそんなネタあったよね、元ネタ知らないけど。
 とかそんなどうでも良い逃避をしてしまいながら、着地。

 シュタ!みたいなカッコいい音と共に着地しちゃったんですけど、なんだろうね、コレ。

 ...めっちゃ怖かった...。
 予想外過ぎてなんの覚悟も出来てなかったもん。
 突然のフリーフォールとか何の嫌がらせだよ。

 だけど、あの高さで降り立っても足が痺れるとかそういう後遺症は全く無い。
 どんだけだよオーギュストさん。

 ...うん、帰って寝たい。
 勿論フテ寝です。
 なんかつかれた。

 「旦那様、そろそろお時間で御座います」

 突然の執事さんの声に、ようやく落ち着いて来ていた心臓が思いっ切り撥ねた。

 とりあえず飛び上がらなかった自分を褒め称えたい。
 いやもうホント心臓に悪いから気配無く来るのやめて欲しい。マジで。

 そんな事を内心で思いながら、そしてやっぱり顔にも態度にも出さず、鷹揚に応える。

 「...そうか、次の予定はどうなっている」

 「本日は、昼食後にクリスティア様との面会が入っております」

 「そうか」

 うん、誰だそれ。

 つーか結構な時間が経ってたのね。
 全く気付かなかった。

 「しかし旦那様、12年前よりも剣が冴え渡っておりましたな。このアルフレード感服致しました」
 「ふむ、そのように見えたか」

 「はい、当国にて旦那様に敵う者は、最早かのシルヴェスト卿以外居られますまい」

 何処か誇らしげに、そして嬉しそうに、ウンウンと頷く執事さん。

 ...なんか前も聞いた気がするな、その名前。
 確か、この国に居る賢人だっけ?
 知識を探れば、該当者が一人。

 どうやら偏屈な人らしく、オーギュストさんは今まで会った事が無いらしい。
 なんか、偉い貴族は余り好きじゃ無いらしいとか。
 気持ちは何となく分かる気がする。

 「...近い内、挨拶に行くべきか」

 「そうで御座いますね、今後、旦那様とは長い付き合いとなりましょう。
 後程、書簡をお送りされますか?」

 「そうだな。そうしよう」

 まあ、数少ない仲間、って事になるんだもんね。
 一回くらいは会いに行かなきゃ駄目だろう。

 「では、準備をしておきます。
 さあ、そろそろ昼食のお時間となります。参りましょう」

 恭しく礼をしながら、執事さんが告げる。

 その時ふと、百年経ったら、私は生きてるみたいけど、この人は居ない、という事に今更気付いて少しだけ悲しくなった。

 「アルフレード」
 「どうされました?」

 何か言おうとして、でも浮かばなくて、諦めて無難な言葉を口にする。

 「世話を掛ける」

 「何を仰います、わたくしめにはこれ程の至福、他に御座いません」

 とても嬉しそうに、そして誇らしげに、執事さんが笑った。

 「そうか」

 私はそれだけを答えながら、執事さんの後に続いて、食堂へと向かったのだった。

 ...執事さんの厚意が、とても心に痛い午前中でした。


 切実に、メンタルクリニックが欲しいです。



 

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