ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【Web版】
9
あれから、食堂へ戻った私は、とりあえず一人分だけ料理を取り分けて、後から来た私兵団員達に残りを託した。
勿論取り分けた分は美味しく頂きましたが、うん、胸焼け起こすかと思った。
女優として食事制限に気を使っていた私としては、言語道断な肉料理の数々でした。
いや、美味しかったよ?
だけど絶対コレステロール値高いよアレ。
中年男性に食べさせちゃダメなメニューだよ。病気になるよ。早死にするよ。ダメだよ。
そんな私ですが、これから、今まで意図的に気にしないようにしていたものと、向き合わなきゃいけない事態に陥っております。
人の気配に視線を向ければ、穏やかに笑う執事さんが。
「旦那様、浴室の準備が整いましてございます、ご案内致しますので、此方へ」
そうです。お風呂です。
うええええん!!
思わず泣きたくなってしまったが、そんな事出来る訳も無く。
なんかもう注射を心底嫌がる子供みたいな気分で、ただし表には全く出さず、執事さんに続くように歩き出した。
そして、到着してしまったお風呂なんですが、何この羞恥プレイ。
「旦那様、どうかされましたか?」
「いや、気にするな」
全裸の私は、何故か執事さんに身体を洗われていました。
...偉い人って、自分で身体洗わない、っていうか、洗っちゃダメなんだね、知りたくなかった。
なんか知らんけどこれも執事さんの仕事らしいよ。
...執事ってこんな事までするんだね。
やっぱり知りたくなかった。
どうしよう。泣きたい。
いくらなんでも、これは無いと思うんだ。
よし、...こういう時は他の事を考えるに限るよね、うん。
そういえばこの世界、石鹸は普通にあるらしい。
今も私の身体洗うのに使われているんだけど、あんまりいい匂いじゃないのが難点だ。
仕方ないよね、現代日本じゃないんだし。
あの世界は美容に関しても物凄く特化していたと思う。
私はそんなんがどうやって出来てるのか知らんからこの世界の美容界の改善とかなんも出来んけどな!
まあ、そういう事が出来たら財政難とかすぐに解消出来るのかもしれない。
だけど、どっかから職人を、テイクアウト...じゃない、なんだっけ、まあ良いや。
とにかく引っ張って来て、適当に作らせるっていうのが、私に出来る事なんだよなあ。
意味あんのかなソレ。
あ、そういえばもうひとつ。
オーギュストさんの身体、痩せた勲章の肉割れの痕とか、体重増加によって伸びていた筈の皮とか、綺麗サッパリ無いみたいなんだけど、これってオーギュストさんが人間じゃ無くなったからなのかな?
なんかもう、彫刻も真っ青なくらいのいい感じの筋肉なんだけど。
......なんか表現おかしいな、なんで彫刻青くした、私。
まあ良いや。
しかし凄いねコレ。
バランスの取れた肉体って言うのかな、脱いだら凄いだろうとは思ってたけど、なんかもう見事としか言いようが無い。
...股間?
知らない。
だって見たくないし。
全裸だから否が応でも視界には入ってくるけど、意識の外に追いやれば、アラ不思議、スルー出来るのよね。
嘘です。無理です。
だがひとつだけ言えるとしたら、ゾウさんとかそんな生易しいモンじゃない。
それ以上は黙秘させてください。
考えたくないです。
うん、私は一体誰に言ってるんだろうね。
...こういうのを自問自答って言うのかな。
「......旦那様のお世話をするのも、随分と久し振りのように感じます」
「む、...そうか」
ふと、呟かれた執事さんの言葉に、反射のようにそれだけを答える。
「最近は、わたくしではなく、メイドの仕事となっていたようですから...、いえ、申し訳ありません」
セクハラじゃねぇか。
え?あの絵のブタみたいなのがメイドさんに身体洗わせてたの?
現代なら犯罪に出来るよ?
訴えられたら負けるよ?
ふざけんなよオーギュストさんの馬鹿。
何してんのマジで。
「......彼女達にも、随分と迷惑を掛けてしまったようだ」
「旦那様......」
「明日の朝に、半数が消えていても不思議は無いな」
だってセクハラだし。
仕方ないと思うよブタにそんなんさせられたりしてたら。
「...たとえそうであっても、わたくしが貴方様をお支え致します」
「そうか」
なんかシリアスな雰囲気になっちゃってるけど、私の頭の中は執事さんに身体を洗われてる事と、股間を気にしないようにする事だけでいっぱいいっぱいだった。
それから暫くして、地獄のお風呂からようやく解放された私だったのだが、身体を布で拭く事さえさせてもらえない現実に打ちひしがれていた。
執事さんに身体を隅々まで洗われて、更に隅々まで拭かれるって、何コレ。
よく顔に出さないように耐えたよね私、めっちゃ頑張った。
めっっっちゃ頑張った!
...いやぁ、貴族って、凄いね。
庶民には考えられないよ、こんなの。
自室の机の椅子に腰掛けながら、ぼんやりと絶望する私。
あ、ちなみに着替えさせられた結果、今の服は仕立ての良いシャツとズボンだけです。
物心付く前ならともかく、こんな歳になってまで、なんて、こんなんが毎日続くのかと思うと、慣れるまで絶望しかない。
てゆか、慣れる事が出来るだろうか。
だって、完全に羞恥プレイじゃないかあんなの。
今、絶対、死んだ目してるんだろうな。なんて考えていたら、ふと、ノックの音が部屋に響いた。
「誰だ」
「アルフレードにございます、針子のシェリエを連れて参りました」
「...入れ」
「...は」
そして、執事さんが扉を開け、一人の女性を伴って入って来た
その女性は、金髪で青い瞳の、とても綺麗な人だった、......のだが、何故か目が死んでる。
...なんでそんな目をしてるんだろう、と考えた次の瞬間、その女性と目が合った。
「っ...!」
驚いたように息を吸い込んだその女性の目が、みるみるうちに輝いていく。
え、なに?
「あらまあ...!なんてこと...!」
口に手を当てながら、どこか嬉しそうにそう言った女性は、何故かそのままパタパタと私に近寄って来た。
ちょ、何?なんなのいきなり。
「...君のような淑女が、そのように無闇に男に近寄るものではないよ」
そう言って、その女性から距離を取る。
ダメだよ、お風呂上がりの男性に近寄るなんて。
男は皆、狼なんだよ!
私全く違うけど。
私にソッチのほうの趣味はありません。
すると女性は、今気付きましたとばかりに慌てて淑女の礼をしながら口を開く。
「あら!これは申し訳ありません。余りにも創作意欲の湧く素敵なお姿でしたので、つい」
「ふむ、それは光栄」
なるほど、余りのイケオジぶりに職人魂を刺激された訳ですか。
それなら仕方ないと思うけど、でももう少し気を付けた方が良いと思うな、私じゃなかったら絶対に据え膳なんとやらで、ごちそうさまされてるよ。
私が認めるくらいの美人なんだから、自衛はしっかりして欲しいね、全く。
そんな私の思考など露知らず、彼女は私の忠告をものともせず、またしても近寄って来たかと思えば、嬉々として私の周囲をくるくると回り始めた。
「旦那様ならどんなお衣装でもお似合いになられそうで、腕がなりますわ!
やっぱり御髪やお目の色に合わせて青色かしら、でも、黒、いや、指し色として金を入れても、あぁ!どうしましょう!」
テンション高く、キャアキャアとはしゃぎながら捲し立てる彼女に、つい若干引いてしまったが、仕方ないと思う。
でも、まあ、それは表には出さない。
だって出したら威厳無くなるもん。
「そうかね、どうやら私は、君のお眼鏡に適ったようだ」
「そんな、とんでもない!むしろ国に数多いる針子の中から、あの時わたくしをお選び下さった事、今は感謝しか感じません!」
それはつまり、前はめっちゃ嫌だと思ってた、って事か。
しかし、部屋に入って来た時とは大違いな、物凄いはしゃぎようである。
もしかして、これが本来の彼女なんだろうか。
とりあえず落ち着け、とか言いたくなるが、ぐっと堪える。
この様子だと、あのブタみたいなオーギュストさんの服を作らなきゃいけないのが嫌だから、あんな死んだ目になってたっぽい。
「...良いのかね?君は私を嫌っているのだろう?」
一応、確認の為に聞いてみる事にした。
「そんなもの、創作意欲を刺激して頂いた事で吹き飛びましたわ!誠心誠意、務めさせて頂きます!」
あ、そうですか。
「そうかね、では、任せるとしよう。だが今はもう遅い。今日は顔見せ、なのだろう、アルフレード」
「はい、勿論に御座います」
なんか物凄く自信満々に肯定されたよ。
執事さんの信頼が怖いね。
うん、よし、考えない考えない。
「では、後日で構わない。また来たまえ」
「はい!ではまた、お召し物のデザインが出来上がりましたら御前に上がらせて頂きますわね」
嬉しそうに笑う彼女はとても綺麗でした。
中身は少し残念なような気がするけど、気のせいという事にしておこう。
「あぁ、楽しみにしているよ」
と言ってから、ふと思い付いた。
「だがそれとは別に頼みがあるのだが、構わないかね?」
「あら、なんでございましょう」
不思議そうに小首を傾げる彼女に、若干の苦笑を混じえて告げる。
「体型が変わってしまって、着られなくなった服が多く、困っているのだよ」
「という事は、お直しすれば宜しいのです?」
「いや、買い取って貰えないかと思ってね」
何せこの家、これから財政難に陥る予定ですから。
少しでも足しに出来そうならしておきたい。
「買い取り、ですか?...うーん」
「何か問題でもあるのかね?」
「大変申し上げにくいのですが、旦那様のお衣装は旦那様専用でしたので...」
困ったように渋る彼女に率直に尋ねれば、返って来たのはそんな言葉だった。
なるほど、そっちを気にしてたのか。
「あぁ、あの大きさだろう、分解してしまえば、生地として充分使えると思うのだが、どうかね?」
「生地として、ですか?」
「それはそうだろう?アレを着こなせる者が居たとしても、私の着古しなど誰か買うと言うのだね。
生地は最高級なんだろう?ならば衣装としてではなく、生地として買い取って貰いたいのだが、どうかね?」
「まあ!そういう事でしたらなんの問題もありませんわ!、是非とも買い取らせて下さいませ!」
怪訝そうにしていた彼女に、一通り此方の意思を説明したら、嬉しそうに同意して頂けた。
よし、これでオッケー。
あ、ついでに、あれもどうにかならないかな。
「そうか。それは有り難い。それと、もうひとつ、構わないかね?」
「構いませんわ、なんなりと仰って下さいませ」
今度はなんだろうと若干身構える彼女を視界から外し、執事さんを見る。
「...アルフレード」
「は、なんでございましょう」
呼び掛ければ、即座に近寄って跪く執事さん。
なんでそんな態度なの、引くわー。
いかんいかん、気にしたら負けだ。
「昔の衣装は、今、私が着ている物以外にもあるだろう?」
そうです、どうやら今、私が着てるのって昔の服らしいよ。
「はい、幾つか御座いますが...何か?」
何処か怪訝そうに私を見て来る執事さんに、とりあえず畳み掛けるように告げた。
「12年前の衣装だが、まだ着られる。そうだな?」
「仰る通りですが、もう今では時代遅れとなっているかと...」
「そう、それだ」
『はい?』
うむ、と頷いて肯定したら、訳がわからない、と言いたいのがありありと分かるような表情で二人が声を揃えた。
「そこを、彼女に何とかして貰いたいのだよ」
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