気付いたら現代系学園乙女ゲームに紛れ込んでた事務員(おっさんin貴腐人)の話

藤原都斗

そのに

 




 俺の前世が腐った女だと判明してから三日。
 現在、俺が何をしているのかというと、仕事だ。


 そりゃそうだ、生きてく上で働く事は重大事項であり、生活の一部なのだから。


 まあ、そこまで真面目にやってるかって言われたら、ちっとばかし首を傾げざるを得ないが、それでも頑張ってると思う。


 なんか頭ン中で腐った女が、何故行動しないのか!生BL!生BL見に行こうぜ!!とか鬱陶しい事を真剣に訴えてる思考が過ぎってったが、んなもん知ったこっちゃない。


 大体、行動ったって、事務員とはいえオッサンが無闇に生徒に声掛けたらちょっとした事案だろ。
 クビになるじゃねェかどう考えても。
 嫌だよ、意外と給料良いんだぞこの仕事。
 シフト制だからちゃんと週休二日制だし、めっちゃ良い職場なんだからな。


 あと、お前さんが望むような生BLなんぞ、この共学の学園内で拝める可能性皆無だっての。


 そう考えてみたものの、見に行きたいという良く分からない衝動に、ついソワソワしてしまう。
 そんな自分に、溜息が零れた。


 何コレー、ヤダコレー。


 「おや、吉田さん、どうしたんですか?」


 そんな俺に気付いた同僚の矢田さんが、PCの向こう側からひょっこりと顔を覗かせた。
 眼鏡のブリッジを親指と人差し指で摘みながら、いつの間にかズレていた眼鏡の位置を修正しつつ、答える。


 「んゃ、何でもないです。」


 ...そろそろ新しい眼鏡に新調するべきかもしれん。


 「分かった、アレでしょ?ヤニ切れ!」
 「いやいや、自分そんなヘビーなスモーカーじゃねっすよ」


 ドヤ顔の矢田さんに、苦笑で返しながら、目の前のPCと向き合う。


 「まあそりゃそうですよねー、こんな喫煙所もない職場じゃ吸う機会減っちゃいますもん」
 「まさにそれっすわ」


 呑気に笑いながら何度も頷く矢田さんに同意しながら、キーボードを叩いて文字を打ち込んで行く。


 同僚と言いながら、矢田さんは既婚者であり、あと13年で定年退職予定のロマンスグレーだ。
 トレードマークは黒い袖カバー。


 いつもにこにこしていて温和な態度なのだが、この学園の事務員には、もしもの時の為に腕っ節も必要とされるので、こんな優しそうでのんびりまったりした見た目にも関わらず、彼は柔道、剣道、合気道の段持ちで、なんならもう少し若い頃は警官をしていたというハイスペックな経歴の持ち主だ。
 俺とは違う清廉潔白さが、とてつもなく眩しい。


 ちなみに、俺もこの学園の事務員なので、勿論柔道経験者である。


 脳内の腐った女が、なんか矢田さん×俺なんて心臓に悪過ぎるモンを想像しそうになったもんだから全力で思考を切り替えた。


 何考えてんだ馬鹿、フザケんな、無理、馬鹿。


 「あ、しまった!」
 「どうしたんです?」


 突然矢田さんが、ぺちっと額を叩きながらそんな声を上げた事で、意識が現実に戻って来た。
 一体何事かと声を掛けた俺に、矢田さんが困ったように呟く。


 「生徒会室に上がった書類持って行くの忘れてたー...」
 「じゃあ持って行っときますよ」


 矢田さんの言葉に、俺の口はまるで反射するかの如く、言葉を飛び出させた。


 ん?


 「えぇ!良いのかい?」
 「良いっすよ、矢田さんこないだ腰痛めたばっかりじゃないですか」


 淡々と、まるで何でもない事であるかのように喋る自分に、混乱する。


 いやいや、待て、オイ、何言ってんだ俺。


 「じゃあ頼んじゃおうかなー、4階って辛いんだよねぇ」
 「了解っす、後で持って行くので、書類纏めといて下さい」


 「はーい」


 どこか間延びした、呑気な返答をする矢田さんを横目に、頭を抱えて蹲りたくなった。


 .........腐った女の影響でか、考えても居なかった事態に発展しやがったぞ、なんだこれ...。
 いや、まあ、確かに矢田さんにまたぎっくり腰再発されでもしたら、職務に支障が出るけどさ、だけどさ、何してんの俺。


 反射的に何言ってんだ俺。
 ヤダコレ、怖いコレ。


 唐突にやらかしてしまった現実に、若干の恐怖を覚えた。
 きっと、前世の記憶なんて余計なモンを頭にぶち込まれちまった弊害なんだろう。
 腐った女は、よっぽど生徒会メンバーが見たくて堪らなかったらしい。
 俺は全く興味無いってのに、何故こうも気になってしまうのか。


 だがしかし、少々問題がある。
 ...俺は今まで生徒会室になんぞ行った事が無いのだ。


 ヘビーなスモーカーじゃないとは言え、煙草を吸う人間が学園の中をウロウロして、生徒達から苦情が出ないとも限らないから、っていうのが理由でもあるんだが、一番の原因は他にある。


 ...突然だが俺にはこの学園に通う姪が居る。


 その姪っ子は、俺の姉の娘だ。
 小さい頃、それも赤ん坊の頃から面倒見てたせいか、年頃のあの子に対して接近禁止命令が姉から発令されていた。


 それは俺の経歴が問題となった結果だ。


 俺は過去ヤンチャ過ぎたのだ。


 って言っても、犯罪とかそういうヤバい方向じゃなくて、女遊びの方で。


 身内の、しかも女子高校生に興味なんぞ微塵も無いが、教育に悪いとか言われたら納得しかしない。


 自業自得ってヤツだ。
 やっぱ10股は駄目だった、もっと控えめに3股くらいで修羅場も少なく遊ぶべきだった。


 そうだよなー、週に一回は顔にビンタ痕付けて、時々刃傷沙汰起こされるような男なんて、誰だって娘に近寄って欲しくないわナ。


 まあ、何もかも後の祭りである。


 そんな訳で、どこで姪っ子に遭遇するか分からんので、あんまり校内を出歩くな、と実の姉からお達しを受けていた。
 ついでに、誰がどう引っかかるか分からないから、っていう理由もあるらしいが、まあ、仕方ない。


 今まで律義にそれを守ってた理由?
 姉に頭が上がらないからに決まってる。


 昔、修羅場に巻き込んじまったり、後始末手伝って貰ったり、浮気相手に間違われて嫌がらせ受けたり、ホントにもう申し訳ないくらいに無駄に迷惑をかけたのだ。
 これ以上迷惑掛けられない。


 せっかく結婚して幸せな家庭を築いてんのに、俺がソレをぶち壊すような事なんぞあっちゃならない。
 という訳で、頑張ってた訳ですよ。


 台無しにされたわクソが。


 だが、今更取り消しなんぞすりゃあ、矢田さんの俺に対する信用が落ちる。
 こんなどうでもいい事で今後ぎくしゃくなんぞしたくもない。


 なら、やるしかない訳だ。


 たった一回、急いでさっさと終わらせちまえば良い。


 不安があるとすれば一つだけだ。


 俺は中指で、たん!という良い音を立てながらEnterキーを押し、PC画面を見据え、思った。


 迷子になったらどうしよう。


 仕方ないだろ、今まで校門から事務室までしか往復した事ねぇんだから。
 だからさ、頭の中の腐った女よ、頼むからギャップ萌えとか考えるな、鬱陶しい。
 いや、もうマジで鬱陶しいから。


 「それじゃあ吉田さん、ここに纏めたの置いておくから、あと宜しくね」
 「あ、はい、了解っす」


 キリのいいところで掛けられた声に顔を向ければ、柔和な笑顔で俺のデスクに書類の束を置いていく矢田さんに、笑顔を返す。
 それから、書類の束に視線を落としながら、息を吐いた。
 覚悟を決め、さっきEnterキーを押した事でプリントアウトされた一枚の紙を手に取り、目を通す。


 勿論、この学園の地図である。


 なんせこの学園、権力者の無駄に多い寄付金のお陰か、無駄に馬鹿でかいのだ。
 断言しよう、地図が無ければ絶対遭難する。


 「仕方ねぇ...行くか...。」


 本当に小さく、誰にも聞こえない位の声量でボヤきながら席を立ち、事務室から未知の校内へと出発したのだった。


 後でバレて、姉にドヤされる事がありませんように、と願いながら。


 

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