マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-140【ヒトの祈りの防護壁-参】

「姉様! 後ろにッ!」

 イングリッドの喚呼に、一歩後退するアレクシアとジェラルド。その直後、瞬時に氷壁が地面から伸びる。アクセルから供給される膨大な魔力と相まって、堅牢に磨きのかかった壁が出現した――だが、それでも長くは保たない。最前線の二人には、息を整える程度の時間も許されない。

 尽きることのない鉄塊の猛打。めり込み、ひび割れ、爆発し、軋む音を立てながら、なおも壁としての機能を維持させる。だが、文字通りの焼け石に水、長く続くはずもなく、氷壁は目に見えて剥落していき、遂には崩壊してしまった。アレクシアとジェラルドは力の入り切らぬ五指で柄を握りしめ、再び鉄塊を弾き返す態勢をとった。

 しかし、二人にとって恐れていた事が現実となる。それは、人一人の力では到底太刀打ち出来ぬほど巨大な鉄塊。直径だけでも大人五人分はあろうか。もし直撃すれば、生じる衝撃波だけで全滅を免れぬほどの大きさ。その赤熱した様相から、隕石をも彷彿とさせる。それが、二人を目掛けて一直線に飛来してきた。今からすぐさま散開して、万が一命だけは助かったとしても、部隊の崩壊は必至。少なくとも、都市の西門は完全に瓦解する。当然、防壁を失えば領内は露呈し、魔物の侵入は容易となる。連盟部隊の全滅よりも悲惨な末路がセプテムを襲うこととなる。それだけは、防がなければならない。

「チッ……! 考えてる時間はねえ! ジェラルド、力を貸せ!」

「ああ、俺達が盾になるしか――」

 二人が玉砕覚悟で身をなげうつ姿勢を取った、その時――背後から、間断なき怒濤どとうの銃声が轟き渡る。同時に、花火が打ち上げられた時のような甲高い飛翔音が無数に木霊こだまする。直後、飛来してきた鉄塊に着弾、鼻を突く硝煙、目も開けていられないほどに眩い爆発、吹き飛ばされそうになるほどの爆風が吹き荒れる。

 援護射撃の正体は、榴弾の射撃を可能とする筒状をした身の丈大の機関銃を二丁携えたルイーサ。そして、個人携帯を可能とした小型砲弾を射出できる無反動砲を担いだレギナと傀儡かいらい部隊、同様の兵器を担いだサムとその部下で構成される歩廊狙撃隊だった。

「レ、レギナさん!? 撤退したはずじゃ!?」

「アンタの命令はしっかり他に伝えたさ。遅れて済まなかったね、兵器の調達に手間取っちまった。その道中で犠牲者も出ちまった……。アタシ達は最後まで付き合うさね。付き合わせておくれよ、エレイン」

 驚愕するエレインに、レギナは冷静に返した。その言葉にあるものは、祖国と民衆を憂い、身命をなげうつ覚悟と矜持きょうじを滲ませた、戦士の意志。彼女は王としてではなく、戦士として戦場に立っていた。国家の未来を想うのなら、諫言かんげんこそが正しいのだろう。だが、

「嬢ちゃん、どうか止めないでやってくれや。王に相応しくねぇ振る舞いだってことは、本人が一番分かってる。分かった上で、ここに居んだからよ」

 レギナの傍らにあったサムが、彼女の胸中を代弁する。エレインもまた戦士として、それを理解していた。だから何も言わない、何も言えない。イングリッドが感じたように、間違いだとは知りつつも、同じ覚悟の下に集った者を無碍むげにはできない。

「……お姉ちゃん達、お願い! ここを守って!!」

「おうよ……! 任せておけッ!」

 ルイーサ達の猛攻が功を奏したか、巨大な鉄塊は減速を見せ、その体積を減らした。それでも、脅威であることに変わりはない。もはや眼前にまで迫り来る鉄塊を認めたアレクシアとジェラルドは、両腕と得物にのみ全魔力を集中させる。二人の動作は同期し、剣と槍を大きく振りかぶって、腰を据え、半身に構える。蒸気と硝煙を引き裂きながら射程距離に入った鉄塊を、二人はタイミングを違えることなく、全く同時に得物を振り抜いた。高速で飛来する巨岩を受け止めるという行為は、まるで星を担ぎ上げるかのような難儀。力みすぎた反動で、隆起する筋肉に至るところから浮き出た血管が破裂する。魔力を帯びぬ両脚はその重圧に耐えきれず圧壊する。自らの肉体が崩れていく様を自覚しつつ、それでも二人は堪え続けた。

 そして、アレクシアとジェラルドによる決死の反撃は、日の目を見る。巨大な岩陰の、その先で光り輝く巨神を、連盟部隊は認めた。鉄塊は彼らを横切り、都市の幕壁に激突した時点で完全に停止。同時に、己が肉体の限界を超えて凌ぎ切った二人もまた、地に伏した。破裂した血管から滴る血潮で血塗れとなり、両脚は荷重によって複雑骨折を起こしていた。筋繊維は著しく断裂し、身体中を走る激痛に顔歪める。それでも、

「イングリッド……! 早く壁を、張れ……!」

 もはや虫の息であるにも関わらず、アレクシアは即座に切り返す。堪らずエレインが駆け寄り、二人を担ぎ上げようと手を伸ばすも、

「馬鹿、野郎……! 俺達なんざ、構ってんじゃ……ねえッ!」

 その手は振り払われてしまった。自分に構わず、魔術の行使を優先しろ、と言うように。

「承知しておりますわ、姉様……! 残る飛翔体はもはや有象無象うぞうむぞう、ここで防ぎ切り――」

 アレクシアの命令に、力強く応えるイングリッドの言葉が、途切れた。その理由は、遥か上空を見上げた彼女の視線の先にあった。巨神の波動が叢雲むらくもを切り裂き、覗く天蓋を染めた夕闇に瞬く一条の彗星――違う、あれは星ではない。

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