マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~
Log-129【IMITATION THE HUMAN RACE-壱】
圧殺する陰鬱な脅威が、連盟部隊にのしかかる。戦線に並び立つ軍靴を、殺意に塗れた瘴気が蝕んでいく。彼らの眼前に横臥する屍は、確約された死を乗り越えんと、直黒の魔力を禍々しく蠕動させている。未だ万魔の覇王が閉じた瞼は重い、だがその鼓動は間違いなく大地を揺らし始めていた。
戦士たちは予感していた。破狼の再起は、もはや目と鼻の先にあると。
「破狼……あたし達は奴を魔王足らしめる核、飽和魔石を打ち砕いた。にも関わらず、奴は形や大きさを変えるわけでもなく、そのままの姿で蘇ろうとしてる。なら、あたし達に残された道はたった一つだけ。跡形もなく消し飛ばすしかないわ」
ウルリカ主導の下、連続の戦闘で疲弊した連盟部隊に対し、再びの結束と継戦を強いる。心身の疲労は目に見えている。血色は皆一様に悪い、恐怖から身悶えする者もいる。ティホンを筆頭に、もはや戦線離脱を余儀無くされた者さえいる中で、酷なのは重々承知している。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。それは、英霊に背くことだ。それは、人類に背くことだ。
「しかしだ、跡形もなくっつったって、その算段はついてんのかよ? 身を以て経験したが、野郎は打つたび打つたび、更に硬くなっていきやがった。認めたくはねえが、俺の剣じゃすでに傷一つつけられねえぞ」
とは言え、アレクシアには次の一手が全く浮かばなかった。打倒の気概は燃え尽きてない、だがどんな手段を用いれば、破狼の鉄壁の肉体を崩すことが出来るのか。己が握る手札の中に、その答えはない。
「ええそうね。あれだけの損傷から蘇ったとしたら、奴はもうあらゆる衝撃に耐え得る力を身につけてるはずだわ」
それは戦士達にとっては絶望的な宣告だが、ウルリカにとっては手段を変えるきっかけに過ぎないようだ。顎に手を遣って、思考を巡らせる。彼女には大方の筋道が見えているようだ。
「なら、その耐性を無視する魔術を用いればいいのよ。奴ほどの規模を空間魔術で消し飛ばす……のは現実的じゃないわね、魔力と労力と時間が掛かり過ぎる。ならあとは――」
ウルリカが現実的で有効な作戦を素早く練り上げていた、その時だった。
「――咒術の魔砲を起動する。お主らは退がっとれ」
脳裏に響く、翁の落ち着いた声色。その淡々とした命令は、彼我の血痕を判別出来ぬほど壮絶なる戦場に立ち、人類の盾となって魔物に立ちはだかる全ての戦士に行き届いていた。
メルランの言葉を耳にすると同時に駆け出したウルリカ、城郭の方へと振り返る。硬く閉ざされた門戸の先、整然と区画された都市の中央、城壁で囲まれた中心部に鎮座する煙霞の鉄城を砲塔として、天守からうずたかく伸びる砲身が見えた。砲口に至っては雲霞に紛れて視認すらできない。
「な、なによ……アレ……」
ウルリカは目を疑った。城郭都市の外から城壁を越えて見えるほど規格外の巨大さもさることながら、その大砲を目にした途端に――胸の奥から湧き上がる無数の思念が、脳裏が焼け付くような膨大な感情が、彼女の精神を瞬く間に埋め尽くしていく。
「チッ……! 間違いないわね……サルバトーレが持ってきたあの気付け薬から始まって、飽和魔石との接触で目覚めたんだわ……ああもうッ! 頭の中が五月蝿いッ!」
狂騒、狂喜、狂奔。激しい目眩と耳鳴りで意識が乱れる、破裂しそうな頭を両手で押さえつける、乱れ狂う魔力を一気に放出して、魔脈の乱流を調律する。目まぐるしく入り乱れる無数の思念を、強烈な自我で抑え込み、荒ぶる感情の手綱を握って抑制した。
ウルリカは次第に冷静さを取り戻していき、己に起きた事象が何なのかを紐解いてゆく。
「ハァ、ハァ……あたしの中の『彼ら』は、人の意志に呼応している。なぜなら、人々が望むままに生を全うした『勇者』だったから。あたしもまた『勇者』の資格を持つ者、その因子を授かった者。だから『彼ら』の想いを認識できる、理解できる……」
腰に手を遣ると、鍵が震えている。彼女はその震えに覚えがあった。縮退魔境の暴走から命辛々逃げおおせたあの時と同じものだったのだ。
「……この鍵はつまり、歴代の勇者達が手にしてきた呪物。今や一千年の永きに渡って受け継がれてきた、百の勇者の命と祈りが刻まれた古道具。この呪物を最高の古道具たらしめるまで、勇者の功業は続けられた。それは、この世のあらゆる権力者の後ろ盾であり、始原の勇者からこんにちまで続く功業の導き手である、メルラン・ペレディールによって仕組まれた計画……」
人の祈りや生き様は、その者が愛用してきた道具にも刻まれるもの。そんな古の記憶を呼び起こすことで神秘を顕現させる魔術媒体こそが古道具と呼ばれる呪物。しかし、何の変哲もない一個の道具が素晴らしき力を持った古道具と化すには、ただいたずらに時を下れば良いわけではない。人々の強い想いが幾星霜を越えて、絶えず道具に注がれ続けなければならないのだ。
ウルリカが察するに、メルランという男はこの古道具なる呪物の一種を、意図的に作り出そうとしたようだ。永遠では決してない、定命であるはずの人の手によって。
戦士たちは予感していた。破狼の再起は、もはや目と鼻の先にあると。
「破狼……あたし達は奴を魔王足らしめる核、飽和魔石を打ち砕いた。にも関わらず、奴は形や大きさを変えるわけでもなく、そのままの姿で蘇ろうとしてる。なら、あたし達に残された道はたった一つだけ。跡形もなく消し飛ばすしかないわ」
ウルリカ主導の下、連続の戦闘で疲弊した連盟部隊に対し、再びの結束と継戦を強いる。心身の疲労は目に見えている。血色は皆一様に悪い、恐怖から身悶えする者もいる。ティホンを筆頭に、もはや戦線離脱を余儀無くされた者さえいる中で、酷なのは重々承知している。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。それは、英霊に背くことだ。それは、人類に背くことだ。
「しかしだ、跡形もなくっつったって、その算段はついてんのかよ? 身を以て経験したが、野郎は打つたび打つたび、更に硬くなっていきやがった。認めたくはねえが、俺の剣じゃすでに傷一つつけられねえぞ」
とは言え、アレクシアには次の一手が全く浮かばなかった。打倒の気概は燃え尽きてない、だがどんな手段を用いれば、破狼の鉄壁の肉体を崩すことが出来るのか。己が握る手札の中に、その答えはない。
「ええそうね。あれだけの損傷から蘇ったとしたら、奴はもうあらゆる衝撃に耐え得る力を身につけてるはずだわ」
それは戦士達にとっては絶望的な宣告だが、ウルリカにとっては手段を変えるきっかけに過ぎないようだ。顎に手を遣って、思考を巡らせる。彼女には大方の筋道が見えているようだ。
「なら、その耐性を無視する魔術を用いればいいのよ。奴ほどの規模を空間魔術で消し飛ばす……のは現実的じゃないわね、魔力と労力と時間が掛かり過ぎる。ならあとは――」
ウルリカが現実的で有効な作戦を素早く練り上げていた、その時だった。
「――咒術の魔砲を起動する。お主らは退がっとれ」
脳裏に響く、翁の落ち着いた声色。その淡々とした命令は、彼我の血痕を判別出来ぬほど壮絶なる戦場に立ち、人類の盾となって魔物に立ちはだかる全ての戦士に行き届いていた。
メルランの言葉を耳にすると同時に駆け出したウルリカ、城郭の方へと振り返る。硬く閉ざされた門戸の先、整然と区画された都市の中央、城壁で囲まれた中心部に鎮座する煙霞の鉄城を砲塔として、天守からうずたかく伸びる砲身が見えた。砲口に至っては雲霞に紛れて視認すらできない。
「な、なによ……アレ……」
ウルリカは目を疑った。城郭都市の外から城壁を越えて見えるほど規格外の巨大さもさることながら、その大砲を目にした途端に――胸の奥から湧き上がる無数の思念が、脳裏が焼け付くような膨大な感情が、彼女の精神を瞬く間に埋め尽くしていく。
「チッ……! 間違いないわね……サルバトーレが持ってきたあの気付け薬から始まって、飽和魔石との接触で目覚めたんだわ……ああもうッ! 頭の中が五月蝿いッ!」
狂騒、狂喜、狂奔。激しい目眩と耳鳴りで意識が乱れる、破裂しそうな頭を両手で押さえつける、乱れ狂う魔力を一気に放出して、魔脈の乱流を調律する。目まぐるしく入り乱れる無数の思念を、強烈な自我で抑え込み、荒ぶる感情の手綱を握って抑制した。
ウルリカは次第に冷静さを取り戻していき、己に起きた事象が何なのかを紐解いてゆく。
「ハァ、ハァ……あたしの中の『彼ら』は、人の意志に呼応している。なぜなら、人々が望むままに生を全うした『勇者』だったから。あたしもまた『勇者』の資格を持つ者、その因子を授かった者。だから『彼ら』の想いを認識できる、理解できる……」
腰に手を遣ると、鍵が震えている。彼女はその震えに覚えがあった。縮退魔境の暴走から命辛々逃げおおせたあの時と同じものだったのだ。
「……この鍵はつまり、歴代の勇者達が手にしてきた呪物。今や一千年の永きに渡って受け継がれてきた、百の勇者の命と祈りが刻まれた古道具。この呪物を最高の古道具たらしめるまで、勇者の功業は続けられた。それは、この世のあらゆる権力者の後ろ盾であり、始原の勇者からこんにちまで続く功業の導き手である、メルラン・ペレディールによって仕組まれた計画……」
人の祈りや生き様は、その者が愛用してきた道具にも刻まれるもの。そんな古の記憶を呼び起こすことで神秘を顕現させる魔術媒体こそが古道具と呼ばれる呪物。しかし、何の変哲もない一個の道具が素晴らしき力を持った古道具と化すには、ただいたずらに時を下れば良いわけではない。人々の強い想いが幾星霜を越えて、絶えず道具に注がれ続けなければならないのだ。
ウルリカが察するに、メルランという男はこの古道具なる呪物の一種を、意図的に作り出そうとしたようだ。永遠では決してない、定命であるはずの人の手によって。
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