マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-085【鉄の独裁者、炎の革命家-弐】

「なら聞かせもらえるかいボブロフ王。テメェは勇者を貶められるだけの聖人のつもりだそうだが、果たしてどれほど民草に報いてきたんだろうな? 国家なんて言う地図上の領土を護るために、国家そのものである民草をどれだけ顧みずにやってきたんだ? 言っておくが、この城の周囲は既に革命軍が包囲している、テメェらの目の届かない隠れ蓑でね。警察組織も懐柔してある、兵站だって経路を塞いである。蔑ろにしてきた民草に、今度はテメェが噛み付かれる。それが民草の真意だよ」

 レギナは歯を食いしばり、拳を再び握り返す。内に、震えるほどの怒りが込み上げてくる。

「テメェは国家を護ってきたんじゃない、ただ国という体裁を守ってきただけだ! 民草こそが資本だ! 民草こそが国家だ! 民草こそが護るべき命だ! テメェに勇者の価値を語る資格はねぇ!!」

 熱を帯びるレギナが啖呵を切る。しかし、首脳陣は冷笑を以て応じた。ボブロフは微動だにせず、眉一つ動かさずに返答する。

「貴女は、レギナ・ドラガノフですね。かつては外交官として辣腕らつわんを奮って頂いたとか」

「テメェに評価される筋合いはないよ」

「失敬」

 ボブロフが軽く頭を下げると、そのまま言葉を続けた。

「レギナ、貴女の言うそれは、庇護下にある国民の視点に立った言葉です。無論、一理はあるでしょう。ですが、それは飽くまでも、庇護の下にあるからこそ、目に見えぬ脅威を度外視できた言葉です。我がセプテムは、他国と比べても、決して資源豊かな国とは呼べません。その上、気候穏やかな季節には魔物の脅威が、その脅威が鳴りを潜める季節には極寒の脅威が続きます。であればこそ、国民全てが身を削る他ありません。この国に、穏やかなる時などないのです」

 セプテムは大陸の極北にあって、年中を通して寒冷が続く。そのため、生育できる動植物は、砂漠が広がるグラティアよりも限られてくる。

「テメェは順序が逆なんだよ。民草の心の平穏が、そのまま国の平穏になるのさ。資源がどれほど豊かになろうとも、心が荒べば国は荒ぶ。だが、どれほど資源に乏しくても、民草の心が豊かなら、国は真に安泰なのさ」

「ふむ、理想を語るのなら、その通りなのでしょう。しかし現実は、国の富みなくして、国民の心は満たされません。もしも、かつての遊牧国家パスクのようであるなら、それも望めましょう。年中を通して温暖、家畜の飼い葉も豊富、ゆえに国の締め付けも緩慢……ですが結果、彼の国はどうなりました? 無論、地理的観点からも不利だったのでしょうが、そもそも彼らは魔物への注意と対応を怠っていました。広大で肥沃な大地がために、逃避先は潤沢、脅威が迫ればその地を捨て去るのみ。さすれば滅亡は時間の問題です。人は犠牲を払ってでも戦わなければ、滅びゆくだけなのです」

「いいや、テメェの言うそれは、衰退に続く道だ。そらごもっとも、確かにこの国は資源に乏しい、育つ家畜も作物も限られるだろうさ。なら、何のための文明大国だい? その乏しさを補う為に、民草はこれまで文明という知恵と工夫を育ててきたんじゃないか。だがテメェはそれを軽んじた。テメェは豊かさの為に文明を扱うんじゃなく、脅威の排斥の為だけに費やした。その判断は、政府責任の一端としちゃ間違いじゃないさ。だが、それだけじゃ背徳だ、一方的な搾取と言っていい。そんな犠牲を強いられて、喜ぶ馬鹿がどこにいるんだい? 民草の築き上げてきた血肉を、国を支える人柱にしか見えてないんだよ、テメェの目にはな」

「もちろん、国民の精神的豊かさのために政治を傾けたいのは山々です。が、先ほども申し上げた通り、この国にそのような余裕はありません。セプテムが国民の箱庭であり続けるためには、その箱庭の維持が先決です。そのために、我が国唯一の武器である、優れた機械文明に財政を傾けてきたのです。これに寄与できる者に対しては十全に優遇してきました。しかし、あぶれる者は必ず出てきます。そのための受け皿であるアナンデール卿に対しても、ある種の優遇措置を施してきたつもりです。相手が人間である以上、みな一様に正しく生きられないのなら、国家存続の障害とならないよう、扱うほかありません」

「――だがボブロフさんよぉ、肝心なことが抜けちゃいねぇか?」

 ボブロフの発言に間を置かず、レギナの背後からアレクシアが台頭した。

「貴女は?」

「ん? あぁ、失敬失敬。名を名乗ってなかったな。俺の名はアレクシア・ローエングリン、アウラ国防軍参謀本部所属だ」

 動じることなく自らの素性を告白するアレクシア。セプテム首脳陣が険しい剣幕で、一斉に立ち上がる。

「何!?」「なんだと……!」「馬鹿な!」

 既に張り詰めていた空気は、一層厳しい警戒と不信を帯びていく。

「なぜアウラの軍人がここにいる! 内政干渉ではないか!」「ネストル! どういうことだ……!」「貴様、賊と知っていて入城を許したのか!?」「いや……レギナ・ドラガノフという噂の女がここにいる時点で気付くべきだったか」「革命軍……頭数だけの素人如きと侮っていたが、やはり此奴ら――」

 ネストルは依然、我関せず焉として目も合わせようとはしない。熱り立つ首脳陣を制止するボブロフ、やはり感情の無い表情で、淡々と口を開いた。

「官民および国を越えた連盟、ですか」

「おうよ! 包囲網を敷く革命軍には、俺の部隊も加勢している。生半可な軍隊相手じゃ、ビクともしねえぞ? んで、俺は飽くまで勇者の一味として、あんたを直接その座から降ろしに来たのさ」

 意気揚々とアレクシアは挑発する、その言葉が、首脳陣に火を点けたようだ。一人の男が指を鳴らす、小気味良い音が木霊する。すると、柱などの物陰や、裏手に続く扉から、小銃を抱き、鉄の仮面で顔を隠し、徹頭徹尾を武装した兵士が、ぞろぞろと足並みを揃えて現れた。

 アレクシアは連中を見据える、恐らくは人間であるはず――だが、まるで生気を感じない。人形のように感情を持たず、機械のように規則正しい。そう、アレクシアはそのような戦闘部隊を知っていた。歴史上、度々この世に生み出される兵士たち。その名を、

「……チッ、傀儡かいらい部隊か」

 眉間に皺を寄せて、唾棄する。彼女の胸に込み上げる、軽蔑の念。

「……胸糞悪そうな言葉だね。なんだい、それは」

「察しの通り、文字通りさ。洗脳、記憶操作、外科手術、あらゆる手段で人を操り人形に仕立て上げんだよ。私情も思想も持たせず、ただ命令の遵守と、殺戮だけを繰り返す機械としてな」

 レギナは目を見開く。そんな非人道的なことがあっていいのか、と。アレクシアが彼女の肩に手を置くと、ここは任せろ、と言って下がらせた。直後、再び正面に向き直り、分厚い外套がいとうひるがえす。背中に背負った身の丈ほどの大剣を振り抜いて、切先をボブロフにかざした。

「だが、これでハッキリ分かった。やっぱりアンタ、肝心なところが抜けているぜ」

「ええ、改めてお聞きします」

「人格だ。王様としてのな」

 傀儡部隊が一斉に小銃を構える、ボブロフが片手を上げて制止した。

「ふむ……王としての人格、とは?」

「人の上に立つんなら、権謀術数が巧くたって意味ねえんだよ。度胸、根性、義理人情、その三つを貫きゃ、人は自然とついてくるもんよ」

「それが私には無い、と?」

「そら度胸はあるだろう、根性も据わってやがる。だが情義がねえ、人間らしさに乏しい。それじゃあまるでよ、恐れも疲れも知らねえ、自動機械と変わらねぇのよ」

 アレクシアが言い捨てた、その瞬間――セプテム首脳陣のいずれかの――指が再び鳴った。その音に反応して、傀儡兵の一人が小銃の引き金を引く、同時に、彼女も大剣を振りかぶる。およそ亜音速にも達する銃弾が目前に迫る、その弾丸を、目下にある鉄の机ごと粉砕した。そして、まるで何事もなかったかのように、彼女は平然と話を続けたのだ。

「人が機械の下で働くなんざ、本末転倒もいいところだ。だが、あんた自身は国家に隷属しちまってんだから話にならねぇ。さしずめ、国家っつう箱庭を管理するロボットだ。だからあんたは、国民を虐げてきた意識なんざ無いわけだ。人を捨てたあんたにはな」

「……ふむ」

「天辺に立つってんなら、まずはレギナのように理想を語りな。それがハッタリだって構わねぇのよ、舵取りが暁星ぎょうせいを謳わなかったら、誰が希望を仰ぐんだよ」

 彼女の語り終えを皮切りに、セプテム首脳陣から怒声混じりの号令が掛かる。すかさず傀儡兵が一斉に小銃を構え、一行に向かって突撃を始めた。

「自動小銃……!? 既にここまで量産化していたとは……!」

「ウルリカァッ!!!」

 狼狽えるレギナの前に挺身しつつ、アレクシアが猛る――待ってました、と言わんばかりに、背後で項垂れていたウルリカの眼光が灯る。分厚い外套を翻し、内に隠し持っていた儀仗剣、その鞘尻を床に叩きつけた。すると、彼女を中心として、印と呪文で構成された魔法陣が結ばれていく。

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