マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-077【新たな腕と、新たな不可思議-壱】

「うああああああああああ!!!」

「シャキとしなっ! あんた男だろうが! さあ、その猿轡さるぐつわを噛み締めな!」

 そこはゴドフリーたちの根城とは別棟の集合住宅の地下。簡易的な手術室の様相で、主に外科手術用の医療器具と治癒の呪物ウィッチガイドが用意されていた。また、周囲を囲むように刻印が為され、どんなに大声を出しても外に漏れない魔術が施されている。

 そのため、手術台の上で拘束され、口枷をされたアクセルの絶叫が、外に届くことはない。

「アクセル君! ほ、本当に大丈夫なの!? これ!」

「触れるな! 今こいつの身体に触れれば、折角引っ張り出した神経を引っ込めちまうんだよ!」

 アクセルの隣で恐々とした表情を湛えるエレインが、彼の肩に触れようとした瞬間、レギナの怒号が轟く。エレインはすぐに手を引っ込めた。

「これは極めて繊細な手術です。阻害要因を可能な限り除去しなければなりません。お気持ちは分かりますが、くれぐれもお気をつけください」

 雁字搦めに縛り付けられたアクセルの右腕に、金属製の精巧に組み上げられた義手を接続する、白衣にマスクをした医療技術者の男が語る。

 その義手を接続するには、まず切断面に義手と神経を同期させる魔術的な回路板を接着しなければならない。それを直接身体にネジ付けし、完全に接合する必要があった。そこまでは苦悶の表情で黙して我慢できたアクセルだったが、いざ義手の接続施術となると、その比ではない激痛が彼を猛襲したのだ。およそ、これまでに経験したあらゆる痛みをも超えた激痛を。

「ぐうううううううううう!!!」

 アクセルは歯茎から血が滴るほどに口枷を喰む。顔は燃えるように赤く、血管は浮き出て、目は血走り、全身が痙攣していた。だが、今回のような極めて短期的な神経接続施術に、麻酔は厳禁だった。施術中に発生するこの疼痛こそが、神経系に義手という外部組織を自覚させる刺激となるからだ。

 義手の接続部は魔力の流動で火花が散り、手術室はまるで真昼の太陽が差し込んでいるかのように明るい。義手と管で繋がった魔力計器が示す指針は、限界を振り切れていた。

「レギナ! あとどれくらい続くの!? アクセル君、見てらんないよ!」

「既に十分が経過。あと一時間ってところか」

「そ、そんな!? こんなの、死んじゃうよ!」

「甘ったれてんじゃないよ!! 腕一本生やすってんなら、これでもかってほど生きてる感覚を味わわなきゃいけないのさ!
 何より、テメエらは勇者の一味なんだろう!?」

 レギナの再びの怒号。彼女の放った、勇者、という言葉が作用したのか、アクセルに接続されている義手の指が、ゆっくりと動き出す。

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐううううう!!!」

 アクセルの声にならない叫声とともに、義手はゆっくりと握り拳を作る。

「そ、そんな! 早すぎる!」

 医術者の男は驚愕していた。なぜなら、過去に例を見ない、驚異的な速度での適合だったからだ。

 臨床試験を含め、過去に施術を行った人間は既に百名を超える。それは義手だけに留まらず、義指や義足など、義肢全般が含まれる。そして、義肢となる範囲が広いほど、適合施術は困難となっていく。

 その結果、術後にリハビリを行う長期治療を施した六十七名の内、五十五名が適合に成功。だが、今回と同様の短期治療を施した四十六名は、その内たったの十二名しか適合しなかった。しかも、短期治療で適合した内の九名は、疼痛を抑えた施術を行い、満足に動かせるようになるまでに、四十時間以上を要した。残り三名の適合者は、義肢の範囲が広かったため、疼痛を抑えず施術を行った。そして、その三名全員が、動かせるまでに一時間以上を要したのだ。一行の前で義手を晒したサルバトーレはその一人。そして、衣服と手袋で隠してはいるが、レギナがもう一人の適合者だった。

 そうした前例を鑑みるに、アクセルの適合速度は極めて異常。加えてアクセルの場合、失った二の腕までを義手で補わねばならず、短期治療においては適合成功率が急落するほど広範囲だった。

 しかし、異常事態は、義手の適合速度だけに留まらなかった。

「……なんだ、この気味悪い空気は……」

 レギナは突如、頭を抱えてそう呟いた。視界は明滅し、飛蚊症のような影を見る。隣で施術を行う男も頭を抱え、目を瞬く、足はふらつき、遂には膝をついてしまった。

「おい!! テメエまで甘ったれてんじゃねえ!!」

 レギナが男の腕を引っ張り上げ、肩を貸して姿勢を支える。彼女の意識も急速に混濁しつつあったが、強烈な自我と気合いでねじ伏せていた。しかし、その強固な意志に反して、血色はみるみるうちに濁っていく。

「くっ……! なにこれ、何かおかしいよ……」

 エレインもまた、意識の混濁する二人と同様に、胸底から湧き出てくる不快感を覚えていた。

「でも、この感覚……もしかして、魔術……?」

 二人と比べ、魔術の素養を持つエレインは、その感覚が魔術を掛けられた際のものに近いと直感で理解する。すなわち魔術には、それを上回る強い魔力を身体に帯びて抗うのが定石。エレインは、身体中に張り巡らされた魔力の血管、“魔脈エーテルパルス”を意識する。

「…………うっ!? ……くっ! ち、力が……抜ける……!?」

 しかし、エレインが魔力を身体に帯びたそばから、急速に消失していくのが肌身で感じ取れた。歯を食いしばるも虚しく、身体には力が入らない。立っていることもままならなくなり、崩れ落ちるように膝をついた。だが彼女には、この感覚にも覚えがあった。

 それは、魔力を喰らう、通常の魔術とは真逆の性質――闇魔術。闇とは便宜上、あるいは見かけ上の呼び方であり、その本質は事物の侵蝕という概念にして、その表象を指した言葉。

 エレインは、自らを蝕む不可視の現象を、魔力を喰らう闇魔術によるものと推察した。ならば、それに対抗するには、術者を挫くか、魔力の放出を抑える以外に術はない。

「……治まった……?」

 息も絶え絶えだが、先ほどからの不快感が嘘のように引いていく。エレインの推察は正解だった。すぐさま立ち上がり、昏倒寸前の二人に駆け寄る。

「二人とも! 魔力を抑えるんだ! 魔力を喰らう闇魔術が原因なんだ!」

 駆け寄ってきたエレインの必死な指示を受けて、二人は防衛本能によって無意識に放出していた魔力を、徐々に抑えていく。その行為は、魔術の素養を持たない者にとっては、恐怖との戦いだった。なぜなら、外的脅威に対して、抵抗する意思と武装を放棄することと同義だからだ。

「そうそう、そうだよー、そうだよー。徐々に、徐々に抑えていくんだ。うん、大丈夫。僕を信じて」

 無意識に恐怖を抱かざるを得ない二人を宥めながら、魔力の抑制を丁寧に指示するエレイン。その甲斐あってか、二人の血色は晴れていき、混濁としていた意識も回復を見せた。

「……すまない、恰好悪いところ見せちまったね、エレイン。だがそんなことより……こりゃどういうことだい」

 エレインは眉をひそめながら頭を振って、未だ苦悶するアクセルの方を向く。

「僕にもよく分からない。でも、もしかすると……」

 義手の接続部からは絶え間なく火花を散らす。眩い光がエレインの目に刺さる、手で光を遮り、目を細めた――すると、彼女の視界の端に、かすかな黒い影を捉える。

(……え? あれは、何?)

 それは、あたかも宙空に舞う鉛粉のような、目の粗い掠れた黒体。それは、アメーバのように不定形ながらも、命あるかのように蠢く漆黒。

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