マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-069【部隊合流/交渉対話】

 イングリッドがセプテムに到着した時を同じくして、アクセルら駐屯兵団はグラティアへと到着した。彼らは事前に到着の予定を記した郵書を送っていたウルリカと合流した。

「よお、お嬢さん。あの時ぶりだな」

「あらジェラルド団長、ご機嫌よう。もう金輪際、顔を合わせないものかと思ってたわ」

「はっはっはっ! 相変わらず手厳しいな。このじゃじゃ馬娘相手じゃ尻に敷かれん男はいない。な、アクセル?」

「え、ええ……ははは……」

「チッ……いちいち合わせてんじゃないわよ」

「と、ところでウルリカ。今後のことについて、団長に共有しておきたいんだけど」

「……そうね、アレクシアたちが駐留する演習場に向かいながら話すわ」

 簡単な挨拶を交わし、情報共有を進めながら、アレクシア率いる第一中隊と、エレイン率いる特鋭隊とを混成させた、連盟部隊に合流することとなった。

 軍事演習場はオアシスから逸れた乾燥地帯の一帯を拓いて設けられている。そこに、運搬可能な大振りの天幕が点々と置かれていた。砂漠での行軍は、その環境の苛烈さから、移動式の簡易兵舎を用意しておく必要があり、それを踏まえた演習ができるよう、アウラの国境駐屯地で見られるような兵舎の代わりに、天幕が備えられていた。

 ジェラルドを除く駐屯兵団は、一旦空きの天幕に待機させ、まずは主要人物のみで指揮官二人と顔合わせを兼ねた会議に出席する運びとなった。二人を引き連れ、ウルリカは百戸ほど置かれた天幕の一つに入る。外からは迷彩色としての薄茶色をした地味な色合いで包まれていたが、中を覗くと鮮やかな色彩が広がっていた。

 そもそも、このような移動式天幕は、かつて遊牧国家パスクからもたらされた文化だった。そのため、鮮やかな色を多用する其国の文化が継承された。天幕内に置かれる兵站はグラティアにおける当世風な様式であっても、それらの色彩は其国の文化が反映されるという、不思議な文化的組み合わせが出来上がっていた。

 ウルリカの入った天幕の中では、アレクシアとエレインが小隊指揮官を任せる隊員らと作戦会議を開いていた。ウルリカは何の躊躇もなくその間に割って入る。

「失礼するわよ。二人と……あと念のため小隊指揮の方々も少々お話しよろしいかしら?」

「おうウルリカ、どうかしたか?」

 隊員たちへの話を遮られたアレクシアだったが、嫌な顔一つせず鷹揚に切り返した。今しがた語らっていた隊員たちに対しては、ウルリカの話を聞くよう手振りで合図を送る。

「つい先刻、第二国境駐屯兵団が到着したわ。空いてた天幕を使わせて貰ってるけどいいわよね?」

「うん、構わないよ。この演習場全部、明日の出発まで借りられる話しだからね」

 エレインの返答にウルリカは首肯した。

 そんなウルリカの後ろに待機している二人。ふと、ジェラルドがアクセルの肩を叩く。怖々とした表情を浮かべながら、アクセルに恐る恐る耳打ちをする。

「お、おいアクセル……あれ、本物のアレクシア少佐……だよな? だよな? オートグラフ、貰っても構わないかな。突然押しかけたら、嫌われないかな」

「大丈夫ですよ、団長。私からも伝えておきますから」

「そ、そうか! 助かる、ありがたい」

 心底安堵した表情に変わったジェラルドはホッとひと息吐いた。

「じゃあ紹介するわ。件の駐屯兵団のジェラルド団長に、そこの元兵士であり現在は勇者一行に籍を置くアクセルよ。二人とも本作戦においては連盟部隊として動いてもらうから、顔と名前だけでも覚えといて頂戴」

 ウルリカはそう言って、横に退いた。手振りで二人をアレクシアらの前に立たせて挨拶するよう指示する。

「第二国境駐屯兵団を率いる、名をジェラルドと言う。よろしく頼む」

「ローエングリン家で使用人を務め、その後ジェラルド団長にお世話になっておりました、アクセルです。よろしくお願い致します」

 エレインと連盟部隊の隊員たちは二人に合わせて頭をさげる。アレクシアは揚々としてジェラルドの前に立ち、握手を求めた。

「おう、アンタが噂に聞いたジェラルド団長か! 俺はアレクシア、国防軍の方じゃ少佐なんて肩書きだが、今は互いに一蓮托生の仲よ。ま、気楽に頼むぜジェラルド」

「あ、よ、よろしくおねが、お願い、します……!」

「んー? どうした、カチカチじゃねえか。俺のことは気にすんな、お前さんの経歴は俺に頭を垂れるほどちっぽけなモンじゃねえぞ」

 アレクシアはそう言って、ジェラルドの二の腕をバシバシ叩く。彼女はにんまりと笑みを浮かべ、

「おいおい、なかなかいい筋肉してんじゃねえか。この骨太さは飾りじゃねえ、実戦で使い込まれてんのがヒシヒシ伝わってくるぜ。尚のこと気遣いなんざ必要ねえぞ」

 アレクシアはジェラルドの胸板に握り拳を打ち、親指を立てて満面の笑みを湛える。そんな彼女の奔放な様子に、ジェラルドはただ呆然と立ち尽くしていた。エレインが後ろで笑いを堪えているのがアクセルから見える。

 ウルリカは呆れ顔で額に手を遣って溜息を吐く。

「はあ……アレクシア、馬鹿言ってないで、さっさと二人を混ぜて会議を再開して頂戴」

「ちっとくらい良いじゃねえか。堅っ苦しいと能率も下がるし、肩も凝るしよお。まあいい、じゃあ二人とも、こっち来てくれ。時間もあれだ、要点掻い摘んで話すぞ」

 アレクシアは二人を手招きして、隊員たちが座る色鮮やかな敷物に誘導する。彼女の好かない格式張った雰囲気を省く為、二人は皆の様相に倣い、輪となって地べたに胡座をかく。

「じゃ、あとはよろしく。あたしは別に用事があるから、次会うのは出発前ね」

「うん。無理はしないでくれ、ウルリカ」

「言われなくたって」

 そう言い放って、ウルリカは陽の暮れなずむ天幕の外へと出ていった。


―――


 イングリッドに睨め付けられ、目と鼻の先まで霜が降りる。暖炉の火は静まり、身悶える寒さが部屋中を包み込んだ。セプテムにおけるそれは、周囲の構成員達にとっても危険であると判断し、ゴドフリーは手を挙げて、彼女に魔術の執行を止めるよう促す。

「いいだろう、話してやる。俺が、そして野郎が何をしようとしているのかをな。ただその前に、魔術を引いてはくれないか。周りの連中が凍え死んじまうのでな」

「あら、随分物分かりがよろしいのですわね。もう少し遊んであげても差し支えなかったのですけれど」

 イングリッドは魔力の奔流を収め、氷結魔術を解いていく。彼女を中心として、部屋中を覆い尽くさんとする霜の侵食が止まった。霜はたちまち引いていき、彼女の足元へと吸い込まれるように姿を消していく。そして、彼女が指を鳴らすと、暖炉の薪が眩い光を放って再点火した。

「これでよろしいかしら?」

「問題ない」

 ゴドフリーはそう言って立ち上がり、暖炉の前に設けられた応接用の黒塗りソファに座った。イングリッドにも机を挟んだ向かいのソファに座るよう促す。眉一つ動かさずそれに応じて、彼女はゴドフリーの対面に座った。

「場所を移さなくてもよろしくて?」

「構わん。こいつらはすでに“知っている”。知った上でここにいる」

「あらそう」

 素っ気のない返事。ゴドフリーは頭を軽く横に振った。彼は懐から掌大の缶箱を取り出す。それを開くと、中から長く分厚い葉巻が現れた。手際よく折り畳み式ナイフで吸い口を作り、ライターで炙るように火を付ける。ひと吸いして、口腔内で煙をくぐもらせ、それを纏うかのように、ゆっくり吐き出した。

「俺の話を聞いて、貴様がどう判断するかは分からんが、一つだけ言っておく。先だって貴家にて伝えた内容は、全て事実だと宣言しておこう。魔物がここに攻め入ってくるのも時間の問題だ。ゆえに、易姓革命の早期決着と、魔物との戦いに際する二国間連合軍到着までの時間稼ぎ、この二つだけは協力してもらう。でなければ、この国は沈む」

「それは貴方と彼の者の企み次第ですわ。内容如何によって、私どもの取るべき行動は変わって参ります」

「貴様は……全く御し難い。初見から感じてはいたが、懐疑思考に過ぎるぞ。奴とは柔軟さに欠ける」

「ご忠告痛み入りますわ。では今から私の疑ぐりを見事解消くださるかしら?」

「ふっ、それこそ貴様の心構えと解釈次第だな」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品