マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~
Log-043【女士、集う】
アレクシアとイングリッドが到着したのは、ウルリカとゴドフリーとの対話が一段落ついた直後だった。
アレクシアが玄関を入ると、広間にはモニカがせっせとモップを持って床掃除の続きをしていた。扉の開く音に気づき、掃除の止め、玄関の方に振り向く。
「よお! モニカじゃねぇか! 元気にしてたか~!」
アレクシアは足早にモニカの側まで近づき、力強く抱きしめ、頭をワシャワシャと撫で回す。
「あ、あああ、あああアレクシア様まで!?」
モニカは突然の訪問と抱擁に取り乱し、再びモップを取り落とした。だが、アレクシアは気に留めず、終いには彼女を抱き上げながら回転し、振り回し始めた。足は宙に浮き、放り出されそうになるモニカ。
「あわわわわわわわ」
浮遊感と目眩が彼女を襲った。ろれつは回らず、言葉にならない喚き声を零す。そんな二人をよそに、至って冷静なイングリッドは、モニカの言葉に違和感を抱いていた。
「姉様“まで”? ということは、既にウルリカたちは既に到着している、ということかしら?」
「は、はいいいいいい! 来てますぅぅぅぅぅぅぅ!」
「あはははは! 可愛いやつめ! あの鈍臭モニカが無愛想ルイーサの後釜だってな! 一丁前に偉くなりやがって〜! こいつ〜!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
未だにモニカを振り回し続けるアレクシアに、イングリッドは額に手を置いて、呆れ返る素振りを見せる。
それよりも、ウルリカ達が既に到着していたことに驚いていた。偶然、同じ日に、時を同じくして。グラティアの一件から、まだ日はそれほど経っていなかったにも関わらず。
「……姉様、お戯れはほどほどに。既にウルリカたちは到着しているようですわ。合流して、事態の顛末を早々に共有しなければなりません」
「ちぇ、折角数年ぶりに帰ってきたってのに、堅物だなあお前は。モニカ、悪かったな。出世おめでとう。ハウスキーパーとして、毎日お勤めご苦労さんだ」
振り回していたモニカを優しく着地させ、頭を優しく撫でながら言った。モニカは目眩からか、感極まってか、涙が頬を伝っていた。
「うぅ……ありがとうございます、アレクシア様ぁ〜」
「泣くな泣くな。お前とはちっちゃい頃からの付き合いだ。お前の働きっぷりは、昔っから俺も父上も見ていたさ。これからもウチをよろしくな」
「はいぃぃぃ!」
アレクシアの胸に頭を埋めるモニカ。背中を擦って宥める。帰ってきて早々の濃い雰囲気に、イングリッドはいたたまれない表情を湛えていた。
「コホン。ではモニカ、ウルリカたちの下に案内して下さるかしら」
「あ、は、はい!」
モニカは赤面しながら、アレクシアの胸から頭を起こす。
「で、では、こちらです……」
モニカは几帳面に、床に転がったモップを階段の手摺に立てかけ、スカートをたくし上げて階段を昇っていく。二又に分かれたところで「あっ」と、何かを思い出したようにモニカが声を上げた。
「ん? どうした?」
「あ、あのー、今ウルリカ様たちは、お客様と面会されていて……」
その言葉に、再び違和感を覚えたイングリッド。
「……客、ですって? どなたかしら?」
「アナンデール……侯爵、でしたっけ? とても位の高い貴族様ですよ」
アレクシアとイングリッドは、互いに訝しげな顔を見合わせる。予想もしていなかった客人――いや、ハプスブルク卿に引っかかりを感じていた二人には、想定内の展開だった。
「ハプスブルクは、アナンデールがローエングリンを今日訪ねることを知っていやがった。知っていて、俺達にわざわざ“接触しろ”だなんて白々しく言ったんだろうよ」
「そのようですわね。ですが、こうして当家への訪問を知りながら泳がせているということは、ハプスブルク卿の思惑はアナンデール卿の目的と近傍にある、または軌道上にあるのでは?」
「うーん……なんにせよ、会ってみなけりゃ分からねえな」
先程とは一転、厳しい表情で話す二人。それを見て、雲行きの怪しさに不安がるモニカ。
「あ、あの……どうなさいました?」
「――あ。いや、すまんモニカ。気にすんな、問題ねえよ。お前や他のみんなが不安になるようなことなど、起きやしない……起こさせねえからよ」
アレクシアは再びモニカの頭を撫でて、優しい声色で落ち着かせる。少佐という多くの軍人を率いる、人の上に立たなければならない者の、豪胆にして鷹揚なる所作が自然と現れていた。
落ち着きを取り戻したモニカに連れられ、階段を昇る二人。客間へと続く廊下で、裏で糸を引くハプスブルク卿に対して、二人は奇妙な疑惑を拭いきれずにいた。
―――
耳を突く古めかしい蝶番の音とともに、客間の扉が開いた。一行が扉の方を振り向く、あどけない表情のモニカが両扉を全身で打ち開き、アレクシアとイングリッドが客間へと入ってきた。
「ウルリカ! ひっさしぶりだなあ!」
アレクシアは周囲を意に返さず、ウルリカの下へ歩み寄る。
「久しぶりね、アレクシア。態度のデカさに比例してガタイもまた膨れ上がったようね」
ウルリカは立ち上がって、彼女の方を振り向く。頭一つ分か、それ以上大きいだろうか、見上げたウルリカは軽口を叩いた。
「はっはっはっ! その生意気な態度とちっこさは変わらねえな! だが勇者に就いてから、顔つきは変わったか? 俺がまだこっちにいた頃は、もっと悪ガキって顔つきだったんだがな~」
アレクシアはウルリカの頭を撫でながら抱き寄せる。ウルリカは抵抗するも、その強靭な肉体には敵わなかった。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ! 客人がいるのよ! 場をわきまえないよっ!」
「おいおい、俺たちゃそんな仲だったのか? 気にすんなって!」
二人の戯れが続く中を横切り、イングリッドは一行が囲む席へと向かう。面と向かうゴドフリーに対して、慎ましい態度で頭を下げた。
「身内がご無礼を。お初にお目にかかりますわ、私は大蔵省にて主計官を務めております、イングリッド・ローエングリンと申します。そこの女史が、国防軍にて少佐を務める、アレクシア・ローエングリンでございます。以後、お見知りおき下さいませ」
再び、粛々と頭を下げるイングリッド。ゴドフリーは仏頂面のまま指を絡める。
「貴様たちのことは委細承知している。無論、ハプスブルクの息が掛かっていることもだ」
イングリッドは一瞬、眉を上げた。だが、すぐに表情を戻し、ゴドフリーを見据える。
「では……話が早い、と考えたほうが? 私共の狙いを、既に掴んでいらっしゃると?」
「おおよそは推し量っている。奴が貴様らに何を語ったか、だの細かいことは知らんがな。だが野郎のことだ。いつも通り、表向きは他人に任せ、自分は裏から手を回しているんだろうよ。昔から変わらん手だ」
イングリッドは驚くと共に、彼の言葉から察するには、自分の予想を大きく裏切る展開ではない、と踏んでいた。ハプスブルク卿との直接的な接触はないにせよ、彼はその思惑と動きを捉えている。
「それを知っててなお、俺たちと話そうってならよ。今回の件はあんたの目的と合致してるってことでいいんだな?」
アレクシアが会話を紡ぐ。核心に迫る問い。
「無論だ。目的は同じ――だが、望む結果が同じとは、限らんがな」
アレクシアの問いに対する答えは、二人のハプスブルク卿に対する疑念を、確信へと変えるものだったようだ。
アレクシアが玄関を入ると、広間にはモニカがせっせとモップを持って床掃除の続きをしていた。扉の開く音に気づき、掃除の止め、玄関の方に振り向く。
「よお! モニカじゃねぇか! 元気にしてたか~!」
アレクシアは足早にモニカの側まで近づき、力強く抱きしめ、頭をワシャワシャと撫で回す。
「あ、あああ、あああアレクシア様まで!?」
モニカは突然の訪問と抱擁に取り乱し、再びモップを取り落とした。だが、アレクシアは気に留めず、終いには彼女を抱き上げながら回転し、振り回し始めた。足は宙に浮き、放り出されそうになるモニカ。
「あわわわわわわわ」
浮遊感と目眩が彼女を襲った。ろれつは回らず、言葉にならない喚き声を零す。そんな二人をよそに、至って冷静なイングリッドは、モニカの言葉に違和感を抱いていた。
「姉様“まで”? ということは、既にウルリカたちは既に到着している、ということかしら?」
「は、はいいいいいい! 来てますぅぅぅぅぅぅぅ!」
「あはははは! 可愛いやつめ! あの鈍臭モニカが無愛想ルイーサの後釜だってな! 一丁前に偉くなりやがって〜! こいつ〜!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
未だにモニカを振り回し続けるアレクシアに、イングリッドは額に手を置いて、呆れ返る素振りを見せる。
それよりも、ウルリカ達が既に到着していたことに驚いていた。偶然、同じ日に、時を同じくして。グラティアの一件から、まだ日はそれほど経っていなかったにも関わらず。
「……姉様、お戯れはほどほどに。既にウルリカたちは到着しているようですわ。合流して、事態の顛末を早々に共有しなければなりません」
「ちぇ、折角数年ぶりに帰ってきたってのに、堅物だなあお前は。モニカ、悪かったな。出世おめでとう。ハウスキーパーとして、毎日お勤めご苦労さんだ」
振り回していたモニカを優しく着地させ、頭を優しく撫でながら言った。モニカは目眩からか、感極まってか、涙が頬を伝っていた。
「うぅ……ありがとうございます、アレクシア様ぁ〜」
「泣くな泣くな。お前とはちっちゃい頃からの付き合いだ。お前の働きっぷりは、昔っから俺も父上も見ていたさ。これからもウチをよろしくな」
「はいぃぃぃ!」
アレクシアの胸に頭を埋めるモニカ。背中を擦って宥める。帰ってきて早々の濃い雰囲気に、イングリッドはいたたまれない表情を湛えていた。
「コホン。ではモニカ、ウルリカたちの下に案内して下さるかしら」
「あ、は、はい!」
モニカは赤面しながら、アレクシアの胸から頭を起こす。
「で、では、こちらです……」
モニカは几帳面に、床に転がったモップを階段の手摺に立てかけ、スカートをたくし上げて階段を昇っていく。二又に分かれたところで「あっ」と、何かを思い出したようにモニカが声を上げた。
「ん? どうした?」
「あ、あのー、今ウルリカ様たちは、お客様と面会されていて……」
その言葉に、再び違和感を覚えたイングリッド。
「……客、ですって? どなたかしら?」
「アナンデール……侯爵、でしたっけ? とても位の高い貴族様ですよ」
アレクシアとイングリッドは、互いに訝しげな顔を見合わせる。予想もしていなかった客人――いや、ハプスブルク卿に引っかかりを感じていた二人には、想定内の展開だった。
「ハプスブルクは、アナンデールがローエングリンを今日訪ねることを知っていやがった。知っていて、俺達にわざわざ“接触しろ”だなんて白々しく言ったんだろうよ」
「そのようですわね。ですが、こうして当家への訪問を知りながら泳がせているということは、ハプスブルク卿の思惑はアナンデール卿の目的と近傍にある、または軌道上にあるのでは?」
「うーん……なんにせよ、会ってみなけりゃ分からねえな」
先程とは一転、厳しい表情で話す二人。それを見て、雲行きの怪しさに不安がるモニカ。
「あ、あの……どうなさいました?」
「――あ。いや、すまんモニカ。気にすんな、問題ねえよ。お前や他のみんなが不安になるようなことなど、起きやしない……起こさせねえからよ」
アレクシアは再びモニカの頭を撫でて、優しい声色で落ち着かせる。少佐という多くの軍人を率いる、人の上に立たなければならない者の、豪胆にして鷹揚なる所作が自然と現れていた。
落ち着きを取り戻したモニカに連れられ、階段を昇る二人。客間へと続く廊下で、裏で糸を引くハプスブルク卿に対して、二人は奇妙な疑惑を拭いきれずにいた。
―――
耳を突く古めかしい蝶番の音とともに、客間の扉が開いた。一行が扉の方を振り向く、あどけない表情のモニカが両扉を全身で打ち開き、アレクシアとイングリッドが客間へと入ってきた。
「ウルリカ! ひっさしぶりだなあ!」
アレクシアは周囲を意に返さず、ウルリカの下へ歩み寄る。
「久しぶりね、アレクシア。態度のデカさに比例してガタイもまた膨れ上がったようね」
ウルリカは立ち上がって、彼女の方を振り向く。頭一つ分か、それ以上大きいだろうか、見上げたウルリカは軽口を叩いた。
「はっはっはっ! その生意気な態度とちっこさは変わらねえな! だが勇者に就いてから、顔つきは変わったか? 俺がまだこっちにいた頃は、もっと悪ガキって顔つきだったんだがな~」
アレクシアはウルリカの頭を撫でながら抱き寄せる。ウルリカは抵抗するも、その強靭な肉体には敵わなかった。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ! 客人がいるのよ! 場をわきまえないよっ!」
「おいおい、俺たちゃそんな仲だったのか? 気にすんなって!」
二人の戯れが続く中を横切り、イングリッドは一行が囲む席へと向かう。面と向かうゴドフリーに対して、慎ましい態度で頭を下げた。
「身内がご無礼を。お初にお目にかかりますわ、私は大蔵省にて主計官を務めております、イングリッド・ローエングリンと申します。そこの女史が、国防軍にて少佐を務める、アレクシア・ローエングリンでございます。以後、お見知りおき下さいませ」
再び、粛々と頭を下げるイングリッド。ゴドフリーは仏頂面のまま指を絡める。
「貴様たちのことは委細承知している。無論、ハプスブルクの息が掛かっていることもだ」
イングリッドは一瞬、眉を上げた。だが、すぐに表情を戻し、ゴドフリーを見据える。
「では……話が早い、と考えたほうが? 私共の狙いを、既に掴んでいらっしゃると?」
「おおよそは推し量っている。奴が貴様らに何を語ったか、だの細かいことは知らんがな。だが野郎のことだ。いつも通り、表向きは他人に任せ、自分は裏から手を回しているんだろうよ。昔から変わらん手だ」
イングリッドは驚くと共に、彼の言葉から察するには、自分の予想を大きく裏切る展開ではない、と踏んでいた。ハプスブルク卿との直接的な接触はないにせよ、彼はその思惑と動きを捉えている。
「それを知っててなお、俺たちと話そうってならよ。今回の件はあんたの目的と合致してるってことでいいんだな?」
アレクシアが会話を紡ぐ。核心に迫る問い。
「無論だ。目的は同じ――だが、望む結果が同じとは、限らんがな」
アレクシアの問いに対する答えは、二人のハプスブルク卿に対する疑念を、確信へと変えるものだったようだ。
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