マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-023【喪失と清算】

 夭之大蛇ワカジニノオロチとの戦いから一週間が経過し、アクセルたちはようやく身体を動かせるまでに回復した。大蛇との戦いは前例のない凄惨なものとなった。だが振り返ってみると、不幸中の幸いにも死者は一人として出なかった。みな後遺症すらなく、不思議なくらい何不自由なく日常を過ごしていた。

「アンタくらいね、アクセル。腕を失うなんて不幸は」

 そこは宮殿内の客間。全身を包帯で包み、まるでミイラのようになったウルリカが、向かいのソファでくつろぎながら茶をすするアクセルに向かって言った。

「ウルリカも随分なやられようじゃないか。全身の骨が折れてるなんて、想像しただけで身震いするよ」

「アンタねぇ、これは殆どエレインのせいよ。あたしの犠牲がなきゃ、エレインは唯一の犠牲者になってたところだったのよ」

 そう言って溜息を吐くと、併設された勝手場で茶を沸かしていたエレインが、銀のトレーを持ってやってきた。

「あんまり覚えてないけど、ウルリカに命を助けてもらったようだね。本当にありがとう」

 そう言って、淹れたての茶が入った器をウルリカ、そして隣に座っていたルイーサとアクセルに渡す。

「しかし、どうなさるおつもりですか? アクセルの腕は戻りません。これ以上の旅は難しいのでは」

 ルイーサがアクセルの無き片腕を見ながら話す。周囲には沈黙が流れた。しかし、それを嘲笑うかのように、

「まあね、普通ならそう思うでしょうね。けど、それなら心配無用なのよ、ルイーサ」

 そうウルリカは言ってみせた。当然、みな一様に驚愕する。

「え、え? どういうことなの? え? え? アクセル君って爬虫類?」

「エレイン、落ち着いて頂戴。まあ、誰も先進技術事情、なんて仕入れる機会はないでしょうよ。簡単に言うと、魔力に連動して思い通りに動かせる義手ってのが開発されたのよ」

 みな再び一様に驚愕する。それはまさしく、夢の技術だった。

「そんなことが、ありえるのか……」

「全然、有り得る話よ。端的に言えば、魔力だって人の意思で操ってるわけでしょ。意思が魔力に働きかけるなら、その魔力を動力とした義手が思い通りに動かせたって不思議でもなんでもないじゃない。むしろ今まで発明されなかったことの方が不思議なくらいだわ」

「そういうものなのかな……」

 ウルリカの不思議な説得力に、頷かざるを得ないアクセル。だが仮に、完璧な義手が開発されたとはいえ、それを入手する手段がない。

「でもさウルリカ、どうやってそんなもの手に入れるんだよ。少なくとも僕には宛がないし、ウルリカには宛があるの?」

「私自身にはないわ」

「えー……じゃあ手に入らないじゃん」

「まあ待って頂戴。私にはなくとも、あの国との繋がりがある人間に心当たりがあるのよ」

「あの国って? あ、セプテムか」

「そうよ。極北にありて、文明大国のセプテムよ」

 大陸には四つの国がある。

 アクセルらの故郷であり、資源的にも経済的にも最も繁栄を謳歌する国アウラ。

 かつては牧歌の国、今では魔物が跋扈ばっこする、立ち入りを禁じられた国パスク。

 恵みの砂漠とも呼ばれ、魔石の主要産出国である砂の国グラティア。

 そして、大陸の最北端に位置する、極寒の地にして機械文明が花開いた国セプテム。

「ルイーサの機関銃が良い例ね。そいつも父上の繋がりで仕入れた兵器よ」

「はい、偶然にも。私が所有するには、手に余るものかとは存じますが」

 セプテムの機械は、魔石のように魔力を動力源とした機構が多い。更には、魔石を利用したものや、呪物ウィッチガイドを利用したものなど、工学と魔術を融合させる技術に長けている。それらを総称して錬金術と呼び、一般的な工学とは一線を画していた。

「……まあ、まだこの状態じゃ旅は続行できないし、もう少しここに居ることにするわ」


―――


 その日の夜、澄み切った星空の下、アクセルは宮殿の外に出て橋梁を渡り、先日エレインと再開した湖のほとりで、いつもの様に鍛錬に励んでいた。片腕となった今でも鍛錬は忘れない。

 だが、人前では表さないものの、無き腕は常にそこにあるかのように疼いていた。それは、あたかも万力で押し潰されながら、焼け落ちるほどの電流を流されているかのような疼痛。

 鍛錬による汗と、幻肢痛による脂汗が一緒くたになる。その痛みを少しでも和らげようと鍛錬に夢中になって、度々意識を失いかけた。

 息も絶え絶えとなって仰臥ぎょうがし、吸い込まれるような夜空を眺めていると、幻肢痛は僅かだが和らいでくる。そんな折だった。

「……辛い、ものなのね」

 アクセルの視界に、エレインの時と同じく、前屈みになって顔を覗き込むウルリカ。

 彼女は、アクセルが毎晩のようにこうやって鍛錬をしにここに来るのが、単に肉体の練磨の為だけでないことを察していた。

 医学的にも認められている幻肢痛、だがそれは、現存する魔術でも取り除くことはできなかった。

 幻覚魔術の一種である催眠によってあらゆる痛みを消し去る、いわゆる全身麻酔のようなものは有効だった。無論、覚醒時にそれを用いることはできないが。

「こればかりは、参ったな。腕を食い千切られた瞬間の方が、よっぽど楽だったよ」

 アクセルは強がって冗談を言いながら微笑む。だが、実際にその言葉の通りだった。

 たとえ傷が完全に塞がっていようとも、腕が押し潰される痛みを四六時中味わうという状況は、ウルリカの想像を絶していた。

「……ねえ、アンタあの時――大蛇に飲み込まれた時、どうしたの? 何で、助かったの?」

 ウルリカは少しでもアクセルの気が紛れるよう、別の話題を振った。

 ただ単に、彼女が知りたかったというだけでもあるが。

「あの時かぁ。よくは覚えてないけれど、とにかく必死だったなぁ。身体が押し潰されないよう、消化されないよう、死に物狂いで魔力を身に纏ったのを覚えている。その内、身体を動かせるほどの空間――それが、大蛇の胃袋の中だったんだろうけど、そこに消化されずに残った岩のようなものがあったから、それに必死でしがみついていたよ」

「それが、あの巨大な魔石だったのね」

「そうだね、魔石だって薄々分かったのは、その岩のようなものが僕の身に纏っていた魔力に反応したからだったな。次第に、その魔石が光を帯びていって、その光が強くなっていって……ただ、なんだろうあれは。少し、不気味だったような気もしたなぁ」

 ウルリカはふと、その不気味という言葉に引っ掛かった。

「……どういう意味? その不気味って」

「いや、僕の肌感覚で悪いんだけど、ただただ、そう感じただけなんだ。光を発しているのに、薄暗い。その魔石にただしがみついているだけなのに、身の毛がよだつ。理由はわからないけど、そう感じたんだ」

 ウルリカはその言葉に、夭之大蛇ワカジニノオロチが纏っていたオーラを真っ先に思い出した。

 大蛇は幾度もの猛攻を乗り越えてくる度に、禍々しいという言葉が当て嵌まる黒々としたオーラを纏っていった。それはまさしく不気味、という言葉が妥当。

「……恐らく、大蛇は体内の魔石によって自らの生命力を底上げしていた。今のところ人間以外に呪文による魔術の行使が観測された生命はいない。けど、魔力は一寸の虫にさえ宿るわ。仮に魔石が体内にあったなら、それが宿主の魔力に作用することなんて全然有り得るわ。だけど、それほど大きな魔石を、わざわざ飲み込むだなんてこと……いや、むしろエレインの言っていた、魔石が再生するって話の方が……」

 ウルリカは話し込みながら、いつの間にか思索にふけり始めてしまったようだ。

「ま、まあ、何にせよ討伐できたことだし、それで御の字だよ。上手くいけば僕の腕も生えてくるようだし」

「……生えてくるんじゃないわよ。ただの補助よ、補助」

「でも、自分で動かせるようになるなんて、夢のようじゃないか。しかも神経が通ってるように、触れた感じがあるんだろう? すごいじゃないか!」

 子供のようにはしゃぎながら喜ぶアクセルに、ウルリカは呆れながらも微笑む。

 この旅で、自身がどのような境遇に立たされようとも、受け入れる覚悟はできていた。

 だが、自身の覚悟の程と、仲間の悲運と向き合うこととは埒外なもの。

 こうやってアクセルが変わらず明るく振る舞ってくれることが、ウルリカの負担を軽くしたのだった。

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