マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-020【大蛇討伐戦-参】

「『太母たる大地よ、その畏くも讃頌すべき万象の起源よ! 傲慢なれど人智の言霊に応え給え、霊験なる原初にして極点の神気を顕し給え! 地維讃頌・森羅鳴動ダーナ・アーティファクト!』」

 詠唱を完了する。ウルリカを包む魔力の渦は、いよいよ以って、嵐の如き烈風を巻き起こし始めた。彼女の周囲を取り巻く、眩く光るプラズマが光芒となって弧を描く。その甚大な魔力の奔流に、近づくことも儘ならない。

「――待たせたわね、正直苦手な部類の魔術だったから時間が掛かったわ」

 そう軽口を叩きつつも、ウルリカの神経はその殆どが典礼魔術の行使に向けられていた。

 彼女の異様さに気づいた夭之大蛇ワカジニノオロチの一頭が猛進してくる。アクセルは彼女の前に躍り出て挺身し、剣を目一杯振り下ろす。等身大ほど開いた大蛇の口が塞がれ、出張っていた舌を自ら噛み千切る。

「ウルリカ、頼む! ここに居る皆が、君の一撃に命を賭けているんだッ!!」

「言われなくたって!」

 彼女は儀仗剣を両手で持って突き出す。刃は納めたまま、魔石の接がれた鞘尻を地面に突き刺す。瞬間、陽炎のような揺らめきが波紋となって広がっていく。それはまるで、大地が波打つかの如く。その揺らめきに触れた誰もが、足先から脳天までを不可思議な感覚が貫いた。

 得も言われぬ感覚に気を取られた一行は、夭之大蛇ワカジニノオロチの首の急速な接近に気づくのが遅れてしまった。しかし、

「図に乗るのもそこまでよ」

 大口を開けて突進し、アクセルの目前まで迫りくる大蛇の一頭は、だが一転、その場で急停止。その首は、幾つもの円錐状にせり上がった地面に突き刺さっていたのだ。ふと気づくと、大地は轟音を鳴らすとともに震え猛っていた。次々と迫り来る大蛇の首に対し、次々と地面がせり上がっていく。突き刺され動かなくなったところを、ルイーサの機関銃が跡形もなく葬り去る。

 先ほど足先から感じた波動は、ウルリカの典礼魔術によるもの。大地が内包する魔力の脈流を侵蝕し支配する、彼女の魔力に触れたためだった。

 『地維讃頌・森羅鳴動ダーナ・アーティファクト』は、周囲の土、岩、金属といったあらゆる無機物固体を支配下に置く絶技。無論、人一人の力では長く続くはずもない魔術だということは、火を見るよりも明らかだったが。

「短期決戦で行くわ。あんたたちはここに隠れてなさい」

 ウルリカが腕を横に薙ぐと、地面から岩が迫り上がり、即席の防塁を築きあげる。その耐久性は、投石機と見紛う破壊力を持つ夭之大蛇ワカジニノオロチの水弾にも、幾らかは耐えられる程。

 ウルリカは地面に突き立てた剣の柄を握り、精神を集中させる。深く息を吸って、吐き、ゆっくりと剣を抜く。すると夭之大蛇ワカジニノオロチの頭上に伸びる鍾乳石が、まるで狙いを定めるように、わらわらとうごめき始めた。ウルリカは間髪を入れずに、抜刀した剣を再び鞘に力強く――納める。

 呼応して、鍾乳石はまさに馬上槍の如く、円錐状となって一直線に伸びる。鋭く、素早く、正確に夭之大蛇ワカジニノオロチを貫いていく。その数はおびただしく、天井に垂れ下がる大小ことごとくの鍾乳石が、大蛇を穿たんと一斉に降り注いだのだ。

 悲鳴のような甲高い咆哮を上げ、壁に向かって首を打ち付けるように暴れ回る大蛇を、容赦なく、更に追い込む。上、下、左、右、洞窟中の壁という壁から、岩の馬上槍が大蛇を磔刑たっけいに処す。澄み切っていた湖は、次第に大蛇の流す血によって、真っ赤に染まっていった。貫き、突き刺さった岩々は、肉に食い込んだ格子の如く。それは次第に、大蛇の身体の自由を奪っていった。

 だが、もはやウルリカの体力も限界にきていた。息が切れ、意識は朦朧もうろうとする、膨大な魔力を、急速に消費したがゆえ。それでも彼女は、再び剣を鞘から抜き、力強く――納める。とどめと言わんばかりに、鈍い轟音を反響させながら、岩天井ごと変形していき、みるみるうち巨大な破城槌を彷彿とさせる円柱状をかたどって、一気に伸びていく。身動きの取れない夭之大蛇ワカジニノオロチの胴体を穿ちながら、湖の底まで沈め、圧殺した。

 やがて、大蛇の動きが止まった。そして、ウルリカから発せられていた魔力の渦も同時に止む。一刻の静寂が辺りを包んだ。そのうち少しずつ、小さな勝ち鬨から、大きな喝采へと変わっていく。
 ほぼ全ての集中力と魔力を消耗して、地面にへたり込むウルリカに、アクセルが肩を貸して喝采の輪の中へと誘う。皆、彼女を歓迎し、戦乙女だ、真の勇者だ、と称えた。一人で立つこともできないほど摩耗した彼女は、それでも意地で斜に構え、余裕のあるふりをする。

「ウルリカ、君は相変わらずだな」

「ふん、こっちはヘトヘトなのよ。怪我人だって沢山いるんだし、こんなの帰ってからでもいくらだって――」

 ウルリカの言葉が止まった。目を見開き、顔は急速に青ざめていく。全身の毛が逆立っていき、冷汗が噴き出る。アクセルは、振り向きざまに――ウルリカを突き飛ばし、抜刀した。

 しかし、遅かった。人間を丸呑みできるほどに大きく開かれた口は、

「アクセ――」

 ――アクセルを飲み込む。ウルリカの視界の端に映る、剣を握ったままの右腕を残しながら。

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