マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-019【大蛇討伐戦-弐】

「だらしないわね! だったら首を一本一本切り落としていけばいいじゃない!」

 ウルリカは傾き始めてきた士気に、発破をかける。

「状況はそんな簡単なものじゃない!」

 討伐隊隊長が反論する。首を横に振り、呆れた顔を湛えたウルリカ。すると、

「まったく仕方ないわね。アクセル! エレイン! 時間を稼いで頂戴!」

 ウルリカが叫ぶ。同時に、腰に帯びた儀仗剣を納刀したまま引き抜き、両手で握り持って目の前に突き出す。そして、身体中に張り巡らされた魔力の血管、“魔脈エーテルパルス”を強く意識した。それは遍く生命に内在し、その質の如何が魔術の質を決定する気脈。彼女のそれは、桁が違った。

 励起する魔力。蠕動ぜんどうする経絡。みるみるうちに、ウルリカの周囲にいるだけで肌を刺すほどの魔力が、渦を巻いて奔流ほんりゅうし始める。

「時間を稼げ、だなんて簡単に言ってくれるんだから!」

「御託はいいわ! あとルイーサ! 正直邪魔臭いそのデカブツをお見舞いしてやりなさい!」

 ルイーサはその言葉に目配せで了承する。アクセルが駐屯地で彼女に会ってから常に背中に背負っていた筒状の鉄塊を降ろす。それは細長い砲身が持ち手から円周上にいくつも伸びた、銃火器の類だった。

 その銃火器を腰で固定し、両手で持ち手をしっかりと握る。次第にルイーサの周囲からも目に見えるほどの魔力が吹き出し、それに連動して、銃火器の砲身が駆動音を鳴らしながら回転し始める。それに気づいた夭之大蛇ワカジニノオロチの首の一つが、大きく口を開きながら、ルイーサ目掛けて迫り来た。

「失せろ」

 彼女を飲み込もうとする寸前、回転する砲身から瞬く間に無数の銃弾が放たれるとともに、着弾の度に木霊する爆発音。

 その銃弾は、大蛇の大きく開かれた口腔に直撃すると同時に、爆弾のように一発一発が炸裂する。その圧倒的な火力は、瞬く間にその首の原形を消し飛ばした。

「な、何なんだ……! あ、あの武器は……!?」

 それは、新たな軍事技術として導入予定の、機関銃と呼ばれるものだった。

 周囲はざわめき出し、戦慄すら覚える者もいたようだ。だが、かえってこれが発破となり、士気を持ち直し始める。使い果たした投槍の代わりに、皆抜刀して構える。捕食しようと迫り来る首を迎撃するためだ。

 しかし、そう上手くはいかない。一度迎え撃たれた夭之大蛇ワカジニノオロチはその臆病な性質から、正面からの攻撃は無力化されると悟り、水弾による攻撃に切り替えてきた。

 辛うじて直撃を避けることはできても、その水弾はおよそ人間程の大きさもあり、高速で飛んでくる。地面に着弾して弾け飛んだ流水ですら、投石の如き衝撃となる。

 そんな状況下でウルリカを守るため、エレインは飛来する水弾に対して雷撃を放つことで電気分解を起こさせる。そして、その弱体化した水弾に対して、アクセルが魔力を帯びた剣で霧散させる、という作戦を講じていた。

「こんな無茶苦茶、長くは保ちませんよ! エレイン様!」

「今はウルリカをどうにか援護するしかないよ! 僕たちだけじゃ、あの怪物には太刀打ちできない!」

 この現状では誰もが消耗戦を余儀なくされていた。前例通りの戦い方では歯が立たず、ましてや戦闘手段すらも乏しい。

 ウルリカが「首を落とせ」と言ったのは比喩ではない。途方も無い生命力の夭之大蛇ワカジニノオロチを滅ぼすには、物理的に破砕するしか方法は無かった。その為には、臨機応変であっても小規模な攻撃方法は切り捨てて、無茶な援護を要してでも魔術のような大規模な攻撃で一気に殲滅しなければ攻略は不可能。

「エレイン! いつまでこの嬢ちゃんを守ればいいんだ! 場合によっちゃ撤退も視野の内だ! 俺たちだけじゃ如何ともし難いぞ!」

 エレインはこの状況の中で思考を目一杯働かせた。

 ウルリカが用いようとしているものは、典礼魔術と呼ばれる魔術技法の一つで、技法それ自体が高等魔術なる高度な術式に類する。本来は宗教儀式などで用いる、儀典に則った術式を指すが、その内容から呪文として利用できる文言のみを抜き出したもの。謂わば戦略兵器にも及ぶ力を有した魔術が大多数を占める。

 本式での行使を望む場合、熟達した魔術師が束にならなければ、典礼魔術を構築し執行することなど決してあたわないが――効力を多少削いだ略式ならば、ウルリカはそれをたった一人でこなす程の技量と素質を持っている。ゆえに、天才。

「彼女なら……ウルリカなら! 十分……いや、五分もあれば十分です!」

「あい承知した! ここが正念場だ、嬢ちゃんの魔術に命を預ける!」

 隊員たちは、その五分という明確な数字に奮起した。この夭之大蛇ワカジニノオロチを相手に五分間もの継戦など、無謀に近い。満足な備えもなく、確固たる戦術もない状況で、人はただ捕食される獲物も同然。それでもなお、隊員たちは奮い立った。

 夭之大蛇ワカジニノオロチの猛攻は止まない。間髪を入れず放たれる水弾に、一人また一人と倒れていく。残された者はいつ降りかかるかも分からない死の恐怖に立ち向かい続ける。

 余りにも強大で、暴威を振り撒く怪物を相手に――五分。気が遠くなるほど長かった。絶望に最も近い希望、手段を残されていない彼らには、それに縋るしか無かった。

 誰もが諦めかけていた。それでも、手に持つ藁の如く貧弱な剣を振るうことだけは止めなかった。そんな極限状態の中、その微かな、まだ幼さを残す少女の声を、はっきりと耳にする。

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