話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

精神融解


 最近、同じ夢ばかりを見る。

 1人の女の子がいじめられて自殺する夢だ。
 いじめる方は毎回違う。でも、最後は決まって、知らない海に飛び込んでの自殺だ。

 最初の事は、はっきりしなかった顔も今でははっきりと見る事ができる。
 私ではない。私が知っている顔でもない。

 青い海が赤く染まって、私を溶かしていく、海の中から空を眺めながら沈んでいく、赤い空が溶けていく私を見つめている。

 そこで目を覚ます。
 原因はわかっている。いつの頃なのかわからない。私の引っ越しの荷物の中に入っていた一冊の日記。

 私が書いた日記ではない。
 私の家族ではない。誰が書いたかわからない日記。

 私は、いわゆる犯罪被害者だ。
 父と母と祖父と祖母と妹を殺された。キチガイに・・・だ。ただむしゃくしゃしたという理由で、私の幸せ、過去・・・。そして、未来を奪っていった。なんで、あと1リットル灯油を増やしてくれなかった?後、数箇所火をつける場所を増やさなかった。そうしたら、私は家族と一緒に火に燃やされて、溶かされて、こんなに苦しむ事はなかったのに・・・。

 それから、私は住所を何度も移した。
 マスコミを名乗るキチガイから逃げるためだ。加害者が未成年だから?加害者が前途ある少年だから?加害者が某議員先生の息子だから?私の名前と顔は報道するのに、加害者の少年は一切報道されない。
 議員先生からの謝罪は、秘書と名乗った人がマスコミを引き連れて謝罪という名前のパフォーマンスをしただけだ。100万円が入った封筒を渡された。

 私は、マスコミの目の前で封筒からお金を取り出して、秘書に突き返した。

「お金よりも、父を、母を、祖父を、祖母を・・・妹を返して・・・」

 それだけ言って部屋に戻った。
 それが、夕方のニュースで面白おかしく報道された。示談金を釣り上げるつもりなのだと言われた。

 加害者の刑が確定した。
 ”無罪”それが、私のすべてを奪った者にくだされた罰だ。受験と親からのプレッシャーでアルコールに手を出した。アルコールによる前後不覚で放火に及んだと法定で説明された。

 また、マスコミが私の所に殺到した。
 何を期待しているのだろう?

 もう私には何もわからない。

 私は、古い知り合いを頼って、代理人となる弁護士を雇った。
 森下美和。弁護士の名前だ。美和さんに、私は一つのお願いをする。

 マスコミを使って嫌がらせをしたい。
 美和さんは苦笑しながら承諾してくれた、法律の範囲内なら手伝いますという事だ。

 まず、民事裁判と刑事事件の二通りの手続きをしてもらう事にした。
 放火は無罪となったが、殺人罪や殺人未遂は裁かれていない。無理矢理ではあるが、加害者が私の家を狙って火をつけたと訴えるのだ。殺人罪や殺人未遂になる。小さいが、加害者は釈放されたあとで、SNSをやっていてそこで、私の事も書いている。美和さんの旦那さんの親友にお願いして内容を保存した。内容を見た美和さんは名誉毀損まで持っていけると言うことだ。馬鹿息子は、鍵がかかっているので安心したようだ。
 民事は、火災で失った物の賠償だ。数億の賠償を求める裁判を起こす。

 これらの準備をしているとマスコミに流すのだ。
 実際に起こす必要はない。マスコミに情報を流すだけで十分だと思っている。

 案の定、マスコミは私が用意した餌に食いついた。特に、SNSでの名誉毀損は格好のターゲットのようだ。
 警察も動いた。議員先生の反対派閥の人も訪ねてきた。

 遂に、議員先生が私と美和さんの前に出てきた。
 これが、私が一番欲していた物を勝ち取るための手段だ。

「何が望みだ」

 偉そうにしている議員先生。
 議員先生が来られる前に、秘書に”すべてを録画し、公開する可能性があります”と宣言している。録画されていると解って居てもこの態度だ。

「謝罪を」
「なに?」
「先生の謝罪ではありません。私の両親を、祖父母を、妹を、思い出のすべてを、私の顔の半分を奪った。貴方の息子さんからの謝罪をいただきたい。今日に至るまで、私は謝罪を受けておりません」
「謝罪なら」
「先生は、あれを謝罪というのですね?」

 火にあぶられて、溶けてしまったわたしの右半分の顔を先生に見せる。

 マスコミの前で行われた茶番。
 残しておいた動画を流す。マスコミが報道したのを保存しておいたのだ。

「・・・」
「わかりました。無罪の息子さんからの謝罪は無理だという事ですね。森下先生。手続きをお願いします」
「よろしいのですか?」
「はい。かまいません。あと、動画も明日には公開してください」
「わかりました。マスコミが殺到しますよ」
「かまいません。キチガイだと言われても、金の亡者と言われても、なんと言われても構いません」
「ふぅ・・・わかりました」

「まて!」
「はぁ?”まて”ここまで来て命令ですか?先生はよほど素晴らしい人なのですね。選ばれた人だと思っているのですか?先生の代わりを狙っている人がこの動画を見たらさぞ喜ぶでしょうね」

 ダメだ。笑いをこらえる事ができない。

「まっ待って欲しい」
「謝罪をしてくれるのですか?いますぐに?」
「息子は今・・・海外に行っていて、今すぐは無理だ」
「へぇ・・・。そうなのですね。私が、顔半分を焼かれて顔ではパスポートがすぐには発行できないと言われた事や、目を失って免許を取り上げられた状態なのに、海外旅行ですか?優雅でいいですね。この動画は、明日の朝に公開します。明日一日だけ、両親と祖父母と妹が眠る場所で待っています」
「無理だ。明日なんて・・・」
「そうですか?それじゃ、両親と祖父母と妹を返してください。私の顔は諦めます。ですので、是非先生のお力で家族を、私の思い出を返してください。あっ先生の土下座なんて必要ないですよ。私がほしいのは、息子さんの・・・。私からすべてを奪った、むしゃくしゃしたというすごく人間らしい理由で奪っていった人からの謝罪です。別に心の底から悔やんで謝罪して欲しいとはいいません。形だけでも墓前で頭を下げてほしいだけです。それさえもできないとはいいませんよね?」

「なにが・・・。なにが、望みだ?」
「ハハハ。望み。決まっていますよ。謝罪ですよ。。美和さん行きましょう」

 頭の中で何かが切れる音がした。でも、私は私なのだ。
 バカ息子が海外に行っているのは知っている。マスコミから隠すためだろう。

「あぁ先生。息子さん以外の人が来ても私は納得しませんからね?キャハハハ!!」

 息子は来なかった。
 当然だろう。一日で戻ってこられるわけがない。マスコミというキチガイがいろいろ教えてくれる。そんな情報は必要ない。

 もう終わった事だ。

 マスコミやいろいろな人から嫌がらせを受けた。
 別に気にならない。お金の心配もしていない。キチガイが無罪になった時に、保険会社が全額支払ってくれている。日本に税金をおさめるのが嫌で、海外の銀行に資金を移動して、海外発行のクレジットカードを使っている。別にこれで困らない。どうせ、外で買い物なんてできない。ネット通販ですべてを済ませる。便利な世の中になった。

 それに、顔がこれでは外にも行けない。
 被害者に優しい人達も多い。住む場所を手配してくれる。いまは、地方都市だけど、住環境が整っている場所に居を移した。
 議員先生の派閥と仲が悪い人が強い場所だ。何度目かの引っ越しを終えて、周りが静かになった。

 議員先生のバカ息子のおかげで、顔の右半分と家族を失った悲劇のヒロインになっていた。
 バカ息子は渡航先で大麻パーティをして当局に摘発された。帰って来て、やはり薬で捕まった。その後、婦女暴行や暴行疑惑が浮上した。議員先生も次の選挙をまたずに辞職した。数々の不正が見つかったのだ。

 引っ越しの時に紛れ込んだ日記。誰が書いたかわからない。わからないが捨てる事ができない。

『港で白骨化した女性が見つかる』

 こんなニュースが飛び込んできた。
 頭部に打撲痕があり、事故・事件両面で調べていると報道されている。

 復元された女性・・・。女の子の顔に見覚えがある。
 私が見る夢に出てくる女の子だ。

 日記の記述は覚えてしまっている。書いている情景さえも浮かんでくる。
 私の中に、女の子が溶け込んでくる。

 私にはわかる。
 この子は、私だ。私の中に溶け込んでいるこの子が私だと言っている。

 翌日から見る夢が変わった。
 女の子と私が話をする夢だ。私は私の事を、私も私の事を、お互いに話をする。私と私の会話。溶け合って一つになっていく私。

 私は、私に告げる。
 私は殺されたのだと・・・・。

 私も、私に告げる。
 私はすべてを奪われたのだと・・・・。

 私は、私にお願いされた。
 私を殺した奴を罰して、殺してほしいわけじゃない。私を殺したことを思い出させるだけでいい。

 私も、私にお願いする。
 私からすべてを奪った奴からの謝罪が欲しい。

 私は、私の願いを受諾する。
 私も、私の願いを聞いてくれる。

 私の右半分は、私の顔に変わる。
 失っていた私の顔が、私の顔になる。私と私は一つにとけあった。

 免許も取得できた。
 パスポートも取得できた。私は、私と一緒になった。二人の私が解けて、私になった。

---

『港で発見された白骨死体を殺人と認定』
『いじめによる自殺か?』
『自殺に見せかけた殺人と認定』
『当時中学生の男女4人が殺人に関わったとして警察に出頭してきた』

 私の願いは果たされた。
 殺した奴らはすでに解っていた。夢で見ていた男女5人だ。私が、サッカー部の人に告白されたのが気に入らなくていじめてきていた。断っていた。私には好きな人が居たからだ。その事を告げたら、余計にいじめられるようになった。

 私は、日記の一部を・・・。私をいじめていた人たちに持たせる。
 それだけで十分だ。私が犯人たちを私にするのだ。それだけの事。私を殺した事を、殺された事を、私が私に教えるだけ。

 1人は、そのまま死んでしまった。殺された場面を何度も何度も何度も見て、精神が壊れてしまった。翌日に、とけた精神状態で見つかった。その翌日、私に私を殺してくれと懇願してきた。私は、私と相談して、私を殺す事にした。ただそれだけの事。
 4人は、私が私を殺した事で、私に懇願してきた。罪を償うチャンスをくれと、私が私に謝罪してきた。私は、私の意見を受け入れた。私は、私をとけた精神をもとに戻した。私は私を分離した。

 私は、私の願いを叶えられた。

---

 私は、私の記憶を、顔を焼かれる苦痛を、父が死んだと、母が死んだと、祖父が死んだと、祖母が死んだと、妹が死んだと、教えられたときの記憶を、私に教える。
 私は、犯人が捕まったときの気持ちを、犯人が無罪だと言われた時の気持ちを、犯人が一度も謝罪に来ていない事への気持ちを、私に教える。

 私は、だまって私の気持ちを受け取ってくれる。
 私は、私の気持ちを溶かして私の気持ちにしてくれる。

 そして、私は涙を流してくれる。右側の私の目から流れる一筋の涙。私は、私に感謝する。
 私は、私に墓前で報告したいと言ってくれた。私は、私の提案を受け入れる。

 私は私と両親が眠る墓前で手を合わせる。
 私は私の両親はどうしているのかと聞いた。私は、両親はいないと答えた。捨てられたのだと・・・。
 私は私に、それじゃ私の両親が、私の両親だねと答える。私も私の提案を喜んでくれる。

 議員のキチガイな息子は、墓前に現れなかった。
 議員先生を刺殺して、刑務所に入っているようだ。私の日記の一部を差し込んだ本を差し入れた。

 獄中の私は、寝るたびに、私が受けた苦痛を・・・悲しみを・・・繰り返し感じてくれている。

 私は、私からの言葉を聞いていない。

 私が苦しんでいるのは解っている。私が苦しめばいいと思っている。私は、私にだんだんと溶け込んでくる。
 むしゃくしゃしていた気持ちも、弟への劣等感も、兄貴への反発心も、両親から受ける疎外感も、全部私に流れてくる。私は、私を許す事にした。私が、刑務官に墓参りに行きたいと言ってくれたからだ。

 美和さんから私に連絡が入ったのは、その日の夜。
 私は知っていた事だが、驚いて見せた。美和さんを私の事情いまき込むわけにはいかない。
 私は、私で始末をつける。私は、月命日に私の両親の墓の清掃を行う事になった。美和さんが手配してくれた。

 私は、私だ。
 私は、貴方だ。
 私は、君だ。
 私は、私だ。

 溶け込んだ精神も私だ。君も私だ。私は私だ。

fin.

「ちょっとだけ切ない短編集」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く