世界再生記

高木礼六

モンスター

俺を包み込んだ光は、役目を終えると、自然と力を失い、あるべき姿へと帰った。

視界も機能を再開させ、脳にその景観を映し出す。

これで二度目の転移だ。





「森、か、ここは?」





生い茂る草木、湿った土、怪しげな花、気味悪く蠢く虫たち、上空から聞こえてくる大鳥の鳴く声、存在する生物たちに多少の違いはありはするが、ここは紛れもない、日本にも存在していた森そのものだ。

しかもここは所謂山奥、背の高い木たちに遮られ、十分な光が当たっていないから薄気味の悪い暗さだ。





「でもなんだろうこの感じ、妙に落ち着く、と言うよりかはなんか懐かしい?」





スベルは生まれも育ちも都会、森の山奥なんかとは疎遠の生活を送ってきた、だからこんな場所は行ったことがないし、テレビで見たことがあるくらいだ。

なのに何故か落ち着くのだ。過去の記憶を探ってみてもやっぱり山にすら入ったことがない。忘れているだけかと思ったけど、やっぱりその線もなさそうだ。


違和感に囚われるスベル、しかしそれを嘲笑うかのように森が囁いた。


風だ。


葉が擦れる音が広がり、肌を優しく撫でる風が吹き付け、スベルにある実感をもたらした。


馴染んだのはここが山奥だからではない、空気に含まれる何かがそう思わせる要因を作ったからだ。





「主、どうやら敵のようです。」


「え?」





その事実に気づくや否や投げ掛けられたヒカリの声、そして彼女の灼眼が見据える先、叢がガサガサと揺れている。

敵、つまりここで言う敵ってのは、モンスターのことで間違いない。

そのスベル最大の不安要素が姿を現した。



こ、こいつはなんだ!?



ギョロギョロと蠢きピントの合っていない瞳を持ち、身体を緑色の皮膚とイボで覆い尽くすそれは、小さなナイフを持っていて二人に殺気を浴びせている。

背丈で言うとそれは丁度小学生の中学年と同じくらいだが、そいつはそんな可愛いものじゃない。

顔には老婆のように皺が深く刻まれ、腕や足はまるで棒みたいだ。

その異形の小人は手元のナイフを弄びながら刻一刻と間合いを詰めてくる。




「なあヒカリさん。もしかしてだけど、本当にもしかしてだけどさ、これって俺が倒さないといけないの?」


「もちろんです。それがあなたに与えられた役目であり義務。大丈夫です、主ならきっと出来ます。私は信じていますから。」


「うん、君のためなら俺は何でもできる。やれる気しかしないよ」





ヒカリはその横暴さを当然かのように言い放った後に、スベルの両手をとって勇気を分け与えてくれた。

そしてスベルも手から伝わる温もりに、鼻の下を伸ばしながら当然かのようにその義務を引き受けた。

もちろん、今のスベルにモンスターと戦う術なんかはない。それどころか、元々モンスターと退治する勇気すらない。今だって逃げ出したい気持ちで一杯だ。

でもヒカリの手前、そんなことはしない、多分....

でも、




ーーうぅ、見栄を張ったまではいいけど、やっぱり怖い。相手は本物のナイフを持っているんだ。それだけでも十分脅威、況してや人外の生物、人間としての基準がどこまで通じるかわからない以上、戦闘力は未知数。




恐怖と不安で押し潰されそうな中、スベルは努めてこの状況を打破しようと敵を観察している。




ーーでも俺だって運動神経は良い方だ。身体能力ではあまり差はないはず、なら後はあのナイフをどうにかして防げれば....って、俺、




相手は切れ味が良いかどうかはわからないが、本物のナイフを持っている。
それに対抗すべく、なにか防ぐものがないかを探している時に気づいてしまった。





「俺、なにも持ってない!!??どうしよ!?」





スベルの両手は空だ。武器と呼べるものも盾と呼べるものもない。あるのは今着ている学生服ぐらいだ。

だがモンスターはそんなこと関係なしにじりじりと距離を縮めてくる。絶体絶命。

スベルは意を決した。

ヒカリにできると言った手前、逃げることは許されない。けれどもまともに使える武器がない。

己の中で抗う二つの選択肢、逃走か闘争か、迫り来るモンスターに選択を急かされ、短い葛藤の末に遂に決めた。





「こうなったら素手で戦ってやる!!」





モンスターはその響き渡った決意表明と共に前進してきた。速度は小学生のそれと変わらない。これなら相手できるはず。

あのナイフさえ防げれば勝機は見出だせる。あのナイフさえ防げればだが、

不敵に迫ってくるモンスターの醜顏に怖気が立つ。

ちらつくナイフの腹に緊張で冷や汗が伝う。

持てない勝利への確信に恐怖が駆り立てられる。

その結果、







「......やっぱ無理ーー!!」







そのいずれもが負けてしまうかもという可能性を誇張し、スベルの選択を歪んだ方へと変え、迫り来る怪物に背を向けながらみっともなく逃げてしまった。

しかし、幸いにも相手の速度は小学生、運動神経抜群の高校生、しかも死に物狂いで走っているスベルとの速度は天と地ほどの差があり、あっという間に突き放し、逃げ切ってしまった。

後ろを振り返っても、既モンスターの姿は見えない。スベルは息を荒らげ、膝に手をつきながら休憩をとることにした。





「主、あれくらいのモンスターで逃げ出してしまうとは、少々残念です。」


「はあはあ、で、でもさ、あいつ本物のナイフを持ってたんだぜ、それに比べて俺は、武器と呼べるものをなんにも持ってない、ハンデがでかすぎるだろ、一発でも食らえば御陀仏じゃねぇか。」


「......うん、それもそうですね。では私がお手本を見せましょう。主には取り敢えずやると言うやり方よりも、模範となるものを見せた方がいいようですから。」





無様に逃げ出した主をヒカリは咎めるが、スベルはスベルでその言い分を遠慮なしにぶつけた。

確かに一理ある、と言うようにヒカリはうんうんと頷いているが、スベルから言わせてもらえば、大抵のやつは相手が刃物を持ってるだけでビビるものだ。

いきなり違う世界に連れてこられて、モンスターを殺してくださいなんて、常識の許容範囲外。

つまりスベルの言い分は至極全う。この可憐な少女の頭の中が、その見た目とは裏腹に少しばかりずれているのだ。





「それでは見ていてください。私がこと世界での戦い方を教えて見せます。」





彼女がそう言うと、今度はさっきの数の四倍、四匹のモンスターが歪んだ笑みを浮かべながらこちらに近づいてきていた。

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