魔人に就職しました。

ミネラル・ウィンター

第45話 再会

 時間は魔物の村が襲撃された日までさかのぼる。


「全然来ない・・・」

 カケルに「待っていろ」と言われたエリカは律義りちぎに待っていた。
 待っている間、何もしないのもアレなので自主的に習った特訓をして暇をつぶしていた。何かあったのは明白でこちらから探しに行きたいところだが「待っていろ」と言われた手前、ここを離れて行き違いになってしまったらと思うとなかなか動けなかった。
 だが日が落ち始めてもカケルは戻って来なかった。
 流石のエリカも明かりのない外で待ち続ける訳にもいかず、仕方なく街に戻った。

「先に宿屋に戻ってたりしないか?」

 少し腹の立つ話だが、もしかたらエリカの事をほったらかして先に泊まっている宿屋に戻っている可能性がある。
 既に暗くなってしまい、どっちにしろ宿屋には戻らなければいけないのでエリカは速足で宿屋に戻る事にした。

「あの、師匠は戻ってないか?」

 宿屋に戻って来たエリカは直ぐに店主にカケルが戻って来てないかを聞いた。
 カケルとエリカは長い間この宿を利用している為、店主とも顔見知りだ。それに彼女達の師弟関係も知っているので彼女がカケルの事を師匠と呼んでも一応通じる。

「いんやぁ、まだ戻ってきてないハズだよ」

「そうか・・・」

 しかし宿屋の店主に聞いてもカケルはまだ戻って来てないという。
 念のため、カケルが借りている部屋を覗いて見てもカケルが帰って来た様子は全くなかった。

 エリカは自室のベットに倒れ込み、今日の事を少し考える。
 まずカケルがいなくなったのは街で謎の爆発音が聞こえた後だ。その爆発音の原因を確認するためにカケルは向かったと思われる。
 そして、その後に見た、アンデッドを連れたカケルがどこかに走って行く姿・・・。

「だぁー!!ダメだ!オレじゃあ何が何だかわかんねぇ!」

 色々考えるもエリカの頭は複雑な事を考えるのが苦手である。すぐさま頭が回らなくなり、集中力も切れてしまった。
 とりあえず今日の所は寝る事にした。もしかしたら寝ている間に帰ってくるかもしれないという期待をしながらエリカは眠りについた。

 次の日。エリカは起きるとまずカケルの部屋に向かった。
 しかし部屋にカケルはおらず、戻って来た様子は相変わらずなかった。念のため宿屋の店主にも聞いたがやはり戻ってはないそうだ。
 
「どうしよう・・・」

 今日も本当はカケルと一緒に特訓をする予定だった。
 だけどカケルはいない。

「うーん・・・。でも、師匠がいないからってサボるのは良くないよなぁ」

 もしかしたら数日後にあっさり戻ってくるかもしれない。

「そうだ!もし数日経っても戻って来なかったらカエデに相談しよう」

 時にはこちらからは何もせず様子を見る事も必要だ。とエリカやカケルも言っていた。
 名案を思い付いたと、一人で誇らしげな顔をするエリカは外に行く準備を始めた。
 

 そこからさらに数日が経った。
 結局カケルは戻ってくる事はなく、ただ時間が過ぎただけの結果になってしまった。

「なるほど、そんな事があったのですね」

 そこでエリカは言っていた通りにカエデに相談することにした。
 前はずっと一緒にいたので、久しぶりに会うという感覚は少しムズ痒く感じる。

「実はカケルさんが居なくなったその日に、街に魔物が侵入したという騒ぎがありました」

「えぇ!?」

「エリカ達が聞いた爆発音はその魔物が使った魔法だと思われます」

 彼女はエリカからカケルが居なくなった日の事を聞いた時、ちょうどその日に魔物の侵入事件があった事を思い出す。
 カエデはハンターを引退した訳ではなく、ちょくちょく組合に顔を出しているので、エリカとは違いある程度の情報は入ってくるのだ。
 
「そして、その時の魔物はアンデッドだったと聞いています」

「え、アンデッド・・・。って事は・・・」

 その侵入事件の犯人はアンデッドだった。魔法を多用していたという事から"スケルトン・メイジ"系統のアンデッドだろう。
 だがこの際アンデッドの種類はどうでもいい。問題はカケルが居なくなった日にアンデッドが侵入する事件が起き、エリカは彼がアンデッドを連れて何処かへ行くところを見ている。とても関係がないとは思えない。

「一応、組合はその侵入してきたアンデッドは討伐に成功していると発表しているのですが」

「あ、そうなのか。じゃあ師匠とは関係ないってことか?」

「いえ、そうと決まった訳ではありません」

 事件があった日から二日後。ハンター組合は今回侵入してきた魔物は討伐されたと正式な発表を出していた。
 なんでも当日たまたま現場の近くにいた二組のハンター達が討伐したという。

「エリカ。本当に彼がアンデッドをどこかに連れ去った所を見たのですね?」

「う、うん。たぶん・・・間違ってない。あんな早く走れる人は師匠だけだと思うし・・・」

「・・・そうですか。エリカのその話が本当なら、恐らく組合は騒ぎを納める為に嘘の発表をしたと思われます」

「え、どういう事だ?」

「ですからエリカがアンデッドを連れ去るカケルさんを見たという話が本当なら、組合が討伐したという発表は嘘の発表という事になります。恐らく、街中で魔物を取り逃がしたという事実が広まれば多くの人たちが組合とハンター達に不信感ふしんかんを抱きます。そうなると批判ひはん苦情くじょうが殺到する恐れがある為、混乱を収めるためにも組合は今回の件の魔物は討伐したという虚偽きょぎの発表をしたのだと思います」

「な、なるほど」

 返事はしているもののエリカの頭ではついていけているか微妙だ。
 しかしカエデが説明したのは全てエリカの言っている事が本当だった場合だ。
 もしかしたら単にエリカが見間違いをした可能性もある。だが仮に見間違いだとしても魔物が侵入した事件とカケルががいなくなった事を無関係というにはタイミングが合い過ぎている。

(エリカの言うことを本当だと仮定して・・・いえ、恐らく本当なのでしょう。でも、だとしたら彼はどうしてそんな事を?人間が魔物をかばうなんて・・・)

 どうして、そんな事したのか。
 いや、そんな事をする必要があったからそうしたと考えるべきだ。
 カエデは考えを巡らすがどれも憶測おくそくいきを出ることはない。そんななかでもカエデは自分の考えで、仮説を考える。

(彼が人間に化けている魔物の可能性。そのアンデッドと何かしら関係があって助けた?だけど人間に化ける魔法があるのでしょうか?あ、元々人間に限りなく近い魔物という可能性もありますね。ですが仮にそうだったとしても何故、彼は魔物を倒す職業である"ハンター"をしていて、さらにエリカに剣術を教えたのでしょうか?)

 久しぶりにエリカに合ったカエデだったが、一目見て彼女が強くなっている事に気が付いた。
 剣術の心得など全く分からない魔法使いのカエデから見ても分かるぐらいエリカは大きく成長していた。

(もし彼が魔物だとして、ハンターも何か理由があったとして、エリカに剣術を教えたのはエリカに惚れただとかの理由があったとするなら何とか説明できるかもしれませんが・・・。もしかしたら私と"同じ"?いえ、そんな事・・・"あいつ"の例があるのでない、とは言えませんね)

 どうやら今ある情報から答えを導き出すのは難しい様だ。
 カエデは一旦思考を止めて、一息ついた。

「すみません。エリカ、私では力になれそうにありません」

「・・・そっかぁ」

「この事の真実を知るには彼、本人に直接聞くしかありません。ですが大丈夫だと思いますよ。彼はSランクハンターですから、大抵の事は何とか出来ると思います。それに彼の強さでしたらエリカが誰よりもわかっているのでしょう?」

「まぁ確かに・・・師匠が誰かにやられるなんてこれっぽっちも思ってないけど」

「なら気長に待ってはどうですか?何かしら、どうしても動けない事情があって戻ってこれないのかもしれませんし」

「うぅ。やっぱりそうだよな。待つしかないかぁ」

 結局、一番信頼できるカエデに頼っても「待つしかない」という答えになってしまった。
 一体いつ帰ってくるのか、どうしていなくなったのか、あのアンデッドはなんなのか、聞きたい事は山ほどある。
 日に日にカケルに対する疑問が増えていく一方だ。それにただ純粋に一人の乙女として会いたいと言う気持ちも高まっていく一方だった。





 そしてカケルが居なくなって2週間ほどが経った頃。
 彼は前触れもなく。突然、ふらりと戻ってきた。
 
「悪い、待たせたな」

「師匠!一体どこに・・・ッッ!?」

 突然に姿を消して、また突然に現れたカケルに対して「一体どこに行っていたんですか!」と怒鳴どなろうとしたがその想いを発言する前に彼の右腕がなくなっている事に気が付いた。
 二週間ぶりに会えたがカケルの右腕、利き腕である右腕がなくなっていたのだ。
 剣士にとって腕は必要不可欠なものだ。剣士は誰だって剣を手に持ち、腕を使って剣を振る。
 魔法使いならば多少の四肢の欠損があったとて何とか戦う事が出来るだろう。しかし剣士には難しい。四肢と言うのは剣士にとってなくてはならないものだ。
 エリカが言葉を失うのも仕方ないというものだ。
 それにカケルほどの剣士が片腕を失ったという事はよほど大きな問題に巻き込まれたという事だ。
 出鼻でばなくじかれてしまった為、エリカはなんて言えばいいかわからなくなってしまった。

「ああ、腕の事か。まぁ・・・色々あってな」

 エリカが戸惑っているのを見てカケルは自分から腕の事に触れた。
 
「俺もまだまだだったって事だ。エリカはそんなに気しなくていい」

「っ!はい・・・」

 やはり、とエリカは思った。
 カケルの口ぶりからして何かしら大きな問題が発生し、何か強大な者と戦ったのだ。
 何者かは分からないが、カケルが苦戦するほどの強者だったのだろう。

「・・・何も伝えられなくて悪かったな」

「!!」

 聞きたい事は沢山あった。言いたい事も沢山あった。
 しかしいざこうして再会すると、色々なショックがありエリカは口籠ってばかりだった。
 そんなエリカにカケルは歩み寄ると頭を撫でる。そして優しく謝罪の言葉を口にした。
 そうされてしまってはエリカの想いが溢れるのも時間の問題だった。
 
「師匠!心配したんだからな~~ッ!!」

 エリカは半べそをかきながらカケルの胸に顔を押し付けた。
 カケルはそんなエリカを見つめながら黙って頭を撫で続けた。

 しばらくするとエリカが離れたので同時にカケルも撫でるのを止めた。
 
「もういいか?」

「うん」

「そうか」

 まだ少し目が赤くなっているが細かい事は気にしない方が良いだろう。
 いい感じの雰囲気が流れるが、いつまでも黙っている訳にはいかない。
 カケルは唐突に話しを切りだした。

「エリカ、この後は空いているか?」

「え、あ、ああ。空いてるけど」

「なら俺の村に来てくれないか?」

「え、師匠の、村?」

 彼の言う村とはもちろん魔物の村の事だ。
 つい先ほどまで頭の片隅にしかなかった考えだが彼女の涙を流すほどの本物の想いに触れた事で彼は勇気を出して彼女に自分の正体を明かす事にした。
 この時、カケルの鼓動は早くなっていた。まるで自身の好意を告白したかの様に。

「今すぐ聞きたい事は沢山あるだろうが、出来ればそこで話したい」

「・・・分かった。オレ師匠の村に行くよ!その代わり、師匠の事を沢山教えてくれよな!」

「ああ、聞いてくれればなんでも教えてやる」

 無邪気に笑う彼女に癒されながらも、彼の内心は不安でいっぱいだった。
 自分の正体を知って拒絶されたら?。勇気を出して打ち明ける事にしたが、いざ彼女の答えを聞くまでは緊張が解ける事はなさそうだ。

「そうと決まれば一旦宿屋に戻ろう。持っていく荷物もあるしな」

「おう」

 宿屋には村での生活に仕えそうな道具がいくつか買っておいてある。
 ついでにそれらを持ち帰りたいので宿屋に戻った。

 同じく2週間ぶりに会う宿屋の店主に挨拶をしつつ、カケルは借りている部屋で荷物の整理を始めた。
 まだどうなるかは決まってないが、ハンターとしての生活を止めるわけではない。
 残しておく物はまだしばらく置いておくつもりだ。
 持って帰る物と置いて行く物を分けていると、カケルの目の前に魔法陣が現れた。

「ん?誰だ?」

 この魔法は最近リックが開発した魔法《繋がり/コネクト》だ。
 村の誰かがカケルに対して連絡したい事があったのだろう。先日の件の事がある為、一瞬緊張が走るが別に緊急時にのみこの魔法を使う訳ではない。些細な報告の可能性の方が高いのだ。

『アー・・・アー・・・聞コエマスカ?魔人サマ』

「リックか。聞こえているぞ。何かあったのか?」

『イエ、緊急ト言ウ事デハ、ナイノデスガ。アル魔物ガ、魔人サマヲ、訪ネテ来テオリマス』

「ある魔物?」

「ハイ、魔王軍幹部、"剛炎ごうえんノオラクガ"、デス」

「"魔王軍"?」

 魔王。流石のカケルでも名前からどんな存在か想像できる。
 さらに魔王"軍"というからには魔王と言う存在はある程度の統率が取れているなど推測できる。
 "剛炎のオラクガ"という人物も襲って来た訳ではなく訪ねてきているところをみると話せる相手の様だ。
 訪ねて来た理由はカケルにはわからないが、幸いカケルの方もこれから戻る所だったのだ少し待っててもらえれば対応できる。

「こっちももうすぐ戻る事になったから少し待っててもらってくれ。その間、適当に村の中を自由にしてもらってていいぞ」

『ワカリマシタ。デハ、ソノ様ニ伝エテオキマス』
  
 もてなす必要はないかもしれないが、念のためだ。
 基本的に争いは避けたいので魔王軍とやらとの対立はできれば避けたい。機嫌を取っておいて損はないだろう。
 リックとの会話は終わり、魔法陣は消えてなくなる。
 カケルは荷物の整理はさっさと終わらせると、宿屋の出入り口付近で待っているエリカの所に向かった。

「待たせたな。行こう」

 これから見せる光景を、彼女はどう思うだろうか。
 いまさら、考えてももう遅いというのはカケルも分かっている。しかしどうしても考えてしまう。
 人と人の関係はどちらかが勇気を出して歩み始めなければ進まないのだ。カケルはいつも彼女の方から歩いて来てもらっている。今回はその逆をするだけだ。
 もしそれで否定されるなら、結局いつか否定されるだろう。時期がズレるだけで結果は変わらない。
 なら今が、勇気を出した今が一番いい時期だろう。


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