スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第94話 私の真相

ドロシーさんのPCの画面にはパーティー会場のある一角のテーブルが映し出されていた。カメラは何処かに置かれているようで視点が固定されいている。ズンズンと重低音の音楽が流れていて、厳ついタトゥーのむきむきなお兄さんが何人もカメラの前を通っている。

向こう側にはオードブルの乗っかった長テーブルがあり、その周りにはごちそうをお皿によそる人達がいた。音楽に合わせて腰を振りながらダンスしている人達を避けながら、緋色のショートヘアの女性がこちらに向かって歩いてきた。後ろには黒いシャツに黒いチノパン姿のドロシーさんが付いて来ている。

『でもさ、クリードも諦めて、もうそろそろ誰かと付き合えば?』

そう言ったのはドロシーさんだ。すぐそこのテーブル席に座るとクリードと呼ばれた黒いドレス姿の女性もそこに座った。

『やだ。やりたく無いことやってる暇ない。』

「はっはっは!」

思いっきり笑うタライさんを、静かにしてとベラ先生が叩いた。もう一度画面を見ると、クリードの前に座っているドロシーさんがつまらなさそうな顔をして白いジュースを飲んでいた。

『でもさ、もうクーも22歳でしょ?深淵の地はみんな初婚年齢高いし、別にこの組織だからって遠慮することもないでしょ。ジークは?かっこいいのに。ほら。』

その時画面に黒い戦闘スーツ姿の黒髪の青年が通り過ぎた。頬に大きな一本傷のある彼の名をジークというらしい。画面の中のドロシーさんとクリードは彼をちらと見た。そしてクリードが口を開いた。

『彼はお父さんの腹心だから……それに、誰かと付き合うぐらいならピアノ弾いていたい。今だってこんなパーティ開くぐらいならピアノ弾きたい。』

そんなに弾きたいんだ……今の私に比べれば、むしろ尊敬すべきなのかもしれないと思った。過去の彼女がいてくれたから、今の私は何の苦労もせずにピアノが弾けるのだ。ありがたいけど……。

『まあ、そうか……あ!ああ!ああ!』

ドロシーさんが一点を見つめて固まった。クリードも振り向き、その方向に誰がいるのか分かると起立してピシッと綺麗なお辞儀をした。周りの人達もその場で動きを止めて頭を下げている。

現れたのは薄い水色の長髪が特徴的なこの組織のボスだった。身長がやけに高くて、白いコートを着ている。ドロシーさんが立ち上がると、彼はクリードの前の席、今まではドロシーさんが座っていたところに荒々しく音を立てて座ってから、テーブルに土で汚れたブーツの足をガンと乗っけた。テーブルに土がぽろりと落ちた。

やば……。

『……もう良い。皆騒げ。』

その言葉ではっ!と皆が反応して、すぐにまたさっきの活気が戻った。彼がシャリールなんだ。私のお父さんなんだ。確かに目元が似てる気がする。

『お前にプレゼントを持って来た。ドロシー少し向こうに行け。』

『は、はい……。』

『おい、そのカメラも止めろ。』

『はい!』

ドロシーさんは慌てるようにカメラの方へ向かって来て手に取り、止める操作をしているのか画面が揺れた。ガチャガチャと音がしてから、またカメラはさっきの固定の位置に置かれた。

あれ?と思っているとドロシーさんが説明しれくれた。

「うん。テンパって録画オフし忘れたんだ。」

なるほど……だからまだ映像が続いてるんだ。でも皆はもうオフにされているものだと思い、シャリールの周りには幹部と思われる男たちが来て、さっきのジークと言う青年はクリードの後ろに立った。

この状況、私だったら確実にちびるだろうな……でもクリードは慣れているのかさっきと変わらない様子だった。シャリールがクリードを見た。

『プレゼントだ。』

そう言ってシャリールはコートの胸ポケットから一枚の紙?を手にしてテーブルの上にガンと置いた。それをじっとクリードが見ている。

『これは?』

『資金を調達してくれて感謝している。でもそれだけではやはり物足りない。我々にはやるべき任務があり目標がある。お前にももう少し頑張ってもらわないとな。こいつを拉致して殺せ。こいつは敵組織の重要な位置にいる人間だ。これが居るのといないのでは俺たちの今後の行動のし易さが雲泥の差だ。こいつを殺せ。そうすればお前を正式に俺の跡取りにしてやる。』

えええ……なにそれ。クリードはじっとそのテーブルに置かれた写真を見ている。じーっと見ている。

まだ見てる。それも無言で。

『どうした?クリード。出来ないか?』

『……出来ない事は出来ない。私はピアノしか出来ない。人を殺すなど、どうすれば。』

そう反応したクリードは影のある表情だった。シャリールは大きなため息をついた後に言った。

『出来ないのならお前は死ぬことになる。もうお前の印税も安定してきた今、お前から金を取らなくても大丈夫になった。これが出来ないのならお前は死ぬ。期限は今年の7月1日だ。』

それだけ言うとシャリールは立ち上がってしまった。クリードは引き止める様子も無く、ただテーブルに置かれた写真をずっと見ていた。

シャリールは歩いて去って行った。彼に続く手下たちがクリードに一度頭を下げてからその場を去って行く。皆がいなくなるとドロシーさんがやってきて、さっきまでシャリールが座っていたところに座った。

『プレゼントって何だったの?てかこの人誰?』

『この人を殺せと指示があった。それがプレゼントなのだろうね。』

その写真を丁寧に折りたたんだクリードは、首にかけられていたペンダントを外してその筒状のチャームの蓋を取ると、写真をくるくる丸めてその中に入れた。それを見ていたドロシーさんは青ざめた顔で言った。

『じゃ、じゃあ殺すの?』

『……それはしないと思う。私は殺せない。ふふっ。』

何故かクリードが笑った。謎の笑いに、ドロシーさんが戸惑いながら聞く。

『でも命令を聞かなかったものは生きていられないんじゃないの?それに何がおかしくてそんなに笑っているの?』

『……確かに命令を聞かないのなら生きる事は出来ない。でも、私には殺せないと思った……ちょ、ちょっと。』

そう言ってクリードが天井を見つめてしまった。それにつられてドロシーさんが天井を見る。何が起きているのだろう?と私が思っていると、そのうちにクリードが口を開いた。

『私は今……初めて人に恋をした。多分、この気持ちはそうだと思う。この人はとても美しい。一気に胸の中を支配された。このような心地は、今までに感じた事の無いものだから。』

ああ。だから殺せなかったんだ。クリードはその写真の人物に恋してしまったんだ。

『そ、その写真の人がそんなに気に入ったの?でも……じゃあ殺せないって素直に言えばいいんじゃ?』

『無理だ。今までお父さんが心底信頼してたはずの彼の部下が、大きなミスをしたりちょっと刃向かっただけであっけなく殺されるのを何度も見てきた。お父さんはそう言う人だ。私もいずれ彼に殺されるだろうと思っていた。私は、彼がそうしたいのならそうすればいいと思う。彼は非道な人だけど、私は彼のしたい事、成し遂げたいプロジェクトを一番理解していると思う。だから足手まといになるのなら私を殺せばいい。それが皆の為になると、断じて言えるから。』

『いやぁ、俺はそうは思わないけど……。』

『ドロシー、ありがとう。まあでも期日は7月だし、あと半年あるからそれまで仲良くしてね。最後に一曲作りたいな。それを持っていてくれる?』

そう言ってクリードが立ち上がった。よく見れば、今の私よりもかなり痩せている細い腕だった。ドロシーさんも立ち上がって、カメラの方に向かってきた。

『ちょっと待ってよ。もう少し方法を考えようよ。曲は持ってるけど『ならいいや。じゃあちょっと部屋に行くね』ええ!?俺も行くから待って!ここに置いてかないで!…………あ、やべ切るの忘れてた。』

そして画面が暗くなった。

「……。」

無言になって互いの顔を見合う我々。ドロシーさんは次の動画を選んでいる。

タライさんが口を開いた。

「……めっちゃ、ウワァ……大変な状況やったんやなぁ。」

うん、そうらしいね……私はドロシーさんに聞いた。

「それでそのターゲットの人物って誰なんですか?」

ドロシーさんはPCの画面を見ながら答えてくれた。

「ああ、敵組織の人間だから深淵の地の自警団の人間かなと。自警団のリーダーはミスト様って……まあ俺たち深淵の地の住民は彼のことを様付けして読んでるけど別にヒイロ達は呼び捨てでいいと思う。とにかくミスト様の補佐の一人に女性からモテモテの人がいて、彼だと……」

ベラ先生が聞いた。

「そうなの……じゃあ彼のことを好きになった過去のヒイロは、父の命令を果たせずにその……処刑を受け入れると?」

ドロシーさんが頷いた。

「うん。何も出来ずに、7月1日が来てしまった。予定通り、明日は処刑なのだとクリードから最後にありがとうとメールが来た。俺は……うん。その前にさ、これを見て欲しい。」

ドロシーさんがバッグを黒いレザーのバッグをガサゴソして何かを握ってこちらに差し出してきた。それは黒い革の紐に銀の筒状のチャームが付いている、あの映像の中で私がつけていたペンダントだった。

「中を見て欲しい。」

「は、はい……」

私はペンダントのチャームの筒をひねってみた。クルクルと簡単に蓋が取れて中にはあの時の写真と思える紙が丸まって入っていた。

変にドキドキしながら丁寧にその写真を広げた。

……。

……。



「え?どうしたん?」

タライさんの声が遠くで聞こえる。それぐらいに私の意識は真っ白になった。

ああ。

それは、家森先生の写真だった。

カフェでなのか、読書しながらコーヒーカップに口をつけている茶銀の髪の男性。眼鏡だって今のと同じ。

私は静かにその写真を広げたままテーブルに置いた。それを見たタライさんは驚いた顔をして、ベラ先生は口を手で押さえて、家森先生は……見たことないぐらいに度肝を抜かれた顔をしていたので、それはちょっと面白くて少し笑った。それから私は言った。

「……なるほどね。だから言えたんですよ。学園に来て、何も記憶がないときに、何故だか家森先生の名は言えた。だからなんだ……私は、先生を殺そうとしていたのだから。あ!?違うじゃん!ちょっと待って!?え!?じゃあクリードが好きになった人って……???」

ドロシーさんは口を尖らせて私の隣の家森先生を指差した。

うわああああ!嫌だ!恥ずかしすぎて嫌だ!
タライさんはとベラ先生はお腹を抱えて笑っているし、家森先生はちょっと嬉しそうに顎を触っている。もうやだ。どうしてだ。

「アッハッハ!よかったやん一緒になれて!ねえ?ドロシーさん!」

タライさんがドロシーさんの肩を叩いた。ツンツン頭の彼も笑いながら答えた。

「そうそう!だから最初二人で一緒に現れたとき何がどうしたんだと理解できなくて、その点でも俺は気絶してしまった。ははは!」

「はははじゃないですよ……でも。え?なんでマフィアは家森先生を狙ったんですか?」

それにドロシーさんが答えた。

「まあ俺も最初は自警団のミスト様の補佐がターゲットだと思ってたんだけどね。実はマフィアの最終的な攻撃目標は時の架け橋だったんだ。この世界を支配している中央研究所が厄介だったんだろう。だからシャリールはクイーンの息子さんを手にかけるようにクリードに命じて、研究所に脅しをかけようと思ったんだと街の人から聞いた……まあ結局彼女は一目惚れ「って言わないでください!違いますから!」

私の肩を何故か家森先生がどついてきた。なんで?

「別にいいではありませんか……昔のあなたも僕のことを好きでいてくれて僕はとても嬉しいですよ。」

……ならいいけどさ。不貞腐れた私のことを家森先生が横から抱きしめてきた。

「僕のことを守ってくれました。ありがとう。」

「……何もしてないですけど。私は。」

ぎゅうと抱きしめてくれるのは嬉しい。でも前に座っている二人がこっちを見て必死に笑いを堪えているのは辛いし、ドロシーさんがニヤニヤしながら携帯で我々の写真を撮ってくるのも辛い。

そして落ち着いたベラ先生がドロシーさんに聞いた。

「ってことは、マフィアの最終目標は時の架け橋……イコール中央研究所だったという訳よね?だから戦争が起きたの?ネットや新聞を読んでもイマイチ具体的なことは書かれていなくて私たちは知りようがないのよ。」

「うん。残念なことに宣戦布告の時の映像は残っていないんだけど、クリードが処刑されるって連絡をもらった後に実は俺、ミスト様に直談判しに行ったんだ……クリードを助けてくれないかって。彼女はクイーンの息子さんを救ったって。……彼女がターゲットに一目惚れしたからってことは言わなかったけどね。」

それは言わないでくれてありがたかった。もし言ってたら人々の記憶に残っていただろうし。

「そしたらミスト様も重い腰を上げて、こう言ってくれた。「戦う理由が欲しかった。彼らはマフィアだが深淵の地には意外と寛容的で実被害があまりなかった、しかし今は違う。クイーンのご家族を救ったクリードが処刑されようとしている。それを戦う理由とする。衛兵に協力要請をする。」と。それで、その夜にはもう始まったかな、西にある深淵の地と、東にある誘いの森で互いの兵たちがぶつかった。いわゆる深淵の東西戦争になった。」

え?

「ちょっとそれって私が原因なの?」

ドロシーさんが少し考えた後に言った。

「うーん、直接的な原因では無いよ、仲間が危機に陥っているのを助けるのは当たり前じゃないか。たまたまそこにその理由があったからそうなっただけで。別に、皆も分かってた。いつか自分たちはマフィアとぶつかると。アルビン様も言ってたし。」

「アルビンって誰なん?」

タライさんの質問にドロシーさんが答えた。

「ミスト様の補佐をしている軍師のような人だよ。まあ本業はマッドサイエンティストって言ってるけどね……ちょっと本業でマッドサイエンティストって面白いけど。彼が結構存在としては大きいかも。ミスト様はまだ若いし、彼がいてくれるから我々も安心して暮らせると。まあ俺は今は街で暮らしてるけど。」

「そうだったのね……それでヒイロはどうして記憶をなくしたのかしら?」

ベラ先生が真剣な顔で聞いた。ドロシーさんはPCをこちらに向けた。

「戦争が何日間か続き、マフィア側は次第に戦線を連合側に押されていき、ついに彼らの拠点まで押し上げられてしまった。でも氷の帝王と言われているシャリールの魔法は凄まじく、遠くから見ても空を破る勢いで、それはもう一騎当千どころではなかった。連合側は兵たちを無駄に失うことも出来ないし、籠城を決め込むマフィアは手強く、状況は平行線を辿ったんだ。でも1ヶ月後の8月に事態は変わった。マフィアの拠点から一筋の赤い光が空に伸びた。それはファイヤースコーピオンだった。」

「何それ」

私が聞くと、ドロシーさんがニヤリとして私を指差した。

「君だよ。その一筋の閃光は明らかにクリードのものだった。今も出来るか知らないけど、彼女は炎の魔法を凝縮させて一気に爆発させることができた。その爆発の光だった。1ヶ月もの間、君はずっと魔力を溜め込んでいて一気に爆発させてしまったんだ。事態は好転した。マフィアの拠点兵は皆気絶しているし、あとは攻め込んでクリードを保護してシャリールを……それだけ。その爆発で戦争が終わるキッカケにもなったから、人々の間では栄誉の意味を込めてファイヤースコーピオンと呼んでいる。でもその後……いくら探しても君とシャリールそれにジークの3人は見つからなかった。」

「どこに行ったの?」

「それがこの映像だ。これが最後の……クリードの映像だ。見るかい?」

「うん」

私は頷いた。

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