スカーレット、君は絶対に僕のもの
第93話 ドロシーの話
我慢出来なかった。だってしょうがない。私は人間だもの。無断で借りるのもどうかと思ったが、そうしないと大事件が起こってしまう。しかも家森先生が居るところでそんなことしたくない。だから私はバーのお手洗いを勝手に借りた。
スッキリして手を洗ってから戻るとタライさん達が何やら話をしていた。もう彼が倒れてから1時間近く経つ。ちょっと心配だけど家森先生がそのうち起きると言うのでまあ……大丈夫なのだろう。席に戻るときにトゲトゲの珍しい髪型が気になってちょっと人差し指の先で触ってみたら、彼が目を開けた。
「あ」
「……あれ?あれ?」
むくっと体を起こした彼はしんどそうに目をパチパチとさせた。様子に気付いた家森先生が彼の元へやってきて彼に聞いた。
「どうです?気を失ったようですが他に吐き気などはありませんか?」
「あ、ああ……すごいな。お兄さんはお医者さんみたいだ。いや、大丈夫です。ありがとう。えっと……そうだ。そうだ。クリード、」
彼が椅子のベッドから降りてその一つをタライさん達が座っているテーブルにくっつけた。私も家森先生の隣の席に座った。目の前はタライさんで家森先生の前にはベラ先生が座っている。そして皆はドロシーさんを見つめている。
「記憶がない?」
ドロシーさんが聞いてきた。私は頷いた。
「はい。」
「全くない?」
「はい。」
「ああそう……」
そう言って、何故か考え込んだ表情になり、無言になった。あと、耳にも鼻にも唇にもピアスが付いていてちょっとじっと見てしまった。しばらく無言になった後に彼が言った。
「えっと……俺のことは覚えてない?ああ、この人知ってる!とかもない?」
「ない。」
断言してしまった。もう少し気を使ってうーんって言う反応が出来たのなら彼のショックも和らいだだろうに、とちょっと後悔した。
「そうか……ピアノは得意なんだよね?だって、コンテストで入賞したもんね。作曲とか、得意でしょう?」
「そうそう!」
私がテンション高めに言うとドロシーさんが少し笑ってくれた。
「まあ、そうだとは思うよ。クリード……いや、なんだっけ今の名前。」
「ヒイロやね。」
タライさんが答えてくれた。
「ヒイロか……良い名だ。は、元々ピアニスト兼作曲家だった。深淵の地では結構有名だったけどね。」
そうだったんだ……驚きながら皆を見ると、家森先生とベラ先生が目を丸くしていた。タライさんは少し思案顔になって聞いた。
「でもネットでピアニストの検索かけても、別にこの顔はヒットしなかったけどなぁ。」
ドロシーさんはうんと頷いた。
「それもそうだろう。なんて言うか……クリードは、ごめん。過去の君の話だから敢えてクリードって言わせてもらうね。」
私は了承し頷くと、彼は少し口角を上げて話を続けた。
「実は、クリードは氷の帝王シャリールの一人娘だ。母親はいない。言っている意味分かる?」
分からない。私は首を振ったけどベラ先生と家森先生は何故か衝撃を受けていた。タライさんも分からなかったようで彼に聞いた。
「よう分からんなぁ。誰やそのシャリールって。」
ドロシーさんが大きく息を吐いてから言った。
「シャリールはマフィアのボスだった人だ。だから娘であるクリードのことはネットから情報が故意的に消されてる。検索してもヒットしないはずだ。」
グエエ……まじか。まじなのか。彼は続けた。
「しかも中でもシャリールとクリードはずば抜けた魔力の持ち主だった。でもクリードは魔法を出すのが下手だから……親がマフィアの人間だったからその組織属していただけで、専門的な仕事は請け負っていなかったらしい。」
私は聞いた。
「専門的な仕事って何?」
彼はニヤリとしてから言った。
「彼らは深淵の地に対しては仲間意識があるのか割と寛容的だったけど、この街では結構悪さをしていた。組織に反発する人間はすぐに消すし、闇取引だってする。」
グエエ……めっちゃやばいじゃん。ええ……。私の背中を家森先生がさすってくれるけど、なんか申し訳ない気持ちになってきた。
ドロシーさんは続けた。
「俺とクリードは幼馴染だ。あ、昔の話聞きたい?嫌なら「聞きたいです」
私が食い気味に反応するとドロシーさんは笑ってくれた。そっか、彼とは幼馴染だったんだ。
「うん。じゃあ話す。えっと……なんか変な感じだな。まあ良いや。えっと……そうそう、俺は彼女とは違って深淵の地という、ここよりも地下の世界にある街で暮らしてた。クリードはマフィア側の人間で、深淵の地から程近い、誘いの森の中に拠点があってそこで暮らしてた。まだ小さい頃のある日、俺が調子こいて森で迷ったところをクリードが助けてくれた。それから友達になった。」
「へぇ〜優しいやん。」
タライさんの言葉に皆が少し笑った。ドロシーさんは思い出しながら言った。
「うん。優しかった。でもクリードは変わってた。何でって、とにかくピアノばかり弾くんだもの。友達よりも勉強よりもピアノだった。それは大きくなっても変わらなくて……いや、もっとひどくなった。彼女は食べるのも寝るのも忘れて昼夜問わずずっと弾くようになった。訳を聞けば、私は弾かなければならないからだと、やりたくないことやってる暇はないとのことだった。学校にも通わずにひたすら部屋で弾き続けて周りからは変な目で見られてたけど、20歳になる頃にはその辺のプロよりも技術があって皆はクリードの演奏が好きになった。今はそれくらい集中してピアノを弾くことはないの?」
「い、今は別に……ピアノは弾いてて楽しいけど食べたり寝たりしたいです。なんかすごいな……。」
私の言葉に安心したのかドロシーさんが優しく微笑んでくれた。
「そっか、なら良かった。普通の人間に戻ったんだ。それで良いよ。」
「しかし、気になるのはどうして彼女はそこまでピアノを弾かなければならないと考えていたのでしょうか?」
家森先生の質問にドロシーさんが真剣な顔で家森先生を見つめて答えた。
「うん、マフィアが関わっている。クリードのお父さんはそこのボスだから、必然的にクリードは組織の二番目だったけど、魔法がろくに使えないんじゃお役にたてないだろう?でも彼女には音楽の才能があった。ピアノの演奏や作曲で得られたお金は組織の重要な資金源になった。だから組織の皆もクリードを二番目だと認めた。」
「なるほどね……だから彼女はずっと弾き続けなければならなかったのね。」
ベラ先生が眉間にしわを寄せて呟いた。なんかすごい世界観だ……過去の私はきっと、大変だっただろう。私が想像出来ないほどに辛かっただろう。ドロシーさんは頷いてから話し始めた。
「うん。まあそれよりも本人が好きで弾いていたってのもあると思う。彼女がゾーンに入っているときに話しかけると本当に首絞めてきたしね。それに弾いてて楽しそうだった。まあ、その才能を利用されていたのは間違いない。ある時は闇取引で利用される数万桁のパスコードを覚えさせられていたらしい。クリードの記憶力は人並みだけど、それが楽譜に変わると一変して何万桁だって軽く覚えることが出来たから。」
ああ!?その使い方があったかぁ〜!……じゃあハーブの種類とかも楽譜にしちゃえば良かったんだ!ああなんで早く気づかなかったんだ!
「今、もっと早くそれやれば良かったって思ったやろ……クックック!」
タライさんの声にハッとすると皆が私を見て笑っていた。ああ、恥ずかしくなって肩をすぼめてドロシーさんを見た。続きが聞きたい。
そう思っていると、ドロシーさんは床に置いてある彼のバッグからPCを取り出しながら言った。
「もし覚悟があるのなら。多分、クリードが記憶を無くす瞬間の映像がある。見るかい?」
え!?
ど、どう言うこと。その瞬間が見れるの?
私が動揺していると、家森先生がテーブルの下で私の冷え切った手を優しく包んでくれた。温かくてとても安心できた。
そして、家森先生が聞いた。
「どうして都合良くその瞬間を映像に収めることが出来ましたか?」
ドロシーさんは答えた。
「それは去年あった、東西戦争が関わっているからだ。その戦いは多くのカメラで収められていた。あの瞬間のあれが原因なら、クリードが記憶を無くしてしまったのも理解出来る。だから…君に記憶が無いと聞いた時、半分は信じられなかったけど、半分はやはりそうかと思ってしまった。……まあ僕はショックで気絶したけどね。ふふ。」
どうしよう……それを見て大丈夫かな。見たいけど怖い。でも、見たい。
じゃないと前に進めない。私は頷いた。
「お願いします。見てみたい。」
ドロシーさんはPCをこちらに向けてくれた。
「うん。まあ映像も途切れ途切れだし、俺の個人的な映像と合わせて見せるから時折解説を入れるね。ああそうだ、本当は楽団にお誘いする予定だったんだ。」
ドロシーさんのPCには第一楽団入団希望書と言うテンプレートが表示されていた。彼はそれを見て気付いたのだった。私はちょっと笑ってから首を振った。
「まあ楽団には行かないけど」
「え!?なんで!?いやいや!」
何故かドロシーさんが目も口も全開にして私を見てきた。ついタライさんの方を見たけど彼もドロシーさんにつられて顔のパーツを全部全開にしていた。
「だ、だ、だって……ダスティさんに絶対に彼女をモノにするように言われたし、第一楽団の面接すっ飛ばして入れるなんて、それ自体が異例なのになんで!?じゃあ何したいの?音楽関係の仕事しないの?」
えええ。何かすごい言ってくるんですけど……私は申し訳なさそうに言った。
「作曲はやりたいです。でも……みんなと演奏するのは無理。個人プレーじゃないと無理。」
ドロシーさんが頬を膨らまして椅子の背もたれに体を預けた。
「……なるほどね。クリードらしいよ。分かった。じゃあさ、楽団にはレーベル会社もあるんだ。それと契約してよ。そしたら作曲でやっていても良いし、こっちから劇団や映画のための曲を依頼することもあるし……でも条件がある。たまにコンサート開いて。これは絶対条件。でもそれが嫌だからと言ってこの誘いを断らないで!ダスティさんに絶対彼女をモノにして帰るって約束しちゃったし最近スカウトの成績良くないからクビになる寸前で困ってるんだ!俺に君のマネージャーさせて!お願い!ヒイロお願い!俺にはまだ学生の彼氏がいるんだ!彼に美味しいものを食べさせてあげたいんだ!お願い!最近二人で使ってる毛布が破れちゃって新しいの買い換えたいんだ!お願いー!」
そう言って彼はテーブルにおでこをぶつけるほど頭を下げてきた。急な展開に嬉しいっちゃ嬉しいけど、どうしようかテンパる。あと彼氏いるんだ……しかも毛布破れちゃったんだ……それは大変だ。ププッ。
「ええ!?もうそんな具体的な話に入るんやね!でもええやん!条件的にもめっちゃええやん!この人助けてあげたらええやんか!あと俺にもA5ランクのお肉奢って!」
何故か私よりも興奮して、何故か最後にしれっとねだってきたタライさん。
「そうですね、ちなみにその作曲活動をする際の立地的な縛りはありますか?「ないかな!」なら良いと思います。願ったり叶ったりではありませんか!コンサートには僕も行きますから!」
めっちゃ推してきた……そうだよね家森先生、立地クリアしたもんね。
「そうよそうよ!我々だって応援してるし、グリーンクラスから第一楽団レーベル行きの卒業生が出るなんてちょっと……ふふっ!どうなのヒイロ、やってみなさいよ!それに困っている同業者を放って置けないわ!」
ベラ先生まで言ってきた。しかもドロシーさんのことを同業者って言って同情してる……まあ確かに、断る理由がなかった。
「ま、まあじゃあそうですね……お願いします。」
「本当に!?本当に!?やったー!」
ドロシーさんが両手を天に掲げて喜び始めた。でもよかった。これで家森先生のすねかじりになることは回避できた。ドロシーさんは達成感に満ち溢れた表情でPCのテンプレを一旦消した。
「よし!じゃあ後で契約の手続きしてもらうね。今はその映像が見たいでしょう?えっとどこだったかな……まず見てもらいたいものがあるんだ。」
ドロシーさんはPCを我々の方へ向けたまま覗き込んで操作して、数ある動画ファイルのうち一つの情報を確認し始めながら言った。
「実は俺、小さい頃から趣味でよく動画撮っていたんだ。だから数が多くてね……えっと。じゃあこれ。これから見ようか。これは、君が22歳になった時にマフィアの拠点で行われた誕生日会の映像。だから去年の1月1日だ。俺は敵対する深淵の地の人間だけど、クリードが特別に入れてくれってシャリールに頼んで、拠点の中に入れたんだ。」
「よ、よく撮れたなぁ……」
タライさんに私も同意した。それに私の誕生日って1月1日なんだ……覚えやすいけどもうちょっと他の日が良かった。そしてドロシーさんは頷いた。
「うん、まあ俺は何回もここにきたことあるからね。害はない奴だと思われてたんだろう。まあそうだよ、俺の風魔法は扇風機レベルだから。」
な、なるほど……。
ドロシーさんがクリックすると映像が再生された。
スッキリして手を洗ってから戻るとタライさん達が何やら話をしていた。もう彼が倒れてから1時間近く経つ。ちょっと心配だけど家森先生がそのうち起きると言うのでまあ……大丈夫なのだろう。席に戻るときにトゲトゲの珍しい髪型が気になってちょっと人差し指の先で触ってみたら、彼が目を開けた。
「あ」
「……あれ?あれ?」
むくっと体を起こした彼はしんどそうに目をパチパチとさせた。様子に気付いた家森先生が彼の元へやってきて彼に聞いた。
「どうです?気を失ったようですが他に吐き気などはありませんか?」
「あ、ああ……すごいな。お兄さんはお医者さんみたいだ。いや、大丈夫です。ありがとう。えっと……そうだ。そうだ。クリード、」
彼が椅子のベッドから降りてその一つをタライさん達が座っているテーブルにくっつけた。私も家森先生の隣の席に座った。目の前はタライさんで家森先生の前にはベラ先生が座っている。そして皆はドロシーさんを見つめている。
「記憶がない?」
ドロシーさんが聞いてきた。私は頷いた。
「はい。」
「全くない?」
「はい。」
「ああそう……」
そう言って、何故か考え込んだ表情になり、無言になった。あと、耳にも鼻にも唇にもピアスが付いていてちょっとじっと見てしまった。しばらく無言になった後に彼が言った。
「えっと……俺のことは覚えてない?ああ、この人知ってる!とかもない?」
「ない。」
断言してしまった。もう少し気を使ってうーんって言う反応が出来たのなら彼のショックも和らいだだろうに、とちょっと後悔した。
「そうか……ピアノは得意なんだよね?だって、コンテストで入賞したもんね。作曲とか、得意でしょう?」
「そうそう!」
私がテンション高めに言うとドロシーさんが少し笑ってくれた。
「まあ、そうだとは思うよ。クリード……いや、なんだっけ今の名前。」
「ヒイロやね。」
タライさんが答えてくれた。
「ヒイロか……良い名だ。は、元々ピアニスト兼作曲家だった。深淵の地では結構有名だったけどね。」
そうだったんだ……驚きながら皆を見ると、家森先生とベラ先生が目を丸くしていた。タライさんは少し思案顔になって聞いた。
「でもネットでピアニストの検索かけても、別にこの顔はヒットしなかったけどなぁ。」
ドロシーさんはうんと頷いた。
「それもそうだろう。なんて言うか……クリードは、ごめん。過去の君の話だから敢えてクリードって言わせてもらうね。」
私は了承し頷くと、彼は少し口角を上げて話を続けた。
「実は、クリードは氷の帝王シャリールの一人娘だ。母親はいない。言っている意味分かる?」
分からない。私は首を振ったけどベラ先生と家森先生は何故か衝撃を受けていた。タライさんも分からなかったようで彼に聞いた。
「よう分からんなぁ。誰やそのシャリールって。」
ドロシーさんが大きく息を吐いてから言った。
「シャリールはマフィアのボスだった人だ。だから娘であるクリードのことはネットから情報が故意的に消されてる。検索してもヒットしないはずだ。」
グエエ……まじか。まじなのか。彼は続けた。
「しかも中でもシャリールとクリードはずば抜けた魔力の持ち主だった。でもクリードは魔法を出すのが下手だから……親がマフィアの人間だったからその組織属していただけで、専門的な仕事は請け負っていなかったらしい。」
私は聞いた。
「専門的な仕事って何?」
彼はニヤリとしてから言った。
「彼らは深淵の地に対しては仲間意識があるのか割と寛容的だったけど、この街では結構悪さをしていた。組織に反発する人間はすぐに消すし、闇取引だってする。」
グエエ……めっちゃやばいじゃん。ええ……。私の背中を家森先生がさすってくれるけど、なんか申し訳ない気持ちになってきた。
ドロシーさんは続けた。
「俺とクリードは幼馴染だ。あ、昔の話聞きたい?嫌なら「聞きたいです」
私が食い気味に反応するとドロシーさんは笑ってくれた。そっか、彼とは幼馴染だったんだ。
「うん。じゃあ話す。えっと……なんか変な感じだな。まあ良いや。えっと……そうそう、俺は彼女とは違って深淵の地という、ここよりも地下の世界にある街で暮らしてた。クリードはマフィア側の人間で、深淵の地から程近い、誘いの森の中に拠点があってそこで暮らしてた。まだ小さい頃のある日、俺が調子こいて森で迷ったところをクリードが助けてくれた。それから友達になった。」
「へぇ〜優しいやん。」
タライさんの言葉に皆が少し笑った。ドロシーさんは思い出しながら言った。
「うん。優しかった。でもクリードは変わってた。何でって、とにかくピアノばかり弾くんだもの。友達よりも勉強よりもピアノだった。それは大きくなっても変わらなくて……いや、もっとひどくなった。彼女は食べるのも寝るのも忘れて昼夜問わずずっと弾くようになった。訳を聞けば、私は弾かなければならないからだと、やりたくないことやってる暇はないとのことだった。学校にも通わずにひたすら部屋で弾き続けて周りからは変な目で見られてたけど、20歳になる頃にはその辺のプロよりも技術があって皆はクリードの演奏が好きになった。今はそれくらい集中してピアノを弾くことはないの?」
「い、今は別に……ピアノは弾いてて楽しいけど食べたり寝たりしたいです。なんかすごいな……。」
私の言葉に安心したのかドロシーさんが優しく微笑んでくれた。
「そっか、なら良かった。普通の人間に戻ったんだ。それで良いよ。」
「しかし、気になるのはどうして彼女はそこまでピアノを弾かなければならないと考えていたのでしょうか?」
家森先生の質問にドロシーさんが真剣な顔で家森先生を見つめて答えた。
「うん、マフィアが関わっている。クリードのお父さんはそこのボスだから、必然的にクリードは組織の二番目だったけど、魔法がろくに使えないんじゃお役にたてないだろう?でも彼女には音楽の才能があった。ピアノの演奏や作曲で得られたお金は組織の重要な資金源になった。だから組織の皆もクリードを二番目だと認めた。」
「なるほどね……だから彼女はずっと弾き続けなければならなかったのね。」
ベラ先生が眉間にしわを寄せて呟いた。なんかすごい世界観だ……過去の私はきっと、大変だっただろう。私が想像出来ないほどに辛かっただろう。ドロシーさんは頷いてから話し始めた。
「うん。まあそれよりも本人が好きで弾いていたってのもあると思う。彼女がゾーンに入っているときに話しかけると本当に首絞めてきたしね。それに弾いてて楽しそうだった。まあ、その才能を利用されていたのは間違いない。ある時は闇取引で利用される数万桁のパスコードを覚えさせられていたらしい。クリードの記憶力は人並みだけど、それが楽譜に変わると一変して何万桁だって軽く覚えることが出来たから。」
ああ!?その使い方があったかぁ〜!……じゃあハーブの種類とかも楽譜にしちゃえば良かったんだ!ああなんで早く気づかなかったんだ!
「今、もっと早くそれやれば良かったって思ったやろ……クックック!」
タライさんの声にハッとすると皆が私を見て笑っていた。ああ、恥ずかしくなって肩をすぼめてドロシーさんを見た。続きが聞きたい。
そう思っていると、ドロシーさんは床に置いてある彼のバッグからPCを取り出しながら言った。
「もし覚悟があるのなら。多分、クリードが記憶を無くす瞬間の映像がある。見るかい?」
え!?
ど、どう言うこと。その瞬間が見れるの?
私が動揺していると、家森先生がテーブルの下で私の冷え切った手を優しく包んでくれた。温かくてとても安心できた。
そして、家森先生が聞いた。
「どうして都合良くその瞬間を映像に収めることが出来ましたか?」
ドロシーさんは答えた。
「それは去年あった、東西戦争が関わっているからだ。その戦いは多くのカメラで収められていた。あの瞬間のあれが原因なら、クリードが記憶を無くしてしまったのも理解出来る。だから…君に記憶が無いと聞いた時、半分は信じられなかったけど、半分はやはりそうかと思ってしまった。……まあ僕はショックで気絶したけどね。ふふ。」
どうしよう……それを見て大丈夫かな。見たいけど怖い。でも、見たい。
じゃないと前に進めない。私は頷いた。
「お願いします。見てみたい。」
ドロシーさんはPCをこちらに向けてくれた。
「うん。まあ映像も途切れ途切れだし、俺の個人的な映像と合わせて見せるから時折解説を入れるね。ああそうだ、本当は楽団にお誘いする予定だったんだ。」
ドロシーさんのPCには第一楽団入団希望書と言うテンプレートが表示されていた。彼はそれを見て気付いたのだった。私はちょっと笑ってから首を振った。
「まあ楽団には行かないけど」
「え!?なんで!?いやいや!」
何故かドロシーさんが目も口も全開にして私を見てきた。ついタライさんの方を見たけど彼もドロシーさんにつられて顔のパーツを全部全開にしていた。
「だ、だ、だって……ダスティさんに絶対に彼女をモノにするように言われたし、第一楽団の面接すっ飛ばして入れるなんて、それ自体が異例なのになんで!?じゃあ何したいの?音楽関係の仕事しないの?」
えええ。何かすごい言ってくるんですけど……私は申し訳なさそうに言った。
「作曲はやりたいです。でも……みんなと演奏するのは無理。個人プレーじゃないと無理。」
ドロシーさんが頬を膨らまして椅子の背もたれに体を預けた。
「……なるほどね。クリードらしいよ。分かった。じゃあさ、楽団にはレーベル会社もあるんだ。それと契約してよ。そしたら作曲でやっていても良いし、こっちから劇団や映画のための曲を依頼することもあるし……でも条件がある。たまにコンサート開いて。これは絶対条件。でもそれが嫌だからと言ってこの誘いを断らないで!ダスティさんに絶対彼女をモノにして帰るって約束しちゃったし最近スカウトの成績良くないからクビになる寸前で困ってるんだ!俺に君のマネージャーさせて!お願い!ヒイロお願い!俺にはまだ学生の彼氏がいるんだ!彼に美味しいものを食べさせてあげたいんだ!お願い!最近二人で使ってる毛布が破れちゃって新しいの買い換えたいんだ!お願いー!」
そう言って彼はテーブルにおでこをぶつけるほど頭を下げてきた。急な展開に嬉しいっちゃ嬉しいけど、どうしようかテンパる。あと彼氏いるんだ……しかも毛布破れちゃったんだ……それは大変だ。ププッ。
「ええ!?もうそんな具体的な話に入るんやね!でもええやん!条件的にもめっちゃええやん!この人助けてあげたらええやんか!あと俺にもA5ランクのお肉奢って!」
何故か私よりも興奮して、何故か最後にしれっとねだってきたタライさん。
「そうですね、ちなみにその作曲活動をする際の立地的な縛りはありますか?「ないかな!」なら良いと思います。願ったり叶ったりではありませんか!コンサートには僕も行きますから!」
めっちゃ推してきた……そうだよね家森先生、立地クリアしたもんね。
「そうよそうよ!我々だって応援してるし、グリーンクラスから第一楽団レーベル行きの卒業生が出るなんてちょっと……ふふっ!どうなのヒイロ、やってみなさいよ!それに困っている同業者を放って置けないわ!」
ベラ先生まで言ってきた。しかもドロシーさんのことを同業者って言って同情してる……まあ確かに、断る理由がなかった。
「ま、まあじゃあそうですね……お願いします。」
「本当に!?本当に!?やったー!」
ドロシーさんが両手を天に掲げて喜び始めた。でもよかった。これで家森先生のすねかじりになることは回避できた。ドロシーさんは達成感に満ち溢れた表情でPCのテンプレを一旦消した。
「よし!じゃあ後で契約の手続きしてもらうね。今はその映像が見たいでしょう?えっとどこだったかな……まず見てもらいたいものがあるんだ。」
ドロシーさんはPCを我々の方へ向けたまま覗き込んで操作して、数ある動画ファイルのうち一つの情報を確認し始めながら言った。
「実は俺、小さい頃から趣味でよく動画撮っていたんだ。だから数が多くてね……えっと。じゃあこれ。これから見ようか。これは、君が22歳になった時にマフィアの拠点で行われた誕生日会の映像。だから去年の1月1日だ。俺は敵対する深淵の地の人間だけど、クリードが特別に入れてくれってシャリールに頼んで、拠点の中に入れたんだ。」
「よ、よく撮れたなぁ……」
タライさんに私も同意した。それに私の誕生日って1月1日なんだ……覚えやすいけどもうちょっと他の日が良かった。そしてドロシーさんは頷いた。
「うん、まあ俺は何回もここにきたことあるからね。害はない奴だと思われてたんだろう。まあそうだよ、俺の風魔法は扇風機レベルだから。」
な、なるほど……。
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